ブロンズゴートの突進と、シロが嗅ぎ取った異変
銅色に輝く山羊が崖を駆け下りてくる。
今日の獲物であるブロンズゴートだ。
「おいおいおい! 弱い奴を狙わないとか馬鹿かよお前!」
言葉は通じなくても悪意は通用する。
あざ笑う俺に向かって、山羊より一回りは大きな巨体が垂直落下に近い勢いで突撃してきた。
脚で踏み潰せると思ったか?
衝撃に襲われても俺の口から呼吸は漏れない。
ブロンズゴートは衝撃に耐えきれずに体中の骨が折れる。
俺は、体にまとわりつく鎧の形をした重りのおかげで吹き飛びもしないしずり下がりもしない。
俺は衝撃で『歪んだ』ブロンズゴートの首に腕をまわす。
右腕を首絞めの道具として使い、左手で右腕を固定する。
前世の格闘家が見ればツッコミどころが無数にあるだろう雑な絞め技は、俺の非常識に頑丈な体を最大限に活かす技だ。
残った力を振り絞って抵抗していたモンスターから力が抜けて、俺の腕の中でだらりと脱力した。
「ありがとよ。お前のおかげで俺は今日も食っていける」
「ええう! あっぷ!」
シロの奴、いつの間にか俺の言葉遣いが移ってるな。
うかつなことは言えないってことか。
「あう!」
クロは精一杯怖い顔をしてお子様たちを誘導している。
生きているモンスターには近づかないようにして、死んだモンスターを数人がかりで街へ引っ張っていくだけなんだが……。
「まだあたかかい……」
「そっち行かないで! バランスくずれちゃう!」
お子様たちは集団行動ができていない。
反抗とか怠惰とかじゃない。
好き勝手に動いて、連携できないんだ。
「逃げ散らないだけマシと考えるか。おいクロ! その死体はお前に任せる。こいつらを使って、戦場から離れた場所まで運ばせろ。お前は運ばず警戒と監督だ」
「あう!」
クロは元気よく返事をする。
言葉は通じていないかもしれないが、こいつならそう悪いことにはならないだろうという安心感がある。
まあ、特別良くもならないだろうっていう諦めもあるがな。
「シロは崖の上を警戒し続けろ。ブロンズゴートが複数降りてきたら、一匹は俺が仕留めるからその間逃げ回ってろ」
「あい。えも、にげあえあい?」
シロは周囲に素早く視線を向ける。
崖を除けば平坦な地形だ。
隠れることも難しく、複数のモンスターに追われるとまず助からない。
「そんときゃ俺を盾にしろ。時間稼ぎだけらな何匹でもしてやる」
「あい!」
シロも元気に返事をして、しかしすぐに真剣な表情になる。
「にひき!」
崖から音がしなかった。
いや、シロの耳がいいだけか。
「一匹は俺が!」
「わん!」
シロが駆け出す。
クロがいるのに騒いでいるお子様たちからモンスターの目を逸らすため、わざと派手に音を立てて走ってる。
俺は剣は使わず、両手を組み合わせて天高く掲げる。
ブロンズゴートが俺の狙いに気づくが、空中では方向を変えるのは不可能だ。
「おらくらえ!」
山羊モンスターは脚で俺の手を蹴り飛ばそうとしたが、今の俺は頑丈なだけでなく重さも十分だ。
俺の両手を削ることもできずに蹄が滑る。
俺の両手は、ブロンズゴートの下腹につきき刺さり、そのまま激しく内側に向かって凹ませた。
モンスターの口から吐瀉物が吐き出される。
臭気から肉食か草食か判断することはできないが、この量を見れば人里に近づけたら畑も何もかも食い尽くされそうだってのは分かる。
「きたねっ」
山羊モンスターの腹の凹みは回復しない。
ほんの少しだけ体力が向上した感覚があったので、おそらくもう死んだのだろう。
「今日は数が多いな!」
俺は三頭目に襲いかかる。
モンスターは二頭を殺した俺から逃げようとその場から跳んで逃げようとして、着地地点を予想していたシロに脇腹を刺された。
「危ない真似を!」
「あいようぶ!」
シロは追撃せずにその場から逃げる。
交差する形になった俺に、得意げな顔で笑って見せた。
「はっ」
俺がシロくらいの年齢にときにこんなことができたか?
まったく、たいしたガキだぜ。
「俺もいいとこ見せねえとなあ!」
ブロンズゴートに飛びかかると見せかけて、その足元に飛びつく。
俺の腕をモンスターの脚に巻き付けるようにして、俺自身を重りにする。
「シロ! 敵増援は?」
「いないお!」
「クロ! 撃て!」
「あう!」
レベルアップを繰り返したクロが、石をセットした投擲紐を猛烈な勢いで回す。
いや、ちょっと怖くなくなる勢いがあるな。
「くろ、よくねらうお!」
「あう!?」
石が飛び出すと空気を裂く音が確かに聞こえた。
ブロンズゴートの脇腹に命中して、何かが敗れる音と骨が折れる音が同時に聞こえる。
少し遅れて、出血が毛皮に吸い込まれる臭いまでしてきた。
「あう! あう!」
「うるさくないお!」
姉弟喧嘩か。
言い合いで済んでいるなら介入する必要はないだろうが……。
「話し合いは街に戻ってからだ。クロ! シロ! こいつは俺が押させておく。お前らが止めをさせ!」
「あう!」
「あい!」
シロも興奮して言葉遣いが元へ戻る。
クロが何個も石を放って、七割程度がブロンズゴートに当たって、残りが俺に当たる。
鉄鎧という名の重りに小さな凹みができたのは、クロの投石を褒めればいいのか、鉄鎧の貧弱さを嘆くべきなのかの、どちらだろうね。
「んっ」
モンスターの意識と視線がクロに向いた瞬間、シロが爆発的に加速する。
まだ小さな牙の代わりにナイフをひらめかせ、眼球から眼底を貫いてモンスターの脳を破壊した、らしい。
なにせ俺はブロンズゴートの脚に自発的に絡まっているからな。
具体的にどう倒したか知ったのは、宿に戻ってからの反省会のときだ。
「倒したな! 今日は死体を全部街まで運ぶぞ!」
「おー!」
「あうっ!」
シロとクロの興奮した声につられて、数人がかりでようやく一頭を運んでいたお子様たちも叫びに参加していた。
☆
「毛が結構抜けてるっす。銅を含んでいるから高く売れるんすよ?」
山羊モンスターの死体を三体受け取ったリックが、かなり衝撃的なことを口にした。
「銅に似た見た目だからではなく、本当に銅だからブロンズゴートなのか。肉は怖くて食べられんな」
「昔っからブロンズゴートの肉は食わない人が多いっすね。難民が食って腹を壊したって話も何度か聞いたことがあるっす」
世間話をしながら商談をまとめる。
リックも肉の買取を拒否したのに、金貨四枚と銀貨五枚にもなった。
「金貨三枚と後は銀貨でいいか?」
「構わないっす! 肉をゴミ捨て場まで持っていってもらっていいっすか?」
「まあ、帰り道だしな」
今日の取り引きはあっさり終わった。
しかし、モンスターから金属資源がとれるとは思わなかった。
リックの奴はかなり儲けるのかもしれないな。
「せいれつ!」
シロが号令をかける。
小屋の前に、お子様たちが全員一列に並ぼうとしてなかなか位置が決まらない。
「そのままでいい。……全員いるな。これで依頼は完了だ。依頼は成功、全員に全額報酬を支払う」
誰ともなく『ごくり』と唾を飲み込む。
孤児が銀貨で報酬を得ることなど、普通ならあり得ないことだからだ。
「一人一人取りに来い。……来ないのか? なら、ほれ」
銀貨を取り出しお子様ひとりひとりに握らせる。
手触りを、見た目を、恐る恐る確かめたお子様たちが、数分してようやく実感を得て『自分のもの』として手で握り込む。
「念のために聞くが、お前ら、銀貨を持ち帰って大丈夫か? 誰かに奪われても、俺は無料では取り返さんぞ」
前世の孤児院(正確な名称は知らん)と神殿の孤児院では治安も別物だろう。
俺が注意喚起のつもりで言った言葉は、お子様たちを猛烈に不安にしたようだ。
「不安ならコレットさんに相談しろ。あの人なら良い知恵もあるだろうよ。……では解散!」
次をやるかどうかはまだ決めていない。
お子様たちを紹介したコレットの意向もあるし、神殿が良い顔をしないなら続けられないしな。
「シロ、クロ、お前ら今日はどうだった。大変だったか?」
「あう!」
クロが胸を張って先に答えた。
「もんすたーの、うごきしだい、だれかたおれてたかも?」
シロはゆっくりと喋って、今日で一番ちゃんとした喋りをした。
「そうか。今日はいつもより儲かったが、いつもこうなるとは限らん」
いざというときに使えと伝えてから、金貨を一枚ずつ渡す。
シロは神妙な態度で受け取ってから懐の奥へしまい、クロはきらきらする金貨に夢中になっていじり始める。
こいつら、おそらく双子なんだが、精神年齢には差があるな。
「俺やシロやクロは大丈夫でも、死人や怪我人が出ると面倒なことになりかねん。今日は念入りに反省会をするぞ」
「はい!」
「あう!」
反省会の後はたっぷりの食事と知っているふたりは、元気に返事をする。
クロの耳がぴくりと動く。
シロが鼻をむずむずさせる。
「どうした」
俺は無意識に剣の柄に手をやった。
シロとクロは俺に言われて初めて気付いたようだ。
何かを探すように街の門へ向かうお子様たちを見て、皮なめし職人の小屋を見て、それ以外も見る。
「わかんないお」
「あう?」
「一応、リックたちにも伝えておくか。……まだそこまで悪目立ちはしてないと思うんだがな」
俺が大儲けしていることに気付いた奴がいるのか?
それとも、気合の入ったモンスターが城塞都市の近くまでやってきているのか?
杞憂で終わるならそれでいい。
俺は門から街に入った後も、シロとクロとともに警戒を怠らなかった。




