ビッグスズメの墜落事故と、初めてのアルバイト雇用
今日の相手はビッグスズメ。
でかいスズメのモンスターだ。
大きさは俺と同じくらいで、速度は普通のスズメと同程度。
つまり、俺にとっては相性最悪な敵の一つだ。
「ふん」
急降下して頑丈な脚で俺を蹴りつける。
補修した革鎧が避け、上半身が揺れるが被害はそれだけだ。
「わん!」
「うー!」
シロもクロも警戒はしているが恐れてはいない。
俺が平然としているからだ。
「ビッグスズメの相手は俺がする! お前らは上だけでなく地上の警戒もしろ!」
「はい!」
「あう!」
「今『はい』って言わなかったか!?」
動揺して腕を振り、それが再降下してしてきたビッグスズメに当たって驚かせる。
「あい?」
「あう?」
気のせいだったかもしれない。
俺はビッグスズメの脚に強引にしがみつき、内心ちょっと落ち込んでいた。
「どうしたスズメ! もっと頑張って飛んでみろよ!」
腕の力を使って体を引き上げ、ビッグスズメに抱きつく。
腕の力だけでは振り落とされかねないので、左右の手の指を強く絡み合わせてしっかり固定する。
「わん!」
「あうっ!?」
ビッグスズメが高度を上げた。
限界以上の力を出したビッグスズメが高温を発生させる。
俺は、ビッグスズメに固定した腕はそのままにして、下半身を激しく揺らして嫌がらせをする。
「クロ、対空射撃! 俺に当てて構わん! どんどん撃て!」
「あう!」
クロが元気に投石を開始する。
暇さえあれば練習していた成果があったのか、俺とビッグスズメに半々くらいの確率で当てている。
「俺にとっては肩叩きにすらならねえが、お前にとってはそうじゃないだろう? 一撃離脱に徹すればなんとかなったかもなあ!?」
ビッグスズメの右の翼が痙攣した。
俺もろとも回転しながら地面に向かって急接近する。
「ガキども! 受け身の見本を見せてやる!」
今俺が恐れる必要があるのは骨折だ。
アホみたいに頑丈な俺でも、骨の一点にだけ力がかかれば折れる可能性は十分にある。
具体的には、頭から落ちて全身の重さと速度が首の骨に集中するとかな。
「っと!」
華麗な着地など最初から狙わない。
ビッグスズメを放した両腕で頭と首を防御して、全身を縮こまらせるようにして地面に衝突する。
「んがっ」
一瞬遅れて俺の上からビッグスズメが衝突する。
固くはあるが細く薄い多数の骨が折れる音と衝撃が、俺の上から伝わった。
「今回はまずかったな。重さを増やすために鉄製鎧を着ておくべきだったかもしれん」
レベルアップの感覚より安堵の実感の方が強い。
俺はビッグスズメを俺の上から転がして、両足だけでなく全身も使って勢いよく立ち上がる。
手足、よし。
指、よし。
目も耳も鼻も、よしだ。
「シロ、クロ、二体目は狙わずに街へ戻るぞ! クロ、背負子を持って来い! シロは俺と一緒に警戒しながら荷造りだ。急げ!」
三人でも行動も慣れてきた。
シロもクロも、ときどきではあるが俺が命令するより早く動き出すことがあって、俺はガキどもの成長に満足していた。
まあ、早く動き出すだけで的はずれなこともあるが、ガキどもにそこまで高度なことは求めないさ。
「はい!」
「あう!」
やっぱり聞き間違いじゃないよな?
街に戻り次第、シロもっと発音練習をさせて人間の言葉を身に着けさせようと決心した。
☆
「安いな」
「大きいとはいえスズメっすから。せめて矢羽に使えれば多少は値がつくんっすけど」
皮なめし職人の小屋で、俺とリックは話をしている。
ビッグスズメの解体は他の二人の職人が担当中だ。
シロとクロは、行儀よくして解体作業を見物中だった。
「シロちゃんとクロちゃんに解体技術を教える料金を引いていいっすか? 銀貨四枚」
「そっちが勝手に見せたんだろうが。借りとして認識はするが大金を払うつもりはないぞ。金貨一枚」
お互い商売なのでなかなか話がまとまらない。
「おーい、終わったぞ」
「じゃれてないで早く話をまとめろ。肉はひきとるか?」
手足が不自由でも体力がある男たちは、値段交渉がまとまる前に解体を完了させていた。
「俺たちも肉欲しいっす!」
「じゃあ肉は三人分残して残りは俺が持ち帰る。銀貨六枚と鉄鎧を扱っている職人への紹介でどうだ」
「ろくな職人じゃなくていいなら構わないっすよ? 性格も腕も正直あれっす!」
「守るための鎧じゃなくて重りにするための鎧が欲しいだけだからそれで構わん。せいぜい買い叩いてやるさ」
ビッグスズメの大きさが大きさなので、肉は結構な量になった。
冷蔵庫もクーラーボックスもないので、木箱を借りて宿まで運搬だ。
途中、腹をすかせた難民や新人冒険者を何人も見かけたが、俺もシロもクロも足を止めることはなかった。
☆
「ビッグスズメかい? 食えると思うけど味は分からないよ?」
「味より栄養です」
俺が断言すると、おかみさんは肉を受け取ろうとしてその重さに眉をしかめた。
「またおかしな量を……。今の季節だと何日もはもたないよ?」
「焼けば今日明日は食えるでしょう」
「贅沢な食べ方だねえ」
おかみさんは口では文句を言うが上機嫌だ。
肉だけでも豊富に使えるのは、料理を作る側としては助かるのだろう。
「シロ。コレットさんはいるか?」
「……あい!」
白い犬耳がぴくりと動く。
シロが駆け出そうとしたので、俺は咳払いをして止めた。
「建物の中では歩け。いいな?」
「はい!」
わざとか?
俺に期待させたり落胆させたりして遊んでいるのか?
俺が子育てに悩んでいる間に、仮眠をとっていたらしいコレットが、髪が少し乱れていることに気づかず顔を出す。
「御用でしょうか」
「荷車の相場をご存知でしょうか。最近、倒しても運べないからモンスターを倒すのを諦めることがありましてね」
今日のビッグスズメもそうだ。
荷車があるなら、倒すたびに荷車に放り込んで戦い続けるって手も使えたんだ。
「荷車は馬車ギルドの利権です。神殿と取り引きのあるアリタさんでは、かなり高額の請求をされると思います」
「ありがとうございます。……困りますね」
「はい……」
本当に困った。
知識チートや技術チートができればいいんだが、俺にあるのは耐久力チートだけなんだよな。
「全員そろってるね!」
厨房からおかみさんの大声が聞こえる。
肉の焼ける良い匂いもする。
なお、この宿には俺とシロとクロとコレットしか泊まっていない。
もともとボロい宿だったが、俺の借金関係のトラブルを嫌って別の宿に移った奴が結構いた。
とどめになったのは、俺が長期契約でまとまった金を払った後、おかみさんが他の客からツケの徴収をして払えない奴(全員)を追い出してしまったのだ。
「シロちゃん! 手伝っとくれ!」
「はい!」
帽子をかぶり、元気に厨房へ向かうシロ。
クロは肉の匂いにわくわくしているだけで手伝おうともしなかった。
☆
薄い塩を振っただけの焼き肉はたいして美味しくはないが、焼き立てなのでパンに挟んで食べるとなかなかいける。
「しっかり噛んで食べろよ」
既に肉を口の中に入れているシロとクロが、首を上下に振った。
一つ食い終わった俺は次にとりかかる。
パンをナイフで切って肉と野菜の酢漬けをはさみ、丁寧に閉じてからかぶりつく。
パンは固いがしっかり噛むと味と栄養が出てくる。
肉の脂が少ししみているのも実にいい。
シロとクロが自分の手でパンを切ろうとして失敗していたので、俺はパンを交換してからシロとクロの分のパンを切ってやる。
「あいあと!」
「あう!」
「欲望に素直な奴らだ」
たいして頭も良くない単純なガキどもだが、俺に忠実なのは評価している。
そんな俺たちに、コレットが複雑な視線を向けていることに気付いた。
「何か?」
声が冷たくならないよう注意して話しかける。
俺はかなり暴力的な人間だ。
紳士的行動を意識しないと不要なトラブルを呼び込むことになるからな。
「成功している冒険者というのを、初めて見たんです。孤児院の先輩で神殿に就職できなかった人は、街の中で職を探すしかないんですけど……」
「街の職につくなら強いコネがいりますし、冒険者として成功したいなら素質と装備と情報が必要ですからね」
新人冒険者の間に大怪我をして死んだり、生き残っても街から追い出されたり。
冒険者にすらなれなかった奴は、犯罪者の下っ端として使い捨てかね?
「どうにかならないでしょうか」
コレットは、すがるよう俺を見た。
「酷い生活をしているうちに酷い性格になってしまう奴ってのはどこにでもいますからね」
俺だって余裕があるわけじゃない。
俺の耐久力でも耐えられない怪我をすれば、その時点で俺の冒険者生活は破綻する。
「そう、ですよね」
コレットは暗い顔でうつむく。
食事もあまり進んでいない。
「ですが考えとしては悪くない」
この世界では貴重な、教育を受けた人間がコレットだ。
一人前になる前に恩を売るのは悪くない。
「コレットさん個人が信頼する奴がいるなら、そいつにモンスターの死体運びを任せるってのはアリです」
俺は真正面からコレットの目を見る。
信頼ってのは重いもんだ。
コレットが俺に紹介した奴がヘマをしたら、コレット個人に責任をとってもらう。
そのことを察せられるほどに知識と地頭があるコレットは、ごくりと生唾を飲み込んだ。
「脅かしてしまいましたが難しく考えることはありませんよ。歳が上の先輩ではなく、コレットさんが面倒を見たことのある、コレットさんと親しい後輩でしたら、私も安心してお願いできますよ」
シロとクロが、不安げに俺を見た。
自分たちの役割を奪われるとでも思ったか?
「モンスターを倒して成長する機会は、俺とシロとクロで独占させてもらいます。モンスターを倒したいなら、俺のところの下働きで稼いで装備を整えろと伝えてください」
「はい。ありがとう、ございます」
コレットが深々と頭を下げる。
灰色の髪には相変わらず艶はないが、肌の色は少し健康的になっているように見えた。
☆
翌朝。
コレットに紹介されたお子様たちを見て、俺は内心頭を抱えていた。
気弱で戦闘能力のないコレットが面倒を見ていたという時点で気づくべきだった。
体格的にも性格的にも戦闘に向いていない奴らばかりだ。
だが、戦力としては使わないと割り切るならなんとかなる、はずだ。
「よーしお前ら! これから街の外へ行く。死にたくなけりゃ俺の言うことには絶対に従え。死にたいなら勝手にしてもいいぜ」
シロとクロは俺の左右に立って『ふふん』と胸を逸らしている。
俺の手下になってからまだ短いが、肉とパンと野菜を毎食しっかり食べて、ほぼ毎日冒険に出ているので筋肉が増えて厚みが増した。
まともな戦闘訓練も受けていない人間相手なら、最低でも良い勝負にはなるだろう。
「お前らの仕事はモンスターの死体の運搬だ。運搬に成功すれば銀貨を一枚くれてやる。一人に一枚、全員にだ!」
お子様たちの、目の色が変わった。
これならなんとかなるか。
はらはらしながらお子様たちを見守っているコレットを見て、俺はにやりと笑うのだった。




