借金取りに殴られたが、痛くない
喉がガラガラして頭がガンガンする。
ひでぇ二日酔いだ。
最悪の気分をふて寝でやり過ごそうとして、俺は窓から差し込んでくる強い日差しに気付いた。
「クソっ。今日は平日だぞ! 電車に間に合わねぇ!」
起き上がるつもりが跳ね起きた。
薄い毛布が床に落ちる音が聞こえる。
「って、なんだこりゃ」
声がおかしい。
普段より高いだけでなく、響きが違う。
「あー、あー? 死ねクソ上司。俺に責任がない形で苦しんで死ね」
声の高さはもとに戻ったが、言葉の違和感は消えない。
改めて周囲を見渡してみる。
「映画のセットか? 洋画、西部劇、西洋の中世?」
衛生的なあれこれが酷い。
ガラスも何もない窓から吹き込んでくる風には、家畜の糞尿の臭いが混じっている。
ふと気づく。
ベッドの脇に立てかけられていた剣に引っ掛けるようにして、鎖のついた銀の板がぶらさがっていた。
「銀札冒険者アリタ、ね」
夢にしてはリアリティがありすぎる。
強力な力を得て異世界で無双って物語は大好きだが、俺の立場が主人公かカマセかご都合主義の正反対の立場かも分からない。
突然、ドアが猛烈に叩かれた。
それも連続だ。
「おいアリタ出てこい! 金貨二枚、耳を揃えて借金払いやがれ!」
口より先に手が出てしまった。
ドアを勢いよく開け、ドアを叩いていた野郎にぶつける。
「いてっ。てめぇっ」
ボロ着で赤ら顔の男が大きくよろめいて、怒りで顔を真っ赤にした。
不潔な臭いが漂い、服装は粗末でしかも手入れがされていない。
強盗か?
男はいきなり殴りかかってきた。
俺の鼻に命中した。――なのに、痛みが軽い。
どうやら俺は、耐久力についてはチートらしい。
むかついてきたな。
……俺は現代人。俺は文明人。よし!
「なああんた。さっき、俺の借金がどうとか言ってたよな?」
俺はねっとりとした口調で聞いてやる。
全力の一撃で何の成果も得られなかった男は、露骨にうろたえる。
「そ、そうだ。今日中に借金を払わねえと、お前は奴隷落ちなんだよ!」
男は、自分が有利な立場であることを思い出したかのように調子を取り戻す。
「へえ」
俺は表面上は礼儀正しく笑顔を浮かべ、しかし目にはぶっ殺すという気合いを込める。
「あ、うあ」
予想外のタイミングで俺からの反撃をくらった男は、動揺して舌がもつれる。
俺の反撃はここからだぜ?
「その借金とやらを証明する物はどこにあるんだい? なあ、奴隷落ちとかすごいことを言う割に、証拠すらないなんて言わないよな?」
俺は現代人で文明人だからな。
暴力なんて野蛮で非効率な手段は使わず、言葉と法律でネチネチ攻撃するぜ!
問題は、俺の知っている法律や慣習が通用するかということなんだが。
「証文は金貸しの旦那の所にある、と思う」
「なるほどなあ。で、今日が期限ってのは誰が決めたんだい? その旦那さんか? それともあんたか?」
『あんたか』のところで反応があった。
もし借金が実在するなら奴隷落ちというところは本当で、期限についてはまだ余裕があるのにこいつが脅しで言ってるのか。
「あんたも大変だな。俺も、借金の証拠があるなら払う気があるんだ。ああ、証文なんて大事な物をすぐに見せてくれなんて言わねえよ。数日やる。俺も金を用意しておくから、分かるよな?」
クソっ。
話しているうちに頭痛が戻ってきやがった。
喉が乾いてそろそろ舌がもつれそうだ。
「……分かった。二日だ。二日だけ待ってやる。金を用意しておけよ!」
借金取りは俺に怯え、千鳥足じみた足取りで、汚い宿らしき場所から去っていった。
「ちょいとアリタさん! 昨日もうるさかったが今日もかい! 宿代はあるんだろうね!」
入れ替わりに痩せた中年女性が顔を見せる。
多少汚くはあるが、それでもできる限り身だしなみに気を使っているようだ。
この建物の経営者か雇われ店長だろう。
「もちろんです。心配しないでください」
悪意には悪意を。
礼儀には礼儀をだ。
俺が真面目な顔で頷くと、女性はびっくりして目を見開いた。
「いつも怒鳴ってばかりのあんたが……何か変なものを食ったのかい?」
「人間成長するものですよ。では、仕事がありますので」
俺は軽く頭を下げ、部屋の中に戻りドアを閉めた。
そして頭を抱えた。
「ステータスオープン! プロパティ! アクセス! 口頭で言っても反応なしか畜生!」
どうやら俺はとんでもない状況にあるようだ。
窓の外を見ると、西洋風かつ昔風の町並みがあった。
EV車の代わりに馬車、情報端末はもちろん紙すら見当たらず、家畜を飼っている厩舎のような臭いが漂う超絶リアル路線だ。
「転移か転生のどちらだ? ……鏡もないのか」
ベッド脇の剣の鞘を抜く。
刃の手入れだけは徹底していたようで、性格の悪そうな男の顔がぼんやりと映る。
「ちょっと化粧したコスプレって感じか。五体にも指にも欠損なし。耳もあるか。五感は……よし」
部屋の中にある荷物をあさりながら自分自身のチェックも調べる。
相変わらず二日酔いのままだが、冒険用の武装と道具を見つけて身につけていく間になんとなく「思い出して」きた。
「死ぬ寸前までやけ酒して前世でも蘇ったか。借金だけは本当だな、クソが」
俺は剣をベルトに下げ、冒険者ギルドへ向かう。
全く、これっぽちもわくわくなんてしなかった。
☆
「アリタかよ」
「よく顔を出せたもんだ」
「すぐに銀から銅に降格するさ。ほっとけほっとけ」
同業者らしき男女が何人もいたが、どいつも俺に非友好的だった。
まあ、舐められていないだけマシだな。
「残っているのは塩漬け依頼ばかりか」
ギルドの壁に張られている依頼票を眺める。
最低でも熊やそれ以上のファンタジー生物の討伐依頼ばかりだ。
街の外にいる……ここは城塞都市で、すぐ側に危険な森があるのか。
俺は依頼票から情報を収集しながら、ギルドにいる冒険者を観察する。
派手な色の武器防具も肌もあらわな美女美少女もいない。
だが、分厚い鉄鎧を着ているのに身軽に動いている奴が複数いる。
身体能力がファンタジーなのか?
もう一度最初から観察してみると、とんでもない器用さでイカサマカード勝負をしている奴や、アホみたいに長い防御魔法の詠唱を間違わずに唱えている奴もいた。
器用と知力がそれぞれファンタジーなんだろう。
「これを受ける」
依頼表を一つ外して受付まで持って行く。
「正気ですか。あなたの剣は通用しませんよ」
今日起きてから一番マシな見た目の受付嬢が、今にも舌打ちしそうな表情で答える。
実力者やエリート候補には愛想よく接するはずだから、俺はもう見捨てられているのも当然というわけか。
「どうせ剣は使わん」
俺は、ここに来る前に爪を切ろうとして欠けたナイフを思い出し、苦い顔をするのだった。
☆
今回の獲物はアイアンベアだ。
熊なのに首から上は猛禽類。
遠くから獲物を見つけて熊の体で仕留める、銀札冒険者でも単独では挑まない相手だ。
前世の知識までフル活用していたのに、俺は奇襲を受けて喉に食いつかれた。
革鎧ごと喉を食いちぎるはずの一撃は、俺にすさまじい痛みを与えたが肌に傷をつけることもできない。
「はっ」
両手でアイアンベアの細い首を抱え込む。
ワイヤーじみた剛毛が、革手袋ごしに俺の肌を刺激する。
俺の剣と腕力では絶対に切り裂けないと直感的に分かる。
「表面だけが頑丈ではなあ!」
右腕の骨と肘でアイアンベアの首をはさみ、左腕で右腕を押さえて、固定する。
アイアンベアの首が凹んだのは少しだけだ。
その少しだけで、口や鼻からアイアンベアの肺に届くはずだった酸素が届かなくなる。
俺の意図に気付いたアイアンベアが暴れる。
両手で俺を掴んでも、全身転がりまわっても俺は壊れない。
俺はどうやら、耐久力だけはこの世界のネームド級らしい。
「いてっ」
だが痛くはある。
何度も森の地面や太い木にぶつけられれば小さな傷はつく。
目を狙われるとまぶたでした防御できないので眼球がちょっと痛い。
それから、体感では数時間、実際には数分が経った。
動き続けて高熱を発するアイアンベアから力が抜け、その肛門から中身がこぼれて強烈な臭気が撒き散らされる。
「んなっ」
だが俺は糞尿の臭いが気にならなかった。
アイアンベアが絶命した瞬間に、体も五感も全てが強化される感覚が襲ってきたのだ。
強化された筋肉はアイアンベアの死体を軽く感じさせ、さらに頑丈になった体は寄ってきた虫が噛んでも受け付けない。
五感も戦闘前とは別物だ。
近視の人間がメガネをかけたかのように、何もかもがクリアに知覚できる。
「レベルアップ、だと」
声が震えている。
酒精という毒も消え、ガキの頃みたいに快調だ。
前世で味わった快楽よりも鮮烈な体験に、俺は屈した。
「モンスターを殺せば、もう一度これを、味わえるのか」
俺とこの世界が、ガチリと噛み合った。




