朝、起きたら戦場になっていた
「もう少し眠っていたいなあ」
そう思いながら、マサオは目を覚ました。なんだか、みょうに外が騒がしかったからだ。どこかで火事でもあったんだろうか。
いきなりドアが開き、誰かが躍り込んできた。クラスメイトのユウジだった。たしかに、いつも一緒に学校に行く仲だが、いきなり部屋に飛び込んでくることはないだろう。
しかも、迷彩服に身を包んでいる。なんの仮装だか。
「何やってんだ! 行くぞ!」
マサオが抗議の声を上げるより先に、ユウジが喚いた。何事だ。遅刻? やっぱり火事か?
「ぐずぐずするな、ほら」
ユウジはベッドの上に置いてあるアサルトライフルを持ち上げて、マサオに突き付けた。こんなものといっしょに寝ていたのだろうか?
「何だよその恰好は? サバゲ―でも始めるのか?」
「寝ぼけてるのか? 遊びじゃないんだぞ」
ユウジが言うと、マサオは、自分も迷彩服を着ていることに気づいた。この格好のまま寝ていたようだ。
「とにかく、銃持て。外出るぞ!」
マサオは、ユウジが急かすのを背中で聞きながら、銃で体を支えてのろのろと起き上がる。窓の外を見ると、一気に目が覚めた。
見慣れた近所の風景はなく、いや、あるにはあるが、様変わりしていた。まるで大きな地震でも起きたかのように、街並みはほとんど廃墟になっていた。
「い、いったいどうして……」
「早くしないと。哨戒(偵察)によれば、敵が迫ってるそうだ」
ユウジに手を引かれ、銃をもって外に出た。わけがわからない。なぜふたりともこんな格好をして、銃を持ってるのか。こんな銃、はじめて持ったが、ずっしりして、モデルガンじゃなさそうだ。
そういえば家族はどこだろう。いつもなら朝食時で、父、母、妹が家にいるはずだ。避難しているのだろうか。
──あらためて街並みを見ると、思ったより家々は原形をとどめていた。さっき見たときは驚きのあまり、実際よりも破壊されたように見えたのだった。
どうなってるんだ。マサオは寝起きの脳をフル回転させた。マサオもユウジも高校1年生。昨日も一緒に登校して、バカな話をし、授業を受けるといった日常だったはずだ。
彼の記憶では。
「な、なあ、ユウジ。父さんと母さん、それとアヤはどこ行ったんだ?」
「マサオ……、お前。まさか、記憶が?」
ユウジはまじまじとマサオを見た。
「いいか、おじさんとおばさん、……アヤちゃんは」
ユウジは下を向いて、一瞬、言葉を詰まらせた。
「みんな死んだんだ。敵の砲撃で」
「え……、うそだろ? 冗談言うなよ」
「馬鹿野郎! これが冗談を言ってる目かよ」
ユウジはマサオをゆさぶった。
ようやくことの重大さに気づき始めたマサオは、うながされるままに、ついていった。ユウジの真似をして瓦礫の陰に隠れつつ、進んだ。
「理由はわからないが」ユウジが言った。
「今のお前は記憶が混乱しているらしい。とにかく、今は俺の言う通りにして、ついてこい」
──移動しながら、ユウジは簡単に説明してくれた。現在、この国は某国と戦争状態にあるということ。
ふたりは志願して兵士になったこと。彼らだけではない。同級生だけでも、多くの者が戦場におもむき、そして死んだ。
ユウジには父親がおらず、兄も戦死しており、母親だけが避難して無事だそうだ。
マサオは、おそるおそる、両親と妹がすでに死んでいることを、ユウジに確認した。ユウジは、静かにうなずいた。
ユウジはさらにつづけた。昨夜、彼らの部隊は、この街で宿営(市街地の建物を利用して野営)することになった。ふたりは、マサオの家で宿営した。マサオは、なつかしい自分のベッドで寝て、ユウジは両親の部屋で寝た。
そして今朝、無線が入った。さっきも言った通り、敵が近づいている。我々は部隊と合流し、いったんこの街から撤退する。
「撤退?」マサオが言った。「でも、敵が来るんだろ? この街は誰が守るんだよ。学校のみんなはどうなるんだ」
「いいか」
ユウジは浅くため息をついてから言った。
「この街には、もう誰もいない。とっくに死んだか、避難してるよ。今は街を見捨てるように思えるが、戦争に勝てば、最終的に街を救うことになるんだ」
早口でまくしたてるユウジに従うしかない。クラスのみんなは、どうしたんだろう。親友のユウジにも言ってなかったが、ひそかに好きな女子生徒が同じクラスにいた。
だから、気になるのは、みんなというより、「あの娘は」だ。だが、それを確かめるのは怖かった。
「でも」マサオが言った。「俺たちまだ高一だぜ? そんな年で戦争なんて」
「もう高二だな。もしあのまま学校に通っていたらだけど」
「なんでそんなことに……」
「さっきも言ったが」ユウジが続けた。
「俺たちは志願したんだ。友達のほとんどもだ。忘れちまったのか? 俺たちみんなで誓い合ったろ。命に代えても、この国の平和を守るって。早く戦争を終わらせれば、それだけ犠牲が減るんだ。それに……」
乾いた音がして、会話がさえぎられた。銃声のようだ。ユウジはすごい勢いで体を伏せ、転がって瓦礫の陰に隠れた。マサオも同じようにし、ユウジと離れた位置で壁に背中をつけた。
「もう来たか」ユウジがいまいましそうに言った。
「しかも今の銃撃の方向、俺たちの部隊がいるほうだ。どうなってやがる」
すでに部隊が攻撃を受けたのだろうか? 孤立無援で敵に囲まれてしまうのか。
ユウジが、敵のいる方向に自動小銃を撃ったので、マサオもそれにならった。鉄砲なんか、撃ったことがない。なのに、なぜか体が勝手に動いた。だが、敵の姿は見えない。
──しばらく銃撃がつづいた。ふと、それまでの銃撃とは違った音が聞こえた。打ち上げ花火のような音だ。さっきから、感覚が鋭くなっているのか、離れたユウジのつぶやきも、はっきり聞こえるのだった。
と、思った瞬間、すさまじい衝撃音が響き、なにも見えなくなった。
──衝撃はあったが、痛みはなかった。マサオは、案外、死ぬときはこんなものかもしれないと思った。が、ちがった。彼は、自分の胸や腹を触ってみたが怪我はなく、手足もついている。
ふとユウジのほうを見ると、彼が隠れていた壁が血で染まっていた。
「ユウジ!」
マサオは駆け寄った。ユウジを助け起こすが、異様に軽かった。それもそのはずだ。頭部こそ無事だったが、手足と体の大部分はバラバラになり、そこらじゅうに飛び散っていた。
目は中空を見つめ、口を開いていた。むろん、すでにこと切れていた。
「バカヤロー……!」マサオの目から涙がこぼれ落ちた。
「こんな時は、何か言い残すもんだろ。なんで、こんな」
ふたたび銃声が聞こえ、マサオは銃を構えた。怒りがわいてきた。戦争? いいだろう。やってやる!
ここにいてはまずい。また狙われる。マサオは壁の陰から出て、敵のいる方向に、慎重に回り込んだ。
さっきから感覚が研ぎ澄まされている。まるで、敵の息づかいまで聞こえるような気がした。銃声からも、敵の数はそう多くないと気づいていた。
せいぜい2,3人だ。気づかれぬように近づいて、奇襲し、一気に敵を倒す。
意識せずとも体が動いた。身を隠しながら敵に迫る。
動きながら思っていた。昨日まで両親や妹と一緒に暮らし、夕食で会話したことも覚えている。なのに、みんな死んでしまったという。そして、たった今、親友のユウジまで死んでしまった。
どうしてこんなことになったのか、皆目わからない。
気づかれぬまま、敵を発見した。壁の陰に、3人いた。マサオは、ためらうことなく発砲した。
◆◆◆
──暗い部屋に、モニターがいくつも並んでいた。そのうちのひとつに、マサオが映っていた。ふたりの紳士が、それを見つめていた。
ひとりは椅子に座り、もうひとりは痩せて、眼鏡をかけ、椅子のそばに立っていた。
「このように」
眼鏡のほうの男が言った。
「今回開発された技術は、かなりの効果をあげています。このまま進めれば、我が国の優位はゆるがぬと思われます」
「うむ」座っている男が応えた。
「彼らの愛国心は見上げたものだ。愛国心が強ければ強いほど、士気はあがる。本土に上陸されたときはどうなるかと思ったが、これなら安心だ」
「左様で……。ご存知のように……」眼鏡の男が言った。
「私は歴史の研究が趣味なのですが、どの戦争を見ても、兵士の士気は重要です。かつて我が国は、根性論やプロパガンダで士気をあげようとしました。いっぽう、某国は、訓練で兵士の『個』をなくし、戦闘マシーンにする方法をとりました」
眼鏡の男は、早口でまくしたてる。
「しかし、最近のガ……いや若者は、利口になりまして、あからさまなプロパガンダなど見抜いてしまいます。そこで今回、我が国は、兵士ひとりひとりが、愛国心から自発的に救国を志すようにしました」
「うむ、その方法というのが……」
「はい。徴兵された兵士は士気が低いのは、データで明らかなのです。戦闘どころか、訓練でもすでにその傾向があらわれます。ですので、入隊後の身体検査のさいに、彼らに『処置』をします。彼らの海馬に、幼少期から愛国心をもっている記憶を書き込みます。さらに、兵器の使い方、作戦行動その他もろもろを書き込めば、理想的な兵士の出来上がりです」
「元の記憶は?」
「残ります。いうなら、新たな記憶を『侵入』させるといったところです。どのみち、人間の記憶というのはスカスカの状態なので、侵入は容易です。ただし、『徴兵』された記憶などは、部分的に封印されます」
眼鏡の男は説明を続けた。
「そもそも、記憶というのは、複数の種類がありまして、別々に操作できます。本などで得た知識を『意味記憶』、実際の体験を『エピソード記憶』、それから、体を使ってする『手続き記憶』などは、銃の使い方を……」
「なるほど」座っている男が、話をさえぎって言った。
「それにしても、技術で記憶を作れる時代か。この技術を見ていて思うのだが」
「と、言いますと?」
「ワシも若いころはいろいろ苦労したもんだが、今となってはいい思い出だ。それらすべてが、ほんとうに経験したことなのだろうか?」
「あの、それは、つまりどういう…」
「ま、いい。とにかく、これでわが国は戦争を有利に進められるだろう」
「あ、あの少年をご覧ください」眼鏡の男は、モニターに映るマサオを指さした。
「彼は、特別な訓練の記憶を持っています。通常の戦闘以外にも、ゲリラ戦や、どんな戦況にも適応します。拷問を受けてもコントロールされません。サバイバル能力にも優れており、ヤギのヘドをすすってでも生き延びます」
──国力で劣っているとはいえ、10代の子供まで「進んで」戦争に参加させれば、そうとうな戦力になる。しかも、子供とはいえ、ベテランの軍人とおなじ能力=記憶を持っている彼らの戦闘技術は、エキスパートのそれだ。
彼らが他のモニターに目をむけると、別々の場所で、それぞれの戦闘が続いていた。
◆◆◆
──たしかに、このままいけば今度の戦争には勝利するだろう。問題はその後だ。まだ破壊された都市やインフラの復興といった大仕事が待っている。そこでも、この新技術が活躍するだろう。
人々に、しゃかりきになって働くことがなによりも美徳であるという「記憶」を与えればいいのだ。
なにも全国民にする必要はない。一定の割合で十分だ。他の国民はそれで従うからだ。
しかし、急いで作られたためか、この技術は未完成で、何百人にひとりの割合で、書き込んだ記憶が定着しないのだ。
マサオもそのひとりだった。
だから、彼らは、まだ知らない。いずれ、真相をしったマサオが、家族や友人の死を彼らの責任だと考えるようになることを。
そして、同じく記憶が残っている同志を集め、よく訓練された「記憶」を使って、彼らに反旗を翻すことになることを。
※本作はフィクションです。実在の人物、国家、作戦、時代とは関係ありません。




