からかい上手な王女は、どうやら魔法を使うらしい
「あんなに……お楽しみに……?」
「はい……///それはもう、激しく……///」
「んんんんん!?!?」
ルリアの発する言葉に、背中と額から大量の変な汗が噴き出る凛音。
『昨晩』『お楽しみに』『激しく』。重たすぎるそれ等三単語。加えて、ベッドにいる少女は、下着姿で恥ずかしそうに頬を赤らめている。ていうか、良く見れば凛音自身も、身に纏っているのは下着だけだった。
あまりにも完璧に揃った状況証拠。ここが犯罪現場なら、即刻現行犯だろう。
「俺……ほんとに……ヤッちゃったのか……?」
「はい、ヤッちゃいました……///ふふっ、激しくて濃厚な夜でしたね」
「の、濃厚……?」
「私……初めてでしたのに。とっても楽しくて、クセになっちゃいました……」
「初めて……?クセになっちゃう……?」
吐息交じりに言うルリアの言葉を、オウムのように反復する事しか出来ない凛音。
甘いアダルティーな雰囲気が充満していく部屋の中。凛音は、生唾をゴクリと呑み込んで、確信を得る為の一言をルリアにぶつけた。
「ほんとにしちゃったんだ、初エッ──」
そこまで言った所で、ルリアはそれを遮って、
「しちゃいました!げぇむ!」
「マジかああ!!!初めてがお酒の勢い……ん?今何て?」
「はい!ですから、しちゃいました!げぇむ!」
「…………」
「…………?」
理解が追い付かずポカンと口を開ける凛音と、それを物珍しそうに見るルリア。
「げー……む?」
「はい!とっても楽しかったですねっ!」
「…………ええと、うん。それは……隠語とかでは無く……?」
「何を仰っているのですか?凛音さんが昨日教えてくれた物じゃないですか」
そう言って、明後日の方向を指差したルリア。
そこにはテレビと、床に乱雑に置かれた二台のコントローラーが。
「え……激しくて濃厚って……」
「えっと、たいせんげぇむ?っていうのをやって、手に汗握る激闘だったではないですか?激しくて濃厚という表現、間違っているでしょうか……?」
「間違っては、無い……うん。一応聞くけど、初めてとかクセになるってのは……?」
この流れで、もう何となく返ってくる言葉は想像できるが、念の為それらの真意も確認しておく。しかし、やはりというか、もちろん凛音の想像通りの返答がある訳で、
「私、げぇむというものを初めてやりましたので!!それが非常に楽しく、時間の許す限りまだまだやりたかったという意味で、クセになると言ったのですが……」
そう言って、不思議そうに小首を傾げたルリア。
安堵半分、もう半分は心からの落胆で、凛音は大きな溜息を吐いた。
「ま、紛らわしい……」
「ふふっ、凛音さん一体何を……いえ、ナニを期待していらしたんですかぁ?」
口端を上げて、悪戯な笑みを浮かべるムッツリ王女様。
凛音は、不服そうに唇をきゅっと結んで、
「べ、別に……何でもない……ていうか、紛らわし過ぎだし……」
「え~?紛らわしくないですよぉ。起こった事、思った事をそのままお伝えしただけですもん」
「……ッ!絶対わざとそういう言い方したでしょ……」
「えぇ、もちろんです!凛音さんみたいな反応……この世界では、思春期って言うのでしたか?可愛いですねっ!思春期凛音さんっ」
「……ッ!うっさい変態女!」
「なっ……!誰が変態女ですか!!」
「見知らぬ男の家で、何もしてないのに下着姿で寝てる女は変態って言うの!」
「違いますから!!そもそも、凛音さんが昨晩、ゲームをやる時は下着姿がマナーだと、そう仰っていたのではないですか……!」
「え……昨日の俺、そんな事言ってたの……」
──泥酔してた昨日の俺、何やってんだよおおお!!!
女の子を家に連れ込んだ挙句、在りもしないマナーを言っていた昨日の自分に愕然として、しばらく禁酒する事を決意した凛音。
一旦落ち着く為、冷蔵庫の中から昨日買った天然水を取り出し、ぐびっと一思いに飲んでから口を開く。
「そもそも……誰、ですか?申し訳無いんだけど、本当に覚えて無くて」
「一応、昨日ご説明したのですが……もう一度した方が宜しいですか?」
凛音は、黙って首を縦に振る。
それを確認したルリアは、いつの間にかベッドの下に畳まれていた豪奢なドレスを身に纏って、その裾をちょんと持ち上げた。
「グロリオサ王国から異世界転生してきました、グロリオサ王朝第一王女。名前をエレオノール=グロリオサ=ルリアーノと申します。昨日、凛音さんに拾って頂き、今に至ります」
「異世界転生……?その名前なんか聞き覚えが……ルリアーノ、ルリアーノ……あっ!ルリア!?」
凛音の脳内で、うっすらと霞がかかっていた夢の内容と、アルコールのせいで消えかけていた昨日のコンビニでの記憶が、弾けた電気の音と共に完全一致した。
「夢じゃ……無かったんだ……」
深い理由は知らないが、違う世界から異世界転生して来た一国の王女だと言い張る目の前の少女。
昨日こそ、酔っぱらった勢いで信じたが、改めてそれを鑑みると、とてもじゃないが事実だと受け止める方が無理があるというもの。
ルリアに対し、胡乱な目を向ける凛音。その視線に気づいた彼女は、少し頬をぷくっと膨らませて、
「むっ。その目……信じていませんね?昨日は信じて下さったのに……」
「いや、その……酔ってたからさ……」
「うぅ……酷いです。私に期待だけさせといて、朝起きたらお酒のせいだったと、責任から逃げるのですね……およおよ」
「妙にリアリティのあるイザコザ演出するのやめてね?」
今度は、クズ男に引っ掛かった女の子の《《泣き真似》》をしている彼女を見て、呆れた溜息を吐く凛音。
ルリアは、少ししゅんと肩を竦めて、
「では、どうしたら信じて頂けるのでしょうか……」
その質問に、凛音はうーんと声を唸らせながら、
「あ、だったらさ。昨日言ってたアレ……魔法、使ってみてよ」
「魔法……ですか。この世界、魔素が極端に薄いので、あまり使用していると魔力が枯渇してしまうのですが……」
「ただ」と、そう続けて意を決した顔つきを見せるルリア。
「確かに、信じて頂くには……それが一番早いかもしれませんね」
刹那、彼女は淡い光の粒子に包まれる。そして、数秒の間も無く、その粒子が空気に霧散して、凛音の頭上から生成された水が彼に降りかかった。
「う、うわぁ!!」
水によって一時的にびしょ濡れになった彼の体。しかしその直後、その濡れた体を取り囲むように、激しい旋風が巻き起こる。
気付いたら、凛音の体には一滴の水滴も付着しておらず、その代わりにボサボサだった見るも無残な寝癖が綺麗に無くなっていた。
「ふふっ、この後ご予定があると聞いておりましたので、僭越ながら寝癖を正してみましたっ!」
にこっと、柔和な笑みを浮かべてそう言ったルリア。
恐らく、この世界に生きる人類で初めて魔法を受けたであろう凛音は、無言で何度も瞬きを繰り返すと、震えた声音で、
「ま、魔法……本当にあったんだ……」
「これで……信じて頂けましたか?」
「は、はい……」
「ふふっ!それなら良かったですっ!」
驚愕で固まっている凛音とは裏腹に、心底嬉しそうにそう言ったルリア。
当然の如く初めて見た魔法に、高揚して脈打つ頭と心。しかし、彼には質問したい内容が山のようにあった為、それを無理矢理落ち着かせて、何とか口を開く。
「い、異世界転生して来たのは……分かった。うん、もう疑わない。け、けどさ、何で転生したの?」
「何で……というのは?」
「だ、だって、急に異世界転生した訳では無いでしょ?」
「あぁ、そういう事ですか」
凛音の言っている事に、理解を示したルリア。一度相槌を打って、
「それはですね──」