美人で巨乳な王女様を、どうやら拾うらしい
見惚れてしまいそうな美しい所作で一礼して、ゆっくりとその顔を上げる──自身をエレオノール=グロリオサ=ルリアーノと言ったその少女。
聞き馴染みの無い、明らか日本人離れしたその名前に、凛音は思わず聞き返す。
「……え?エレオ……何?ごめんなさい、ちょっと聞き取れなくって……」
「ふふっ、いえいえ。少々長いので仕方がありません。もう一度ゆっくり申し上げますので、私に続いて復唱してください」
「あ、はい……ご丁寧にどう、も……?」
何故か、目の前の少女に諭される凛音。
あまりにも理解し難い現状だが、喉元で引っ掛かっているこの場に対する疑問は一旦呑み込んで、首を縦に振った。
少女は、楽しそうに身振りしながら「せーのっ♪」と言って、
「エレオノール」
「……えれおのーる?」
「そうそう、お上手です!……グロリオサ」
「ぐろりおさ……」
「後もう少しですっ!ルリアーノ」
「るりあーの?」
「それを全部繋げると?」
「えれおのーる、ぐろりおさ、るりあーの……エレオノール=グロリオサ=ルリアーノ!!」
「もう素晴らしいですっ!完璧!偉いっ!!」
「やった!とうとう言えた!何か口が気持ち良い!!……って、ちっがあああああああう!!!」
深夜のコンビニの駐車場に響く、凛音──もとい、夜中に大声を出す不審者の叫び声。
自覚なく完璧なノリツッコミをしてしまった凛音に対し、少女は不思議そうにきょとんと小首を傾げながら、
「う~ん……やっぱり、長くて言いづらかったですか?それでしたら、お気軽にルリアと、そうお呼びくださいっ!」
「いや、だから!!名前とかじゃ無くて!!」
「も~特別ですからね?第一王女である私をそうお呼びになるのは、王族と、それに非常に近しい高位貴族の方々だけで──」
「そこっ!そこだよそこ!!王族?第一王女?それだけでも意味分かんないのに、転生してきたって言わなかった!?」
自身を第一王女と自称する少女──ルリアの言葉を思い切り遮って、先程呑み込んだ疑問を盛大に吐き出した凛音。
泥酔故の愚かな聞き間違いかと思っていたが、どうやら違ったらしい。
「王族って何!?第一王女って何!?転生って何!?!?」
「そ、そんな無詠唱魔法で放たれる魔法みたいに、一気に質問されても困ります……」
「無詠唱魔法!?魔法って本当に存在するの!?」
「い、一旦落ち着いてください……頭を撫でて差し上げましょうか?」
「い、いえ……触られるのも怖いのでやめて下さい……」
「そうですか?私の落ち着きがない時、お母様が良くしてくれていたので、効果はあると思うのですが……残念です」
出していた右手を引っ込めて、しゅんと肩を落とすルリア。
──何故この子は、見ず知らずの男の頭を撫でられなくて落ち込んでるんだ……?
凛音は、何もかも理解不能な彼女の言動に本気で戸惑いつつ、激しい鼓動を打つ心臓を落ち着かせる為、何度か深呼吸をした。
そして、ほんの少し落ち着きを取り戻した頭で、質問の優先順位を立ててから口を開く。
「ま、まずさ……え、俺をからかってる訳じゃないんだよね……?」
「えぇ、もちろんです。私の目を見て下さい。からかっているように見えますか?」
じっと、凛音の瞳を捉えるルリアの目。その、浮世離れした美しい碧眼に中てられると、目の前の怪しすぎる少女の言っている事は本当なのではないかと、そう思ってしまう不思議な眼力があった。
「わ、分かった……信じるよ。でも……だとしても、異世界転生って何?そんなのはアニメやラノベの中だけの話で、現実に起こる訳が無い」
「……?この世界でも、異世界転生は一般的な概念では無いのですか?」
何をおかしい事言ってるの?と、そう言わんばかりの表情で首を傾げたルリア。
そんな彼女に対して、凛音は全力で首を横に振りながら、
「絶対に有り得ない事象だから!!オタクが夢見る設定だけど、結局設定でしかない世界だから!」
「あれれ……おかしいですね。日本という場所から来た転生者の方々は、口々に『異世界転生したひゃっほー!!美人な女で周りを囲って、異世界ハーレムするぞー!』と、妙に女性しかいないパーティを組んでいたりしたのに……皆が同じ事をしていたので、そういった《《教材》》があるのかと……」
人差し指を頬に当てて、ルリアは心底不思議そうに言った。
聞いていて何とも居た堪れない気持ちになった凛音は、この話を長引かせないようすぐに話題を変えようと口を開く。
「そ、そうなんだ……ま、まぁつまり、異世界っていうのは本当にあって、そこから来たと?」
「はいっ!簡潔に言うとそうですっ!」
「……それで、君はそこの第一王女様……?」
「むぅ。君では無く、ルリアとそうお呼びください!」
「…………ルリアは、そこの第一王女様なんだね?」
「はいっ!その通りですっ!」
奔放な笑顔を浮かべて、元気良く頷いた王女様。
どうして知らない世界に来てそこまで楽しそうなのか、心の底からそんな疑問が湧いたが、それを聞く余裕など今の凛音には無い。
いきなり突拍子も無い出来事に見舞われて冷めていたが、ルリアと会話を重ねている内に、段々と思い出したかのようにアルコールの毒素がもう一度脳内を蝕んでくる。
うっすらと朧気になってくる意識の中で、凛音は整理した次の質問の引き出しを開いた。
「……そんな王女様が、どうしてコンビニの駐車場に捨てられてる段ボール箱の中で、猫の鳴き真似をしてたわけ?」
「あ、それはですね、いきなりこの世界に転生して右も左も分からない状況ですので、私を拾って下さる心優しい方を探していたんです……にゃあ」
「どうしてそれが、段ボール箱の中……」
「私の世界では、こういった箱に飼い猫を捨て置く無責任な方々が一定数いるので、それにちなんで拾って貰おうという算段ですっ!」
ルリアは、ふふんっと鼻を鳴らして、自慢げに思い付いた名案を口にした。
それを聞いて、凛音は重々しく溜息を吐きながら、
「そういう輩って、どこの世界にもいるんだな…………ん?いや、ちょっと待て」
今の会話内に潜む確かな違和感を察して、とっさに口を噤む。
アルコールで纏まらない思考を精一杯動かすと、その違和感の正体に気付いてしまう訳で……
慌てて口を開こうとした凛音。しかし、そんな彼を見透かしているかのように、一歩先にルリアは言葉を紡ぐ。
「あの……そこで一つ、お願いがあるのですが……」
「いや、あの──!」
凛音がその先を言い終える前に、さっと彼の両手を自身の両手で包み込んだルリア。そのまま、勢い良く彼の方に身を乗り出して、
「私を、拾って頂けませんか!?」
普段の凛音なら、こんな面倒事には絶対に関わらない。無視はせずとも、交番まで連れて行って終わりだろう。
しかし、今の彼の脳内は、くだらない合コンで摂取したアルコールに浸食されており、それに加えて──
──ち、近い……
この距離だからこそ分かる、ルリアの圧倒的な美貌。絶世の美しさ。
絹のように流れる金髪と、吸い込まれてしまいそうな程澄んでいる、緑がかった淡い碧眼。それに、何よりも目を奪われてしまうのは、二の腕を内側に寄せているからこそ、さらに強調されてしまっている、胸に実った豊かな双丘──否、双山。
比類の無い美少女が、図らずもモチモチの双山を強調していれば、大抵の男などまともな理性なんて、いとも簡単に崩れてしまうのが世の常で……
凛音は、紙切れ程しか残っていない意識の中、そのままルリアの手を引いて、
「俺の家少し歩くけど……良い?」
「……っ!もちろんですっ!えへへっ!」