女の子は、どうやらエロいが可愛いになるらしい
凛音は、開かれたカーテンの先に佇むルリアの姿をその目で捉えた時、思わず息を呑み込んで絶句した。用意していた《《賞賛》》の言葉達は、まるでハードル走で障害物を越えられず躓いてしまう《《子供》》のように、瞬きの間で彼の脳内から消失してしまったのだ。
見呆けて黙ったままの凛音に、ルリアはじゃっかん照れたような笑みを浮かべながら、
「り、凛音さん……その、変……でしょうか?」
「え、あ、いや……変ていうか、あの……」
何か良い誉め言葉を言わなければと焦るが、今の彼女を的確に表現できる形容の仕方など、少なくとも凛音が持つ語彙の中には見当たらない。
何も言葉を発さない彼に、ルリアの表情は更に不安の色を濃く滲ませていく。そんな彼女の様子に、もっと慌てて頭が回らなくなってくる凛音。
──やばいどうしよ!何も言葉が出てこない……!あーもうっ!こうなったら、ちまちまお洒落な言葉を探すのなんか辞めて、パッと頭に出て来た単語をそのまま伝えよう!!
そもそもが女慣れしていない為、器用に言葉選びをする方が無理というもの。
一旦脳内を空っぽにした彼は、もう一度改めてルリアの姿を確認する。そして、いの一番に思い浮かんだ文章をそのまま口にした。
「うん、めっっっちゃ可愛い。本当に似合ってるよメイド服。ルリアみたいなメイドがいたら、ずっと俺の側で身の回りのお世話して欲しいもん」
「……っ!まぁ!」
「お客様……見かけによらず結構情熱的なんですね……!」
凛音が、心内をそのまま言葉にしても結構上手に褒められるなと、そんな事を考えながら安堵していたのも束の間、それを聞いて驚いているルリアと、目を輝かせている女性店員。
特に変な事を言った自覚が無い彼は、きょとんと首を傾げながら、
「……?俺、そんなに驚かれるような事言いました?」
その疑問に対して答えを返そうと、店員が凛音の方にグッと詰め寄って、
「言いましたよ!『ずっと俺の側でお世話して欲しい』って……!」
「え、えぇ……言いましたけど、それが何か……?」
「だってそれって……実質的プロポーズ!!ですよね!?」
「プロポーズ……プロポーズ!?違いますから!!ね!?ルリア!?」
頓狂な声を上げながら、慌ててそれを否定した凛音。助けを求めようと、勢い良くルリアの方に視線を向けたが、それは絶対に間違いであった。彼女は、頬をほんのりと赤らめて、恥ずかしそうに口を開く。
「り、凛音さん……///それはまだ早いですよ///まずはお父様の許可を頂かないと……///」
「何でちょっとノリ気なの!?」
出会って二日目にしてもう分ってきたが、この王女はとてもノリが良い。特に悪ノリが。飲み会にいたら、絶対一番モテるタイプ。
ルリアの悪ノリに、驚嘆な声音で言葉を返した凛音だったが、一度長めの溜息を吐くと、改めて彼女のメイド姿を見ながら口を開いた。
「とにかく、本当に似合ってると思う。何と言うか……気高いメイドって感じ」
一見、派手で目立つルリアの容姿には、白黒の比較的質素なメイド服は合わなそうに思えるが、これはさすがの美人と言った所だろう。顔面の美しさと、完璧なスタイルで、そのアンバランス感でさえ我が物として着こなしていた。
彼の呟いた感想に、何度も首肯しながら「わかる~!」と強い共感を示す店員。彼女は、一度ルリアの方に近付くと、そのまま凛音の方に向き直って、
「しかし!このメイド服の良さは、これだけじゃ無いんですよ!!ご覧ください!この衣装の真骨頂!!」
そう言い放つと、店員はルリアの胸元に付いている黒いリボンをするりと解く。すると、そのリボンによって固定されていた布がはらりと下に垂れ落ちて、肌色のハートマークが露となった。その肌色はもちろん、着ている本人の柔らかい生肌であり──
「実は!このメイド服の最カワポイントは、この胸の所にあるハートマークなんです!!どうですか!?死ぬ程メロいでしょう!?」
「いや露出が激しいだけじゃないですか!?てか安易にそんな事したら、由緒正しきメイド服が好きな各先方から、お怒りのメッセージが来ますよ!?」
「そ~んな事無いですよね~?ね~ルリアさん?」
「はいっ!この形状のメイド服は今まで見た事が無かったのですが、とっても可愛いですっ!」
「可愛い……?」
それはエロいだけでは?とそう言いかけたが、そっと口を閉じた凛音。栞や柚葉も、良くエロいを可愛いと表現している事があるが、正直あまりピンと来ない。世の中の女性は、男性と違った視点で『可愛い』を捉えているのだろうか。
しかし、表情から分かる通り、ルリアがこのメイド服を気に入っているのは火を見るよりも明らかである。
私服を買いに来たはずが、流れでコスプレ衣装を選ぶ羽目となった訳だが、どうせルリアの容姿であれば嫌でも目立つし、もはや普段使いできる衣装(?)なら何でも良いかもという思考に至った凛音は、呆れ交じりに笑いながら、
「じゃあ……一着はそれ買おうか。他も……きっとここのお店の服が良いんでしょ?」
「はいっ!人生で初めて見る可愛いお洋服が、たっくさんありますのでっ!!」
「……まぁいっか。じゃあ、他にも似合いそうな衣装持ってきてもらって、試着して気に入ったやつを買って帰ろう」
「っ!!宜しいのですか!?その……お値段とか……」
「あー……それは気にしなくて良いよ。実家からの仕送りは、ほぼ手を付けずに自分のバイト代だけで賄ってたから……って言っても、あんまり高過ぎるのは厳しいけど……」
そう言いながら、さり気なく店員に目配せする。
その視線の意味を理解した店員は、両手を自身の前に持ってきて、グッと拳を握りながら、
「お任せください!!比較的リーズナブルで質の良い、何よりもルリアさんに似合う衣装をお持ち致します!」
「はい。よろしくお願いします」