7話:恋心
高校の体育祭には、最後に「後夜祭」というお楽しみイベントがある。体育祭と同じくらい盛り上がるため、毎年人気の行事だ。プログラムはダンス部の公演、そして借り物競争。ダンス部のパフォーマンスが終わり、会場はそのまま借り物競争へと移っていった。参加は希望制で、やりたい人だけが走る仕組みらしい。スタートラインには十数人の生徒が並んでいる。
(……え? あれ、瀬那さん?)
まさかの光景に目を疑った。借り物競争のスタート地点に、見慣れた顔があったのだ。
「おい、あれ美川先輩じゃね?」
隣で昂がからかうように肘で突いてきた。
「……あ、うん。こういうのやるタイプだっけ?」
「いや、あんまり自分から目立ちにいくタイプじゃないな」
「最後だから参加したんじゃないか?」
「まあ、そうかもな」
「借り物競争って“好きな人”とかそういうお題もあるんじゃね?」
「……いやいや、さすがに無いでしょ。それに僕には関係ないし」
「ふーん? どうかな〜?」
(いや、絶対無い。無いと信じたい……!)
合図とともに借り物競争が始まった。参加者たちは紙に書かれたお題を読み、観客席へと走り出していく。
「今日誕生日の人いますかー!」
「テストで最下位取ったことある人!」
「海外行ったことある人ー!」
どうやら観客に向かってお題を叫び、該当する人を探すらしい。思ったより難易度が高そうだ。
そのとき――。
瀬那さんが、こっちに全力で走ってくるのが見えた。
(……いや、ちょっと待て。まさか僕!?)
嫌な予感しかしない。
どんどん距離が縮まる。そして――。
「隆誠くん! ちょっとごめん!」
「え、ちょっ――!」
腕を思いっきり掴まれ、そのまま引っ張られて走り出す。
「瀬那さん!? お題は何ですか!?」
「いいから、一緒に来て!」
「僕、足めちゃくちゃ痛いんですけど!」
「そんくらい我慢しなさい!」
「えぇぇぇ……」
足は悲鳴をあげてるし、観客の視線が集まっている。
そして二人でゴール。順位は……たぶん五番目くらいだ。
「ハァ……ハァ……」
二人とも息が切れて倒れこみそうになる。
そこに実行委員がマイクを持って近づいてきた。
「お疲れさまです。お題、教えてください!」
「……大切な人、です」
「…………えぇぇぇぇーーーーーーーー!?!?」
グラウンドに響き渡る叫び声。観客席からもどよめきが起こった。
「誰だあいつ?」
「え、美川先輩に彼氏いたの!?」
「地味じゃね?」
(……ほら見ろ。こうなるんだよ。僕の平穏な高校生活……終了のお知らせ。)
隣を見ると、瀬那さんは顔を赤らめながらも、イタズラっぽく笑ってこっちを見ていた。
(……この人、何考えてるんだよ……)
絶望しつつ、僕は空を仰いだ。
⸻
後夜祭が終わると、あちこちで写真を撮り合う生徒たちの姿があった。
「よっしゃあぁぁぁぁ!!!」
どこかで男子の叫び声が響き、周りが「おおー!」と盛り上がる。たぶん告白が成功してカップル成立したんだろう。
「カップル、また一組成立だな」
昂がニヤニヤ笑いながら僕を見る。
「で? 写真撮らないの?」
「い、いや……そんなのいいし」
「嘘つけ。さっきからソワソワしてんじゃん。ほら、美川先輩今一人だぞ?」
「で、でも……」
「ほら、行けって!」
背中を思いっきり押された。
「うわっ!」
瀬那さんは僕の声に反応し何か言いたげな顔でこちらを見ていた。
「え、えっと……写真!撮りませんか?」
「う、うん! 撮ろう!」
瀬那さんは満面の笑みを返してくれた。その笑顔を見るだけで胸がいっぱいになる。
「はい、チーズ」
ぎこちなくシャッターが切られる。
笑えてたかどうかは怪しいけど……瀬那さんとツーショットを撮れた。それだけで十分だ。
「……さっきは随分やってくれましたね。おかげでめちゃくちゃ注目されてるんですけど」
「いいじゃん。私の友達も紹介できたし」
「ていうか、ああいうのに出るタイプじゃないでしょ」
「急に出れなくなった子がいて、代わりにね。……ごめん、巻き込んで。足、大丈夫?」
「全然大丈夫じゃないです。悪化したら責任取ってくださいね」
「ふふ。でも――みんなに“私の隆誠くん”を認知させられてよかった」
顔を赤くしながらも、僕を覗き込んでくる。
「調子乗りすぎです」
「いいじゃん。最後なんだから」
「瀬那さんは、あんなことして大丈夫なんですか?」
「……隆誠くんと一緒なら、いいかな」
意地悪をして強がってるように見えるけど、瀬那さんは耳まで真っ赤になっていた。
「最後の体育祭、楽しかったな」
彼女は空を見上げながら余韻に浸るように呟く。
(……あ。好きだ)
その横顔を見た瞬間、胸の奥が熱くなった。
これまでの感情は“憧れ”だったのかもしれない。でも今は違う。
これは、恋だ。
してはいけない恋なのかもしれない。
それでも――僕は、この想いを絶対に成就させたい。
(美川瀬那・視点)
今日は、待ちに待った最後の体育祭。
私は桃団だから、団の色に合わせて髪を桃色に染めてきた。スプレーで染めただけだけど、ちゃんと結んで整えてきたから、それなりに見えるはず。
(……似合ってるかな。変って思われないといいけど)
無意識に結んだ髪を指でいじる。
一番気になるのは――やっぱり、隆誠くんがどう思うか。
開会式が終わったあと、グラウンドの隅で彼の姿を見つけた。
「隆誠くん! おはよう!」
振り返った彼は、目を丸くして、まるで世界が止まったみたいに固まっていた。
(……へ? な、なに? そんなに変?)
「この髪どう?に、似合ってる……?」
「は、はい! めちゃくちゃ似合ってます! 瀬那さんそのものって感じです!」
「あはは、なにそれ」
意味わかんないけど――でも、嬉しい。胸の奥がふわっと温かくなって、思わず笑みがこぼれた。
「ちゃんと見てるからね。頑張ってよ」
「はい! 情けないところは見せません!」
(よし。今日は絶対、忘れられない日にしよう)
⸻
最初のプログラムはムカデリレー。
私は前の方まで移動して、声が枯れるくらい必死に応援していた。
ピストルの音が鳴って、スタート。
隆誠くんのクラスは順調にリードを保っていたけど――。
(……あ!)
カーブを回りきった瞬間、彼の足がガクッと変な角度に折れ曲がった。
思わず心臓が跳ね上がる。
(だ、大丈夫!? 絶対痛いはずなのに!)
でも、彼は顔を歪めながらも必死に足を動かして、最後まで走り切った。
(……かっこいい)
本当にそう思った。
私なんかよりずっと必死で、一生懸命で、誰よりもまっすぐで。
胸が熱くなって、涙が出そうになった。
⸻
自分の出番――騎馬戦が終わって、飲み物を買いにいった帰り。
そこで、私は見てしまった。
隆誠くんが、女の子と楽しそうに話しているところを。
しかも、その子――すごく可愛い。
(……クラス、メイトかな。……すごい、楽しそう)
胸の奥がズキッと痛む。
笑顔が自然に作れてる。私には見せたことないような表情に見えて。女の子が敬礼のポーズをして去っていった。
「隆誠くん? 足、大丈夫?」
「瀬那さん! 処置してもらったんで、まあ大丈夫です。……走れませんけど」
「やっぱり……。私、隆誠くんが足ひねった瞬間、見えてたの。けっこうガッツリいってなかった?」
「正直、終わったと思いました。でも――瀬那さんが応援してくれてるのが見えて。だから最後まで走らなきゃって」
「え、なにそれ。私のおかげってこと?」
「はい。瀬那さんの前で情けない姿見せたくなかったんです。……まあ、足捻ってる時点でだいぶダサいですけど」
「そんなことないよ。むしろ――カッコよかったよ」
瀬那は言ってから、自分で顔が熱くなるのを感じた。
(なに言ってんの私……! 恥ずかしい!)
わざと軽くからかうつもりだったのに、気づけば本音が出てしまっていた。
「そういえば、さっき一緒にいた子。クラスメイト?」
「あ、はい。席が隣で」
「ふーん……」
私は無意識に唇を尖らせる。
「あんな可愛い子と隣なんだ……」
思わず声に出てしまった。
「なんか言いました?」
「な、なんでもないっ! それじゃ、私行くから!」
「えっ、ちょ、ま――」
隆誠が呼び止める声を背に、瀬那は半ば逃げるように走り出した。
(やっちゃったーー! 聞かれてないよね!? これじゃ完全に嫉妬してるみたいじゃん!)
頬が真っ赤になっているのがわかる。心臓は全力疾走以上の速さで跳ねて、胸が苦しい。
何も理由はないのに、足が勝手に地面を蹴っていた。
「わ、わあぁぁ……!」
小声で悲鳴を上げながら、ただがむしゃらに走り続ける。周りの生徒たちが不思議そうにこちらを見るけれど、止まれない。
(なんで……こんなに気になるの? ただのクラスメイトでしょ? なのに……胸がズキズキする……)
⸻
最後の体育祭桃団はなんと一位、隆盛誠くんの団も3位で二人とも笑顔でいれて何よりだ。ここで終わりかと思いきや後夜祭の借り物競走に出る人が怪我したため私が出ることになった。ダンス部の公演が終わって私はスタート位置に立っている。隆盛誠くん驚いてるかな。スタートの合図とともにお題をもらった。
そこに書かれていたのは――。
「……え……」
「大切な人」。
思わず体が固まる。
(だ、誰に行けば……。でも……私の“大切な人”なんて、一人しかいないじゃん)
胸の奥が熱くなる。
迷う間もなく、足は自然と動き出していた。
(ごめんね、隆誠くん……でも今は、あなたしか考えられない)
「隆誠くん! ちょっとごめん!」
座っていた彼の腕を思いっきり掴んで、走り出した。
観客の視線なんて気にしていられない。心臓の音で頭がいっぱい。
「えっ! ちょっと!」
「瀬那さん!? お題は何ですか!?」
「いいから、一緒に来て!」
「僕、足めちゃくちゃ痛いんですけど!」
「そんくらい我慢しなさい!」
(ごめん! 本当にごめん! でも今は……これしかできないの!)
ゴールした瞬間、全身の力が抜けて倒れそうになった。二人とも息が切れてすっかり疲れている。
「お疲れ様です! お題は?」
「……大切な人、です」
マイクに答えた途端――。
会場全体が大きなどよめきに包まれた。
(うぅ……恥ずかしい! でも……でも後悔なんてしてない!)
胸の奥でそう叫んでいた。
⸻
後夜祭が終わり、写真を撮り合う時間。
遠くで男子の歓喜の声。たぶん告白が成功したんだろう。
(いいな……。でも私だって……写真くらい、一緒に撮りたいよ)
でも勇気が出ない。声をかけられない。
そんなとき――。
「うわっ!」
声がした方を見ると顔を真っ赤にした隆誠くんがいた。
「え、えっと……写真! 撮りませんか?」
(……え? え? 今、私に……?)
「う、うん! 撮ろう!」
頬が熱くなるのを誤魔化すように、精一杯の笑顔を返した。
シャッターが切れる音。
緊張で心臓が爆発しそうなのに、それ以上に嬉しかった。
「……さっきは随分やってくれましたね。おかげでめちゃくちゃ注目されてるんですけど」
「いいじゃん。私の友達も紹介できたし」
「ていうか、ああいうのに出るタイプじゃないでしょ」
「急に出れなくなった子がいて、代わりにね。……ごめん、巻き込んで。足、大丈夫?」
「全然大丈夫じゃないです。悪化したら責任取ってくださいね」
「ふふ。でも――みんなに“私の隆誠くん”を認知させられてよかった」
(あ、やば。言っちゃった……!)
耳まで真っ赤になってるのがバレてないといいけど……。
「調子乗りすぎです」
「いいじゃん。最後なんだから」
「瀬那さんは、あんなことして大丈夫なんですか?」
「……隆誠くんと一緒なら、いいかな」
余裕そうに見せているけれど、胸の奥では限界まで緊張している自分に気づく。
「最後の体育祭、楽しかったな……」
私は言葉を呑み込み、逃げるように空を見上げた。
(……すっごく恥ずかしかったけど。最高に幸せだった)
これが、私の最後の体育祭。
一生忘れない、大切な思い出になった。




