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6話:体育祭

僕はグラウンドに仰向けになり、雲ひとつない青空を見上げていた。

 打撲した腰はズキズキ痛み、足もまともに動かない。


(どうしてこうなった……。)


 ――時は体育祭の三日前。

 今日から本番までは全て練習の日程。気温は30度近く、熱中症注意のアナウンスがしきりに流れている。


「ムカデリレー、大変だけどお前ら絶対一位とろうな!」

「声かけは昂に任せたぞ。後ろまで響くように頼む!」


 ムカデリレーは十二人一組。長いロープとバンダナで足首を縛り、前の人の肩に手を置いて進む競技だ。

 僕のポジションはちょうど真ん中。


「せーの! 1、2、1、2で行くからな。右足から合わせろ! 準備はいい?」

「おう! OKだ!」


 昂が先頭で声を張り上げる。失敗は許されない。


「いくぞ! せーのっ!」


 掛け声と同時に、全員が右足を踏み込む。

「1、2! 1、2!」

 見事に足並みが揃い、スムーズな出だし。……が、一歩がやたら大きくてすでにキツい。

 やがてズレが生じ、ロープの引っ張る力が強くなる。


「うわっ、あああっ!」


 前の人が転び、そのまま僕も巻き込まれる。連鎖的に次々と倒れていき、まるでドミノ倒し。頭から落ちそうになって冷や汗が走った。


「大丈夫か!?」

「いってぇ……血出てるぞ!」


 幸い頭を打った人はいなかったけど、打撲と擦り傷だらけ。僕は疲労困憊で、再び青空を仰ぐ。


(たった一回なのに……こんなに疲れる? ……空って、こんなに青かったっけ?)


「隆誠? 大丈夫か? 頭打ってない?」

「あ、あぁ……ただの疲れだよ。もう限界……。」

「言ったろ? そうとう練習しないとキツいんだって」

「これ……本番まで体力持つ気がしない」

「つべこべ言わず、次行くぞ!」

「えええ!? もう!?」

「今度は少しゆっくりだ。合わせろよ!」


 周りのやる気が眩しい。仕方なく二回目、三回目……。転んでは立ち上がり、を繰り返すうちに、僕たちは少しずつコツを掴んでいった。

 やがてグラウンドの端から端までノーミスで走り抜けることに成功。


「はぁ、はぁ……」

 全員がその場に倒れ込み、まるで戦場帰りの兵士のように動けなくなっていた。



 そして迎えた当日。

 そして当日、案の定体はバキバキな状態で朝を迎えた。動けるかわからないがここまできたらもう気合いで行くしかない。 長谷高の体育祭は近くの競技場で行われる。赤、桃、青、緑、黄、橙、紫、黒、白の九団に1.2.3.年生それぞれ分かれて競い合う。僕は白団、そして――瀬那さんは桃団だった。


「白団、円陣組むぞ!」

 団長の掛け声で肩を組み、大きな輪になる。


「よし、準備はできたな」

「ぶちころすぞー!」

「オーー!」


(え、なんか物騒なんだけど……。普通に『オー!』って返しちゃったけど大丈夫?)


「ムカデリレー勝とうな、隆誠」

「声出しは任せたぞ、昂」


 その時、背後から澄んだ声が響いた。


「隆誠くん! おはよう」


 振り返った僕は、思わず息をのむ。

 瀬那さんの髪が――鮮やかな桃色に染まっていた。桃団カラー。似合いすぎて、心臓が跳ねる。


「この髪、どう? 似合ってる?」


 前屈みで顔を近づけてくる。距離、近い!


「は、はい! めちゃくちゃ似合ってます! 瀬那さんそのものって感じです!」

「あはは、何それ?」

 僕の動揺なんてお構いなしに、彼女は笑って言った。

「ちゃんと見てるからね。頑張ってよ」

「はい! 情けないとこは見せません!」

去っていく背中に、思わず頭を抱えた。

(一緒に写真撮ろうって言えばよかったぁぁ!ミスったー!)

思わず頭を抱え込む。

「お、おい隆誠。今の美川先輩だよな?めちゃくちゃいい感じじゃん。お前そういうことするのかー。」

「え?べ、別に。ちょっとした知り合いって言ったじゃん。」

昂に根掘り葉掘り聞かれそうでまずい展開になる。

「で?どうなの?」

「な、何が?」

「だーかーらっ、好きなの?」

「え?....そういうわけでは・・・。」

「はぁ?隆誠チキンだなー。逃げんなよー。」

昂に茶化されるが正直この気持ちが恋愛感情かはわからない。この気持ちから逃げ続けていいのだろうか....。



 そして――プログラム一番最初、ムカデリレー。朝一からからだが動くかはわからない。スタート位置につき、ロープを置いてバンダナをきつく締める。そろそろスタートの合図があるだろう。やれることやってきたから自分達を信じよう。


「位置について……よーい――パァン!」


 銃声と同時に昂の声が響く。

「せーの! 1、2! 1、2!」


 出だしは完璧。練習の成果だろうか全くブレがなくタイミングが合っている。スタートからゴールまでは200メートルある。油断してはならない。後半が勝負になってくる。カーブもクリアし、練習通り。

 ――その時だった。


(やばっ!)


 右足を強く捻り、激痛が走る。体勢が崩れかけ、意識が途切れそうになる。


(もう、無理だ……僕のせいで……)


 諦めかけた瞬間、視界に瀬那さんの姿が映った。

 遠くて声は聞こえない。でも、必死に僕を応援してくれているのだけはわかる。


(瀬那さんに……情けない姿は見せられない!)

 涙目になりながらも気合いで足を動かす。ゴール目前。順位は拮抗している。残り5メートル――


「うおぉぉぉぉぉ!!!」


 白団、紫団、緑団の3団がほぼ同時にゴールテープを切った。


 ――ムカデリレーを走り終えた僕は、そのまま保健室に直行していた。足首は包帯でがっちり固定され、ひんやりとした湿布が貼られている。


「ありがとうございました」

「無理は禁物だからね。無理しちゃだめよ。」


僕はムカデリレーが終わったあと保健室で先生に処置をしてもらったためその後の競技を見れていない。


「あ! 隆誠くん、大丈夫?」

「井口さん……処置してもらったから、一応大丈夫。まだ痛みはあるけど」

「よかったぁ。ちょうど騎馬戦終わったとこなんだ」


「どうだった?」

 気になって仕方なく、思わず身を乗り出して聞いてしまった。


「勝ったよー! 私、五人倒した!」

「え、五人!? すごっ」


 脳裏に浮かんだのは、井口さんが敵陣に突っ込んで、次々と騎手を引きずり落とす姿。絶対迫力やばい。


「ちなみに……ムカデリレーの順位ってわかる?」

ほぼ僅差だったのであの場では結果はわからなかった。

「えっとね……二位!」

「……二位か。くそぉ……」

 惜しい。あと一歩だった。僕が足を捻ってなければ、もしかして……。

「ほんと僅差だったよ。どっちが勝っててもおかしくなかった。全然悪い順位じゃないから、落ち込まないで」

「……うん。一位目指してたから悔しいけど、二位ならまあ、いいか」

 最初は全然走れなかったのに、ここまで来れたんだ。悔しさと同じくらい、充実感もある。

「じゃ、私やり取りあるから行くね! 無理しないで」

「うん。頑張って!」

「任せろ!」


 敬礼ポーズを決めて走り去る井口さん。……あれ絶対スポーツ大好きだ。


「隆誠くん? 足、大丈夫?」

 聞き慣れた甘い声に顔を上げると――瀬那さんがそこにいた。桃色に染めた髪が光を浴びて、ふわっと揺れる。

「瀬那さん! 処置してもらったんで、まあ大丈夫です。……走れませんけど」

「やっぱり……。私、隆誠くんが足ひねった瞬間、見えてたの。けっこうガッツリいってなかった?」

「正直、終わったと思いました。でも――瀬那さんが応援してくれてるのが見えて。だから最後まで走らなきゃって」

「え、なにそれ。私のおかげってこと?」

「はい。瀬那さんの前で情けない姿見せたくなかったんです。……まあ、足捻ってる時点でだいぶダサいですけど」

「そんなことないよ。むしろ――カッコよかったよ」


 上目遣いでそう言われた瞬間、心臓が跳ねる。

 ……これ、絶対わざとやってる。殺しにきてる。

 見惚れて言葉を失う僕に、彼女は小首をかしげた。

「そういえば、さっき一緒にいた子。クラスメイト?」

「あ、はい。席が隣で」

「ふーん……」

 瀬那さんは、ほんの一瞬だけ口を尖らせた。

「あんな可愛い子と隣なんだ....」

「……なんか言いました?」

「な、なんでもない! それじゃ、私行くから!」

「えっ、ちょ、ま――」


 制止する前に走り去ってしまった。また写真撮るの誘えなかった。にしても今様子が変だった気がする

 ――顔、赤かったよな。僕、なんかした....?



 その後、やり取りでは井口さんが案の定大暴れして全勝。障害物リレーは三位。白団は着実に得点を積み重ね、総合でも上位が見えてきた。一位の可能性は全然ある。2.3年生も含まれるのでまだわからない。いよいよ結果発表。


「では、結果を発表します。三位からです!」


 校内に響くアナウンス。会場がざわつく。僕は息を呑んだ。


「三位――白団!」


「よっしゃああ!」

 白団のみんなが歓声を上げ、肩を組んで飛び跳ねる。僕も自然と笑みがこぼれた。


「二位――赤団! そして栄えある一位は……桃団!」


 歓声が一気に爆発する。桃団の応援席では、瀬那さんが仲間と抱き合って喜んでいた。

 ……見たかったな。彼女の騎馬戦。最後の体育祭で一位、きっとすごく嬉しいはずだ。


 こうして僕の高一の体育祭は幕を閉じた。

 悔しさもあるけれど、それ以上に――心の中に焼き付いた笑顔と声援は、忘れられそうになかった。


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