3話:決戦の日
憧れの人が、あと一年でいなくなる――。
その事実を知った僕の心は、もう限界だった。
駅のホーム。小粒の雨がしとしとと降り、冷たい風が頬をかすめる。
(僕がここまで頑張ってきた意味って……なんだったんだろう)
「那珂川くん?大丈夫?」
ふいに、聞き覚えのある声。顔を上げると、隣の席の井口美香が立っていた。
「あ……えっーと井口さん、こんにちは」
「今、私の名前忘れてたでしょ」
「ごめん。ちょっとボーッとしてて」
彼女はじっと僕の顔を見つめた。
「顔色悪いけど……何かあった?」
「ああ、ちょっとね。辛いことがあって」
しばらく黙った後、僕は口を開いた。
「憧れの人がいるんだけど、その人が……余命一年だって。宣告を受けたんだ」
井口さんは目を見開いた。
「それは……本当に辛いことだね。その人は、那珂川くんにとって大切な人なんだね」
「うん。すごくかっこよくて、昔、助けてもらったんだ。だから頑張ってこれた。でも今は……意味がわからなくなっちゃって」
井口さんは一呼吸置いて、言った。
「実はね、私、十一歳のときに父を亡くしたの」
「……そうなんだ。それは……」
急な告白に、僕は驚いた。
「父は重い病気で、あと一ヶ月ももたないって言われてた。でも私、毎日お見舞いに行ったの。そしたら九ヶ月も生きてくれたんだ」
「……すごいね」
「頑張れば未来を変えられるかもしれない。もし変えられなくても、きっといい方向に進める。私はそう思う」
その言葉に、胸の奥の霧が少しずつ晴れていく気がした。
「だから、那珂川くんも支えてあげて。きっと、その人は良くなるよ」
「……ありがとう。僕も、頑張ってみる」
井口さんは微笑んだ。
「電車来ちゃうから……じゃあね。また何かあったら言ってね」
「うん。本当にありがとう」
彼女の背中を見送りながら、心の中で呟いた。
(びっちだなんて言ってごめん。井口さん……いい人だな)
そして、決意する。
明日の放課後、僕は美川先輩に思いをぶつける。
⸻
放課後。
彼女が通ると調べたルートで待ち続けた。春の風が心をざわつかせる。
遠くから、制服姿が見える。
(来た……!)
勇気を振り絞って声をかけた。
「……美川先輩!」
振り返った瞳は、刺すように冷たかった。
「どうして……まだ来るの。もう、私と関わらないで」
その言葉に胸がざわめく。けれど、退けない。
「聞きました……先輩が、病気で……余命一年だって」
彼女の肩が小さく震える。けれど顔はそむけたまま、吐き捨てるように言った。
「……だから?知ったからって、君に何ができるの?奇跡でも起こせるの?」
「それでも僕は――」
声を張ろうとした瞬間、彼女が遮った。
「やめて!」
夕暮れに響いた声は鋭く、張り裂けそうだった。
「“支える”とか“何でもする”とか……そんな言葉、聞きたくない!だって現実は変わらない!私は、あと一年で死ぬの!」
喉を締めつけられるような静寂。
彼女は震える声で続けた。
「私は普通に生きたかった。ただ、明日の授業を受けて、友達と笑って、部活で汗を流して……みんなが当たり前に持ってる日常を過ごしたかった。それだけなのに、医者に言われたの。『もう一年も持たないだろう』って」
吐き出すような言葉の一つひとつが、胸を抉る。
「……君に何ができるの?病気を治せる?寿命を延ばせる?違うでしょ! だったら、どうして私を巻き込むの!どうして、君まで不幸にさせるのよ!」
彼女の瞳には怒りと悲しみが混ざっていた。
涙を拒むように、必死で強がっていた。
それでも僕は、声を絞り出した。
「……無力でも、傍にいたいんです。たとえどんな終わりが待ってても、先輩を一人にはしない」
「やめてよ!」
彼女は叫び、肩を震わせる。
「そんな優しさ、残酷なだけ! “死ぬまで一緒にいる”なんて言葉……聞きたくない!」
その瞬間、彼女の頬を涙が伝った。
「……う、ううっ……」
泣き声は、絶望と悔しさを抱え込んだ嗚咽に変わっていく。
「未来は変えられる。辛くても、必ず乗り越えられる……。そう言ったのは、先輩じゃないですか」
その瞬間、彼女の瞳が大きく揺れた。
嗚咽の声も大きくなってくる。
「だから、僕に支えさせてください。必ず笑顔にします。死ぬ気で支えます!」
「……う、ううっ……」
彼女はとうとう泣き崩れ、肩を震わせた。
僕はそっとその背中に手を添える。
「一人で抱え込まないでください。僕が一緒にいます」
「うぅっ うぁぁぁぁぁーん!あぁぁぁーん!」
彼女は子供のように泣きじゃくった。
涙に濡れた横顔を見つめながら、僕は強く誓った。
――必ず幸せにする、と。
少し落ち着いて僕たちはおなじみの公園のベンチでゆっくりしていた。桜は散ってしまっているが豊かな自然に囲まれ心地のいい場所である。ちょうどいい暖かさでちょうどいい風が体にあたって快爽である。
「本当にありがとね。今まで頑張ってきてよかった。こんなに支えるって言ってくれる人がいて幸せだよ。」
といつぶりだろうか。彼女のあの笑顔を見るのは。とても眩しく優しくなんだか不意に涙が出てしまう。
「なんで君が泣いてるんだよ。私を支えるんじゃなかったの?」
ほんとだ。何をやっているんだ僕は。
「すいません。なんか久しぶりに笑顔を見てなんか反射で涙が出ちゃいました。」
「そうだねこうやって笑うのもほんと久しぶりだな。」
こうやって二人で過ごせる時間があって本当に良かったなと思う。美川先輩の透き通る声を聞くとなんだか元気になる。これが永遠に続けばいいな。




