「あなたの為だから」と言われましても
思いついて、パパパッと書きました。
ご都合主義のゆるふわ設定で、ざまぁは常に添えるもの。
誤字が少ないことを祈ってます(無いとは言わない)
「あなたとの婚約を解消しようと思う」
エドマンドがあらかじめ用意していた言葉を伝えれば、驚きに見開かれた瞳がこちらを見つめていた。
空気を求めるように僅かに口を開け、そして唇を引き結ぶ。
その姿を、エドマンドはみっともないと思ってしまう。
やはり、彼女は相応しくない。
テーブルを挟んでエドマンドの向かいに座るのは、婚約者であるオフィーリア・ハンプトン伯爵令嬢だ。
「一体どういうことなのか、ご説明いただけますでしょうか」
エドマンドへと問いかける言葉が震えている。
「そういうところだよ。相手の言うことを察することのできない機微の疎さもそう。
それに貴族として当然である、『感情を隠すこと』が君にはできていない」
そんな、と漏れ出た声すら、エドマンドの中で減点対象だ。
カップを手にお茶を口にする。
どうやらオフィーリアはそれどころじゃないようだが、お茶会という目的を忘れてしまう意識の低さにもガッカリだ。
「以前から思っていた。あなたに公爵夫人の器は重責なのではないかと」
口にすれば、エドマンドの気持ちもはっきりとする。
そうだ。公爵夫人になるには、足りないところが多過ぎる。
「ですが、エドマンド様に、エンフィールド公爵家に相応しくあろうと精進してまいりました」
「精進なんて、口ではどうとでも言えるが、結果が伴わないのならば意味がないと思わないか?
さらに言えば、口答えするところも淑女としてありえない」
貴族の夫人というものは、夫に黙って付き従うものだ。
それをさっきから何かと口を挟む姿も気に入らなかった。
「婚約を結んで三年。足繁く公爵家に通い、高位貴族としての行儀作法を学んでくれてはいたものの、教師から伝えられた君の成績は、いつだって合格しただけでしかない。
何か一つでも最良なものがあればと思っていたが、それもない。
まるで手抜きをしているのではないかと思う程だ」
そんな、と上げられた声は無視する。
「公爵夫人は社交界の華でなければならない。
特に今代の王家には王女殿下がいない以上、親戚である公爵家が社交界を牽引していく義務がある。
平凡な令嬢如きでは認められないのだ」
そうだ。王女殿下がおらず、王妃殿下も母である公爵夫人も穏やかな気風の方ゆえ、率先して流行を作ろうという気概がない。
そのせいで、侯爵夫人如きが流行の先端を担い、調子に乗っていると専らの噂だ。
たかだか侯爵夫人の癖に身に不相応な態度だと知らしめるため、エドマンドは完璧な淑女と婚約し、美しい妻を伴って社交界を席巻する義務がある。
「この度の婚約は、エドマンド様が望まれたからではなかったのですか?」
「確かに望んだよ。けれど、それは私の伴侶として相応しいかを評価する、スタート地点に立っただけにすぎない。
そして、君は私の伴侶に値しないと判断しただけだ。
別にハンプトン伯爵家との婚約に旨味があるわけでもないから、父上も婚約解消は反対しないだろう」
エドマンドが事も無げに言えば、オフィーリアの瞳から涙が伝い落ちた。
涙のしずくが顔の輪郭を伝う中、せめて彼女の瞳が地味なオリーブグリーンでなければと溜め息をつく。
たとえば、澄み切った青であったならば、もう少しくらいは譲歩できたかもしれない。
貴族らしいストロベリーブロンドぐらいでは、彼女の評価を高める理由にならなかった。
「婚約解消につきましては、私の一存でどうとなるものではございません。
一度、両親に相談させて頂きますが、ここまで言われましては、私としても婚約を続けるのは難しいかと存じます」
それでいい、とエドマンドは鷹揚に頷く。
エドマンドを慕うあまりに、泣いて縋られたら迷惑だと思っていたが、伯爵令嬢としての分別はあったらしい。
別れの礼をして部屋から出て行く、オフィーリアの背に声をかける。
「恨まないでくれ。この婚約解消は、あなたの為だから」
それが婚約者であるオフィーリアに告げた、別れの言葉だった。
* * *
「オフィーリア、あなたと再び話せる機会を得られて本当によかった」
夜会が開催されている王城の一室。
そこでエドマンドは、かつての婚約者と対面していた。
「エンフィールド小公爵様。私達が婚約を解消してから、既に二年も経っております。
未だ、私のことを名で呼ぶのはマナーとしていかがなものでしょう。
どうぞ、ハンプトン伯爵令嬢とお呼びくださいませ」
淑女らしい微笑みを浮かべたオフィーリアが、エドマンドの言葉を窘める。
その態度に、以前にあった感情的な様子は見受けられない。
「何を言う、あなたと私の仲ではないか。
だから、私の手紙を読んで会ってくれたのだろう?」
前のめりになって話すエドマンドの向かい側で、オフィーリアが背筋を真っ直ぐに、扇を開いて口元を隠す。
きっと喜びに口元が綻ぶのを隠すためだと、エドマンドは機嫌よく目の前のお茶に手を伸ばした。
「まあ、ご冗談を。返事を書かないことが答えだとも気づかず、執拗に面会を求める手紙が届くので、気持ちが参ってしまう前に何とかしようと思っただけでございます」
照れ隠しのつもりか、つれない返事はいただけない。
改めて婚約したら、そのあたりは公爵家で雇った教師に躾けてもらったほうがいいだろう。
だが、今は時間が惜しいので、用件を早く伝えなければならない。
今後の予定は夜を越えてからで、何ら問題無いのだから。
「私と別れてから、あなたが随分と努力したことは聞いている。
今や社交界の誰もが憧れる淑女だと、周囲の人々が持て囃すほどだ。
ああ、今日のドレスもあなたに似合っていて、大変美しい」
オフィーリアの着ているイヴニングドレスは、デコルテと背中の大きく開いた煽情的なものだ。
着る人によっては下品だと言われかねないが、レースとフリルの少ないシンプルなデザインに、繊細な金糸の刺繍がスカートの裾と袖口に広がるばかりで、上品な色っぽさを醸し出している。
装飾具も宝石が付いていない金細工だけで、全体的に大人っぽい仕上がりだ。
どこからどう見ても、今年の流行の最先端を纏う完璧な淑女。
エドマンドの隣に立つのに相応しい。
「今のあなたならば、公爵夫人も務まるだろう。
あなたとは改めて婚約し、再び教師からの判断を得て、婚姻を見据えて一緒にいたいと考えている」
パチリと小さな音を立て、扇が閉じられる。
隠されていた唇は、横へと真っ直ぐに引いた線のようだった。
「笑えない冗談ですわね。
エンフィールド小公爵様には、既に麗しい奥様がいらっしゃったはずですが」
言うに事欠いて嫌味を投げつけてきたが、そういった気の強さも社交界では必要だろう。
それを許せるぐらいには、エドマンドは寛容なのだ。
「その点は問題無い。あなたが再婚相手だと知れば、身の程を弁えて離縁に応じるはずだ。
それなりの慰謝料を渡してやれば、家の方も納得するので心配することもない」
当時、オフィーリアとの婚約解消を急いだわけは、今の妻が社交界デビューして注目の的だったからだ。
華やかなオレンジのドレスは若々しさを表現し、歌声が素晴らしいと評判高いウィレミナ・アシュバートン伯爵令嬢は春告鳥と呼ばれ、誰もが彼女との縁を持ちたがった。
ご多分に漏れず、ウィレミナがほしいと嘆願したエドマンドに父親は渋い顔をしたが、今度こそ婚約解消などしないという約束をして、可愛らしい駒鳥を手中に収めたのだ。
だが、流行なんて一時的なものでしかない。
高位貴族としては珍しい、早い婚姻を結んだ後に残されたのは、公爵夫人となるべく学び始めたら歌わなくなった鳥が一羽だけ。
若くて可愛らしいだけの若い妻は褒められることはあれども、社交界の流行を作る存在ではなかった。
一時だけの花として咲き、すぐさま散った妻の後には、再びいくつになっても若いという侯爵夫人が流行の象徴へと戻ってきた。
同時に、周囲の注目を集め始めたのが、元婚約者であるオフィーリアだった。
婚約解消の影響か、暫く夜会などから身を引いていたようだったが、今年の社交シーズンに華やかな雰囲気を纏って登場したのだ。
公爵家で行儀作法を教わっていたからか、所作も立ち振る舞いも申し分なければ、教養深くて語学も堪能である。
公爵家のマナー教師が全てで合格を出すのだから、優秀なのも当然だ。
それもこれも、エドマンドが彼女を見出したからである。
彼女ならば歌声なんて一時的なものでなく、永続的に社交界で注目される立場になれるだろう。
こんな結果になったのは誤算だったが、エドマンドが婚約を解消してあげたことで今に至るのならば、互いに必要な試練だったと思わなくもない。
けれど、オフィーリアはどこまでも頑固だった。
「あいにく、私には婚約者がおりますの。
双方の家の利益も踏まえてのお約束事ですから、自分都合の勝手な申し出で婚約を解消いたしませんわ」
余程エドマンドの愛に飢えているのだろう。
どことなく反抗的な態度も見えるが、愛ゆえだと思えば、今日ぐらいは許してやらなくもない。
「あなたの婚約者についても、公爵家の方で話をつけるから安心してくれ。
確か、子爵だったか。そんな格下の家に嫁ぐより、エンフィールド公爵家に嫁いだ方が遥かに幸せだ。
ハンプトン伯爵もそう言うだろう」
オフィーリアの父親は娘を溺愛していることで有名だ。
きっと彼ならば、娘の幸せを願って子爵家の息子との婚約解消に奔走してくれるだろう。
何も問題無い。
「同じ言葉を話しているのに会話が成り立たないとは、このことですわね。
お話し合いをしても無駄だというのが、よくわかりました」
立ち上がったオフィーリアの瞳に宿るのは明確な怒りで、軽蔑の眼差しが向けられて、エドマンドは困惑する。
「エンフィールド小公爵様は、色々とお話ししていらっしゃいましたが、ここがどこかを理解されていますの?」
どこだと言われれば、王城の応接間だ。
男女二人で密室なんて許されないことから、話した内容を周囲に漏らさない信用のおける使用人達が部屋の中に、開かれた扉のすぐ外には城の騎士達が控えている。
それが何だと言いかけて、彼ら以外の可能性に気づいた。
「ここは王城で、今宵は夜会。
大半の貴族が参加されていらっしゃいます」
眇められた瞳がエドマンドを捉えて離さない。
「まさか」
「そのまさかですよ。
当然でしょう。エンフィールド小公爵様から届く手紙を秘密になどしたら、私の不貞が疑われます。
婚約者にもお父様にも報告しておりますし、エンフィールド公爵様にも、そしてエンフィールド小公爵様の奥様とご実家にも報告済です。
その上で、真意を知るために接触しただけにすぎませんわ」
冬の薄氷を思わせる冷たい声音が、淡々と聞きたくもない事実を並べていく。
「私が淑女と言われるために努力したのは、エンフィールド小公爵様の為ではありません。
婚約解消された私を慰め、支え、奮起しようとする私の背を押してくれた、ジェレミー様に相応しくあろうとすればこそ。
まさか、そんな勘違いをなさるなんて、夢にも思わなかったわ」
「あなたの為だからと、私がここまでしているというのに、不貞をするつもりか!
私を愛していたのではなかったのか!」
怒りか驚きかも判別つかない感情で、上げた大声は悲鳴のようで。
混乱するエドマンドの前で、動揺することもなく溜息だけついて見せるオフィーリア。
「そんな過去の話を持ち出されましても。
大体、エンフィールド小公爵様は愛を口にされますが、誰もがご自身を愛されるという過剰な自己評価は止められたほうがよろしいかと」
「オフィーリア!」
無礼な物言いに、カッとなって手近なカップを投げようと手にした途端、近くにいた使用人達に腕を押さえられる。
そして同時に、
「そこまでだ」
と、応接間になだれ込んできたのは、オフィーリアが口にした面々だった。
オフィーリアの名を呼びながら傍に寄り添うのが、新しい婚約者だろうか。
蜂蜜に喩えられそうな金の髪は高位貴族のようにも見え、それがエドマンドの心を逆撫でする。
下位貴族の癖にと呟いたエドマンドの髪はココアブラウンだ。
国民の多くが持つとされる、ありきたりな色味は、けれど特権階級のエドマンドに相応しくなかった。
だから婚約者は、妻は完璧でなければならないのに。
すぐに彼によってオフィーリアは部屋の外に連れ出され、残ったのは各家の当主達と、本日の夜会の主催者たる王太子殿下だった。
エドマンドの隣には父親であるエンフィールド公爵が憤怒の表情で座り、ハンプトン伯爵と義父であるアシュバートン伯爵が向かいに、そして王太子殿下が一人掛けのソファに座る。
「さて、私は今宵の主催者であるからして、夜会には急いで戻らなければならない。
詳細は後日とし、今は必要な事だけを裁定するとしよう」
穏やかな声は場にそぐわず、だからといって部屋の空気が変わることはない。
「先ずは簡単に整理しよう。
エンフィールド小公爵は結婚して妻がいるにも関わらず、ハンプトン伯爵令嬢に面会を強要する手紙を送り続けた。
ハンプトン伯爵令嬢は困惑して、父親であるハンプトン伯爵に相談した。
そして身分的な問題から、私の側近であるハンプトン伯爵令息経由で相談を受けた、と」
王太子殿下はエンフィールド公爵を見る。
「その事実はご存知か?」
「息子からは謝罪の手紙だと聞いておりましたゆえ、反省したのだと許しましたが、まさかこんなことをしているとは露ほども思わず」
普段よりも低い声は怒りに震えている。
その事実に逃げ出したい気持ちのエドマンドだったが、ここで逃げ出しても碌な結果にならないことは察していた。
ならば少しでも弁解して、より良い結果を出さなければならない。
オフィーリアに恋をし、けれど彼女を思って婚約解消しただけだ。
彼女がエドマンドに相応しくなったのならば、改めて婚約者にしてあげようという、いわば善意である。
そこを強調する必要があるだろう。
全部、彼女の為なのだ。
「お言葉ですが殿下、私は決して不埒な思いでオフィーリアに手紙を出したのではありません。
あの日、婚約解消に至ったのは彼女を思ってのことであったし、だからこそ遅くはないので迎えたいと思っただけなのです。
これは純粋な善意と愛情ゆえの行為なのですから」
エドマンドの言葉に、カッと杖を鳴らしたのはアシュバートン伯爵だ。
ギリギリと激しい憎悪を燃やした瞳で睨みながら、今一度杖を打つ。
「妻がいる身で他の令嬢に手紙を送る。それも婚約の打診ときた。
それのどこに誠実さがあり、不埒ではないと言い切れるのか。
私の娘に捧げた言葉は、全て噓だということですかな」
返答次第で殺される、とエドマンドは息を呑んで義父を見つめる。
言い返すことなんてできやしない。
そうじゃないと言えば、オフィーリアは手に入らなくなるし、そうだと肯定したらエドマンドに不利な裁定がされてしまう。
この話は噂になるぐらい、美談にしなくてはいけないのだ。
社交界が注目する、恋愛小説のような美談に。
そのためには諍いなく離縁して、誰からも祝福されながら婚約しなければならない。
けれど、そんなことを考えるエドマンドと裏腹に、事態は坂を転がるように悪化していく。
オフィーリアの父親であるハンプトン伯爵も、怒りを露わにした表情でエドマンドを見ていた。
「エンフィールド小公爵、娘への手紙は拝見しております。
かつての婚約解消に至る非を謝罪することもなく、手紙の内容は回を重ねる程に過激になり、とうとう会わなければ伯爵家を没落させると脅す始末。
これは悪質であると、息子が仕えている王太子殿下に相談させて頂いております。
既に証拠として手紙を提出し、小公爵の筆跡で間違いないと鑑定結果も出ておりますので、間違っても更なる脅しをかけられませんよう願います」
「違う、あれは脅しではない」
エドマンドが首を横に振れど、誰もが向ける視線の厳しさが和らぐことはなかった。
「オフィーリアのことは気に入っていたし、彼女が公爵夫人になるのに相応しければ婚約は続行していた。
努力しない彼女の方にこそ、問題があったのだ」
続けてアシュバートン伯爵を見る。
「ウィレミナだって、歌う以外に何の才能もなく、公爵夫人になる気もあるのか疑わしいくらいだった。
それなら鳥であった方がマシだし、彼女だって公爵夫人になりたいなんて今更思ってもいないはず。
これは彼女の為なんだ」
そう言い切った瞬間、エドマンドの顔に強い衝撃が走る。
それはアシュバートン伯爵の杖ではなく、ハンプトン伯爵のこぶしでもない。
横に崩れていく体勢で、痛む頬に手を当てながら、信じられない顔で横に座るエンフィールド公爵を見た。
「黙れ。もう喋るな」
短い言葉に、ヒュッと息を吸い込む。
父上と呼びかければ、もう一発殴られた。
脳を揺さぶられたかのような衝撃に、視界がグラグラと揺れて、思考が全く定まらない。
「この度は不肖の息子によって多くの家に迷惑をかけたこと、当主として謝罪する」
エンフィールド公爵の言葉はエドマンドの耳に入り込み、そのくせ水でぼやけたように、言葉の意味を理解する間に滲んで消えていく。
「この度の責任を取って、エドマンドは廃嫡とする。
ただ、無作為に市井に放つと利用されかねないことから、領地の片隅に小さな家でも建てて押し込むなりの対処を約束する。
また、ウィレミナ嬢にも多大な迷惑をかけたとし、こちら有責の離縁として慰謝料を払い、他国でよければ縁談を用意しよう。
ハンプトン伯爵家に関しては、婚約先である子爵家とのこともあるので、後日改めて三家でも話し合いの場を設けさせてくれ」
廃嫡という言葉がエドマンドの耳に流れ着いたが、それも揺れる思考が波がさらうように消し去っていく。
ぐらりと揺れた頭でぼんやりと宙を見つめる中、腕を掴まれる感覚、体が宙に浮くような感覚と一緒に意識は眠りの中へと沈んでいった。
* * *
「結局、エンフィールド小公爵はどうなったのかしら?」
新しいドレスを見ながら、オフィーリアは婚約者であるジェレミーとお茶をしているところだった。
今いるのはジェレミーの生家であるヴェイル子爵家が経営している、貴族向けの商店の中にある応接間の一つだ。
応接間と言っても、客に見せるドレスを並べるスペースや、採寸や着替えのスペースなども備えているので結構な広さである。
「次にくるドレスは今と同じくらい肌を見せるけど、透けるようなレースで首元まで覆うんだ。
見えそうで、でも隠されているのがいいんだよ」
ニコニコと笑いながら熱弁を奮うジェレミーだったが、オフィーリアが黙って見つめれば、少しバツが悪そうな様子を見せながら、彼がどうなったかを教えてくれた。
どうせ遅かれ早かれ知ることではある。
周囲に悪意を以て教えられるより、予め知っていて備えた方がいい。
「エンフィールド公爵は、しっかりお約束を守られようとしたよ」
公爵家に帰った次の日には廃嫡の手続きが始まり、すぐに申請書が出された。
申請が通るまでの間、エンフィールド小公爵の身柄は客間に移されて監禁され、その間に改めて夜会での話し合いについて説明したのだそうだ。
その結果に満足しないエドマンドは、あろうことかウィレミナかオフィーリアを説得すればいいと言い出し、窓から逃げ出そうとして足を踏み外して落下。
石畳へと落ちた上に打ち所が悪く、利き手が使えなくなったことで呆然自失としたまま領地に送られたらしい。
らしい、というのはエンフィールド公爵から届いた手紙に書かれていたからで、その真偽を調べることが出来ないからだ。
「実際に領地に追いやったかどうかは知らないけれど、少なくともオフィーリアが見かけることはないだろうね」
オフィーリアが差し出すクッキーを口に入れながら、ジェレミーは新しいドレスのデザインを思いついたと、手近な紙に描き始める。
「アシュバートン伯爵令嬢も無事に離縁し、今は彼女の希望で、修道院の奉仕活動をしているそうだね。
暫く無心に働いて、気持ちの整理がついたら改めて家庭教師にでもなろうかと考えていると言っているのだとか」
「ウィレミナ様でしたら、少しお勉強されましたら声楽の教師にもなれるのではないでしょうか。
せっかくなら、お持ちになっている才能を伸ばして頂きたいわ」
「じゃあ、落ち着いた頃にでも提案してあげるといい。
きっと彼女も元気づけられると思うよ」
「そうね。ウィレミナ様が落ち着かれたら、是非」
アシュバートン伯爵家は慰謝料を受け取らない代わりに、娘の名誉を守るため、今回のことを公表するようにエンフィールド公爵家に伝えたそうだ。
公爵家は全面的に非はこちらにあると言い、他家への公表と慰謝料を約束したのだと教えてもらう。
これで暫くエンフィールド公爵家は、社交界に出ることはできないだろう。
もしかしたら義父になっていたかもしれない公爵は、曲がったことの嫌いな方だったとオフィーリアは思う。
公爵夫人も思慮深くて王妃様を支える方だったのに、どうして彼だけこうなってしまったのか。
未だにわからない。
きっと公爵夫妻にもわからないかもしれない。
たかが三年だけ婚約者であったオフィーリアに、原因など推し量れるものではなかった。
お茶の時間は後少しで終了だ。
終わればジェレミーは仕事に戻り、オフィーリアはウィレミナに会いに行く。
互いにエンフィールド小公爵の被害者として、アシュバートン伯爵から娘と仲良くしてやってくれないかと頼まれたからだ。
派閥が違うため話す機会はほとんど無かったが、友人に誘われたサロンで歌を披露していた彼女を見て、素晴らしい才能だと感動したものだった。
彼女も言葉少なではあるが、一つ上のオフィーリアを慕ってくれている。
今では可愛い妹のようなものだった。
「君が結婚式で着るドレス、この国で流行らせるのは勿論だけど、君に気に入ってもらえるように一生懸命デザインを考えるから、楽しみに待っていてほしい」
既にドレスのデザインは三着目に入っている。
「流行を生み出すデザイナーのジェレミー様が考えてくれるから、どれも素敵で選べないかもしれないわよ?」
オフィーリアが後ろから覗き込めば、見上げたジェレミーがニカッと笑う。
「その時は全部着よう!」
突拍子もない言葉に目を丸くし、そうしてから笑う。
暗い話を吹き飛ばすように、二人の明るい笑い声が部屋の中に響いていた。
2025/8/24
投稿早々に誤字報告ありがとうございます!職人達のチェックが早過ぎて、すんげー!って顔をしながら就寝します!おやすみなさい!
2025/8/25
今日も誤字報告ありがとうございます!感想も嬉し過ぎるので、半額になったアップルパイ食べて寝ます!おやすみなさい!
2025/8/26
今日も誤字報告と感想ありがとうございます!後2位も!感謝で三ツ矢サイダーを一気飲みしてから寝ます!おやすみなさい!