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第一話

先輩が死んだ…


一条静香(いちじょうしずか)


先輩は特に仲が良かったわけでも付き合いが長いわけでもない。


ただの気まぐれなのか図書室で一人本を読む私に話しかけてきたのがきっかけだった。


存在には気が付いていた。


常に向かいの席で静かに本を読んでいた。


たまにこちらを気にしているようではあったが特に話しかけてくるわけでもなかった。


しかしある日、突然先輩は私に声をかけてきた。


「あなた…いつも一人で本を読んでいるのね。」


「え…?はい、まあ…そうですね。」


そして先輩はまた口を閉ざす。


…え?なに?それだけ?


同じ空間で過ごすこと一ヶ月。


初めての会話がそれだけ??


いや、これは会話と言えるのだろうか。

少なくともキャッチボールはしていない。

打ちっぱなしである。


しかし私から言葉をかける事もしなかった。


結果、次に先輩が口を開いたのはまた一ヶ月先のことであった。




半年が過ぎた頃、先輩とはそれなりに話すようになっていた。


「あなた、友達はつくらないの?」


「そうですね…特に必要とはしていないですね。」


「そう、この半年あなたが誰かと話しているところを見たことがないから少し気になっていたのよ。」


「見たことがないって…。先輩学年も違うのに監視でもしてるんですか?」


「ふふ、どうでしょうね。」


そんな他愛もない会話。

特に入り込んでくるわけでもなく、一定の距離感のある会話。

いつの間にか私はその距離感、この空間が心地よくなっていた。


友達…か…。


居ないことに慣れてしまえばなんてことはない。

一人になったその時が一番辛い。

あの時の苦しみ、怖さを思えばこのまま一人でいる方が楽なのだ。


「…どうしました?」


ふと、先輩がこちらを見ている事に気が付いた。


「いや、何でもないよ。気にしないでくれ。」


そう言って先輩はまた静かに本を読み始める。


その表情は悲しそうでもあり、苦しそうでもあり…しかしこの時の私には理解できなかった。





年が明けた。

近頃先輩は時折とても悲しげな顔をしている。


数ヶ月前私に向けた表情だ。


「静さん、なんか元気ないですね。何かありましたか?」

「特に何もないわ。何故?」

「ここの所何か考えているというか、時々とても辛そうなので…。何かあったのかなと…。」

「そう、心配かけて悪いわね。でも大丈夫よ。ありがとう。」

そう言うと先輩は優しく微笑む。

「そんな事より、静さんと呼ばないでといつも言っているでしょう?ちゃんと先輩と呼びなさい。あなたと私はお友達ではないのよ。あくまで先輩と後輩という関係なのだから。」

「いや、でももう一年の付き合いですし…。」

「あら、じゃあ私にもあなたの事を遥乃と呼べとでも言うのかしら?」

「私はそれでも構いませんが…。むしろその方が…。」

「生憎、私が下の名前で呼ぶ相手は生涯を添い遂げる殿方だけど決めているのよ。だからね、あなたの事を下の名前で呼ぶことはできないわ。あなたがいくら私を好いてくれていてもその気持ちには応えられないの。私はノーマルだから。ごめんなさい。」

「いやいや、私もノーマルですから!何で私が百合設定なんですか。」

「あら、違ったの。私としか話をしていないものだからそうなのかと。」

「違いますから!普通に男の子が好きですよ!」

「そう、男好きなのね。ちゃんと節度は守りなさい。」

「何でそう極端なんですか!もういいですよ。先輩こそ下の名前で呼ぶ殿方というのはいらっしゃんるでありますか?」

「ふっ、何を言っているの?いたらこんな所であなたと話してなんかいないわ。失礼ね。」

「失礼ってなんですか!じゃあ先輩も私と同じじゃないですか。いつもここで私と二人でいるんですから。」

「…そうね。」

「…先輩?」

「少し真面目な話をしようか。」


そう言うと先輩は本を置き、真っ直ぐに私を見つめた。

それはいつもとは違いとても何かを思い詰めたような目をしていた。


「あなたはこれからどうしていくつもりかしら?」

「これからとは…?」

「この先、あなたは今のように人と距離をとって過ごしていくのかという話よ。私は3年生、もうすぐ卒業することになるわ。」

「そう…ですね。」

「私が卒業した後、あなたは一人で残りの二年間を過ごしていくの?それはとても…辛いことじゃないのかしら?」

「それは…そうですね。でも大丈夫ですよ。ただ前に戻るだけですから。先輩と出会う前に。それに…また先輩のような人が話しかけてくる事があるかもしれませんし…。」

「残念ながらそれはないだろう。」


先輩の目つきが更にきつくなる。


「あなたに話しかけたのは…私だからよ。」

「それはどういう…。」

「…基本的に人というものは自分の理解の及ばないものは排除するものなのよ。もしくは…触れもしない。中にはあなたに声をかけてくる人もいるかも知れないわ。でもそれで終わり。あなたが自分から近付こうとしない限りはね。結局、変わらないといけないのよ。あなた自身が。」

「それなら…それでもいいですよ。一人でいる事には慣れています。これまでもやってこれました。これからやっていけます。高校を卒業して大学、社会に出たとしても…。」

「…そうか。」


小さく…それは私にも聞こえないくらいの小さな返事だった。


「そうか。」


さっきまでのきつい目付きではなく、とても優しい目をして私に笑いかけた。


そして最後の日も先輩はとても優しく笑いかけてくれた。





「今日で最後ですね。先輩。」

「そうですね。一年間お世話になったわね。」

「いえ、それは私の方こそです。」

「違うのよ。本当に…私は…。」


先輩は背を向け、私な数歩前を歩く。

この一年間、色々あったなと些細な会話をしながら。


「ここでいいわ。」


校門の前で先輩は立ち止まる。


「これから私の言う事を少しだけ聞いてくれるかな。そして、忘れないでいてくれると嬉しい。」

「はい…なんですか?」

「これから色々な出会いがあるでしょう。それを大切にしてほしい。あなたを一人にした人間もいるのでしょう。でもね…、あなたは一人ではないわ。必ずあなたを見てくれている人がいるはずよ。」

「そうでしょうか。私は色々…閉ざしていますし…。」

「大丈夫よ。」


そう言って先輩は振り返る。とても優しい笑顔で。


「遥乃。今までありがとう。あなたは必ず幸せになれるわ。大丈夫。」


そして先輩は去っていった。

一度も振り返ることなく。



第一話


最後の時も一条静香は優しく微笑む。

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