二人の平日
優子は由紀江の会社で働き始めた。由紀江が教えたことは一度ですべて理解し、記憶し、完ぺきにこなす。それが慣れて来たら、スピードも速くなる。由紀江はその優子の様子に、聞いていた以上の優秀さを感じていた。これはある意味特別な能力だとも思った。あまり叩き込みすぎてもダメなので、とにかく、一週間ずつ教える業務を増やそうと思っていたが、あまりにもすぐ覚えて完璧にやってしまうので、一週間ずつ新しいことを覚えさせるという悠長なやり方では、由紀江はどうももったいないとうずうずしていたが、優子のことを考えて、そこは急ぎすぎず教えた。
優子は仕事のやり方だけでなく、用語まですぐに覚える。由紀江は、「もう私いらなくなるのでは?」と思うほどである。由紀江は、それでより自分の仕事に専念できた。作業効率が上がったとかいうレベルではない。由紀江が仕事を取ってくることに集中でき、優子は覚えたものをこなす。これで優子の給料分は、いとも簡単に元が取れるようになった。元が取れる以上のものだ。
由紀江は、だからといって、ひどい残業まではさせたくなかったので、優子にはいつも定時で上がるように言っており、優子もそれを実行していた。もちろん優子はしっかりとその日の仕事、その先の仕事も終わらせて先に三階の部屋へ戻るのである。
優子は淡々としていた。もちろん気遣いは過剰なほどではあるが、あまりにも完ぺきにこなし、付け入る隙がないほどだった。
仕事では、何かを頼まれたらそつなくこなし、由紀江が「ありがとう」といったら、優子は「大丈夫です」と答え、仕事を進める。
休日は休む。あまりにも優子が出来すぎて、優子に教えるものもあり、優子があまりにも完ぺきに早くこなすので、自分の仕事に集中でき、そうすると、なんだか歯止めが利かなくなり、売り上げにも直結するが、少し仕事をしすぎな状態にもなっていた。なので由紀江は、優子には申し訳ないと思いつつ、休日は無理に動かず休む日が続いた。
優子も新しい環境で新しいことを覚えて、しかもまだ年齢的には学生だが、学生から社会人として仕事をしている状態だ。三月下旬。由紀江はそろそろ優子の疲れが出てくる頃かと思い心配していた。優子は顔色を変えず、日々を過ごしていたが、その社会人としての環境において、疲れを感じていた。特に客の対応をするわけでもないし、重労働をするわけでもない。優子自身は、きっともっと大変な仕事をしている人がまだまだいると思っていて、疲れがあってもそんなことは表には出さない方がいいと思っていた。それでも仕事を初めて経験すると、どんな仕事であれ疲れるものは疲れる。特に優子は才能もあって、淡々と仕事をこなす。いきなりギアを上げて、フルで働くようなものだ。慣らしがない。いくら由紀江が優子のことを考えて、少しずつ教えていこうとも、覚えたことを全力でこなす。由紀江はそれは優子の魅力であるとも思ったが、やりすぎて体を壊さないか心配でもあった。やっぱり仕事というものは徐々にギアを上げて慣らしをつけてやっていくべきものだ。優子はその調整ができなかった。
「優子ちゃん。休み休みにやればいいよ。人間、何時間も集中なんてできないんだから。」
「昼休みがあるので十分です。四時間四時間なら行けます。」
由紀江はあまりにも真面目な優子に何でここまでの子が迫害を受けてきたのかと不思議になった。そして、そんな過去があるのに、ここまで真面目に生きられるというところにも、優子の凄さを感じた。
「次何をすればよいでしょうか。」
「ん?んー、今は特にないかな。まあ、適当にネットサーフィンでもしてればいいよ。」
「…。わかりました。では、掃除してきます。」
「え?」
真面目過ぎる。由紀江は本当に心配になった。そしてあまりにも固い。それは仕事中だけに限ったことではない。
仕事が終わって、風呂が終わった時も、掃除をして。食器は一緒に洗うが、机の上に置いてある洗い物も全部気を利かせて持っていくし、ちょっとした時に必要な道具を取る時も「どれがほしいですか?」と聞いて優子が取りに行こうとする。
真面目過ぎるというより、気を使いすぎる。まるで部活の後輩?いや、メイド?会社の先輩と一緒に寮に住む後輩?
それはつまり、由紀江のことを目上の人として、気を配るそれだった。
由紀江はそんな関係を望んでいるのではなかった。家族みたいに、気を遣わず、気を張らず、優子にはゆったりと過ごしてほしい。そう思っていた。