由紀江の家
敦賀の様子はとても穏やかだ。人混みがない。それでもガラス張りの共有スペースのような場所や近くには商業施設などが入った近代的でありながら背の低い建物がたくさんあり、優子はそれらが気になっている様子だ。
「気になる?」
由紀江は優子に尋ねた。
「何があるのかは気になります。」
「行ってみようか?」
「そうですね。でも由紀江さん荷物多そうですし、先に家へ向かう方がいいでしょうか。」
「少し歩くからね。戻ってくるのはちょっと面倒かも。」
「そうですか。でもこれからここに住むので、また今度でも大丈夫です。」
「そう?なら私の家に行こうかね。」
ということで優子はまず、由紀江の事務所に案内された。
「少し歩くけど、我慢してね。タクシー使うのはもったいないから。」
由紀江はそう言って、キャリーケースを引いて歩き始めた。優子はそれに続いた。
「しばらくの間東京にいたから驚いたでしょう。建物低くて。」
「いえ、見慣れています。むしろこっちの方が馴染みがあって落ち着きます。」
「そう?ならよかった。」
何気ない会話をしながら結構歩く。由紀江は、優子が疲れないか心配したが、優子は表情も変えずまったく不満げでもなくついてきているので、掴めないが、とりあえず安心した。
しばらく歩き続けて由紀江が言った。
「はい到着。お疲れ様。これ、私の家。兼事務所。」
見ると、コンクリート製の建物で、三階建ての建物。一階部分はガレージで白い車が置いてある。
「二階が事務所。三階が生活空間ね。」
由紀江はそういうと「おいで」といい、階段を上がっていった。優子はついて行った。階段を上がると左手に二階の事務所への扉があったが、それを横目に、三階へ向かった。三階へ着くとすぐに扉があり、カギを開けて中へ入った。
「さてー、さあさあ荷物中に入れて。」
そういって、荷物を家の中に運んで、隅に置いた。
「じゃあ、夕飯の食材を買いに行こうか。」
基本的に由紀江と優子は一緒に行動することにしているため、買い物も一緒に行くことにした。
駅近くのショッピングセンタ―にある一階のスーパーに買い物に行った。
「ここまた今度見て回ろう。今はとりあえず今日のご飯買っていこうね。」
由紀江はそう言って、スーパーの中を見回った。優子もそれについて行った。優子にとってはこういう場所は新鮮だった。あまりスーパーに来ることはなかったからだ。
いろいろと食材を買って、ほかはまた今度ということで今日はそれだけで帰った。
家に帰ると、買い物したバックを台所に置いて、冷蔵庫に入れるものは冷蔵庫にしまって、全部完了した。
「さあ、どうしようか。微妙な時間だね。もう疲れたし、お風呂入る?」
由紀江は聞いた。
「はい。あ、でもシャンプーとか、あと洗濯用の洗剤とかも…。」
「え、自分で用意するの?」
「はい。そうでないと由紀江さんの生活費を使うことになってしまいます。」
「いや、いいよ。考えすぎだよ。そんなこと言ったら水道もガスも使えないよ?お金いらないし、遠慮なく使ってくれていいから、心配しなくても大丈夫。」
「…わかりました。」
由紀江は優子がとんでもなく気を使っているのだということが分かった。これではこのうちでは生活し辛そうだなとも思った。それをいかに取り除いて気を楽にしてもらうか。由紀江にとってそれが重要なことであった。しかしまだその段階ではないのかもしれない。きっと時間も必要だろうと、由紀江はあまりせかさないように、優子のペースに合わせようと思った。
「じゃあお風呂沸かすね。少し待っててね。」
そういうと、由紀江は風呂の設定をして湯船に湯をため始めた。
そして由紀江は湯がたまる間、優子に家の中の案内を始めた。
「ここがキッチン兼リビングね。」「ここがトイレ。」「ここが物置。」「ここが寝室。」という感じで案内をしていった。
「優子ちゃん、嫌じゃなかったら私のベッドで寝ていいよ。敷布団が別であるから、私はそっちでいいし。」
「え、それはだめですよ。私が敷布団で寝ます。私が厄介になるのにベッドを占領するなんてできません。」
「占領…。いや大丈夫だよ。まあ、無理にとは言わないけど。」
そんなわけで、ベッドは由紀江、敷布団は優子ということになった。同じ寝室で寝る。
そうこうしている間に湯がたまった。
「さあ、お先どうぞ。」
「いいんですか?由紀江さんなんだか疲れてそうですが…」
「え、そう見える⁉いや、でもいいよ。さあさあ。あ、洗濯物は洗濯機に入れといてね。」
結果、優子が先に入ることになった。
優子は先に頭と体を洗って風呂に入った。シャンプーとボディーソープは、それまで使っていたものとは違う、由紀江の物だったので新鮮に感じた。湯船では少しの間だけだが落ち着けた。由紀江のことは信用できる人だとは思いながらも、やはりまだ他人。どうしても気を使い、気を張ってしまう。この一人の時間は優子の休息でもあった。
由紀江は自分のキャリーケースの中身を整頓していた。それで結構時間が経ってしまった。
しばらくして、
「由紀江さん、あがりました。」
「ああ、わかったよー。適当にくつろいどいて。」
由紀江はそういうと、さっさと洗濯物を洗濯機に放り込み、風呂場へ行き、風呂に入った。
優子はテレビをつけるのもなんだか気が引けて、横長のソファーに座って少し体を休めた。気を張りすぎて疲れたのか、少し眠気が襲ってきたが、ここで寝てはいけないと、耐え続けた。
しばらく時間が経って、由紀江が風呂から上がった。由紀江は洗濯機を回し始めた。
優子はウトウトしていたが、その洗濯機の音で、ハッとなり、起きようと頑張った。由紀江が優子の元へ向かうと、テレビもつけずに座っていたので、また気を使っているなと思いつつ、「優子ちゃん」と声を掛けると、優子は起きていたが、眠そうな顔で「はい」と答えた。
(え、かわいすぎ⁉)
由紀江は萌えてしまった。しかし、あまりに疲れているのかもしれないと思い、
「優子ちゃん、眠いなら一旦寝ればいいよ?ご飯作って出来たら起こすから。」
「私も手伝います。」
「いや、でもすごく眠そう…。」
「大丈夫です。」
「ウトウトしながら料理は危ないよ。眠いでしょ?」
「…。はい…。」
由紀江は、その優子の様子に、
(かわいすぎない?)
と、心の中で悶絶しそうになったが、心の中でも思いとどまって、とにかく優子には休んでもらおうと、寝室に敷布団を敷きに行った。
「はい、じゃあ少し寝てね。ご飯できたら起こすから。いったんおやすみー。」
そう言って寝室の戸を閉めた。
優子は申し訳ないなと思いながらも布団で寝ころがった。するとすぐに眠りについてしまった。
由紀江は料理に取り掛かった。歓迎会のように豪華なものにしようとも思ったが、優子が寝起きで食べるならそんなに多くても苦しいかなと思い、そこまでパーティーのようなものは作らなかった。いたって普通の夕食。それを目指して作った。焼き魚に煮物、ほか副菜。和食だ。
由紀江は夕食を作り終わると、さっさとボウルや片手鍋などを洗って、網は水につけて、食べる準備をした後に、優子を呼びに行った。
優子はぐっすりと寝ている。相当気を張って疲れていたのだろう。
「優子ちゃん。ご飯できたよ。」
由紀江はやさしく起こした。優子は、
「んん、あ、う、はい。」
と、返事し起きた。
テーブルの部屋に行くと、すでに食べる準備ができていたので、優子は
「準備まで…、ありがとうございます。」
と言った。由紀江は、
「まあ今日は和食で。明日歓迎会みたいに少し派手にやろうと思うから、今日はこれで我慢してね。」
「我慢だなんて。すごく豪華です。」
二人は「いただきます」と言って、食べ始めた。
「おいしい。すごくおいしいです。」
優子は心の底から思った。
「そう?よかった。」
由紀江は優子が本当においしそうに食べるので、嬉しかった。優子は無表情ではあるが、食べる様子は遠慮しているようには見えず、しっかり食べてくれているのが、由紀江にとってはとても安心した。
優子は終始無言。というより、かなり味わって食べている。食べることに集中しているようだ。由紀江はそんな優子をほほえましく思った。
夕食を食べ終わって、食器を洗って、ひと段落着いた。
「あー、ひと段落。」
由紀江はソファーに座った。相当疲れているようだ。由紀江もソファーに座ったら眠くなってきてしまった。優子はその様子を見て、少し由紀江に甘えすぎていたかもしれないと反省した。由紀江はずっと休まずに動いていたから、相当疲れているのだろうと。
「優子ちゃん、眠くなってきちゃったよ。もう寝ようかな。まだ八時だけど。」
「もう寝ましょう。」
そういって二人は洗面台に行った。優子は自分で持っていた歯ブラシを取り出して、由紀江も自分の歯ブラシで歯を磨いて、そのあとは寝室に直行。優子も少し仮眠をとったとはいえ、やはり疲れはまだまだ残っていた。
二人はベッドと敷布団に寝て、
「おやすみー。」
と由紀江がいうと、
「おやすみなさい。」
と優子が言って、そのままお互いにすぐに寝てしまった。
午前中まで東京にいて、新幹線に乗って敦賀に来て、東京とは違う敦賀の街中。住宅街、道路、ショッピングセンタ―、スーパー。そして優子にとっては初めての由紀江の家。そこでまだあって間もない由紀江との時間。優子は気を使って寝る直前まで気を張って、しかしいざ布団に入ったらすぐに眠りについた。
由紀江も由紀江で優子に対して気を使っていたし、東京から帰って来て、夕飯も作ってずっと動きっぱなしだったので、相当疲れていたのだった。ベッドに寝たらすぐに寝てしまった。
寝室では特に言葉を交わすことなく、お互い即寝落ち。
いろいろと話をするのは明日からになりそうだ。