日々と旅の思い出と人肌恋し
由紀江は旅行から帰ってきた次の日から、普段通りの忙しい生活に戻っていた。とにかく何でもやらなければならない。それでも由紀江は忙しさなどは感じさせずに仕事にあたっていた。それが社長だからだ。
ただ、旅行の思い出を何も感じずに仕事の日々を過ごしていたわけではない。仕事が終わって家に帰ると、あの日の、優子と過ごし、優子とたくさんの思い出を作った城崎温泉での出来事を思い出しては、「また行きたいなぁ」と思うのであった。
仕事場では優子に会う。しかし特に城崎温泉での話を改めてするということはなかった。旅の総括は帰りの列車の中で十分したからだ。今改めて話をすることもない。優子はどう思っているのか。相変わらず表情に出さず、今まで通り仕事を淡々とこなし、無駄口をすることもない。休憩時間も一緒に取れればいいのだが、社長である由紀江に休憩という概念は存在しないため、なかなか一緒に休憩をとることができない。なので、会社では、業務がひと段落しない限りは特段話をするタイミングがない。加えて、現在別居中。なかなか話す機会がないのである。本当は旅の思い出の話も改めてしたいのだけど。由紀江はそう思っていた。
対する優子は、家に帰るとすぐにやることをやって、寝る態勢に入った。一切無駄な時間は過ごさない。というよりかは、やることがない。一人暮らしを始めてからというものそのような生活が続き、どこか味気ない気分でもあった。ただ変わったことと言えば、寝る前にスマホの写真を見ることが増えた。由紀江といった城崎温泉で撮った写真を眺めるのだ。実は優子もそれなりに写真を撮っていた。何枚か由紀江と城崎温泉の街並みを撮った写真もある。一緒に自撮りをした写真もある。そんな写真たちを眺めながら優子は旅の思い出にふけっていた。
そして優子は旅の思い出以外にも心情の変化があった。いや変化ではないかもしれない。もともとあったものがもっと大きく、色濃くなったのかもしれない。それは、一人暮らしの虚しさだ。優子は人と一緒にいるタイプではないし、人となれ合うタイプではない。自分でもそれはわかっているはずだった。だから誰かと一緒に暮らすよりも自分一人で暮らす方が心も楽になるだろうとも思っていた。しかし実際は違った。あまりにも、由紀江に会いたい。由紀江と話していたい。由紀江の声を聴きたい。由紀江の体温を感じていたい。人肌恋しい。誰でもいいわけじゃない。由紀江の人肌が恋しい。自分で選んだ一人暮らしの選択。優子は「間違えてしまったのだろうか」と思っていた。




