城崎温泉への旅行 ~城崎温泉にて⑤~
由紀江と優子は旅館の内湯に入りに行った。
今日は入る人が鍵を閉めて貸切ることのできる日らしい。もちろん次の人がいるから時間制限はある。
旅館の奥の方へ進んでいく。まるで迷路のように奥まっている旅館内。あとでいろいろ回ってみようと言いながら内湯の方に入った。
どうやらこの旅館の名物らしい内湯は確かに、不思議な形状をしている。
由紀江と優子は二人で入り、鍵を閉めて、温泉につかった。
「最高だね。二人だけの温泉だよ?」
「そうですね。くつろげます。」
そこまで広いわけではないが、二人で使う分にしては広い。向かい合って広々と浸かった。
「洞窟風呂…。これ本当の岩盤なのかな?」
そう言いながら、由紀江は上半身だけ横に向けて、顔の高さ付近の壁の岩肌を、細い人差し指でゆっくりとなぞった。
「岩盤風呂でしたっけ?本当の岩盤なのではないですか?」
優子は向かい合っている由紀江の方を向いてそう言ったあと、自分の後ろにある壁に振り向いて少しだけ眺めた。
「あー、岩盤風呂だっけ?じゃあ岩盤なのかな?」
由紀江はそういって、グリグリと人差し指で壁を押した後、体勢を直して向かい合っている優子の方へ体を向け、目をうっすらと閉じるか閉じないかくらいにして、肩まで湯につかった。
しばらくして由紀江は、
「それにしても優子ちゃん、細いよね。スタイル良すぎる。スレンダー美女だね。」
と優子をほめた。
優子は特に動揺もせず、
「そうですか?」
と答えた。
「うん。優子ちゃんは肌もきれいだし、顔もめちゃくちゃ整ってるし。黒髪綺麗だし。それでいてスレンダー美人とは。完璧だ。」
「そんなこと言ったら、由紀江さんも美人じゃないですか。腰細いですし。肌もきれいだし。それこそ顔も髪も、私が見てきた中で一番美人です。」
「え、えへへ、そうかなぁ。まあね、そうだよねぇ。」
由紀江は嬉しそうにあっさり認めた。由紀江は基本的には自信があるタイプの人間である。
そんなことを二人はいろいろと話しながら、穏やかにくつろいで温泉につかった。
由紀江と優子ははじめ、向かい合って温泉につかっていた。途中で由紀江が、
「お隣、いいかな?」
と言ったので、優子は、
「どうぞ。」
と言い、由紀江は優子のすぐ隣へ移動した。
二人とも髪は後ろで留めている。ただ前の方の下ろされている髪は、はっきりと見てわかるほど、しっとりと濡れている。
優子の黒髪は、それでさらに滑らかさと艶やかさが際立つ。
由紀江の頬に張り付いた、数本が束なった髪は、由紀江の艶めかしさを格段に跳ね上げる。
そんなお互いの様子を、一瞬目が合っただけで二人は認識し、なんだか恥ずかしくなった。
そんな空気を変えるように由紀江は話しだした。
「どうだった。今日は。」
「楽しかったです。さっきも言いましたが、由紀江さんと来れて、よかったです。」
「よかった。楽しんでくれて。こういうことって、今まで経験ないんだったよね。」
「はい。全く経験ありませんでした。」
優子は相変わらず真剣な眼差しで由紀江の方を見ながら話している。あまりにまっすぐな目だ。由紀江はそんな優子を本当にいい子だと思って、優しく見つめる。ただそれは今までのつらい過去からなるものでもあるのだろうと思うと、心がいたくなる。
「もしさ、私変なこと聞いたら…、答えたくないことがあったら答えなくていいからね。もう少し優子ちゃんを知りたいから。」
「?はい。でも、特に答えたくないことはありません。」
「そうなの?でも、優子ちゃんの話を聞いていると、やっぱり昔は相当…。いや、今そんな話をするべきじゃないかな。ごめんね。」
「いえ。全然大丈夫です。昔はずっと気を張っていたので、今この時みたいに、気が解けるようなことがなくて。子供の時から、ずっと…、そんな感じでした。」
優子は珍しく視線を由紀江の顔からそらし、前を見た。
「…。家族でどこか遊びに行くこととか、できなかったんだ?」
「はい、記憶はないです。父も母もずっと人の目に怯えていたのだと思います。きっとどこかへ遊びに行くなんて人の目につきやすいことをする余裕はなかったんだと思います。」
「優子ちゃんは大丈夫なの?私連れてきちゃったけど…。」
「少し不安でした。でも、基本的にはどこかへ行った先で何かあることなんてほとんどないんです。杞憂なんです。東京ではああいった状況だったので違いましたけど。でも、こうして一時的にどこかへ行く程度では、そんなこと起こりはしないんです。むしろ同じ場所にずっといるほうが、危険なのだと、そういう印象です。」
「そっか。だから一人暮らしするっていったのかな?」
「…。それもあります。」
「私に迷惑をかけないように?」
「…はい。」
「私と一緒にいることは不安?これからもしばらくは、いつまでかはわからないけど、一緒にいることになると思うけど。」
由紀江のその言葉に、優子は少し考えて、
「由紀江さんに、私のせいでなにか害が及んでしまうのではないかという不安はあります。」
「…。」
「ですが、今日。いえ、今日だけではなくて、でも今日、はっきりとわかったことがあります。由紀江さんと一緒にいると、一人でいる時よりも安心するんです。」
由紀江は優子のその言葉に視線で反応した。
「不思議なんです。由紀江さんと一緒にいると、私のせいで何か迷惑がかかるんじゃないかって思って不安なのに、私自身はどこか、なぜか、心が穏やかになる。緩むんです。安心するんです。」
優子は少し下に視線を落としながら、ゆっくりと、普段より少し声量が小さく、そう話した。
由紀江はそんな優子の姿を見守った。由紀江も自分の言葉を伝えた。
「優子ちゃん。私もね。少し不安だったんだよ。私が優子ちゃんにとって負担になっていないか。今回の旅行も優子ちゃんにとっては余計に気が張ってしまうものになるんじゃないか。少し不安だった。でも優子ちゃんが安心するって、楽しいって言ってくれて、私は本当にうれしいんだ。」
由紀江はそのことを話しているときに、本当に不安そうな顔をしていたようだ。それで優子が言ってくれたことに対して、本当に嬉しさがにじみ出ていたのだろう。優子はその由紀江の様子から何か察したようだった。
優子は体を由紀江の方へ寄せて、肩をピタッとくっつけて、由紀江に寄り掛かった。
(⁉)
由紀江はさすがに驚いた。温泉につかりながら。裸で、素の肩をくっつけてきたので、由紀江はだいぶ混乱した。
(え…、え⁉優子ちゃん、どうしたのいったい⁉肩が!優子ちゃんの肩が!素肌で⁉)
「由紀江さん。以前、こうして私に体を預けてって言ってくれましたね。あの時なんです。あの時がずっと忘れられませんでした。とても温かくて、心がじんわりしてきて。由紀江さんを感じた。」
(そうか…。あの時の。優子ちゃんはあの感覚を覚えていてくれたんだ。)
「あの時から、私の中で逆転していきました。由紀江さんが私にとって、私が迷惑をかけてしまうんじゃないかという不安から、心が落ち着く存在に、少しずつなっていって。それでも少しその状況が怖くて、一人暮らしをした方がいいんじゃないかと思って一人暮らしを始めて。だけどそうすると余計にあの温もりが忘れられなくなって。どこに行くにしても。仕事中でも。休みの日に由紀江さんの家でいる時も。そして、今日も。由紀江さんといると、不安ももちろんありますが、安心が勝ち始めている。」
由紀江はずっと優子の方を向いて、優子の顔を見て、その話を聞いていた。肩に伝わる優子の感触と温かさを感じながら。
優子はまた由紀江の顔の方を向いて、こう続けた。
「由紀江さん、私、今、すごく楽しいんです。すごく心が和んでいるんです。だから由紀江さんは、どうか、不安にはならないでください。」
「優子ちゃん…。」
そして優子は少し間をおいてこういった。
「本当に、今日、由紀江さんとここに来られて良かったです。」
そういいながら、優子は微笑んだ。
由紀江はその優子の微笑みがあまりにも可愛くて、初めて見る笑顔であり、ほんの少しの間、思考が停止するほどだった。
「あ…、あ、優子ちゃん…。」
嬉しさと、謎に湧き上がる高揚する感情とが暴走しそうになって、由紀江は自制心を保って心を鎮めようとするのがやっとだった。本当は思いっきり抱きしめたかったが、さすがに裸で抱き合うのはまずいと思ってそれはしなかった。
「あの、優子ちゃん。好き。んじゃなくて、ありがとう。ありがとうね…。かわいいよ。」
由紀江は本当に何が何だか分からなくなっていた。優子の笑みは、元々顔が良すぎる上にその笑顔で、しかも今まで全く笑顔なんて見せたことがなかったために、その可愛さの衝撃たるや、とんでもないものであった。そして純粋な嬉しさと、感動と。由紀江は顔も体もだんだん熱くなってきた。
「由紀江さん?大丈夫ですか?のぼせてますか?もうあがった方がいいのでは。」
はたから見てもなんだかまずい感じになっていたらしく、優子に心配された。
「だ…いじょう…、うーん…、もう少しこの時間を堪能したいけど…、時間も時間だし、あがろうか…。」
二人は充分に旅館の内湯を堪能した。そしてそのおかげで、さらに距離が縮まったようである。




