今ある仕事を終わらせる!
由紀江は、今週末の温泉旅行に影響しないように、溜まっている仕事を終わらせるために、普段以上に優子と協力して仕事にあたっていた。
といっても、由紀江が仕事を取ってこないわけにもいかないし、常に管理運用しているものに関しては、仕事を終わらせるという概念はないので、とにかく終わらせて終わる仕事を手っ取り早く片付けるようにしていた。
由紀江と優子は仕事の点では優秀だった。これだけ先に待つ予定の意識があっても、早く終わらせようとする気持ちがあってもミスはしなかった。
由紀江は思った。きっと優子と一緒にやっているからだと。
もともと由紀江は仕事で大きなミスはまだしたことがない。もちろん事業失敗はいくらかある。ただ仕事のミスはほとんどない。そんななかでも抜けはたまにあるものだ。人間だからそれは当然のこと。しかし優子にはそれがない。そしてそういった『抜け』を優子は見つけて補ってくれる。優子は由紀江にとって本物の戦力であり、もはやなくてはならない存在でもあった。
「由紀江さん、今日も帰らないんですか?」
「帰るよ。でもこれやっとかないと、明日明後日に響くからね。」
「私も手伝います。」
「いいよ。大丈夫。残業はしないのが一番。」
「残業代はいりません。心配しないでください。」
「前にも言ったでしょ~?それ労基案件。」
「…、はい。」
優子はおとなしく帰った。
由紀江は優子に気を遣わせていることはわかっていたから、できれば自分も優子と一緒なタイミングで帰りたいと思っていた。しかし社長である限り、それは難しい。気を遣わせてはいるけど、こればかりは仕方がないと思いながら、仕事をつづけた。
そうして今週の平日も過ぎていった。なんだか今まで以上に労力を使った気がする。これでは旅行前に体調を崩してしまうのではないかとも思った。木曜日の昼下がり。由紀江がそんなことを思っていると、優子が
「由紀江さん、疲れてますね。あまり無理しないでください。旅行前に倒れたら私、悲しいです。」
由紀江はハッとした。自分の思っていることを言われたのもそうだが、優子が悲しいという感情を言葉にしたからだ。それが悲しいという言葉だったのも、由紀江はなんだか申し訳ない気持ちになった。
「そうだね…。少し張り切りすぎてたかも。そんなに疲れた顔してる?」
「してます。」
「…。今日は早めにあがろうかな。」
由紀江はそういった。それを聞いた優子は少しパソコンを触って作業を始めたら、すぐにピタッと止まって、
「早めって何時ですか。」
と、由紀江に問うた。
「え…。うーん、九時くらい?」
「…。いつも何時に帰ってるんですか。」
「え、う、んん…。いう必要ある…?でも、ほら。ここ自体私の家みたいなものだし。普通なら家でやるような調べ物もここでやってるから、社屋持ってやってる会社とかとは違うからね。」
「社長だけ忙しい会社って、大丈夫なんですか?」
確かに、いくら社長と言えども、そんなに残ってやるものなのかと、言われてみればそうだなと思った。しかし、優子は時間内に完璧に終わらせる優秀な子だし、そのうえで残業を毎日させてまで、自分の仕事を振るのも違う気がして、もしかしたら自分の仕事の取り方が間違っているんじゃないかとも思えてきて、由紀江はよくわからなくなってきた。疲れているからなのか。頭が混乱してきた。
「とにかく、無理はしないでください。明らかに疲れてます。社長なんですから、今帰って寝ても問題ないでしょう。今日の仕事が終わったら帰って寝てください。帰るときカギ閉めないといけませんから、電話かけて起こすので。」
「うう…。いやでも。」
「いやなら、せめてそこのソファーで寝てください。とにかく休んでください。倒れるのが一番嫌です。」
「ありがとう心配してくれて。でもやっぱり、優子ちゃんの定時まではやるよ。一緒にあがる。今日は。」
優子は、真顔でしばらく由紀江を見つめて、「わかりました」と言って、仕事をつづけた。
そして、定時。優子は帰る準備をしていた。しかし少し様子を見ていた。由紀江があがるまで帰らないつもりらしい。
「大丈夫だよ。もうあがるよ。」
由紀江はそう言って、席を立って一緒に事務所を後にした。
「今日はもう事務所に戻らないでくださいね。」
「疑り深いね⁉大丈夫だって。」
そういって、由紀江と優子はそれぞれ帰った。
由紀江は、
(優子ちゃんなりに私を思ってくれてるのかな。結構厳しく言われちゃったけど。そんなに疲れてたかな。)
そう思って家の玄関について、玄関の鑑で自分を見ると、クマはついていた。でも朝、多少軽く化粧をするので、それくらいは知っていた。
(まあ、疲れてるか…。)
自分で納得して、今日はおとなしく早く寝ることにした。
しかしきっと優子は、由紀江のクマだけを見てそういったのではないのだろう。由紀江の声の元気さや、全体の顔色などを見て、疲れていると思ったに違いない。由紀江は何となくそんな気がした。




