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旅の計画

 由紀江(ゆきえ)優子(ゆうこ)と距離を縮めたいと思っていた。買い物や食事などはするが、やはり旅行となれば、またわけが違う。はたして優子が乗り気になってくれるかという問題もあるが、せっかくなのでどこかいけないかと考えた。

 やはり旅行なら温泉か。でも温泉ならゴールデンウィークは避けないといけないなと思っていたし、そもそも今からでは予約は無理だろうとも思っていた。五月の中頃位をめどに旅行に行かないかと、優子に聞いてみることにした。

「優子ちゃん、一緒に旅行行かない?」

「え?旅行…、ですか。」

「そう、どこか一緒に温泉でも行こうかなと思って。」

「温泉…。」

 優子の反応は困惑したものだった。

「ダメかな…?もしかして、昔何かあったとか…。」

「いえ、というより、旅行とか、温泉とか。そういったものに行ったことがなかったので、その…。」

 どうやら優子は、旅行の経験がなくて困惑していたようだ。だったらと、由紀江はなおのこと優子を誘った。

「いこうよ。温泉。日々の日常のもいいけど、非日常的日常を味わうのも人生だよ。」

 その言葉が優子にはささった。何気なかったが、優子の目的、それは普通の人間として人生を生きたいというもの。仕事して、帰って少し休んで寝て、休日には買い物に出かけて。そういった経験を積ませてもらって、それで時には旅行、旅に出る。人間らしい人間の生き方。そうだ、それを求めてここにいるんじゃないか、と。

「はい。行きます。行きたいです。」

 優子はそこで意思を示した。そのことが由紀江は嬉しかった。一緒に行きたいと言ってくれたことももちろんだが、そういう意思を示してくれたことが、嬉しかったのだ。

「よし、じゃあ行こう。さっそくだけど、来週の祝日の前の日、うちお泊りできる?夜中一緒にどこ行くか考ええたいんだけど。」

「わかりました。泊まる準備しておきます。」

 ここから、由紀江と優子の旅の行き先の相談会が決まった。


 金曜日。優子はまず泊り用の着替えやら歯磨き道具やらをもってきて、三階に置いてきて仕事を始めた。

仕事が終わって、二人は定時で上がって、三階に上がった。

「なんだか久しぶりに思えるね。まだ別居してやっと一週間たっただけなのに。」

 由紀江は優子と約一週間ぶりのお泊りで、やはりどこか心が穏やかになる感があった。

 優子は「そうですね」と、無表情で返したが、その声には少し、いつもとは違う和やかさがあったように感じた。優子もうれしいのかもしれない。

 優子は風呂に入った。湯船につかる前に体を洗う。そこで思った。なぜだか、一人暮らししているときの風呂時間よりも落ち着く。癒される。シャンプーは自分で持ってきた。由紀江の物を使って、その分を消費してしまうのは悪いと思ったからだ。そこの気を使う部分は前から変わらないが、しかし同居中は由紀江のシャンプーを使っていた。今優子が一人暮らしで使っているシャンプーは由紀江のとは違う。でも由紀江のシャンプーをもう一度使いたかった。それは値段とか質とかの違いではない。単純に由紀江が使っているシャンプーを使いたい。今までのように。同居中のように。同じ匂い。由紀江の匂いになりたい。そんな気がして。

 ボディソープも同じ風に思った。でもやっぱり由紀江の物を使うのは申し訳ないと思い自分の物を使った。

 優子にはその感情について深く考えられるほど、まだ心は成熟していなかった。なんでそんなことを考えてしまうのかという疑問すら浮かばない。そこに理由など、優子には必要ないのだ。

 湯船につかって、優子はつぶやいた。

「やっぱりここがいい…。」


 優子が風呂から上がって、そのあとに由紀江も入って、あがったら一緒に夕食を食べた。それはとても和やかな時間だった。たった一週間ぶり。されど一週間ぶり。優子は相変わらず口数は少ないが、以前よりは和らいでいる。それは少しの間離れていたからなのだろうか。一緒にいることの価値を改めてお互いが気付いたのかもしれない。

 夕食が終わり、片づけて、旅の計画の時間になった。

「どこ行こうか。」

 由紀江は、ノートパソコンを開いて、テレビとソファーの間にある机に置いて、二人で覗き見た。

「私、どこになにがあるか、全くわかりません。」

 優子は温泉というものに触れたことがない。有名な温泉地も良く知らない。だから行きたいところというものもわからないのだ。

「そうだねぇ。私、一回だけ行ったことあるところで、もう一回行ってみたいところがあるんだけど。」

「じゃあそこにしましょう。」

「早いね⁉いいの?まだどこかも言ってないけど…。」

「由紀江さんがもう一度行ってみたいというところなら、相当良い場所なのでしょう。私は何回も行きたいと思える場所に行ってみたいです。」

「…。そうだね。良いところは何回行っても良いって、誰かが言ってたし。そうしようか。」

 場所も言わずに、行き先が決まった。

 由紀江は、優子にパソコンの画面を見せて、「この温泉地」と教えた。

 優子にとっては初めての旅行というもの。一人でいろいろと行ったことはあったが、旅行というものはしたことがない。それは楽しいものなのか、何かを得るためのものなのか。その意義すらもわからない。しかし、由紀江がこうして誘ってくれたのだから、断る理由はないし、断る方が失礼かと思って、優子は旅行、旅というものに行ってみようと思った。

「なにで行こうか。やっぱり旅と言えば鉄路だけどね。旅情あふれる鉄道旅。」

「いいと思います。」

「じゃあ、特急使うか、それとも…、全部鈍行で行っちゃうか。」

「?何が違うんですか?」

 由紀江は、特急と鈍行で行く違いを説明した。

 いくつかパターンがある。

 早朝に新快速で京都に行き、特急に乗り換えて行くか。

 特急で京都に行き、そこから別の特急に乗り換えて、もう一回別駅で乗り換えて行くか。

 全部鈍行でいくか。

 せめて昼頃にはついていたいと思っていたので、この三通りということになった。

「圧倒的にこれが安いですね。」

「値段なんて気にしないの。私が出すんだから。」

「え?いやダメです。自分の分は自分で出します。」

「いや、いいって。私が誘ったんだから。優子ちゃんには旅で癒されてほしいんだよ。お金のことは気にしないで。」

「ダメです。」

(優子ちゃん、意外と頑固だよね…。っていうか前もこんなやり取りがあったような…。)

 優子はかたくなに断った。いったん旅行計画が中断され、その話になり、由紀江が絶対に出すと通すので優子は、

「それなら余計にお金のこと考えます。鈍行が一番安いので鈍行でいいです。」

「優子ちゃん…。」

 優子の頑固さが少し垣間見えたところで、由紀江が出す、その代わり安い鈍行一択。というお互い譲歩する形になった。

 というわけで、今回の旅行は鈍行で温泉地に向かう旅行になった。旅館は由紀江が予約した。五月に行く。優子の心が少しでもほどける旅になれば良いと、由紀江は思った。

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