優子の悪夢
「お母さん。これできたよー。」
「あら、上手にできてるわね。すごいじゃない、優子。」
母が優子のところに来て、優子の頭をなでる。
「えへへー」
優子は嬉しそうに母に体を寄せる。
母は大事そうに優子をなで、
「ご飯作らなきゃ。」
そういって、台所に戻る。
一人で何でもやっている。仕事は掛け持ち。家に帰れば家事。優子の相手。
そんなことが続けられるはずがなかった。
「お母さん?」
「…。」
母は家に帰ってきた。
「お母さん。」
母は優子に返事をせずに、横を通り過ぎ、荷物を置いて、台所に向かった。
母は夕食を作り始めた。
「お母さん、見て。これ今日作ったの。」
「…。」
母は、見向きもしなかった。淡々と夕食を作っていた。乾かしてあった食器を棚に片づける。
「ねえ、お母さん?」
「うるさい!」
母は持っていた皿を優子に投げつけた。額にあたり、そのまま落ちた皿は優子の近くに落ちて割れた。割れた破片が飛び散って、勢い良く優子の脚に刺さる。
「仕事してるのが分からないの⁉邪魔なのよ!今構ってる暇ないの!」
優子は泣きわめくことはなかった。とても痛かった。でも泣かなかった。ただ、痛みで反射的に涙は出てきた。そこに立ち尽くした。額から何かが垂れてくる。冷たいような生暖かいようなものが垂れてくる。
母は、
「あああ…。ごめんなさい…。ごめんなさい優子…。」
そう言いながら、皿の破片が落ちている床を素足で駆けていき、隣部屋にある救急箱を持ってきて、優子を治療した。足に刺さった皿の破片も取らないと。病院に連れて行かないと。
また同じ部屋。それもそうだ。だってここは家だもの。なつかしい。なつかしい?
「お母さん?」
「…なんて。」
「お母さん、どうしたの?」
「あなたなんて、産まなければよかった。」
母は座り込んだままぶつぶつとつぶやいた。
「あの人とも結婚しなければよかった。優子なんか産んだから私はこんな目に遭ってるのよ。産まなければよかった。産んじゃダメだった。」
目が覚めると、少しぼろい天井が見える。優子は布団から起き上がった。
まだ朝焼けが始まったころだ。起きるには少し早かった。
「また、この夢…。一人で住み始めて二回目…。」
優子が由紀江の元を離れて、一人暮らしをし始めてまだ一週間も経っていない。それなのに、由紀江と一緒な部屋で寝ていた時には見ることもなかった夢を見始めるようになった。
心細い。誰もいない。由紀江はもちろんいない。今日は仕事だ。優子は時計を見た。あと何時間かすれば由紀江に会える。
優子は早く時間が経って、由紀江に会いたいと強く思った。




