由紀江のとある日
優子はこれ以上由紀江にお世話になるわけにはいかないと思って、一人暮らしを始めることとなったが、平日には毎日会社で会うし、別に離れ離れになるというわけではない。ただ別居するだけであって、今までの関係は続く。仕事はいつも通りやるし、休日になれば毎週ではないが、会ってどこか行ったりもする。
ただそれでも、やはり一か月超一緒にいたためか、由紀江は寂しさがわいてくる。いままでずっと一人で過ごしてきたのになぜこんな気持ちになるのかわからないが…。それほど優子に癒されていたということなのだろう。
そう感じながらでも日々は過ぎ去っていく。そんな中で、由紀江は年度初めの経営者の集まりに参加していた。
「今年度もよろしくお願いします。」
「おお、天筒さん、よろしく。」
「天筒さん、久しぶり。元気してた?」
「天筒さん、ご挨拶ができて良かった。今年度もよろしくお願いします。」
「由紀江ちゃん、最近どう?」
いろんな人がいる。おじさんがほとんどだが、若い人もいる。男の若い経営者、女の若い経営者もそれなりにいる。
由紀江は取引先ではない人とも、できるだけいろいろな人とあいさつを交わすようにしていた。由紀江は友達になろうとかそういうのは全く思わず、だからと言って取引先としての社交辞令だけで終わらせるつもりもなかった。そういった挨拶は、自分という存在を覚えてもらうために、いかに立ち回るかが勝負だ。そうやって友人未満、社交辞令の付き合い以上の関係性を構築し、絶妙な「知り合い」関係を築いていた。ただ由紀江にはプライドと自信があるので、基本的に人を立てたり持ち上げたりタイプでもないし、媚びることは一切しない。そんな人間性と、若さと、美しい容姿が相まって、男女問わずすぐに覚えられて、特に男性陣からの人気が高かった。それについては、由紀江は何とも思っていなくて、むしろ好かれて当然とまで思っていた。由紀江は優子には和やかにやさしいが、基本的にはそういうタイプの人間である。
最近はセクハラ調のおじさんも少なくなり、話ではそんなに苦労することはない。と言ってもたまにそういうおじさんもいるにはいる。そういう時は、由紀江は「去勢されろ。」と思いながら話を聞き流している。若い男性陣にはそういう人はめっきりいない。ただちらちら体を見てくる人は年齢問わずいるので、それに関しては「私だから見てくるのも仕方ないか」と思って気にしないふりをしている。
そういう場では結構大変なものである。
「天筒さん、お疲れ様です。最近はどうですか。」
同い年で経営のこととか、事業のこととか、またお互いにわからないことがあった時に、こういう場でのみであるが、たまに相談し合っている、戸田という若い男性経営者である。連絡先などは名刺交換で知ってはいるが、特に連絡を取り合うことはない。ラインも知らない。しかし、おそらく由紀江にとって、この集まりの男性陣の中では一番仲の良い存在である。
「戸田さん。お疲れ様です。最近やっと一人社員を入れまして、この子がとてもできる子なので、これから楽しみなんです。」
楽しみという言い方が最適なのかどうかは置いておいて、由紀江はそう答えた。
「社員を入れられたのですね。それは今後が楽しみですね。」
戸田さんは年相応に大人びた人で、悪ふざけなどは一切しないタイプであった。それでいてうるさいタイプでもない。由紀江にとっては、経営者の集まりの中では上位クラスで和やかに心置きなく話せる人であった。
それでもやはりこういう場では気を張ってしまう。
集まりが終わって、由紀江は家に帰った。
「疲れた。はあ、優子ちゃんがいたらな…。」
なぜか優子のことが頭に浮かぶ。それは癒しをくれる存在だった。というだけではないのか。
「さあ、お風呂入って寝よう。」
由紀江は、あまり優子がいないと寂しいということばかり考えていてもだめだなと思い、切り替えてやることをやってすぐに床に就いた。




