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平日の夜と花見

 ある日、ちょうど桜が咲いている時期。由紀江(ゆきえ)優子(ゆうこ)と一緒に桜を見に行こうということで、近くの金ヶ崎の夜桜を見に行くことにした。優子は花見なんてとても幼いころ以来かもしれないと、少し昔のことを思い出し、その案に乗った。

 仕事は早めに終わらせて、まだ夕日が落ちそうなくらいの夕方から、金ヶ崎へ向かい、満開の桜を見ていた。平日なのに花見客も多い。有名な花換え祭りは三月末ごろから四月頭までで終わっているので、今年は満開とは少しずれたが、祭りの人がいない分、そして平日の分、花見はのんびりできる。敦賀半島に沈みゆく夕陽を見ながら、暗くなってゆき明かりが灯される夜桜を見る。

「雰囲気あるね。」

 由紀江は楽しかった。今まで最近は花見というものもそんなにしていなかったし、桜を見に来ても一人で来ていた。今日は一人ではない。まだまだ慣れない様子ながらもこうして一緒に桜を見に来てくれる優子といれて、由紀江は嬉しかった。

「桜をこんなにじっくり見たのは、いつぶりか、初めてか…、それもわかりませんが…。きれいですね。ここからの眺めも。」

 優子は神社の雰囲気と、夜桜と、金ヶ崎から見える町の眺め、港の眺めを見ながら、良い場所だと思い、そしてこの穏やかな時間はいつまで続くのだろうと、少し不安にもなった。


 平日のある日、優子が先に定時で上がって、由紀江は少しやることが残っていたので事務所に残っていたことがあった。そのとき思っていた、

「優子ちゃん仕事出来すぎ…。二か月も経たないうちに昇給だよこのレベル。そうしないと優子ちゃんの仕事量と能力に見合わなくなる。ちょうど試用期間的な意味合いでもいい時期だし、上げないとね。」

 由紀江はどこか嬉しそうだった。それは会社に優秀な人材が加わって、会社の売り上げも利益も上がるという点でもそうだったかもしれない。しかし由紀江は優子のことをやはり考えていた。優子がこうして能力を発揮させて、社会の中で生きていっているということが、優子の過去を聞いた由紀江にとっては嬉しかったのだ。

「さて、あがろう。ご飯作らないと。」

 由紀江は早々に切り上げて、三階へ向かった。

 いつも由紀江が三階に来たら、優子と二人で晩ご飯を作る。最初は由紀江が一人で作っていたが、しばらくして優子も料理が出来たら役に立つだろうということになり、二人で作ることになった。ご飯を作った後、そのまま食べる時もあるが、先にお互い風呂に入って、そのあとに最後仕上げて食べることもある。料理によってそれは変わる。

 そのあと二人はたまにお菓子を食べたり、ココアなどを飲みながらテレビなどを見ていた。徐々に優子の緊張もほどけて、気づかいはまだあるが、それでもあの晩の出来事の甲斐もあってか、優子はこの夜の自由時間の状況に慣れてきて、比較的ゆったりと過ごすことが多くなった。

 一緒にテレビを見るときは、並んでソファーに座ったり、カーペットの上に座ったりしていた。その時は優子の表情も心なしか和らいでいるように見えた。

「優子ちゃん。少しは慣れてきたかな。」

「はい。おかげ様で。きっと由紀江さんだからここまで落ち着けるんだと思います。」

 優子は何げなくそう答えた。

「そう?それは良かった。もう本当にくつろいでね。だらーんってしてもいいから。」

 由紀江は優子の言葉がうれしかった。優子にとって自分は落ち着ける存在になれている。それほど良いことはない。

「はい、ありがとうございます。」

 優子は表情を変えずに、しかし穏やかな声でそう言った。

 由紀江は、一緒にこうしてくつろぐ時間がどこか心地よかった。本当なら優子にそう思ってほしいと思っていたが、由紀江自身も優子に気を遣いすぎないように過ごしていたら、優子と一緒にいると由紀江の心も落ち着いた。優子には元々そういう、人を癒す何かがあるのかもしれない。由紀江はそうも思った。もちろん容姿端麗であるということも要因ではあるのだろうが、それ以上の何かがきっとあるのだと、由紀江は思った。

 優子の手先を見る。ココアの入ったマグカップに指を添えている。その指はとても細く、すらっとしている。爪はきれいだ。まるで貝殻の内側の美しい真珠層のよう。

 由紀江はもう少し優子の方を見たかったが、あまりじろじろ見て、優子に不快な思いをさせるのは嫌だったので、そこまでにしておいた。

(いつか、気軽に優子ちゃんからスキンシップをとってくれるようにまで行けたら、心を許されたってことになるかな。)

 由紀江はそう思った。

 それでも今こうして、和やかに、特に何を話すわけでもないが、一緒に座ってテレビを見ることまでできている。二人の距離は確かに縮まっていた。

 ただ、優子の心の曇りは別の部分から広がっていた。

 それは、「本当にこのまま由紀江の会社や家にいて迷惑にならないだろうか」ということだった。

 優子は今まで、その境遇のせいで周りの人を巻き込んできてしまった。迫害をたくさん受けた。そしてそれは周りの人にも影響が及んだ。優子のことをかばおうとすればするほど、その人も被害を受けてきた。そしてその人が不幸になるか、それとも優子のことを逆に恨みを持ってしまうか。そんなことを経験していたため、由紀江と由紀江の会社にも、いつかそういった迫害が起きて、由紀江を不幸にしてしまうのではないか。自分に優しくしてくれる、味方をしてくれる人ほど不幸になる。優子にはその心配がいまだにあった。それは消えるものではなかった。

 由紀江との時間。優子にとっては今までにないほど安息だった。気は遣っていたが、それでもとても良い日々だった。しかしそれは心配になるほど、穏やかな日々。仕事はしないといけないが、由紀江は優しいし、夜は一緒に和やかに過ごして、この安息が本当にこのまま続くのだろうかと、優子は心配だった。

 由紀江の方は、優子が気を楽にしているという感じもわかっていたからよかったと思っていたが、それでもたまに考え事をするように、無表情ながらもどこか不安そうな雰囲気を優子から感じ取っていた。それはきっとそう簡単に拭えるものではないともわかっていた。さすがにどういった部分に悩んでいるかまでの詳細はわからないが、きっと過去のことが関係しているのだろうなということはわかる。下手に慰めても今はダメかなと思い、由紀江は見守ることに徹していた。

 優子にそういった不安を少しでも和らげる方法。それは今まで優子があまり体験してこなかった日常にあるんじゃないかと、由紀江は思った。それは、普通の買い物とか、喫茶店でお話ししながら軽食を取るとか、どこか一緒に旅行に行くとか。そういったことが優子には重要なんじゃないかと。

 由紀江が優子を想う気持ちは日に日に強くなる。それは仕事を頑張ってくれるというだけではない。もちろん仕事を真面目にやってくれるからというのもあるかもしれない。でもやはりこうして二人で一緒に過ごして、改めて優子の人柄に触れていると、放っておけない。そんな気持ちになるのだ。由紀江は、手始めにこの前しっかり見れていなかった、ショッピングセンターでの買い物に優子を連れて行こうと決めた。日常というものを当たり前にしてもらう。それが必要だと感じた。

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