由紀江の思い
由紀江は、優子にまずは、由紀江に対しての「目上の人に対する気遣い」を無くしてもらおうと考えた。もっとゆったりしてほしい。妙な隔たりを感じたので、それを取り除きたかった。
土日。由紀江は疲れていた。由紀江にとっても変化の一か月だ。環境が変わって、それなりに疲労がある。それに、あまり優子に気を使われすぎて、逆に疲れるということでもあった。
対する優子は、疲れは一切見せず、休日でも気を配っていろいろとやろうとしていた。最初に家の掃除も優子は由紀江に教えてほしいと言って、由紀江のやり方での家の掃除を教わった。それも完ぺきにこなす。
その家の掃除も、優子の将来のためなのかなと思って、その時は由紀江は優子に教えたが、それがこうして、週に二、三回。優子が気を使って家を掃除するためだったとは思わなかった。教えなかったら優子も楽に過ごしていたのかなとも思って、由紀江は反省したが、それでもきっと教えるまで迫ってきたかなとも思った。
「優子ちゃん。部屋の掃除は後から私がやるから、休日は休んで。そのための休日だよ。」
「でもそうしたら、由紀江さんが休めなくなります。大丈夫です。私がやります。」
優子はかたくなだった。それを見て由紀江は、今夜は絶対に優子をくつろがせるぞ、と心に決めた。
そして夜、風呂も食事も片づけも終わって、それが終わっても、優子はずっと気を張っている。由紀江にはそれが分かったので、由紀江はソファーに座りながら、
「優子ちゃん、こっち来て。」
と、言った。優子は、
「はい。」
と、指示が来るものと思って、サッと来た。
「ここ座って。はい。ここで待ってて。ココア作ってくるから。」
「え?いや私がやります。作り方教えてください。」
「だめー。優子ちゃんはそこに座って待ってて。」
「…。はい。」
いうことは聞く。でもいうことを聞いているだけだ。くつろいでいるわけではない。それでも由紀江は、今はそれでいいと思った。今だけは。
由紀江は、優子の分と自分の分のココアを作って持ってきた。優子の隣に座って、
「はい。今は仕事じゃないんだよ?気を使わないで。ゆっくりして。何も考えなくていいから。」
「…。」
優子は戸惑った。由紀江からやさしく目の前に置かれホットココアの入ったカップ。何も考えなくていいと、気を使わなくていいと。「それでも」と思ってしまう。でも、出されたからには飲まないと失礼だ。そう思って、優子はココアを飲んだ。温まる。
優子は一瞬気が緩みそうになったが、ハッとして、カップを置いて、由紀江の方を見た。由紀江はそれを察して、優子の手に自分の手を添えた。
「気を楽にして。くつろげばいいんだよ。私は優子ちゃんにとってなにかな?私は優子ちゃんの気を休める場所になりたいな。だから、私といるときは心を楽にして。」
由紀江は自分の手が冷たいと思っていた。でも優子の手はもっと冷たかった。暖房は効いているはずなのに。ずっと緊張していたのだろうか。
優子はどうすればいいかわからなかった。自分の手に添えられた由紀江の手が、あまりにも優しくて、優子は手元と由紀江の顔を何度か見た後、少し目をそらして、
「どうすれば…、いいのでしょうか…。わかりません…。」
「どうもしなくていいよ。気を張らないで、何もしなくていい。」
由紀江は、優子にどう伝えればいいのかはわからなかったが、とにかく優子には心の安息が必要だということはわかった。そしてせめて仕事以外では、気を使わないでいてほしい。少し強引でも、そういうものを日常にできるように、優子に促した。
そうして日々は過ぎる。優子にとって、この日常が安息になってゆくはずである。




