第71話 棺の内側
リリィを見送った後、俺達三人はレガーティア国王の御前に通された。
謁見の間の両脇には槍を構えた護衛兵が立っており、王の居る玉座の前で跪くように命じられる。
「お前達か……勝手に城内に侵入した賊というのは……」
意外にもグリムダール国王と違い、レガーティア国王は思ったよりは若い男性だった。年齢は五十歳前後だろうか。しかしその声は有無を言わさない威厳があった。
「まずは名乗るが良い。城内に侵入したことを聞くのはその後だ。嘘など付かずに正直に答えるが良い」
国王は俺達に名を名乗らせる。普段の不真面目な態度はマズそうだ。カルミアちゃんと会う前の猫被りモードで行こう。
「サイトと申します、レガーティア国王様」
「え」
「えっ」
俺の真面目な対応にカルミアちゃんと女神が驚く。
「サイトさん、いつもと態度違う……」
「腐っても社会人ですね……」
腐ってねぇし、今は黙っててくれ。
「ふむ、サイトか。珍しい名前だ。異国の旅人か?」
「はい」
異世界の人間だから異国には違いない。
「では、そこの金髪の女。名を名乗るが良いぞ」
「ミリアムです」
女神が何の躊躇もなく偽名で答える。
まぁ神名言ってもどうせ雑音が入るからね、仕方ないね。
「”ミリアム”って偽名―― って、痛い! ……お尻突かないでくださいよぉ」
カルミアちゃんが余計な事を口走りそうになったので俺は軽くカルミアちゃんのお尻を小突く。彼女の言葉を遮りつつ、合法的にセクハラ出来るから一石二鳥だ。
「ミリアムか……先程、後ろの少女が何か言い掛けていたような気がするが……」
「気のせいでございますわ、国王陛下」
堂々と嘘を付いて笑顔で答える女神。
「ふむ……まぁ良い。ではそこの茶髪の子供。名を名乗れ」
国王に視線を向けられたカルミアちゃんは肩をビクンを震わせて慌てて答える。
「ええと……ええと……カルミアと言います」
「……なに?」
すると、国王は目を見開いてカルミアちゃんをジロジロと見る。
「カルミアだと……いや……人違いの可能性もある」
「……?」
「……お主に問おう。どうやってお前達三人はこのレガーティア城内に不法侵入した?
今、この国はとある事件で厳戒態勢にある。なので城の兵士達には『誰も通すな』と命令しておいたはずなのだが……」
「あ、ええと……それは……」
カルミアちゃんは女神の方を見てあたふたし始める。
女神は彼女にコクンを頷く。正直に話しても良い、という意味だろう。
「どうしても城の中に入る必要があったので、魔法でちょっと……」
「城の兵士を魔法で誑かしたと? それはつまり、国王である私に何らかの敵意を持っているという事で相違ないか?」
「い、いえ。そういう訳では……」
カルミアちゃんは慌てて否定する。不味い、このままだと押し負けてしまいそうだ。俺は覚悟を決めて手を上げる。
「国王様! 僭越ながら俺が彼女の代わりに答えても良いでしょうか?」
俺がそう質問すると国王様はぎろりとこちらを見る。
「今はこの少女に質問している」
「はい、国王様の仰る通りだと思います。ですが失礼を承知で言わせて頂きますが、彼女は見ての通り俺やミリアムと比べて若く厳粛な空気にまだ慣れていません。
その上、あらぬ疑いを掛けられて彼女は酷く動揺しています。このような状態では国王様に失礼な言葉を口にしてしまうかもしれません。なので、この場は彼女の代わりに質問に俺が答える事をお許しいただけないでしょうか?」
「……」
俺の言葉を受けて国王は少し考える素振りを見せた後。
「ふむ……確かにこの娘はまだ若い。このような空気は不慣れであろうな」
と納得して頷いた。
「では、サイトと言ったな。彼女の代わりに答えてもらおう。お前達は何ゆえ我が国の兵士達を誑かせ、この城に侵入したのだ? 嘘偽りなく答えよ」
「分かりました」
俺はそう言いながら前に出てカルミアちゃんの肩を軽く叩く。
「……後は俺に任せて」
「……サイトさん」
俺はカルミアちゃんに小声でそう言って国王の質問に答える。
「俺達がこの城に侵入した目的。それは地下牢獄の見張りの兵士達を殺害し、脱走したストレイボウの行方を探る為です」
「……奴が脱走したことを知っている……という事は、まさかお前達が……?」
「はい。俺達が奴の正体を暴いて、この城の牢獄へ送った冒険者見習い三人です」
「……なるほど、噂になっていたのはお前達であったか」
国王は俺の説明に納得した様子を見せる。
「ではお前達は奴が何処に逃げたのか調べ終わったという事か?今回の事件を起こしたストレイボウの行方が分かったというのであればこの場で答えよ」
国王がそう口にすると周囲がざわつき始める。
俺達がストレイボウの居所を突き止めたと考えているようだ。
だがちょっと違うんだよなぁ……。
「……いえ、ストレイボウはまだこの城の中に居ます」
「……何?」
国王がまた疑いの視線を俺達に向けてくる。
「では、この城の中の何処かに息を潜めているという事か?」
「それも違います」
「……では、一体何だというのだ。もったいぶらずに早く申せ」
国王が急かす様に俺を睨んでくる。俺は一息吐いてから答える。
「……ストレイボウは既に殺されています。――真犯人によって」
「……!」
国王が思わず絶句して目を見開く。
「……なんだと? 真犯人とはどういうことだ?」
「俺達は、この城に入ってすぐに地下牢獄に向かってストレイボウの痕跡を探しました。そこで地下一階で多量の血痕が残っていた床から、こんな物が出てきたのです」
俺はそう言いながら、ポケットからその時に見つけた金の指輪を取り出して国王様に見せつける。
「それは?」
「ストレイボウが右手に嵌めていたアクセサリの指輪です。俺達がこれを見つけた場所は地上に出る階段のすぐ近くで異様な血の量がこびり付いていました。
ですがそこは出血の元になった死体は無かったと聞いています。おそらく逃亡しようとしたストレイボウが不意打ちで殺されてしまい、真犯人が全ての容疑をストレイボウに被せる為に死体を持ち去ったのだと推測します」
俺の説明に周囲はざわつき始める。
「真犯人……だと?」
周囲の兵士達は動揺を隠せない様子だったが、国王はすぐに落ち着きを取り戻し俺に質問する。
「証拠はあるのか?」
「あります。まず俺達はストレイボウが脱走したと聞いて違和感を感じました。奴がこの城の地下に投獄された時、仲間とは別の牢屋に入れられ武器も防具も没収されたと聞いています。その状況で城の兵士達を殺しに回るなど不可能ではないか……? それが最初の疑問でした」
「……ふむ、続けるが良い」
「……そして、一番の疑問……奴が別の牢屋に入っていた自分の仲間を皆殺しにした事。仮に奴が仲間を憎らしく思っていたとしても、自分が脱走する時に見捨てこそすれ殺す事は考えないでしょう。
……それを検証する為に地下牢獄の状況を確認しましたが……ストレイボウの元仲間達は原型を留めないほど酷い肉塊の状態でした。あれは、とても普通の人間の殺し方には思えません。まるで巨大な化け物に食い殺されたかのようでした」
「……」
国王は俺の言葉に黙って耳を傾けている。
「そして、俺の仲間がストレイボウの死体も確認しています」
「……それは、真か!?」
「本当です。俺自身はまだ遺体を確認してませんが、地下四階の最奥の場所に奴の死体が穴の中に捨てられています。穴の中は毒液が詰まっていたので死体の回収は難しかったのでそのままですが……」
「……という話だが、そこの二人……事実か?」
国王は俺の後ろの女神とカルミアに視線を移す。
二人ははっきりと「はい」と口にする。
「……事実確認を行う。何人か兵士を地下へ向かわせろ」
国王が兵士の一人に命令する。
「はっ!」と兵士が返事をして、数名の兵士達が地下牢獄へと向かっていく。
「では、お前達はストレイボウを殺した真犯人を既に知っているという事か?」
「……はい」
俺は国王の言葉に頷く。
「その者は誰だ?」
「それは、俺達が運んできた――この、棺桶の中に入っています」
俺はそう言いながら謁見の前の入り口付近に置いたままになっている棺桶の箱に視線を移す。
「棺桶……? そういえば、お前達を連行する時に兵士がそんな事を言っていたような……」
「俺達は真犯人を見つけて気絶させた後、身体を拘束してあの棺桶の中に閉じ込めておきました。今はまだ意識を失ってるはず――」
……と、俺が言った時だった。
突然、その棺桶の中から内側から棺桶を叩く音が聞こえてきた。
「……げ、もしかして目覚めたのか?」
「一応、身体を鎖で縛ったので簡単には出てこれないはずなのですが」
俺の呟きに女神はそう答えながら、俺達は棺桶に視線を向ける。
「……確認するが、あの棺桶に入っているのは『人間』か? ……お主のさっきの見解では化け物に殺されたようだ、と言っていたが」
「あそこに入ってるのは人間です。もっと正確な事を言うと、ストレイボウやストレイボウの仲間達を殺したのは、真犯人が魔物を操って殺されたんです。俺達はその魔物をなんとか撃破して、奴を棺桶の中に閉じ込めました」
「魔物……確かに、人ひとりの人間の悪行にしてはあまりにも残虐過ぎるが……」
国王が俺に疑いの視線を向けてくる。俺は頷いて答える。
「……あの中の人間に尋ねればすぐに分かりますよ」
「……そうか、ならば……兵士達よ、その棺桶の周囲を取り囲め! 真犯人が飛び出してきたら鎮圧するのだ!」
国王は棺桶の周囲を見張らせながら兵士達に命じる。
兵士達は指示通り、棺桶の周りを取り囲んだ。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
気に入っていただけたら『高評価』や『感想』などをお待ちしております。




