第07話 俺達の旅はこれからだ!
最後ですが、初投稿です。
僕とカルミアちゃんは、謁見の間で互いに武器を構えて対面していた。それを見守るのは王様とその近辺の兵士達、彼らは状況が今一つ呑み込めておらず、ざわざわと騒ぎ立てる。
しかし、彼女と対峙してる僕はそれどころではない。
「……っ!」
ただの少女だと思ってたが、こうして剣を向き合って対峙すると威圧感が尋常ではない。
自分は戦いなどとは無縁な一般人で、格闘選手のような相手の佇まいで強さを察知する能力など持っていないが、それでも確実に分かることがある。自分は剣術や武道などの経験は無いが、それでも日本の成人男性の平均程度の身長と筋力はある。もし彼女が普通の少女であれば、僕の筋力で強引に押し切ることも出来るかもしれない。
しかし、それは彼女が”普通であれば”の話だ。
「……」
彼女は武器を構えて静かにこちらを見据えている。
その立ち振る舞いは、まるで歴戦の剣士のような佇まいと威圧感を醸し出している。
いや、これはもうそんなレベルではない……。
無理だ、絶対に勝てない……。
僕の生物的本能が脳内にけたたましく警鐘を鳴らしている。
『今すぐ逃げろ』
『コイツは化け物だ』
『逃げなければ殺される』
『視線を逸らした瞬間、心臓を貫かれる』
頭の中で、そんな声が響き渡る。
数日前に彼女が見せた雰囲気など、あくまで彼女の一面に過ぎなかった。
本来の彼女は、”勇者”として育った戦闘のプロなのだ。
僕が動いた瞬間、彼女は一瞬のうちに僕に詰め寄って勝負が付くだろう。
「……」
彼女は静かに僕を見つめている。
その目は『早く終わらせましょう』と言っているかのようだった。
……もうどうしようもない。僕はそう悟った。
ならせめて偽物らしく見事に散って彼女に詫びよう。僕はやけっぱちな気持ちで慣れない剣を振り上げて、彼女の元へと走っていく。
彼女は何故か動こうとしないが、間合いに入った瞬間に剣を弾かれて終わるだろう。
しかし……。
ヒュッ……! カキンッ……!
「……え?」「……」
僕のスローな一撃を彼女は正面から自身の短剣で受け止める。すぐに反撃が来ると思ったが、彼女は僕の剣を軽く押し込んでくるだけでそれ以上のアクションを起こさない。
違和感を覚えた僕は、二歩後ろに下がって構え直す。
何故……なんでカルミアちゃんは反撃してこない……?
最初に感じた彼女の威圧感を考えるなら、僕の攻撃など掠りもせずに一瞬で終わると思ったのに……。
もしかして、それは僕の勘違い……?
あるいは、僕が僕も知らない特殊な能力に目覚めて彼女と戦えるようになった……?
まさか、そんな都合のいい能力があるわけがない。
「カルミアちゃん……どうして?」
「……」
彼女は答えない。
威圧感はそのままに僕を悲しい目で見つめたままだ。
ただ、目線で僕が仕掛けてくるのを待っているのだけは分かる。
「……っ!」
彼女は僕を侮っているのだろうか。
そんな僅かな怒りの感情が芽生え始めて、それを勢いにかえて再び向かっていく。
先程と一緒で彼女は自分から殆ど攻めてこずにこちらの攻撃を受け止める。しかし僕はさっきと違ってニ撃、三撃目と攻撃を繰り返す。彼女はそれを全て防ぐが、徐々に表情を崩して苦痛な表情を浮かべ始める。
き、効いてる……のか?
彼女がどうして反撃してこないかは不明だが、自分の攻撃が全く効果がないわけじゃなさそうだ。
だが考えてみれば当然だ。
彼女の方が技量が上だったとしても、鉄と鉄が激突する衝撃は同じように伝わる。元々の体格と体重の差もあり、僕の筋力でも彼女の防御を突破できる。
……いける!
僕はいつの間にか彼女に対する恐怖心が消え、自分の攻撃が通じる事への高揚感が脳内を満たし始める。
そしてそのまま勢いに乗り続けようとするのだが……。
しかし、何故。という感情は残り続ける。
それでも僕は友達になったはずの彼女に、攻撃を続ける。
死にたくない、罰せられたくないという、保身の為に罪の無い彼女を攻撃し続ける。
それか数合続いた後。
無抵抗な彼女だったが、腕に力が入らなくなってきたのか、ガードが緩くなる。
「そこだっ!」
”俺”は隙を晒してしまった彼女に、何の疑いもなくその剣の切っ先を向ける。彼女のトドメを刺すべく彼女の左肩に狙いを定めて斬り掛かり、同時にカルミアちゃんもこれから味わう痛み堪えるように顔を顰めて目を瞑る。
だが、その時。
―――ダメだっ!!
「……っ!」
心中から響く自身の叫びで、僕は正気を取り戻し彼女を傷付けようとした剣を止める。同時に彼女は瞑っていた目を開いて、僕の顔を見る。そして事態を飲み込めたのか、彼女は目を見開いて言った。
「……なんで……攻撃を止めたんですか?」
「……」
そんなの……出来るわけがないのだ。
数日前に出会ったばかりだけど、それでもあんな風に友達になれた彼女をどうして剣を向けられようか。
この後、”俺”がどうなろうとも……彼女を傷つけることなんて出来ない。
「……同じだよ……!」
「……!」
自分の心と向き合ってようやく彼女の意図に気付けた。
いくらでも反撃出来たはずの僕の相手に防戦を続けていた彼女も同じだ。
友達である傷付けるのが嫌で攻撃を躊躇っていた。
それどころか彼女はわざと負けて僕を助けようとしてくれていた。
僕の事を、今でも大切な友達だと信じてくれていた……!
僕は自身の剣を床に転がして、その場で両膝を付く。そして、周囲にはっきりと聞こえる様に言った。
「……僕……いや、”俺”の負けです」
僕は、彼女との戦いを、潔く敗北を認めるのだった。
そしてそんな一連の流れを見ていた国王は、静かに口を開いた。
「勇者カルミアよ」
「……」
彼女は何も答えずに跪いた僕を悲し気な目で見つめる。
王様はそれを気にした様子もなく言葉を続ける。
「其方の勝ちだ。よってこの者は真の勇者ではない」
王様の言葉に周囲の兵士達がざわつく。そんな彼らに構わずに王様は続けた。
「”勇者”を騙ったその者の罪は重い。故に今からその男――”サイト”への牢へ幽閉し、然るべき判断を――」
「待ってください、国王様!!」
王様が何かを言い終える前に、カルミアちゃんは大声でそれを遮った。
そして王様の方を振り返って叫ぶ。
「勇者じゃなかったとしても、サイトさんは優しい人です!! 牢屋に入れるなんて――何も悪いことなんかしてないじゃないですか!!」
彼女は僕の身を案じて王様に食って掛かる。すると王様は一瞬唖然とした顔を表情を浮かべ、周りの兵士達も動揺し始める。
「どういうことだ。何故、勇者様が偽物を庇う?」
「まさか、彼女も偽物なのでは……?」
……不味い。
僕を庇おうとしている彼女まで疑われている。
このまま僕が俯いたまま腐っていたら、彼女に迷惑を掛けてしまう。
それだけは……!
「……カルミアちゃん、僕の事はもう良いから」
「良くありません!」
彼女は、まるでこちらを叱咤するかのような口調で僕の言葉を否定する。
そして彼女は王様の方に向き直り、言った。
「国王様……私は彼とこの城の中で出会い、短い間ですが彼と同行していました。彼はどうやって警備を掻い潜ってこの姫のお姫様が浚われていたのかを調査しその原因を探っていたのです。もし彼が悪意を持って”勇者”を騙ったのであれば、そんな事をするわけがないじゃないですか!」
「……何!?」
王様は目を見開き、兵士達もヒソヒソと話をし始める。
「サイトよ、それは事実か。彼女の言う通り其方は娘の為に動いていたという事か?」
王様が鋭い目で僕を見つめる。
……カルミアちゃんの言葉は、完全な正解とは言い難い。
僕はあくまでバグの修正をしていたに過ぎないのだから。だけど結果として姫様がどう浚われたか判明したし、ここは彼女の言葉に乗っておこう。
「はい、彼女の言う通りです」
「では、どうやって我が娘はかどわかされたというのだ?」
僕が聞いているであろう女神様に心の中で質問する。
……女神様、言っても構いませんよね?
『……現地の人間に言って理解できるか怪しいですが……許可します』
よし……ここからはアドリブで説得するしかない。
だがそのままでは信じて貰えないだろうから多少言葉を変える必要がある。
「…お姫様は城に張り巡らされた”不可視の罠”によって捕らえたのです。僕はその罠を判別してそれを修正・消去する手段を持ちます。お姫様はこの城の壁と床に設置された”不可視の罠”に接触してしまったことで、異空間に囚われてしまった……と僕は予想しています」
「なんと……其方にはそれを見抜く力があると? 娘を助けることも可能なのか?」
僕は頷いた。
「時間が掛かるかもしれませんが、可能です」
……もっとも、それは女神様に貸し出された『バグ剣』のお陰なのだが。
「では、それが可能な事を今すぐ証明できるか?」
「……それは」
修正は周囲にバグが存在しなければ不可能だ。しかも間の悪いことにバグ剣をここに持ってきていない。仮に見つけても今の僕は無力だ。
「……」
僕が内心焦っていると、脳内の女神様が突然変な事を言いだした。
『……ふむ、突然ですが、貴方にバグポイントを進呈いたしましょう』
……は?
『貴方の溜まっているポイントは、現在103ポイントですね。おめでとうございます。100ポイントと引き替えに貴方は特殊能力を獲得する事が出来ますよ』
いや、何言ってんだコイツ。
えっ、バグポイントを進呈?チートか!チートなのか!?
ってかそんなポイント初めて聞いたぞ!?
女神様の唐突な提案に困惑する。
……っていうか、なんで今それを言うんだ?
僕の窮地を見かねて助け舟を出したみたいじゃないか……!
いや、実際そうなんだろうけど……しかし、何故こんなタイミングで……?
僕が疑問に思っていると、女神様は言った。
”その能力はですね……”と前置きをして彼女は続ける。
『貴方が所有するバグ修正ツールが手元に無くても、即座に回収する能力です』
微妙過ぎる……簡易的なアイテムボックスにしてもピンポイント過ぎるし、正直ポイントを消費してまで欲しい能力ではない。
だけど、確かにこの場では必要な能力かもしれない……。
「こ、交換します!」
僕は思わず口に出してしまう。
突然、僕が変な事を言いだしたため、隣のカルミアちゃんや周りの兵士達がギョッとしている。
しかし女神様は『分かりました。では力を与えます』と口にする。
次の瞬間……テッテレー!!
謎の効果音が僕の脳内に響きわたる。
……え、今ので能力が手に入ったのか……?
『手を伸ばして何かを掴む動作をしながら必要なツールを想い描いてください。それで回収可能です』
僕は言われた通り、前方に手を伸ばす。
その動作を見て王様は一瞬警戒して、周囲の兵士に自分を守らせようとする。
別に攻撃しようとしてるわけじゃないんだけど……。
「……来い!」
僕は言われた通り必要なツールをイメージながらそう呟く。
すると……テッテレー!!
再び脳内で謎の効果音が響くと、僕の手に剣型バグ修正ツール、略して”バグ剣”が現れた。
「な……突然、剣が出現した!?」
「サイトさん、凄い……それに、その剣は……」
カルミアちゃんの言葉に僕は頷く。
「一緒に回ってた時に壁や床に刺してたやつだよ。この剣がないとその能力が使えないんだ」
僕が苦笑しながら彼女に説明する。そして、僕は王様に向かって言った。
「これがその”不可視の罠”を打ち消す僕の武器です。今はこの近くに罠が見当たらないので難しいですが、見つけることが出来れば証明可能です」
「ううむ……しかし……」
王様はむむむ……と悩み始めた。……いい加減、納得してほしいのだけど……。
と、僕は嫌気が差し始めて周囲を視線に彷徨わせる。
すると、兵士の一人が国王様の背後を見て何かに怯えている姿を捉えた。
……なんだ?一体何が………!
僕が”ソレ”に気付いたと同時に、兵士の一人が叫んだ。
「国王様! 背後に、魔物が――!!」
「何?」
王様は突然の事で危機感がないのかゆっくりと背後を向く。
そこには、黒い瘴気を放つ真っ黒な”影”の存在が、王様の背中目掛けて飛び掛かって来ていた。
それを見た瞬間、僕が走り出す―――より先に、カルミアちゃんが恐ろしい速度で飛び出して王様を突飛ばし、そのまま影”目掛けて短剣を振るう。が、彼女の攻撃は影を斬っても全く効果が無い。
「え、なんで!?」
「カルミアちゃん、そいつは”普通の武器”じゃダメなんだ!」
「!!」
僕はそう叫びながら、バグ剣を構えて影に向かって突撃する。
影は、以前の城下町の時のようにカルミアちゃんを盾にしようと影の手を伸ばすが、彼女は即座に姿勢を低くして回避。
そのまま突飛ばした王様を拾い上げて影から距離を取る。
無防備になった影は、別の対象を発見したのか這い寄るような速度で横に動き出すが――
「消えろっ!!」
今度はあの時のような無様な倒し方はしない。確実に影のみを狙って、僕はバグ剣で影を両断する。すると、影は断末魔を上げる事もなく消滅して逝った。
「……す」
「……す?」
カルミアちゃんが僕の顔を見て口をポカンと開けて呟く。
その反応に僕は首を傾げて、彼女を見つめる。すると彼女は……。
キラキラキラ~と目を輝かせながら僕に抱き着いてきた!
――そして、そんなカルミアちゃんの様子を見た周囲の兵士達がざわつき始める。
「凄いです!! やっぱりサイトさんも勇者ですよっ!!」
「え、えぇ……?」
先程まで緊張感のある態度だったカルミアちゃんは、すっかり最初に会った時のような元気っ子な雰囲気に戻っていた。
どうやら、これがこの子の素のようだ。
「王様、これでサイトさんの疑いは晴れましたよね!?」
カルミアちゃんによって安全な場所に遠ざけられていた王様に向かって、カルミアちゃんは叫んだ。
「う、うむ……確かに……今のは見事であった……! すまぬ、サイト殿……其方を疑ってしまって……」
王様は、すっかり毒気を抜かれたような表情でそう言った。
どうやら今ので僕の懸念が晴れたようだ。僕は内心安堵して、安堵の溜息を吐く。
――こうして、人生で一番の正念場を無事に乗り越える事が出来たのだった。
◆◇◆
それから1週間後――
「……よし、準備完了……いよいよ旅立ちの時か……」
僕、サイトはいよいよもってこのグリダール城下町を出て、別の街を目指すことになった。
最初は下手すれば夜逃げして、最初からやり直す事も覚悟していただけに、こうして無事に出発できることは有難い事だろう。
『随分と楽しそうですね』
「あー、いや……そういうわけじゃないが……まぁ……ちょっとね……」
『鼻の下が伸びてますよ』
「うるせぇ」
バグ女神様の言葉に僕は曖昧な態度で答えて濁す。
「こほん……とにかく、出発!」
僕は世話になった借家を後にして、グリムダール城下町の出口に向かう。
そして出口を守る兵士さんに挨拶をして外に出ると……。
「あ、サイトさん!」
そこには、旅支度を済ませたカルミアちゃんが居た。
「カルミアちゃん」
「もう、私はワクワクして1時間も前から待ってたのに、サイトさんってば全然来ないんですからねぇ!」
「え、1時間前……? えと、約束の時間は正午ピッタリだったはずなんだけど……」
「あれぇ、そうでしたっけ? えへへ、楽しみだったのでちょっと時間間違えちゃったかもです……」
「はは、ちょっと気持ちわかるよ」
僕が楽しそうにしてた理由がこれだ。
疑いが晴れた僕は彼女と話し合って、一緒に旅をすることに決めたのだ。
戦闘力皆無な僕は女神様の助けがあっても、一人で旅立つのは心細い。
一方、カルミアちゃんは戦闘力に関しては申し分ないけど、バグに遭遇しても手立てがない。
だが二人なら魔物との戦いならカルミアちゃんが居るし、彼女に対処出来ないバグモンスターは僕が対処可能だ。
この事を王様に相談したところ、無事に旅立つ許可を貰えた。
そして次の街へ向かうための通行許可証と、僕達の身分証明書も発行して頂き、幾ばくかの旅の資金まで頂いた。
以前、夜逃げする為に用意した食料やキャンプ道具もしっかり完備だ。
それに何よりも……。
「?」
カルミアちゃんは相変わらず美少女スマイルを浮かべて首を傾げる。
こんな超絶美少女と二人っきりで旅できるとかマジ!?
人生勝ち組確定じゃね? 僕は内心歓喜していた。もはやこれで死んでも悔いはない。
『さっきから私を無視するとは良い度胸ですね』
うっせぇ死ね、この頭不具合女神!!
人が幸せの絶頂なのに、余計な茶々入れんじゃねーよ!
……と、カルミアちゃんの前でつい悪態付いてしまった。
まぁ、彼女には”俺”と女神様の会話が聞こえないから大丈夫だけど、顔に出さないように注意しないと。
「さぁ行きましょう、サイトさん! 目指すは世界平和です!」
「はは、カルミアちゃんは目標が大きいね……」
正直、僕が彼女の足が引っ張りそうな予感しかしないけど、これからの彼女との旅なら、きっと何があっても大丈夫な気がした。
こうして"俺"はカルミアちゃんと一緒に次の街に向かって歩き出すのだった――。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
『異世界で不具合修正をする羽目になったデバッガーのお話(仮)』
続きを書くかどうかは少し悩んでる最中でして、申し訳ありませんがこの話で完結という形にさせて頂きます。
もし、この話を読んで面白いと感じて下さった方。
あるいは続きを読んでみたい!という方がおられたら是非感想お願いします!
Twitterもやっていますので、何かあれば気軽に声を掛けて下さると嬉しいです。
それではまた次の作品か、この話の続きがあればお会いしましょう。
追記:続きを書くことに決めました!