第68話 敵視点だと女神ではない女神様
一方その頃、女神達は移動の途中で何者かの影を目撃して必死に追っていた。
「逃がしません!!」
女神は目の前の影を目的の人物だと思い込んで必死に追っていたが、その影が唐突に消える。
「え……!?」
女神は魔法を使って周囲を探るが、周囲にその姿を確認することができない。
「おかしい、姿を隠したなら<探知>の魔法に引っかかるはず……なのに何故気配が消えて……」
女神はそう言いながら周囲を探る。
カルミアとリリィの二人も視線を彷徨わせて周囲を探るがやはり誰も居ない。
ここに居るのは彼女達、四人だけだった。
「何処か隠れてるか分かりませんか――」
カルミアは、背後に居た人物に声を掛ける。
「――サイトさん?」
だがそこに居たのは……。
怪しげな微笑を浮かべるサイトそっくりの人物だった。
◆◇◆
「いや、俺にも分からねぇなぁ……あの影は何処に行ったのやら」
カルミア達の背後に居た人物は飄々とした態度で答える。
その容貌は、彼女達にとって大事な仲間であるサイトと全く同一の姿をしていた。
……だが、しかし。
「………サイトさん……です、よね……?」
カルミアの視線の先の男は自分がよく知る人物のはずだった。しかし、自分が声を掛けた人物は何処か違っていた。見た目は彼そのものだというのに、まるで別人のような雰囲気を感じていた。
「……カルミアさん、一体どうしたの……です……?」
「……え? お兄さん……」
カルミアの戸惑う声で、黒装束の姿を必死に探していた女神とリリィも冷静さを取り戻す。
そしてサイトの人物を見て――
リリィと女神は、その人物に躊躇なくスリングと指先を向ける。
「――違う、お兄さんじゃない!!」
「<雷撃>!!」
女神は間髪入れずサイト瓜二つの人物に攻撃魔法を放つ。
<雷撃>は女神が使える攻撃魔法の一つだ。その威力は凄まじく、まともに喰らえば人間など一瞬で消し炭になる程の威力を誇っている。
「うぉっと!」
しかし、サイト瓜二つの人物はそれを剣で容易く弾いてしまう。
「剣で弾いた……やはり違う!」
「やっぱり……! お兄さんはそんなに強くない!!」
女神とリリィが断言する。すると、正体を看破されたサイトの偽者は彼がまずしないような歪んだ表情で嗤って言った。
「何故分かった?」
「……」
「……姿形はそっくり真似たつもりだったが……っと!」
偽物は突然斬り掛かってきたカルミアの剣を辛うじて回避する。攻撃を回避されたカルミアは、鋭い目でサイトの偽者を睨みつけて喉元に剣を突きつける。
「サイトさんを何処にやったんですか……答えてください」
カルミアは静かな口調で問う。だがその視線は未だかつてないほどに厳しい。
容赦なく喉元を抉られそうな殺気に偽者の額に汗が流れる。
それでも偽者は調子を崩さずに挑発する様に言う。
「聞いていたより激情家だな。奴は今頃コーストの奴に殺されているだろうさ」
「っ!」
偽者の返答を聞いた瞬間、カルミアは剣を振るって偽者を攻撃する。
「うぐっ!」
そんなカルミアの攻撃を彼は紙一重で回避したように見えたが、その首筋に赤い線が走る。偽者は自分の首を抑えて後退ると、服の中から何かを取り出して地面に投げつける。
すると、周りに煙が立ち込めて偽者が見えなくなる。
「煙幕!? しまった、逃げられた……!」
リリィが叫ぶと同時に煙が晴れるが、そこには偽者の姿は既に無く――。
『――チッ、まさか俺が退散する羽目になるとは……!!』
何処かから声が反響し、その声がサイトのものから別人の男の声に変化していく。
「逃げる気ですか!?」
カルミアは偽者の声に対して大声で叫ぶ。
『ああ、逃げるさ! だが俺はこの程度では捕まらん。さらばだ!!』
「待ちなさい!!」
女神が偽者に向かって叫ぶ。
しかし、その声は空しく響くだけで返事は返ってこなかった。
「……逃げられてしまいましたね」
「……」
女神の言葉にカルミアは無言で頷く。
そして剣を鞘に納めて二人に背中を向ける。
「サイトさんを探さないと……!」
「偽者がコーストがどうとか言っていました。砕斗の身が危ない……戻りましょう!」
「うん!」
「はい!」
三人は頷き合い、急いで来た道を戻るのだった。
◆◇◆
三人が急いで戻ると、そこにはサイトと黒装束の男が倒れていた。
「砕斗!」
「サイトさん!」
「お兄さん!」
三人は急いでサイトの元に寄り添うと彼は意識を失っており、黒装束の方は顔の布が剥がされて酷い有様になっていた。
こちらは辛うじて意識がありそうだが、「あ……う……」などうめき声を上げるだけで目に見えた反応が無い。意識があるというよりは激痛で気絶することも許されない状況と言った方が正しいかもしれない。
「うわ……酷い……一体誰がこんなことを……」
黒装束の顔を見てリリィは思わず声を漏らす。黒装束の顔はもはや原型が分からないほど腫れ上がっていた。頬や顎の骨も変形しており、回復魔法でも完治可能か怪しいレベルだ。女神は黒装束を倒してのは彼だろうと察している様子だったが今はそれどころではないと首を横に振る。
そしてカルミアはサイトに寄り添い、彼の身体を揺さぶって声を掛ける。
「サイトさん! 起きてください!」
だが彼の反応が薄く目を覚ます気配が無かった。
「起きて、サイトさん! ……<治癒>!!」
カルミアは治療魔法の魔法を発動させ、癒しの光でサイトの身体を包んで彼を癒し始める。女神は彼女に彼の治療を任せて周囲の様子を観察していた。
この異空間を維持しているのは黒炎団の人間だろう。しかし、その黒炎団の人間はそこに転がっており、自分達を謀ったもう一人は既にここから離れたようだ。
となるとこの空間はもうすぐ……。
女神がそう考えた直後、突如として空間内が激しく揺れ始めた。
「きゃっ!?」
「な、なに……地震!?」
突然の揺れに戸惑うカルミアとリリィ。
「……予想してましたが、このままだとこの空間が崩壊します。脱出しましょう!」
女神は二人にそう指示する。
「でもどうやってここから出るの!?」
「私達がこの空間に入った場所まで戻れば大丈夫なはずです! カルミアさん、一旦治癒を中断して彼を背負ってもらえますか?」
「はい! ……サイトさん、起こしますね……よいしょっと!」
カルミアは治癒を中断すると、意識を失ったサイトを背負って立ち上がる。
「では二人とも、私に捕まってください!」
女神は両手を二人に差し出して二人はその手に捕まる。
「行きますよ! <飛行>!」
女神が魔法を詠唱して三人の身体が宙に浮き上がる。
「ミリアムさん、あの黒装束はどうするの!?」
浮き上がってからリリィは相変わらず酷い顔で気を失ってる黒装束の男を指差す。
「……そうですね」
今、敵の安否など気にしている余裕は女神には無い。だが事件の真犯人をこのまま捨て置くのはそれはそれで問題で悩ましい所だ。
女神は少し悩んでから決断する。
「仕方ない。カルミアさん、魔力を貸して貰えますか?」
「えっ? あ、はい!」
カルミアは女神に突然そんな事を言われて一瞬戸惑うがすぐに首を縦に動かす。彼女の了解を得た女神は、彼女の魔力を借りて新しい魔法を詠唱する。
「あの男まで運ぶのは厳しいので、強引ですが無理矢理この場から離脱させます……! 風の精霊よ、我が声に応えよ! <強風>!!」
女神が詠唱すると、黒装束の身体が風に包まれてそのまま空に吹き飛んでしまう。
「うわ!?」
リリィが吹き飛ばされる黒装束を見て思わず声を上げる。
「強引ですが異空間の出口まで飛ばしました。加減が利かなかったので何処かに勢いよく衝突してそうですが……原型さえ残っていればオッケーという事で……」
サラッと酷い事を言う女神。
だが、今はそんな事に思考を割く余裕が無い。
三人は急いで空間の出口に向かって飛んでいく。
そして十秒後くらいに物凄い衝突音が響き渡るのだった。
「……やっぱりこうなりましたか」
女神は衝突音を聞いて、予想通り失敗したことを確信した。
その後、三人は急いで異空間を脱出して無事に生還するのだった。
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