第67話 満身創痍
「……なんだ、ここ?」
俺は目の前の光景を見て唖然として呟く。
黒装束の男を追って壁の向こうを越えた場所は、だだっ広い真っ白な場所で何もない空間だった。こんな場所がレガーティア城の地下にあるとは思えないが……。
「ここ何処……? リリィ達、一体何処に連れて来られたの?」
「……どうやら異空間に逃げ込んで私達を撒こうとしていたようですね」
「異空間?」
女神の言葉にカルミアちゃんは首を傾げる。
「ええ、何かしらの超常の力を使って城の地下に通じる道を作っていたのでしょう。首領のレイスが異能を持っている時点で察してはいましたが……他の黒炎団も似たような力を持っているようです……厄介な……」
「い、異能……?」
「説明は後にして奴を追いましょう。このまま進めば奴らの拠点に辿り着けるかもしれませんし」
女神はリリィの言葉に返すと、そのまま走って行ってしまう。
「あっ、ちょっと待って!」
慌ててカルミアちゃんとリリィが女神の後を追う。俺は二人の後に続こうとするが……。
「……」
背後に気配を感じて俺は振り返る。
すると、俺の後ろにいつの間にか黒装束の男が立っていた。
「お前……!」
俺が剣を抜いて身構えると男は口元を歪める。
「連れの女どもは先に行ったようだな。お前が一人になるのを待っていた」
「……あ?」
奴の言葉の意味が分からず、俺は首を傾げる。
「俺の名前はコーストだ。お前はサイトという名前だろう?」
「……」
こいつ、俺の事を知ってるのか?
「レイス様が仰っていた特徴に酷似している。
ストレイボウが言ってなかったか? 元々俺達の狙いはお前を殺すことだ。俺の左手を潰したあの化け物女が居なければお前を殺すことなんざ造作もない。悪いがここで死んでもらう」
「あぁん? そんなもの俺がこの場で叫んで皆を呼べばいいだけだろーが!」
俺は後ろに下がって、仲間を呼ぶために声を上げようとする。
だが目の前の男は「無駄だ」と口にする。
「何?」
「試しに叫んでみても良いぜ。だが誰もお前を助けになんか来ない」
「っ! おーい、カルミアちゃん! ミリアム! リリィ!!」
恥も外聞もなく俺は叫ぶ。だが……。
「……な? 誰も来ないだろ?」
「……どういうことだ。三人は俺から少し前を走っていたはずなのに……!」
「お前達が追いかけてくるのは分かってたからな。少し仕掛けをしておいた。今頃、女どもはお前のことなど気付かず俺を追っているだろうさ……くくく、ここに俺が居るってのにな!」
コーストはそう言うと、懐からナイフを取り出して俺に投げてくる。俺はそれを剣で防ぐが、その隙を突かれて奴に間合いを詰められてしまう。
「ちっ!」
インファイトに詰められた俺は剣を手放して右手で奴に殴りかかる。だが、コーストは慣れた様子で俺の拳を軽く躱して、俺の左頬にナイフを刺して来る。
「くっ!」
俺は身体をずらしてコーストの攻撃を避けるが、躱しきれずに頬が切れて血が滲んでくる。
「……っ!」
切れた頬の血を拭い、俺は奴から距離を取って転がっている剣を回収して再び構える。その間、男は俺に仕掛けて来ずに見定める様な目をしていた。
「魔物とお前達が戦ってた時に観察させてもらった。
お前の仲間の化け物女と呪文使いは場慣れしているようだが、それと比べてお前は機転は利くが戦闘慣れしていない。あのガキも変な道具を仕込んで面倒ではあるが所詮はガキだ。要するに俺からすれば雑魚同然って事だ」
「……テメェ、俺を挑発でもしてんのか?」
「いや、純然たる事実さ。あの化け物のせいで左手は使えないが、戦闘の素人のお前相手なら片手でも十分殺せる」
「なら、やってみろ!!」
俺は剣を構えてコーストに向かって駆け出して斬り掛かる。しかしそれをあっさり回避されて俺が剣の重さでバランスを崩したところで背後に回られて回し蹴りを喰らってしまう。
「ぐっ……!!」
背中に強烈な一撃を受けて地面に転がった俺は、剣を支えにしてなんとか立ち上がる。
「多少剣を教わっているようだが所詮は付け焼刃。戦闘のプロである俺とお前とでは地力が違い過ぎる」
「ぐ……」
俺は奴の言う通り、カルミアちゃんに数週間を教わっただけの付け焼刃の技術だ。魔法も女神から教わったが、こちらに関しては数時間訓練した程度で実用できるレベルじゃない。
悔しいが、戦闘経験も技術も俺には奴の方が遥かに上だ。
奴もカルミアちゃんには手も足も出ないようだが、彼女が特別なのだ。
「……だからって、殺されるわけにはいかねぇんだよ!」
俺は叫びながら女神に教わった<強化>の魔法を発動させ剣の切れ味を向上させて斬り掛かる。
「ほー、魔法が使えたのか」
だが、奴はそれを見ても余裕そうにナイフで俺の剣をいなしてしまう。
「クソッ!」
俺はそのまま勢い余って数歩前に出てしまうが、その瞬間を逃さずに男は俺の右手にナイフを突き立てる。咄嗟に<強化>を使用。耐久度が上がった俺の右手は切り裂かれずに済んだが、魔法を連続で二度使ったせいで一気に身体に疲労が押し寄せる。
<強化>の魔法はカルミアちゃん達が使う<火球>などと違って消耗が少ない。しかし、元々別世界の住人である俺は魔力量が少ないのでその手の魔法が使用できず<強化>でも一日数回が限界だ。
「この野郎……!」
だがここで倒れるわけにはいかない。強化された右手から剣を離して右手の拳を握りしめて奴の顎に叩き込む。
「ぐっ……!」
男は顔を動かして直撃こそ避け顎が砕けずに、それでも脳は揺れたようで動きが止まる。この期を逃すわけにはいかない。俺は倒れそうになる両足に力を込めて奴の左手を掴む。
「何を―――っ!!」
俺の行動に戸惑うコーストだったが、奴の左手はカルミアちゃんによって骨を砕かれていて触られただけで激痛が走るはず。俺は遠慮なく奴の手に力を込める。
「ぐ……ぎゃああああああああああああああ!!!!」
男は痛みで絶叫するが、俺は更にその手を捻って左腕の関節を破壊する。
「あ、あああ! 手がぁぁっ!!」
痛みで地面に倒れる男に馬乗りになって拳を振り上げて何度も奴の顔面に拳を叩きつける。殴る度に奴は残った右手で俺に抵抗してくるが、何度殴られても俺はその倍の数だけ奴の顔面を殴る。
二十回ほど殴った所でコーストの反応が鈍くなり俺は手を止める。奴が動かなくなった事を確認して、奴の顔を隠していた布きれを取っ払う。コーストの顔面は醜く腫れあがっていて歯が何本も折れて顎も砕けていた。元の顔は分からないが酷い有様だ。
「は、が……あぁ」
もはや喋ることも出来ないようで、まるで入れ歯を失った年寄りのようなしゃがれた声で呻く。
「……はぁ……はぁ……」
一方、俺の方も殴り続けた両腕がボロボロ。魔力を失って体力も枯渇していた。
「……やったぜ、ちくしょう」
俺は奴の身体から離れて立ち上がろうとするが、
それ以上に力が入らず地面に大の字になって倒れてしまう。
「くそ……動けねぇ……」
魔力と体力が限界を迎え腕も力が入らず、俺はそのまま意識を失ってしまうのだった。
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