第62話 深淵から覗く瞳
サイト達が地下一階でストレイボウの痕跡を探っていた時、カルミアとリリィはストレイボウ達が投獄されていた地下三階へと足を踏み入れていた。
「彼らが囚われてた場所ってこの階層だったよね、リリィちゃん?」
「うん、見張りの兵士さんの話だとそう言ってた」
カルミアの質問にリリィが返答して再び歩き出す。
今は誰も入っていない牢獄の中を一つずつ確認しながら慎重に足を進める。
しかし、会話が終わると自分達の足音だけが響く。
蝋燭の灯りが無いと足元すらおぼつかない暗闇を歩く二人。
しかし気味の悪い場所で居心地が悪くなったリリィが口を開く。
「……ねぇお姉ちゃん」
「……何?」
「……ええと」
リリィは特に話したいことがあったわけではない。しかし誰かと話をしないと恐怖に凍えてしまいそうだったリリィは何とか話題を探そうと考える。
そんな彼女の心境に気付いたのか、カルミアは足を止めてリリィの手を繋ぐ。
「これで大丈夫?」
「……う、うん……って子供扱い!!」
「あはは……でも、私も正直一人で歩くのは怖いから……」
「……」
リリィはカルミアの手を握り返し、二人は再び歩き出した。怖がっていたリリィの内心はそれで安堵したものの、カルミアも多少なりとも緊張が解けたのも事実である。
普段、サイトや女神と一緒でいつも騒がしかったので一人になると途端に不安になる。同じ想いを抱いていたリリィとはある意味で似たもの同士だったのかもしれない。
誰も居ない暗闇の牢獄の道を歩く二人は手の温もりを感じながら目的の場所に進む。そして最奥の牢獄に辿り着き、そこで二人は足を止める。
「……ここかな」
「……多分」
二人は頷いて左右ある牢屋の片方に近付く。牢獄の中は蛻の空だったが、誰かが使っていたと思われる就寝用の布と食い残された食器が置かれたままだった。
ここにストレイボウは入っていたのだろう。カルミアが鉄格子の扉に触れると鍵が掛かってなかったのか、ギィと重々しい音を響かせながら扉が開く。
「中の様子は……」
「特に変わったところはないね……」
「うん。でもちょっと待ってて」
カルミアはそう言うとその場にしゃがんで鉄格子の扉の傍に松明を置く。
そして扉の鍵穴を見つめる。
「お姉ちゃん、何してるの?」
「ストレイボウさんはどうやって開けたのかなって思ったんだけど……鍵穴の中、傷が付いてるね。多分、先の尖った何かでこじ開けたんだと思う」
「あいつ、確か斥候の技能も多少持ってたから納得かも」
リリィは彼女の話に納得する。
「でも、それ以外特に変わった所は無いね……じゃあもう片方の牢屋に行こう」
カルミアは立ち上がって松明を持ってリリィをもう片方の牢屋へ向かう。そちらは鉄格子が開けっ放しになっていた。そして松明で牢屋の中を照らす……のだが。
「うっ……!」
牢屋の中を見た瞬間、リリィは口を抑えて思わず吐きそうになってしまう。
「リリィちゃん、大丈夫!?」
カルミアはそんなリリィを心配して背中をさするのだが、彼女は首を横に振る。
「だ、大丈夫……でも……」
「……これは」
二人は牢屋の中を見て絶句する。何故なら、そこには大量の血と肉片が散らばっていたからだ。それはストレイボウと一緒に牢獄に送られた彼の仲間達の無惨な姿だった。
「こ、これをストレイボウが……!? うぷっ……!」
「し、しっかりしてリリィちゃん……ほら、水があるからこれを飲んで!」
カルミアがリリィに水の入った皮袋を渡して吐瀉物を洗い流させる。
「はぁ……はぁ……」
「リリィちゃん、大丈夫? 少し休もうか?」
「……う、うん」
二人は牢屋の惨状を見て気分が悪くなり、その場にへたり込んでしまうのだった。
「……ねぇ、お姉ちゃん。アレ……ストレイボウがやったのかな……」
「……」
リリィの質問にカルミアはすぐに答えられなかった。
カルミアはストレイボウとあまり親しくなく、出会ってすぐに命を奪われそうになったからだ。それを踏まえれば、彼があのような残虐な行為を行ったとしても不思議ではないだろう。
だが、カルミアは彼がそこまで残虐な人間とは思えなかった。
自分の正体がバラされた時の彼の動揺っぷりに加えて、見下されていたとはいえ一応自分達に配慮しようという考えがあったように思う。
もっとも、それも彼の演技だったかもしれないが……今となっては本人に尋ねることも出来ない。
「(……ダメダメ、こんな調子じゃここに来た意味がない)」
カルミアは自分がここに来た目的を思い出して立ち上がる。
彼……ストレイボウの行方を探るためここに足を運んだのだ。リリィはショックで動けそうにないが自分はまだ大丈夫。カルミアは再び先程の肉塊が転がる牢屋に近付く。
「……お姉ちゃん?」
「リリィちゃんはそこに休んでて。こんな状態だけどちゃんと調べないとね……」
中身は普通の少女であるカルミアは、こんな凄惨な光景を見て吐き気を催すどころか調べようとする自分に内心驚いていた。
それはおそらく自分が勇者である事の使命感のお陰かもしれない。
あるいは、そんな自分に力を貸してくれる『彼』に対する感謝の気持ちなのかもしれない。カルミアはそんな事を思いながら牢屋の中を松明で照らして調べる。
そこにあるのは人間だったモノの痛ましい姿だけだ。だが、カルミアはその目を覆いたくなるおぞましい光景を見てしまったがために、とあることに気付いてしまった。
「……え」
カルミアが見たモノ。
牢屋の血塗られた壁にあった僅かなひび割れだ。
最初は何の変哲もないと思ったが、そのひび割れの中に……。
――血走った一つの大きな『目』がこちらを覗いていたのだった。
「ひっ……!?」
カルミアは驚いて後ずさる。
そのひび割れから覗く目は、血のように赤く光っていた。
「お、お姉ちゃん? どうしたの?」
リリィが心配して声を掛けると、カルミアはそのひび割れを指差そうとする。だが、その前に……壁の中から赤黒い腕の様なモノがカルミア達に向けて迫ってくる。
「っ!」
カルミアは咄嗟に、隣にいたリリィを突飛ばし――
「お、お姉ちゃん!?」
リリィが驚いた声を上げた時には、カルミアは壁の中から飛び出してきた腕によって壁に張り付けられてしまっていた。それはまるで蜘蛛の脚の様な見た目をしていて、赤黒いその肌でカルミアの身体を拘束する。
「……っ!!」
「お姉ちゃん! いやあああぁぁぁっっ!!!」
その様子に気が付いたリリィは悲鳴を上げ、カルミアは殺されると思い目を瞑る。
しかし次の瞬間――
「<炎球>!!」
突然、魔物の背後から炎の球が飛んでいく。直撃した魔物は一瞬動きを止め、直後に何か鋭利なもので背中を切り裂かれて悲鳴を上げてそのまま虚空に消え去った。
「……っ!」
拘束を解かれたカルミアはその場に尻もちをついて、 そして自分を助けた人物に視線を向ける。そこには牢獄の向こうから指を構えてこちらに向ける女神の姿と、そして……。
「カルミアちゃん、大丈夫か!?」
「……サイトさん」
自分の身体を抱き起こす男性の姿を見て、カルミアはか細い声でその名を呼ぶのだった。
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