第61話 潜入調査
俺達が城に向かうと、門の前に兵士達が集まっていた。入り口に近付こうとすると門番の兵士が異様な雰囲気でこちらに近付いてくる。
「止まれ!」
そして兵士の一人が俺達に向かって槍を構えてくる。
「今は国王様から城には誰にも入れるなと言われている。悪いが何人たりとも人を入れるわけにはいかん」
「それって、ストレイボウが脱走したからだよな?」
「な、何故それを!?」
兵士は俺の言葉に驚いて槍を僅かに下げるが、顔を更に固くする。
「それを知っているという事は……まさか奴の仲間か!?」
「何っ!?」
その兵士の言葉を聞いた別の兵士が警戒の表情をして俺達に近付いてくる。
「どうした、何があった?」
「こいつらが……」
兵士が余計な事を言いそうだったので俺は慌てて弁明する。
「いや、誤解だっておっさん。俺達が仮に奴らの仲間だとしたらわざわざ近付くわけないだろうが」
「おっさん……」
「私達、そのストレイボウの行方を調査する為に来たんです。入れてもらえませんか?」
「それは出来ない。国王様直々の命令だ」
カルミアちゃんが女神に言われて何とか口にした言葉を、兵士は頑なに突っ撥ねる。
「頼むよおっさん。俺達そいつに嵌められて酷い目に遭ったんだ。もしそいつが俺達に報復しに来たらと考えると夜満足に眠れねぇんだわ」
「知らんそんな事、あとおっさんは止めろ」
「そのストレイボウを捕まえられたのは俺達のお陰なんだぞ?」
俺がそういうと、兵士は「何っ!?」と言って驚く。
「という事はお前達が……」
「お、分かってくれたか?」
「……いや、例えそうであっても国王様の命令は絶対だ。お引き取り願おう」
「クソッ、マジで頑固だな……」
国王の命令を忠実に守る兵士としては正しいが、本当に融通のきかないおっさんだ。俺が次の手を考えていると、俺の背中に女神の手が当てられる。
「砕斗、ここは私が」
「任せていいのか?」
「ええ、この女神……ではなくミリアム様の実力を見せてあげましょう」
自分で女神と名乗ってしまった彼女は、自信満々に胸を張る。
「ま、任せるぜ」
「女神様、お願いします!」
ついでにカルミアちゃんまでうっかり口を滑らせてしまう。リリィは何が何だか分からない様子で、自分の手を伸ばして俺の裾を引っ張る。
「お兄さん、どういうこと?」
「だから気にすんなって。愛称みたいなもんだからさ」
「……変なの」
リリィは呆れた表情でそう呟いた。
「ええと、兵士さん方。私の話を聞いてくださいますか?」
女神は目の前の兵士とその周りの兵士達に満面の笑みを浮かべてそう尋ねるのだった。
「なんだ?」
「少しこちらへ……」
「ん?」
女神はそう言って手をこまねいて兵士を自分に近寄らせる。兵士は怪訝な表情を浮かべるが、目の前の女からは特に警戒心が感じられない為、そのまま彼女に近付く。
「なんの真似だ? あまり変な真似を……」
すると女神は兵士の頭に手を当てる。
「なっ!?」
「おい、何をする!?」
周囲で様子を伺っていた兵士達が慌てて駆け寄ってくるが、女神はもう片方の手を上にかざす。そして頭の中で響く様な不思議の声で、兵士達の顔が一瞬虚ろになった。
『国王が貴方達に与えた命令を私が上書きします。私達にここを素通りさせなさい。そして私達以外の存在を城内に入れることを禁じます。そして私達がここ話した事は誰にも告げてはいけません。良いですね?』
「えっ……!?」
後ろで見ていたリリィが声を上げる。
俺とカルミアちゃんも聞い少し引いていた。
だが、当の兵士達はというと……。
「あ、……ええ、分かりました……」
「……どうぞ、お通りください……」
彼らは虚ろな表情でそう呟くと、俺達に道を譲る様に横に移動する。
「……え? あ、ありがとうございます……?」
「マジかよ……」
俺達はぽかんと口を開けて呆然としていたが……。
「さ、行きましょう」
女神はそう言って城に向かって歩き始める。
「お、おう……」
俺も慌てて彼女の後を追って歩き出すのだった。
◆◇◆
城内へと侵入した俺達は堂々を歩く女神の後ろを付いて行く。しかし女神は一体何をしでかしたのか。カルミアちゃんもリリィもそれに疑問を感じているようだ。
「なぁ、ミリアム」
「なんですか?」
俺がいつものように気軽に声を掛けると女神は返事をする。
「さっきの何だったんだ?」
「暗示のようなものです。彼らは国王の命令は絶対という事なので一時的に国王と私を誤認させ命令に書き換えたんです。しばらく効果は続きますし、解けた後の記憶は残らない筈なので支障はありませんよ」
「トンデモねぇ事するな、お前……」
「さ、流石女神様……」
俺とカルミアちゃんはドン引きした様子で女神を見る。
「洗脳魔法は最上位の精神系魔法って聞いてたんだけど、こんな簡単に使える呪文使いが居るなんて……」
しかし、リリィは女神を憧れの眼差しで見つめる。
「(ふふ、尊敬の眼差しは何度浴びても気持ちいい………)」
女神がそんな事を思っているとは知らずに、リリィは彼女への信頼を増していくのだった。城内に入ってから、女神は城内を見張っていた兵士を再び洗脳して俺達を地下まで案内させた。
『案内はここまでで結構、貴方は持ち場へ戻ってください』
「……はい、それでは失礼します」
そう言って兵士は虚ろな目で頷いて緩慢な動きで去って行く。
「……あの兵士達、洗脳されてる事に気付いてないんだよな?」
「ええ、本人達は至って真面目に仕事を果たしていると認識していますよ」
「あくまで本人が認識してるだけだよな」
「そういう事です」
女神は地下に向かって歩きながら、俺にそう答える。
「……」
味方にいればこれ以上なく心強いが、敵に回ったらこれほど恐ろしい奴も居ないなと思う。俺がそんな事を心で考えていると、俺の頭の中で目の前の女神の声が響いてくる。
『心配しなくても仲間にそんな事はしません』
おいおい、人の心の声を盗み聞きしてんじゃねーよ。
『でも怖がられて距離を置かれるのも困るのです。
貴方には本当の事を言っておきますが、私が使ったのは洗脳魔法でも暗示でもありません。”女神の権能”と呼ばれる神特有の特殊な能力、過度に使用すると世界に影響を及ぼすので多用する気はありません』
……権能、ねぇ。世界に影響って不具合みたいなもんか?
『影響度合いでいえば似たようなレベルです。
神が地上に干渉すべきではないと言われる理由の一つは、これを使用するたびに世界そのものに大きな負荷が掛かってしまうのです。この世界を統治する神ならば話は変わってくるのですが……』
女神は俺と念話しながらも涼し気な表情で地下牢へ続く階段を降り続ける。
なるほどな。でもよ、こうやって念話で話すって事は、後ろの二人には聞かれたくないって事か?
俺は背後の二人をチラリをみて念話を続ける。
『ええ、リリィさんは私達の事情を知りませんし。何より、カルミアさんにこの事を話すのは時期尚早……面倒な事になりそうなので……』
面倒って何がだ。
さっきの話をしても特に問題がありそうには思えなかったけど。
『……この世界の”神”の事です。彼女には伝えない方が良いかもしれません』
「……」
……何故か嫌な予感がした俺はそれ以上の追及は止める事にした。
◆◇◆
地下牢まで降りて、俺は思わず驚きの声を上げる。
「うわ……これはひでぇ」
「ひ、酷い……」
地下一階に降りたところで石壁とその付近の床に血がべったりとへばり付いている場所を目撃する。まるで壁から血の海が垂れ流されているような異様な光景だった。
「た、多分ここだよ。死体が無かったのに血が沢山流れてた場所……」
「って事は、ここが……」
「……ストレイボウが殺された可能性のある場所……でしょうね」
「まぁ今からそれを調べる必要があるんだけどな」
俺はそう言いながら血溜まりの近くまで足を運ぶ。
「……って言っても、この血だまりの中からどう調べればいいんだよ」
「遺留品とかが浮いてたりしませんか? もし真犯人がストレイボウを殺害して何処かに運んだとしても見落としがあるかもしれません」
「うげ……血の中に手を突っ込まなきゃいけないのか……しゃーないな」
カルミアちゃんやリリィにそんな事をさせるわけにもいかないし、女神もここに来るまでに役に立ってもらってる。俺がやるしかなさそうだ。
「サイトさん、大丈夫です?」
「まぁ何とかなるよ。ここは俺に任せてくれて構わないからカルミアちゃん達はストレイボウが入ってた牢獄の方を調べてくれ」
「……気を付けてね。じゃあ行ってきます」
「お兄さん、気を付けて!」
二人が地下牢の奥に向かって歩き出したので俺は手を振りながら見送る。
そして二人が地下に降りていった後、女神だけが残った。
「女神様は行かないのか?」
「彼女達はおそらく大丈夫だと思いますが……」
「俺が心配って事?」
「……」
女神は俺に何も言わずに沈黙する。
「大丈夫だ、心配すんなって」
俺が笑いながらそう言うと、彼女は少し考えるような表情をしてから言った。
「……実は、この辺りで異様な瘴気を感じるんです」
「なんだそりゃ?」
俺は手袋を付けて血だまりの中に手を突っ込んでみる。
「うわっ、やっぱ気持ちわりぃ……」
「大丈夫ですか? 無理はなさらず……」
「いや、大丈夫だって。……で?」
俺が女神に尋ねると、彼女は少し言い辛そうにしながら答える。
「砕斗、今、身体に何かしら異常を感じていますか?」
「いや特には……」
「……とすれば瘴気の濃度はさほどではありませんね。最初、その血だまりの中から瘴気が発生していると思ったんですが、どうやら私が感じ取った瘴気は既に残滓となって消えかかっているようです」
「……っていうか瘴気ってなんだ? 毒か?」
前提の知識が乏しい俺は女神に尋ねる。
「この世界では多少意味合いが違います。
この世界における”瘴気”とは、魔力が分散した”魔素”が空気中に漂う事で発生する毒気の事です。魔力汚染という言い方もするそうですが、何らかの魔力の暴発や爆発が起きなければこの状態が発生することはありません。……意味が分からないって顔してますね?」
「顔向けてないけどよく分かったな」
「要するに『ここで何か魔力的な災害が起きて空気が汚染されてる』という事です。
この状態が続くと人体に影響を及ぼす可能性がありますが、現在の濃度だとさほど影響は起きないでしょう……が」
「が?」
「問題はここで瘴気が発生するほどの『何か』が起きたという事です。ストレイボウが牢獄から脱出する為に何かしたと考えるのが自然でしょうが、彼が囚われていたのはもっと地下深く……こんな地下の浅い場所まで瘴気が漂う事は無いと思うのですが……」
女神はそこで一呼吸おいて、言う。
「ストレイボウにはさほど魔力を感じませんでした。おそらく彼は純粋な戦士でしょう。何らかの魔道具を使わない限りこのような事は絶対起きないと思いますが……」
「……そもそも牢獄に囚われてた奴がそんな物を所持してるとは考えにくいよな。普通怪しいものがあったら牢に入れられた時に没収されるはずだ」
「……ええ、やはり砕斗も気付きましたか」
「まぁな」
俺は返事をしながら捜索を続ける。
するとグチャグチャの血だまりの中で何らかの固形物を発見する。
「これか?」
俺が手に取ると血に濡れてはっきりと分からないが、何かの結晶のような石の塊だった。
「女神様、これが何か分かるか?」
俺はそれをハンカチで拭うと女神に投げ渡す。
「これは、何でしょう……ひび割れて何が漏れ出た後がありますね……」
「魔道具か?」
「……」
女神はその結晶体を興味深そうに調べ始める。
「……これ、魔道具ではありませんね」
「違うのか?」
「……ええ、多分何かが封印されてたんだと思います。多分、魔物が……」
「……魔物!? ……って事はまさかこの惨状は……!」
「……ですがこれを使ったのがストレイボウの仕業かどうかは分かりませんね。彼が死んだ証明にもなりませんし」
「……いや、待てよ。もしその結晶から魔物が現れたとするなら、そいつは何処に行った?」
「あ……」
俺がそう尋ねると女神も気付いたようで目を見開く。
「もし城から出てきたら街の被害が出たはずだ。だけど街で騒ぎがあったなんて聞いてないよな?」
「という事は、まだ城の中に隠れている……?」
「可能性はあるな。とりあえずカルミアちゃん達と合流した方が良さそうだ」
「そうですね」
俺と女神がそう結論付けて、二人でカルミアちゃん達の向かった更に地下へと向かう事にした。
「行きますよ、砕斗」
「おう……」
俺は頷いて血だまりから出ようと足を動かした時……。
「……ん?」
何か固いもの踏んだようで、俺は足を止めて血だまりに再び手を突っ込む。
そして血だまりの中から取り出して確認すると……。
「……これは」
「砕斗、急ぎますよ」
「……ああ」
俺はそれを布で拭って彼女達の元へ急ぐのだった。
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