第60話 考察
……早朝。
サイト達がまだギリギリ宿で寝静まっている頃、突然サイトの部屋にノックの音が鳴った。
「大変、大変なの! お兄さん、ここを開けて!!」
大きな声は宿中に響き渡る。俺は驚いてベッドから飛び起きる。
「……な、なんだぁ?」
俺は眠い目を擦りながら部屋の扉を開けると、冒険者ギルドで別れたリリィの姿があった。
「……リリィ?」
何故この子が俺の部屋の前に居るのか。
そう疑問を感じる前に、リリィは俺の手を掴んで焦った様子を見せる。
「た、大変なの!! リリィについてきて!」
「落ち着けって……そんな慌てて何があったんだ?」
「それが……」
リリィは俺の言葉で少し落ち着いたのか、一呼吸して乱れた呼吸を整える。そして大声で目を覚ましたのか、俺の隣の部屋からカルミアちゃんと女神が出てくる。
「ど、どうしたの? ……ってリリィちゃん?」
「随分騒いで……私達に何か用事でもあるんですか?」
「……」
二人の言葉にリリィはコクリと頷く。
そして、俺の服を掴んで……こう言った。
「大変なの! 牢屋に捕らえられてたストレイボウが居なくなったの!!」
………。
「……は?」
「……え?」
リリィの言葉に俺とカルミアちゃんが同時に声を上げた。
◆◇◆
それから場所を変え、俺達三人は冒険者ギルドまで足を運んでリリィの話を聞くことになった。
「どうぞ、お茶です」
「あ、ども」
客間に連れて来られた俺達三人は、ギルド職員さんが入れてくれたお茶を口にして一息つく。
「それで、リリィちゃん……詳しく教えて貰える?」
「う、うん」
カルミアちゃんがそう問うと、リリィは頷いて話し始める。
「昨日、お兄さんがストレイボウを気絶させた後、衛兵にストレイボウとその仲間達が城に連行されて地下牢獄に収監された事は覚えてるよね?」
「ああ」
「でも、尋問を終えた後に牢屋から脱走したらしいの」
「脱走したってのか、あいつ!?」
「うん。それで今、地下牢獄が大変な事になってる」
「大変ってなんだ?」
俺が首を傾げると、リリィは苦々しい表情で答える。
「ストレイボウ、牢屋に入れられた仲間まで手を出して脱走したみたいなの。それだけじゃなくて見張りをしていた兵士まで全員殺して……城の兵士達は今、ストレイボウの行方を血眼になって探してるんだよ」
「なっ……!?」
俺は驚きで言葉を失った。
まさか、あのストレイボウがそこまでするなんて……!
「あいつ、そこまで性根が腐ってやがったのか……!」
俺は思わず机を叩くと、リリィが肩をビクンと揺らす。
「……悪い……話を続けてくれ」
「う、うん」
「リリィちゃん……その殺された仲間ってストレイボウさんと一緒に捕らえられた人達だよね?」
「そうだよ」
「……一体何の為に? 正体がバレたとはいえ仲間だったのに……」
カルミアちゃんは信じられないといった表情だ。
そんな俺達を横目に、女神は何か考えていたのか顎に手を当てる。
「……牢獄内で何かあったのでしょうか。
それとも黒炎団の仲間が捕縛されて情報が漏れるのを恐れて口封じでもしたか……だとしても一緒に逃げれば良かったのでは? 少なくとも、自分が助かる為に仲間を皆殺しにする必要はありませんよね……」
「あの野郎……何考えてんだ……!」
俺はストレイボウの行いが理解出来ず苛立ちを隠せないでいた。
「それでお城の人達が、リリィ達はストレイボウの逃げた場所に心当たりがないかって聞かれたんだけど……」
「んな事言われてもなぁ……」
俺達は昨日ストレイボウに出会ったばかりでいきなり殺されそうになった身だ。アイツの事をロクに知らないし、そもそもアイツがどこに行ったかなんて見当もつかない。
「昨日、崩壊したばかりのイザレの大空洞を隠れ蓑にしてるとか?」
「あの男が大空洞を崩壊させるように仕組んだのは間違いないでしょうが……少々考えにくいですね」
「他にアイツの知り合いは居ないのか? 黒炎団のスパイだったかもしれんが表面的には冒険者として数年この国滞在してたんだろ?」
「他の冒険者にも聞いてみたんだけどね……ストレイボウが”黒炎団”の一員だったことがショックだったらしくて、質問しようとすると関わりたくないのか素っ気ない態度で返されるの」
「そうか……」
まぁ無理もない話だ。
俺達だって出来る事ならあんな犯罪組織と関わりたくない。
だが、このままだとストレイボウを逃がしてしまう。もし国外に逃げられてしまえば捜索も困難だ。それに俺達に恨みを持ってる可能性もあるし報復を受ける可能性もある。
「……ストレイボウだけ逃亡して仲間は全員死亡……見張りの兵士を全員殺して外に逃げた……本当にそうでしょうか?」
「え?」
「ん、どういうことだ?」
女神は何かを考えている様子だったが、考えがまとまったのか顔を上げて俺とカルミアちゃんにそう言ってきた。俺達が怪訝な反応をすると女神は言う。
「ストレイボウが自分以外はどうでもよいと考える卑劣な人間だと仮定しても、わざわざ仲間を殺す理由はありません。
それに見張りの兵士を全員殺して逃げるのも不可解です。彼らは牢獄に入る前に彼は武装を解除されたはずでしょう。一体どうやって見張りの兵士を全員殺害したのでしょうか」
「それは……武器を回収して……とか?」
「他に考えられる可能性があるなら、見張りの兵士から武器を奪ったとか、か?」
「まぁ、可能ではありますね。それでも何故わざわざ見張りを全員殺したのか理解に苦しみます。砕斗、貴方が仮に脱走するとして、わざわざ見張りを全員殺す事を考えますか?」
女神は俺にそう質問してくる。
「……いや、しないな。武器を奪う必要があるなら奇襲を考えはするだろうが、目的は脱走なわけだし積極的に襲う必要はない。殺すよりは人質にして逃げることに利用した方がまだ賢いと思うぜ」
「私も同意見です。殺している間に別の兵士に見つかって応援を呼ばれる可能性がありますし、兵士を全員殺すメリットは殆どありません。彼が襲い掛かってきた敵全てを殺し尽くす戦闘狂や殺人鬼なら別ですが、そういう人物にも見えませんし」
「ああ、アイツは策士ぶって自分の手を汚さないタイプだな」
俺はスカした奴の顔を思い出して言う。
「女神様……じゃなくて……」
「女神様?」
「な、何でもないよ? それで、ミリアム様はどうお考えなのですか?」
また女神様と口にしかけたカルミアちゃん。
だが、その言葉に疑問を感じたリリィに反応されてしまったので、カルミアちゃんは慌てて取り繕う。彼女の質問に女神は苦笑しながら答える。
「……そうですね、私はストレイボウも誰かに殺されている可能性があると考えています」
「誰かって……誰に?」
「具体的な人物名まで絞りきるのは不可能です……が、可能性としては”黒炎団”の誰か、でしょうか?」
「……ストレイボウが失脚したことを知った別の黒炎団の誰かが、口封じの為にストレイボウを含めた奴らを皆殺しにした、と?」
「はい、おそらく。そしておそらくストレイボウを監視する立場にあった人物が犯人でしょう」
女神はハッキリと言い切った。
「そんな……仲間を皆殺しにするなんて……!」
カルミアちゃんが信じられないといった表情で呟くが……。
「いや、カルミアちゃん。奴らがやってる事を考えるなら平気で仲間を制裁してもおかしくないぜ」
「当たり前のように街を犠牲にする連中ですからね……」
彼女の言葉に俺と女神が反論を述べる。
「そ、そういえば……」
「どうした、リリィ?」
するとリリィが何かを思い出したのか、こう口にする。
「兵士の人が言ってた……。地下一階の上に登る階段の近くの壁に、大量の血液がベットリ壁や床にこびりついていたのに、死体が近くに見当たらなかったって……もしかしたらそれが……」
「そこでストレイボウが何者かに殺された可能性があるな」
「死体が無いのは犯人が持ち去ったのでしょうね……おそらく彼に全ての罪を被せる為に」
女神はそう言って俯く。
しかし、仮にその予想が当たっていたとしても……。
「……とはいえ、ストレイボウが殺されたって証拠が無いんだがな」
「……ですね。そこを証明できないと、ストレイボウ捜索を打ち切って真犯人を探す提案を出すことが出来ません」
「そんな……」
俺達の言葉にリリィは肩を落とす。
「でも、これで分かったことがあるな」
俺はそう言って立ち上がる。
「え?」
「ストレイボウが殺されたかもしれないって証拠を探せばいいんだろ? なら簡単だ。その現場に行って調べればいいのさ」
「なるほど……」
「私達が、証明するって事ですね!」
俺の言葉に、カルミアちゃんと女神も乗ってくる。
「よし、決まりだな。じゃあ今から城に行こうぜ」
俺がそういうと二人は立ち上がり、俺と一緒に部屋を出ようとする。
しかし、そこでリリィに呼び止められてしまう。
「あ、あの……リリィも一緒に……」
「いや、リリィは付き合わなくていいよ。流石に子供にそんな凄惨な現場を見せるわけにはいかねーしな」
「……っ!」
俺の言葉にリリィはショックを受けたような表情を浮かべる。
だが、彼女は唇を嚙むと俺にこう言ってきた。
「り、リリィは子供じゃない!!」
「んん?」
「だ、だから……もう子供じゃないから! 一緒に行く!」
「オイオイ……」
子供っぽく怒って言う事を聞かないリリィに俺は呆れた声を出す。するとカルミアちゃんが苦笑してリリィの傍にしゃがんでリリィと視線を合わせる。
「まぁまぁ、サイトさん。……リリィちゃんも一緒に来る?」
「……行く」
するとリリィは頬を膨らませて頷いた。
「……リリィと話すのは平気なんだな、カルミアちゃん」
「彼女は人見知りですが、相手が子供なので警戒心が薄れているのでしょう」
「なるほど」
俺が小声で呟くと女神も小さな声でそう答える。
……まぁ、何にせよだ。
俺達はストレイボウの捜索の為に城に向かうことにしたのだった。
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