第56話 腹黒は絶対許さない主人公
――冒険者ギルドにて――
サイト達を迷宮ごと葬ったと確信していたストレイボウは、彼らが不慮の事故で迷宮の崩壊に巻き込まれてしまった、と冒険者ギルドに偽りの報告を行っていた。
「ストレイボウさん、それは事実ですか!?」
火急の報告だと聞いて呼ばれたギルド長はストレイボウの話を聞いて驚愕の表情を浮かべる。
「ああ、本当さ! ボク達がクエストを終えて帰還しようとしたんだが、斥候とギルド職員のリリィさんが何故か戻ってこなくてね。様子を見に行った二人を待っていた所、突然周囲に激しい地響きが鳴り響いて、ダンジョンそのものが崩壊してしまった」
「そ、そんな事が……」
「……ですが、ギルド長。確かに少し前にイザレの大空洞付近に異常な振動を観測しました。おそらく確認すればすぐに判明するかと……」
「そうだな……今すぐイザレの大空洞に人を向かわせてくれ。ダンジョン内に取り残されてしまった彼らの事もある。急いで捜索隊を編成するんだ!」
「承知しました!!」
ギルド職員が部屋を出ていく。そして、残されたストレイボウにギルド長が口を開く。
「それで、……リリィは?」
「残念ながら彼女はダンジョン崩壊に巻き込まれた可能性が高いね……。取り残されてしまった見習い冒険者の彼らも含めておそらく生存の確率は……」
「そうか……幼い頃の両親を亡くすばかりか命まで失ってしまうとは……」
「可哀想にね……せめて天国の両親に会えることを願うしかないね」
ストレイボウは如何にも悲壮感を漂わせて、周囲の同情を誘った。
だが、彼は心の中でほくそ笑んでいたのだった。
「(……ふふ、これで邪魔者は消えた。後はボクがこのギルドを裏から掌握して――)」
彼は冒険者ギルドが創設されてすぐにレガーティアに派遣された黒炎団の幹部の一人だ。
今まで正体を隠して冒険者として潜り込んで、裏から仲間達を手引きして、邪魔になりそうな冒険者を秘密裏に葬ってきた。
しかし、彼の本当の目的は黒炎団とは別にある。
彼自身がこの国を乗っ取って自らが王となる事だった。
「(……だが、まだだ。この程度の事はボクの野望の足掛かりに過ぎない)」
彼の目的はレガーティアの支配ばかりか黒炎団からの決別も決めている。その為にこの数年、黒炎団にも必要最低限の情報しか居れず、自身の信頼できる部下のみに情報を共有していた。
今回、サイト達を迷宮の中で生き埋めにしたのも彼の部下達の手腕である。
しかし、彼はこれまで油断せずに黒炎団に従っていた。
何故なら彼の後ろには”頭領”と呼ばれる絶対的な存在が居るからだ。
「(頭領の機嫌を損ねればボクは確実に消される……だから慎重に事を進める必要がある……)」
命令された任務を確実に遂行すれば、信頼を勝ち取って自身の部下が増やせる。
そうして手駒を増やしてこの国を侵食していき最終的にこの国の王の座を奪い取る。
その時こそ――
「だってさリリィ、死に損なったけど今から天国の両親に挨拶しに行くか?」
「冗談。パパとママに会いに行くのはまだゴメンだよ」
「!?」
ストレイボウは背後から聞こえた声に驚き、慌てて振り返る。
するとそこには、瓦礫に埋まって死んだはずの4人が立っていたのだ。
「な、何故だ……!? お前達はダンジョンの崩壊に巻き込まれて死んだはずじゃ……」
ストレイボウの言葉に、周囲に集まっていた冒険者達やギルド職員たちが騒然とする。
「生憎とうちには幸運の女神様がいるんでな」
サイトはそう言いながらミリアムの方に視線を移す。彼の言葉にミリアムは表情を緩めてクスリと笑うが、すぐに厳しい表情に変わってストレイボウを睨みつける。
「ストレイボウ、よくも私達をダンジョンに生き埋めにしてくれましたね」
「俺達を殺そうとした罪、今からテメェの身体に刻み込んでやる!」
そして、女神とサイトは怒りを露わにしてストレイボウに言う。
「貴方が黒炎団の仲間だったなんて……。ストレイボウさん……今、この場で全てを自白してください。そうすれば罪を軽くなります」
反面、悲しい表情を浮かべて見つめるカルミアはストレイボウを説得に掛かる。
「……く」
四人の圧力に思わず後退るストレイボウ。そんな彼にギルド長は何が何だか分からずサイト達とストレイボウの間に視線を彷徨わせる。
「み、皆さん無事だったのですね……それは不幸中の幸いですが……」
ギルド長はひとまずサイト達が無事だったことにホッとするが、彼らが口にした事の意味が分からず困惑する。
「ストレイボウさん、彼らは一体何を言っているのですか? 彼らの口ぶり、まるで貴方が彼らを事故に見せかけて殺そうとしたように聞こえたのですが……?」
「……黙れよ」
低い口調でストレイボウはそう返事をするが、周囲がざわつき始めたことで声がかき消されてしまう。
そして事の成り行きを見守っていた冒険者達がストレイボウが口を挟んでくる。
「おい、どういうことだストレイボウ!」
「大空洞が突然崩れたって聞いたが、まさかお前が……!?」
「殺そうとしたってことか……何故?」
今までのストレイボウの事を知っている冒険者達はすぐには信じなかった。
ストレイボウ自身、自身の正体を隠して今までうまく立ち回ってきた事の証明ともいえる。しかしカルミアが言った『黒炎団』という単語を聞き逃さなかった他の冒険者が額に汗を流しながら呟く。
「黒炎団って、確か世界中で暴れ回ってる犯罪集団の事だったような……」
その呟きを聞いた他の冒険者達が、更に混乱し始める。
「な、何だと!?」
「おいおい……ということはつまり……!」
「ストレイボウは犯罪者……? いやでもまだそうだと決まった訳じゃ……」
そんな彼らの反応を見て、ギルドの職員たちのも伝播して混乱が伝わっていく。
「う、嘘だろ……あのストレイボウさんが……」
「なんとか言えよ!? そいつらが言ってるのはデタラメなんだよな!? アンタがそいつらを殺そうとしたなんて嘘だろ!?」
そしてそれはギルド長も同様だった。
「……ス、ストレイボウさん……まさか『黒炎団』の団員だったのですか……?」
ギルド長は信じられないといった表情でストレイボウを責める。
しかし……。
「ふふ、フヒヒ……!!」
「!?」
ストレイボウはいつもの軽薄な笑みではなく、気色の悪い声で突然笑い出す。
そして、サイト達に言った。
「くくく……笑わせないでくれよ、君達。ボクが、どうやって大空洞の迷宮を破壊して君達を殺そうとしたっていうんだい?」
「……テメェ、ここに来てまだシラを切るつもりか」
ストレイボウの言葉に苛立った表情をするサイト。それに対してストレイボウは嗤う。
「それに、ボクが君達を殺す? 何の目的で? オイオイ、ボクは君達が新人だから優しく丁寧に指導してあげたってのになぁ。大空洞が崩れたのはあくまで偶然、君達が勝手に迷宮の奥に留まって、そのまま出口を塞がれて生き埋めになっただけさ。ボクには何の落ち度もないだろう?」
「……っ、ストレイボウさんいい加減にしてください!貴方が私達を殺そうとしたのを自分で私達に自白したじゃないですか!!」
「くっくっく……カルミア君、証拠はあるのかい?」
「……っ! そ、それは……」
「無いだろう? なら、君達の言ってることは何の証拠もないただの妄言だ」
ストレイボウはカルミアにそう告げる。そして、彼は大声を出してギャラリーに呼びかける。
「皆、聞いてくれ。彼らが言ったことは全てデタラメだ!
ボクが『黒炎団』というのも彼らの嘘だし、大空洞が崩れたのも偶然!
彼らはボクが気に入らないから、ボクの評判を下げて破滅に追い込もうとしているんだ!!!!」
「な、何を言って……」
ストレイボウの突然の主張にカルミアは困惑する。
しかし、ギルド職員や冒険者達は彼の主張に耳を傾ける。
「……確かに、証拠はない」
「だろう?」
ギルド長の言葉にストレイボウはいつもの余裕の表情を取り戻して軽薄な笑みを浮かべる。そして、成り行きを見ていた冒険者達も騒ぎ出す。
「なるほどな、ストレイボウさんは冒険者ギルドのでも信頼の厚い冒険者だ。昨日今日来たばかりのそこの新人がそれに嫉妬して、ストレイボウさんを貶めようと嘘の告発をでっち上げた……ってことか」
「冒険者ギルド設立から在籍してるストレイボウがそんな事をするわけねーよな」
「トンデモねぇ奴らだな。おいギルド長、そいつらを捕縛した方がいいんじゃねーか?」
「ああ、その方が良い」
昨日訪れたばかりのサイト達とギルド創設から在籍しているストレイボウ。事実はどうあれ、彼らの視点からすればストレイボウを信じようとするのはある意味当然だった。
「……っ」
本来被害者であるサイト達に、周りは厳しい視線を向ける。我が強いサイトやミリアムはその視線を受けても、焦りはすれど縮こまる事は無い。しかし、本来人見知りのカルミアにとってその状況は辛いものだった。
「……カルミアちゃん」
「さ、サイトさん……私……」
サイトは震える彼女に声を掛けて彼女の身体を自身に抱き寄せる。
そしてサイトは、自身の背後に居たリリィに声を掛ける。
「リリィ、頼んだぜ」
「うん」
リリィは頷いて無表情で前にサイトの隣まで歩いてくる。
そして、リリィはポケットの中から青い石を取り出す。その石はダンジョン内で彼女が、自分達を嵌めたストレイボウと会話している時に手に持っていた物だった。
「……」
「リリィ君、今更君が出てきても何も出来ないと思うよ? ……ん、なんだいそれは?」
ストレイボウはリリィを見て嗤うが、彼女が手に持っている物を見て怪訝な表情になる。
「さぁね」
リリィはストレイボウの問いに答えず、その石を強く握りしめる。
そして次の瞬間、その石がふわりと浮かび上がって青い光を放つ。
サイトは言った。
「覚悟しやがれ、ストレイボウ」
「?」
「今からその腐った性根を皆の前で暴いてやるからよ」
「な、何を――」
次の瞬間、ギルドの大広間は眩い光に包まれた……。
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