第51話 本性
「……きて………起きてよ……起きてってば、お兄さん!!」
「う……うう……」
意識が朦朧した暗闇の中、俺を呼ぶ少女の声によって俺の意識が呼び起こされる。目を開けると倒れた俺を心配そうに見下ろすリリィの姿があった。
「ここは……」
俺は首だけ動かして周囲を伺う。周囲は暗いが壁に設置された松明でなんとか周囲の様子が分かった。
先程まで居た場所と比べて広い部屋のように見えたが瓦礫の山になっていた。そして見上げると上の天井がぽっかりと穴が開いており、俺達はあそこから落ちてきたようだ。
「俺達……落っこちたのか」
「そうみたいだね……多分、地下二階だと思うよ」
リリィは頷いて答える。俺は上体を起こそうとするが、身体の節々に鈍痛が走り思わず顔をしかめてしまう。
「つ……」
「む、無理しちゃ駄目だよ、お兄さん……!」
「だ、大丈夫だって……」
そう言って俺は何でもないように振る舞うが、特に後頭部が異様に痛む。
どうやら落下した時に強く打ち付けてしまったようだ。
「……っ、お兄さん……頭から血が……!」
言われて俺は頭に手をやるとヌルリと生暖かい感触がする。どうやら落下の際に頭から出血したようで、頭部に裂傷があり血が出ていたようだった。
「頭が痛いわけだ……」
「待ってて、怪我の治療をするから!」
「治療って……癒しの魔法でも使えんのか?」
リリィにそう質問するが、リリィは「ううん」と答えながら自分のポーチからいくつかの薬草と包帯を取り出す。
「お兄さん、じっとしててね」
「お、おう……」
リリィは薬草をすり鉢で潰して俺の怪我した頭部に塗り込む。すると、しばらくしたら痛みが引いていくのが自覚できた。
「これって薬草だよな……?」
「うん、傷口に塗ると血止めと痛み止めになるんだよ。普通に食べるとここまで効果は無いんだけど、幹部に適量塗り込んで別の薬草と併用すると効果が強くなるの。今から包帯巻くから動かないでね」
そう言ってリリィは包帯を俺の頭部に巻きつける。
「……器用なんだな」
「リリィはこういうのが得意なんだ。昔から怪我した時は自分で薬草を塗って治してたし身体が柔らかいから自分で自分の身体に包帯を巻いたりも出来るんだよ」
「……自分でか? 親はしてくれなかったのか?」
「今はもう居ない。5年くらい前に狩猟の最中に背後から熊に襲われて死んじゃったから」
リリィはそんな衝撃的な事を顔色一つ変えずに言う。
「……悪い、無神経なことを聞いちまった」
「いいよ、もう昔の事だし……、それよりも痛みはどう?
薬草の効果が効いているなら1時間くらいなら動き回っても大丈夫なはずだよ」
「ああ、随分と良くなったよ」
「そ……他に痛いところはある?」
そう質問されて俺は自分の身体がちゃんと動くか確認してみる。立ち上がってみると痛みはするが、幸い骨折などはしておらず軽度の打撲程度で済んでいるようだ。
「問題ない……リリィ、お前は?」
「リリィは大丈夫……っていうかお兄さんが庇ってくれたから」
「俺が?」
「覚えてないの? 地面に叩きつけられる直前、お兄さんがリリィの身体を抱きしめて衝撃から庇ってくれたんだよ?」
……言われてみれば、意識を失う直前、リリィを庇うために彼女を抱きしめてそのまま落下した記憶がぼんやりとある。
「……無意識だった」
「お兄さん、あんなに意地悪なのにそういう所だけはなんか優しいよね」
「『だけ』は余計だっての」
俺はそう言いながらリリィの頭に手を乗せる。そして、息を吐きながら周囲の様子を探る。近くに魔物は居ないように見えるが、動き回ると遠くの魔物に気付かれてしまうかもしれない。
「俺達が落下してからどれくらいの時間が経つ?」
「正確な時間は分からないけど体感だとまだ一時間も経ってないと思う」
「そか……ならまだ夕方にもなってないな」
リリィの言葉に俺は少しだけ安堵する。思ったよりも気絶している時間は短かったらしい。だが、どうやって戻るか……そう思いながら俺は再び天井に視線を向ける。
「高いな……天井までの高さはどれくらいだ?」
「大体10メートルくらいだよ。地下一階に続く階段を探すしかないね」
「カルミアちゃん達は?」
「分かんない。もしかしたらもう先に迷宮を出てしまって気付いてないかも……」
「……いや、あれだけ派手に崩壊したんだから、流石に気付くだろ……心配し過ぎだ」
俺はそう言ってリリィを安心させようとするが内心焦っていた。仮に迷宮の外に出ても時間が経てば異変に気付くだろうが、万一それが期待できない状況だとしたら自力で登り階段を見つけて脱出するしか無くなる。
だが、俺達二人で脱出するのは危険過ぎる。少なくともリリィは絶対に無事に帰してあげたい。なら何処かに隠れて助けが来るまで待つべきだろうか?
「お兄さん……これからどうする?」
リリィが不安そうな顔で俺に聞いてくる。
俺は先程まで考えていたことを口にする。
「……そうだな、3人が俺達を探しに来てくれるのを期待するか」
「え、でもそれまでどうするの?」
「魔物に見つからないよう隠れて待つ事にしよう。……我ながら情けない提案だが、現状だとそれが一番ベターな選択だと思うぜ」
「……でも、大丈夫かな? 3人が仮に戻ってきても、床が崩壊したせいで簡単に降りて来られないと思うし、隠れていても魔物に見つかって襲われるかもしれないよ?」
「心配性だな、確かにその通りなんだが」
「……何より、あのゴーレムがもしまだ近くに居たら……」
「……アイツか」
俺達をこんな状況に追い詰めた元凶。リリィの話だと普通の冒険者が何人集まっても苦労する魔物だそうだが……。
「そもそもなんでアイツはあんなところに現れたんだ?」
「分かんないよ……本来なら大空洞……このダンジョンの最深部の守護する魔物なの。今までこんなこと……ゴーレムがダンジョンの上層に現れた話なんて聞いたことが無いよ」
「マジかよ……」
どうやらこのゴーレムは本来、最深部を守っている存在らしい。だが、なぜその守護する部屋からこんな浅い階層まで降りてきたんだ? そんな疑問を感じていると、部屋の奥から軋むような物音が聞こえたので俺とリリィは思わず身構えた。
「……お兄さん」
「……一旦隠れるぞ」
俺達は音を立てないように後退りして部屋の奥へ移動する。
しかし、奥の部屋から何者かがこちらに向かってくる音が聞こえてくる。
その音はドスンドスンと振動させながら確実に俺達に迫ってきている。
「お、お兄さん……気付かれてる!」
「……嘘だろ、もしかして追いかけてきてるのって――」
俺が最後まで口にする前に、その魔物の正体を目視してしまった。
「「……ゴーレム!」」
そう、ゴーレムは俺達を追って地下二階まで降りてきていたのだ。
「逃げるぞ!!」
「うん!」
俺はリリィの手を強く握りしめて走り出した。
◆◇◆
サイトが気絶から目が醒ます時より、約三十分程前に遡る。
カルミア達は彼らがピンチになっていたことにすぐに気付かずに洞窟の外に出てしまっていた。しかしいつまで経っても戻ってこない事に不安を覚えた女神とカルミアは、嫌な予感を感じて引き返そうとしていた。
「砕斗達……戻ってきませんね」
「心配です……ミリアム様、二人を探しに行きましょう。ストレイボウさん、私達、行ってきますね」
二人はストレイボウに許可を貰って捜索に向かおうとする。しかし彼から返ってきた言葉は一瞬二人を困惑させた。
「うーん、彼らなら大丈夫じゃないかな。それよりも君達の事を聞かせてよ、なんで君達のような可愛い女の子が彼なんかと旅を続けてるんだい?」
「……は?」
「……何を言ってるんですか、ストレイボウさん」
「いや、君達はもっと良い仲間と旅をするべきだよ。例えば……ボクとかね? ははは」
ストレイボウはそう言って軽薄な笑みを浮かべながら、カルミアに手を差し伸べる……が、カルミアはその手をパシンと勢いよく払いのけた。
そしカルミアは普段の温和な態度を引っ込めて厳しい視線で目の前のストレイボウを非難する。
「……ふざけないでください!」
「おやおや……気に入らなかったかな?」
ストレイボウは叩かれた自分の手を引っ込めて余裕の表情で言い放つ。
そんな彼にカルミアと女神は不快感を覚えた。
「人が真面目に仲間を心配しているのに……ストレイボウさんには失望しました……ミリアム様」
「……ええ。そんな男、放っておいて行きましょう」
二人はストレイボウに冷たい視線を送った後、洞窟の中へと戻っていった。
「……」
一人残されたストレイボウは、彼女達が戻っていった迷宮の入り口に視線を向けたまま、
「やれやれ仕方ないなぁ……彼女達だけは助けてやろうと思っていたのに」
先程までの余裕の表情が邪悪に歪む。
「折角のボクの配慮を無下にするなんて、身の程を知るべきだね」
ストレイボウはそう呟いてから、彼女達を追って迷宮の中に戻っていくのだった。
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