第38話 夢の中へ行ってみたいと思いませんか?
――食事処”安らぎの食卓”――
”ラフレシアンの宿屋”から少し離れた場所あったこの食事処に俺達は来ていた。街の規模がそれなりなためか、名前の割に広く繁盛しているようで店内は人で賑わっている。
「で? 話ってなんだよ」
俺は運ばれてきた食事に手を付け始めてから二人に質問を投げかける。
するとカルミアちゃんが女神の方に視線を投げかける。
「めがみさ……ミリアム様が私達に言っておきたいことがあるって……」
「ふーん。で、どうしたん?」
俺達は女神様の方に視線を合わせながら食事を続ける。
「”ラフレシアンの宿屋”の話ですが、何か怪しい感じがしませんか?」
女神様にそう質問されて俺達は顔を見合わせる。
「アンタも変だとは思ってたんだな」
「ええ」
「噂で聞いていた”不思議な夢”の話。宿の人も心当たりが無さそうですもんね」
「ああ、噂の出処も掴めてないっぽいしな」
俺達も女神様の意見に同意する。
「てっきり俺は宿屋の方が話題作りに客に提供するサービスかなんかだと思ってんだが……」
「ふむ……カルミアさんは、その不思議な夢の話は何処で聞いたんですか?」
女神様は彼女にそう質問する。
「私が聞いたのはグリムダールに着く前に立ち寄った村でなんですけど……。
結婚したばかりの夫婦が新婚旅行で訪れた時に”ラフレシアンの宿屋”に泊まったそうなんです。その夢は、見た事もないような大きな湖とその畔に佇む、青髪の美しい裸の女性が現れるって内容らしくて……女性がこちらを振り向いて何かを訴えているそうですよ」
「……は、裸の女性……だと……?」
俺がピクリと反応を示す。
「反応する部分が”裸の女性”なのが実に砕斗らしいですね」
「うるせぇよ」
「で、最初は変な夢だなと思ってたらしいんですが、何泊しても同じ夢を見るそうです。自分達だけがそんな夢を見たのだと思い他の客にそれを話したら、なんとその人も同じ夢を見ていたらしくて」
「それが他の人にも伝わって、ラフレシアンの宿屋が毎日満室になるほど盛況になっているわけですか」
女神様が納得したように頷く。
「なるほど納得した。宿に押しかけてる連中は女の裸を見るためか。なんて欲望に素直な奴らだ」
俺がそう納得すると、何故か二人がテーブルに顔を突っ伏した。
「? どうした?」
俺が尋ねると、二人は恥ずかしそうに言った。
「さ、サイトさん……」
「そういうことは思っても言わないでください……」
「え、あ、悪い」
よくよく考えると、二人も女性だから色んな意味で禁句ワードだったかもしれない。俺は素直に二人に謝罪するのだった。
「ま、まぁスケベな事を考えてるサイトさんは置いとくとして……」
「男としては健全オブ健全だよ、カルミアちゃん」
「砕斗。ある程度は許容しますが、今はちょっと黙っててください」
「へーい」
女神様からそう言われて、俺は口を噤む。
そして女神様は表情と姿勢を正して言った。
「その夢が宿の人間の仕業でないとしたら、一体誰が何の目的でやってるのでしょうね?」
「っていうか、そんな事出来るのかよ? 女神様……じゃなくてミリアムもそんな魔法は存在しないって言ってたよな?」
「その筈なのですが……私の知りえない方法があるのかもしれませんね」
「私が思うに、その夢に出てくる青髪の女性じゃないかなー……って」
カルミアちゃんの推測に、俺と女神様はハッとした表情になる。
「……可能性はありますね」
「その全裸美人は自分の裸を見て欲しいがために、不特定多数の人間に夢を見せていると」
「砕斗」
「ゴメンナサイ」
女神様に名前を呼ばれただけで謝ってしまった。
「でも何の目的で……」
「理由なんかなくて、露出狂なんじゃね?」
「砕斗」
「だってさぁ」
「露出狂ってなんですか、サイトさん?」
「!?」
「!?」
カルミアちゃんが首を傾げると俺と女神様はビクンッと飛び跳ねる。
え、マジで知らないのこの子。どんだけピュアなんだよ。
あ、でも元修道女だし世俗に染まらない神聖な場所で育ってきたのだろう。
逆に染めてあげたくなってくる。
「カルミアちゃん。”露出狂”ってのはね……」
俺は彼女の耳元で露出狂のイロハを丁寧に教えると、彼女の顔がみるみると赤くなっていく。
「な、ななな……なんてハレンチで破廉恥な事をっ……!」
カルミアちゃんは顔を真っ赤にしながらそう呟いた。
「お、カルミアちゃんの”破廉恥”発言いただきました」
「揶揄わないでくださいっ、もう~!!」
「……何やってんだか」
女神様は呆れて溜息を漏らすのだった。
「で、真面目に話しましょう。その夢に出てくる女性が夢を見せているとしたら何が目的か?」
「うーん……実際、私達はまだ一度もその夢を見てないわけですし……」
「やっぱり露出――」
「砕斗。いい加減天罰喰らわせますよ」
「冗談だから勘弁してくれ。ギャグチックだけど結構痛いんだよ、アレ」
俺は頭を抑えながら女神様に謝罪する様に頭を下げる。
「……まぁ、こっちに何か話しかけてるって事は、何かを知らせようとしてるって考えるべきだよな」
「それ以上の事は今は分かりませんね……」
「特に害が無いのであれば、一度その夢を見た方が早いかもしれませんね」
「んでも、ラフレシアンの宿屋は満室だったじゃん」
「……宿に宿泊している客の誰かと交渉してみましょうか。宿と同額の金額を支払ったうえで別宿を提供すれば1日くらいなら譲ってくれるでしょう」
「まぁ俺達が今日予約した別宿に泊まってもらえばいいわけか。っていっても三人分は難しくないか?」
「可能なら三人部屋が良いですが都合よくはいかないでしょう。最悪、私達の誰かが一泊して事実確認すればいい」
なるほど、そういう事なら……。
「よし」と声をあげて俺は椅子から立ち上がる。
「俺が早速”ラフレシアンの宿”に行ってくるよ。誰か一人捕まえて俺の別宿の部屋と交換してもらう」
「おー、サイトさんやる気ですね」
「ま、俺に出来る事なんてそのくらいだしなぁ……」
俺は肩を竦めながら立ち上がる。そして”ラフレシアンの宿屋”に向かおうとすると女神様も椅子から立ち上がって口を開く。
「砕斗、私も行きます」
「ん? いや、良いよ。ミリアムはカルミアちゃんとゆっくりしててくれ」
俺は二人にそう言うと、女神様は首を振った。
「いいえ、貴方一人だと何かと問題がありそうなので……」
「問題ないってば。俺ってそんなに信用ないのか?」
「信頼はしてますが、まだまだ一人前とは思えませんからね」
「……まぁいいや。カルミアちゃんも来る?」
「私はその……えっと……」
「……ん?」
カルミアちゃんは俺の質問にもにょもにょと口を動かすだけで曖昧な態度を取る。いや、よく見ると彼女は、テーブルの中央に置かれている彼女が後で注文した大きなフルーツパフェに視線が釘付けだった。
「あー、別に急がなくて良いって」
「あ! ご、ごめん…」
俺の呼びかけでハッと我に返った彼女は恥ずかしそうに視線を逸らす。どうやらここのフルーツパフェは相当彼女のお気に召したようだ。
「じゃあ、カルミアちゃんが食べ終わるまでゆっくりするか」
その後、食べ終わってから俺達は三人で『安らぎの食卓』を後にした。
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