第37話 女神様、偽名を使う。
――国境の街”グリザイユ”――
それから3時間後。
俺達は被害に遭った女性を無事に国境の街”グリザイユ”に送り届けることが出来た。
そして、襲ってきた男達三人を街の衛兵に突き出して、彼らはそのままムショ送りになった。
「クソッ!」
「てめぇら覚えてろよ!」
「黙って歩け!!」
衛兵によって留置所に連れていかれる悪党三人の背中を見送りながら、俺達は衛兵の一人に頭を下げられる。
「協力、感謝します!」
「いえいえ」
「そいつら女性を浚おうとした人攫いなんで、ギリギリまで追い込んで仲間の情報を引き出してください。少々過激な尋問でも問題ないっすよ」
「さ、サイトさんったら……」
俺が情報を付け加えると、カルミアちゃんが若干引き気味になる。
衛兵の一人は苦笑いを浮かべて言った。
「はは……これまでに似たような被害届けが出ていますので、こちらもしっかりと調査させて頂きます」
「頼みますよ。じゃあ俺達はこれで――行こうぜ、カルミアちゃん」
「はい!」
俺達が衛兵の人達に背中を向けると、背後に立っていた女性と目が合う。
俺達が助けた女性だ。
女性は俺達二人を見て深々と頭を下げる。
「お三方は私の命の恩人です。本当にありがとうございました」
「あー……いや、無事で良かったっす」
「今度、外に出る時は誰か護衛を頼んだ方が良いと思います。物騒ですから」
カルミアちゃんはそう忠告すると女性は頷き、「私を保護してくださった金髪の女性にも『ありがとう』とお伝えください」と言葉を付け加えた。
その女性に「伝えておきます」と言って俺達は女性と別れて俺達は留置所を出た。
留置所を出ると馬車を預けに別行動していた女神様が俺達を待っていた。
「要件は終わりましたか?」
「はい、女神様」
「助けた女の人、俺達にすげぇ感謝してたよ。女神様にも『ありがとう』ってさ」
「そうでしたか。彼女も無事で何よりです」
女神様は女性の事を気遣いながらニコリと笑う。
「んじゃあ、とりあえず宿を取りに行くか」
「そうですね。今なら日も高いですし、問題なく宿も取れるでしょう」
「で、カルミアちゃん。その例の宿の名前を思い出した?」
俺はカルミアちゃんに尋ねる。彼女はすぐに答えた。
「えーっとですね……確か……『ラフレシアンの宿屋』です」
「ちょっと嫌な名前だな……」
「では、その宿屋の噂も気になりますし、今日はそこに泊まりましょうか?」
「ま、良いんじゃね?」
「私もそれでいいと思いますっ」
俺達三人はそう結論を出すと、街行く人達に道を尋ねながら”ラフレシアンの宿屋”へ向かった。
だがしかし……。
「折角来て頂いたのに申し訳ございません。今日の部屋は全て埋まっていまして……」
受付の女性は申し訳なさそうにそう答えた。
「マジか? まだ日も高いのに……」
「実はこの宿の噂を聞きつけて訪れた旅人の方々が後を絶たず、ここ連日ずっと同じような状況でして……新規のお客様が入れない状況が続いているのです」
「えっ? ずっとですか……?」
「はい……」
受付の女性が更に申し訳なさそうな表情でそう説明するとカルミアちゃんは驚いた表情になった。俺達の会話を静かに聞いていた女神様は受付の女性に質問する。
「……そこまで評判ということは、この宿に泊まると不思議な夢を見るという噂は本当なのですか?」
「……ええと、その……」
受付の女性は女神様の質問に言葉を詰まらせる。
「……? どうかしたんすか?」
「確かに、そちらの女性の言うような噂がお客様の間でまことしやかに囁かれていますが……当宿はただの宿屋でありまして、そのような夢を見せるような魔法は一切使用しておりません」
「え? でも……」
「つまり、アンタら店の従業員も理由が掴めてないって事か?」
「はい、噂は知っていますが……宿が賑わうのは有り難いのですが、正直好ましい状況とは考えていないのです……」
「不思議な事もあるもんだなぁ……まぁ大変なのは分かったよ」
「……」
俺が感心していると女神様が黙り込んだ。
「めがみさ――……し、失礼しました……どうかしたのですか?」
カルミアちゃんは女神様に声を掛けようとするのだが、人前で『女神様』と口にしてしまうのを躊躇って慌てて言い直した。
「いえ、少し考え事をしていただけです」
「……そうですか?」
カルミアちゃんは首を傾げながらそう答えると、俺は言った。
「まぁ泊まれないから仕方ないか……。悪いんだけど他の宿の場所を教えてくれないかな?」
「はい。お詫びに街の地図をお渡ししますので……この宿から――」
俺達は受付の女性に別の宿の場所を教えて貰って、部屋が空いている宿を探すのだった。
◆◇◆
それから俺達は教えてもらった宿に辿り着いて、三人分の個室を無事に確保することが出来た。
「はぁ……やっと、落ち着ける場所に辿り着いたな……」
俺はベットにダイブしながらそう呟く。疲れたしこのまま寝てしまおうかと思ったのだが、すぐに俺の部屋の扉を誰かがノックする。
「サイトさーん、ご飯食べにいきましょー」
「疲れてるでしょうが、少し話があるので付き合ってくれませんか」
部屋の外から二人の見知った女性の声が聞こえてくる。
カルミアちゃんと女神様だ。
「ああ、分かった」
本当は寝たかったのだが、美女二人の誘いとあらば行かないわけにもいくまい。俺は微睡を振り払い立ち上がって、床に置いた剣を腰に下げて部屋を出る。
部屋を出ると二人は顔を揃えて俺を待っていた。
「お待たせ」
「あ、来ましたね。じゃあ行きましょう」
「……と、その前に」
俺とカルミアちゃんが歩き出そうとすると、女神様が言った。
「人前で”女神様”と口にすると不味いですね……少し呼び方を変えましょう」
「あ……さっきはすみません……」
カルミアちゃんはラフレシアンの宿の時に『女神様』と口にしかけた事を謝罪する。すると女神様は首を横に振って「気にしないでください」と言う。
「……そうですね。神名を口にすると相変わらず妨害を受けてしまいますので……ひとまず、私の事は『ミリアム』とでも呼んでください」
「分かった。じゃあこれからはアンタの事を『ミリアム』って呼ぶわ」
「ミリアム様……ミリアム様……はい、了解です」
俺とカルミアちゃんは納得して頷く。
「ふむ……名前に慣れる必要がありそうですね。では早速出ましょう」
女神……いや……ミリアムはそう言って歩き出した。
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