第36話 悪人に明日を生きる資格は無い
”普通の村”から出立したサイト達一行。
次の目的地はグリムダールと隣国を繋ぐ国境の街”グリザリユ”。
村を出て三日ほどの旅路を経て、俺達はグリザリユまであと数時間の距離まで来ていた。
「もうすぐグリザリユですかー」
馬車に揺られながら、カルミアちゃんは目を輝かせながら窓の外を見る。
その隣で彼女のはしゃぐ様子を見守る女神様。ちなみに俺は御者席で馬車を操縦中だ。
そんなカルミアちゃんに女神様は質問する。
「カルミアさんはグリザイユに来たことはあるのですか?」
「いえ、私も初めてなんですよ。でもグリザイユは面白い噂話を聞いていて来るのを楽しみにしてたんです」
「……面白い噂?」
「はい。グリザイユにある宿屋に纏わる話なんですけど……」
「宿屋? そこになんかあんの?」
俺も少し興味があったので馬車を操縦しながらカルミアちゃん達の方をチラリと振り向く。
「えっとですね。その宿に泊まると不思議な夢を見るそうです」
「夢ねぇ……?」
何だろう。夢占いとかそんな感じの話か?
確かにカルミアちゃんはそういう話が好きそうではあるけど……。
「ちなみに、どういう夢かは知ってるんですか? カルミアさん」
「ええと……」
女神様はカルミアちゃんにそう質問するが、カルミアちゃんは少し考えた後に俺の方に視線を向けてイタズラっぽい表情を浮かべる。
「知らない方がドキドキワクワク出来て楽しいかもしれませんよ? サイトさん、今教えてほしいですか?」
「……ほほぅ?」
ドキドキ……ワクワク……だと……?
「それってもしかして何かエロい体験とか――」
「砕斗、過激な発言は控えるように。彼女はまだ未成年ですよ」
俺が興奮気味にカルミアちゃんの言葉に食いつくと、女神様はにっこりと笑って圧力を掛けてきた。
「はいはい止めときますよー……でも意図的に夢を見せられる宿なんて一体どんな所なんだろうな。この世界には他人に夢を見せる魔法でもあんの?」
「夢を見せる魔法……私のような神なら夢の中に干渉する事は可能ですが、魔法となるとあまり聞いたことが無いですね」
「ん? って事はアンタは出来んの?」
「今の私はちょっと制限が掛かっているので難しいですが……」
「……そういえば女神様。以前にそんな事を言ってましたね。制限って一体どういう理由なんでしょうか」
「……それは」
カルミアちゃんがそう質問すると、女神様は言い辛そうに口を噤んだ。
……俺達を助けるために無理して地上に降りてきたらしいからな。カルミアちゃんには言い辛いか。
俺は話を逸らすためにカルミアちゃんに質問を投げかける。
「あー、カルミアちゃん。その宿屋の名前ってなんつーの?」
「えーっと、何だったかなぁ……花の名前だった気がするんだけど……」
カルミアちゃんはうろ覚えなようで頭を傾げて思い出そうとしていた。
……と、そこに。
「……ん、何だ。アレ?」
俺は向かう先の道のど真ん中で、ガタイの良い三人の男達が一人の女性に絡んでいる現場を目撃した。
最初、道を尋ねているのかと思ったが、よくよく見ると男が女性を無理矢理何処かに連れ去ろうとしていることが分かり、俺は慌てて馬車を停めて現場に走っていく。
「おい、お前ら何やってんだ!!」
「ん?」
「しまった、目撃者か!」
俺が声を掛けると男達はこちらの方に振り向いた。そして、俺達の方を見てやや怯んだ様子を見せるが、すぐに手に持った武器に手を掛けて臨戦態勢に入った。
「ちっ! 見られたからには生かしちゃおけねえ!!」
「悪く思うなよ!」
げっ、マジかよ……!
まるで人攫いのように見えたがマジモンのヤバい奴らか。
……っていうか、コイツ等もしかして……!
「……お前ら、”黒炎団”か……!」
「……チッ」
男の一人が俺の言葉に反応して舌打ちをする。俺の言葉を聞いて、絡まれていた女性の肩がビクリと震えて恐怖の目で男達を見る。
「知ってるぜ。お前ら旅人から金銭に毟り取るばかりか、誘拐や人身売買を行うクズ集団らしいじゃねーか。その女の人も同じ目に合わせるつもりか?」
「……なんだテメェ? 偉そうに」
「おい、さっさとこいつ殺して女を連れてくぞ」
「ああ。見られた奴全員殺せば証拠なんて残らねぇよ」
男達はそう言いながら俺を取り囲み、戦闘態勢を取る。俺は腰に添えた剣を取り出しながら視線を女性に合わせたまま動かさずに、声を出さずに目力で女性に指示を出す。
”に・げ・ろ”……と。
「!!」
俺の無言のメッセージを理解したのか、女性は男達の隙を見て一目散にこの場から逃げ去っていく。
「ちっ……あの女、逃げやがったか」
男の一人が舌打ちをするが俺はそれを気にも留めずに目の前の男達に視線を向ける。
「……ったく、仕方ねぇ。目撃者は消すって決めてんだ……」
「ああ、そうだな」
「じゃあな。恨むなら俺達じゃなくて自分の不運を恨みなぁ?」
男達はそう言いながら武器を抜いて俺に向かって襲い掛かってきた。
……が。
「成敗っ!」
「なんだ……ぐはっ……!!」
俺の背後に位置していた男が、突然奇襲を受けて倒れてしまう。
残った男達が驚いてそちらに視線を向けると、そこには男達の視点からすると突然現れたカルミアちゃんが短剣を持って立っていた。
背後の男は彼女に背中を斬られて倒れてしまったのだろう。彼女の短剣には僅かな血が付着していた。
「何だ、このガキ……!?」
「おい、ガキ相手に不意打ち喰らってんじゃねーぞ!」
残った男二人は突然に奇襲に驚いたのか、焦った様子で突然現れたカルミアちゃんから距離を取る。
「く、クソォ……っ……助けてくれ……!」
彼女に倒された男はまだ意識があるようで、残った男達に助けを求めて手を伸ばす。
しかし……。
「ち、使えねぇ奴だ」
「こんなガキにあっさりやられる奴なんざ”黒炎団”の構成員に相応しくねぇ、てめぇは用済みだ」
「そ、そんな……!」
男達二人に見捨てられた男は、そこで意識を失う。
そこでカルミアちゃんは俺の方に駆け寄ってくる。
「大丈夫、サイトさん!?」
「ああ、俺は大丈夫だ。それよりも女性が何処行ったのか気になるんだが……」
「それも大丈夫です。女神様がその人を保護してちゃんと逃がしましたから……」
「なら安心だな。……にしても、自分達の仲間をあっさり切り捨てるとか、救いようのねぇ奴らだな……」
俺は残った二人を睨みつける。
数は二人……片方は手斧でもう一人は剣を所持してる。
カルミアちゃんに任せきりってわけにもいかないか。
「カルミアちゃん。一人は任せていいか?」
「はい。こんな悪人は私が成敗しますっ!」
カルミアちゃんは威勢よくそう言いながら、短剣を両手に構えて男二人と相対した。
「く……ガキが……!」
男の一人がカルミアちゃんを睨みつけながら前に出る。
そして、俺は残ったもう一人の男と相対する。
「クソが……」
「クソはテメェら”黒炎団”だろ。おら、さっさと掛かって来いよ、人攫いが!」
俺は敢えて挑発して相手の冷静さを奪う。
すると、男は額に青筋を浮かべて武器のオノを振り上げてきた。
「っざけやがってぇぇ!!」
男は怒りのまま俺に向かってオノを振り下ろしてくる。そこまで俊敏ではないのでその攻撃を俺は後ろに下がって回避に成功する。攻撃を空振りした男は地面にオノを叩きつけてしまう。
「何が『構成員に相応しくない』だ。テメェもクソ雑魚じゃねーか」
「なっ!」
俺の挑発に切れて男は地面に叩きつけたオノを持ち上げようと力を込めるが、俺は奴の両手の上に勢いよく右足を置いて奴の手の甲を踏み潰す。
「ぐあっ……!」
「テメェみたいなクソ野郎に容赦しねぇ、その両腕貰うぜ」
俺は身動きを封じた男の両腕を剣で容赦なく切り裂く。
「ぎゃあああああ……!!」
俺の剣によって両腕を斬られた男は噴水のように血を撒き散らして、悲鳴を上げながらオノを手放してしまう。更にその男の顔面に回し蹴りを叩き込む。
男はそのまま地面に転がり両腕の痛みに悶えながら苦悶の声をあげる。奴の両腕は辛うじてまだ繋がっていたが、放っておけばいずれ両腕を失う事になるだろう。
こいつらの腕がどうなろうと知ったことではないが、カルミアちゃんが気にするだろうし、後で女神様に言って最低限治療してもらうとしよう。
「カルミアちゃん、こっちは終わった。そっちは――」
俺はカルミアちゃんに声を掛けるが、とっくに勝負は付いていたようで、残りの男は頭に大きなたんこぶを作って地面に倒れて失神していた。
どうやら、短剣の柄頭で思いっきり殴って気絶させたらしい。無血で勝負を決めるのは流石カルミアちゃんだ。
「――全然、問題なさそうだな」
「悪人なんかに勇者は負けたりしませんっ」
カルミアちゃんは短剣を腰に差した鞘に納めながら、俺にVサインを向けてくる。そんな可愛らしい彼女の笑顔に俺は毒気を抜かれてつい笑ってしまった。
「さて……」
俺は剣を鞘に納めて痛みに悶えて地面に転がってる男を睨みつける。
「情報を吐かせた後に衛兵に引き渡してムショ送りだ。覚悟しとけよ」
俺はそう宣言すると、男達の両腕を拘束して馬車に引きずって行くのだった。
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