第35話 100戦目
数日後、旅の準備は十分に整ったので俺達三人は村を出ることにした。
そして、出立のその日の早朝にて。
俺とカルミアちゃんはいつもの場所で剣を構えて向き合っていた。
「サイトさんとこうやって手合わせするのもしばらく出来なくなりますね」
「ああ、そうなるな」
ほんわかした雰囲気で話しかけてくるカルミアちゃんに軽く返事をしつつ、俺は彼女の隙を伺う。コボルトの巣穴で自分の実力が上がっている事を自覚した俺は、今まで萎えていたモチベーションを取り戻して気合いを入れて訓練に臨むようになった。
彼女との手合わせの今までの勝敗は99戦0勝99敗。
悲しいまでの惨敗具合で実力差は明確だが、それでも彼女に一度でも勝ちたくて挑み続けている。
俺が剣の素人という事もあり、最初の20戦程度はまともに剣を交える事すらなく一撃でノックアウトされ、50戦くらいになるとどうにか打ち合いが出来るようになったが、カルミアちゃんの剣の技量と俺では雲泥の差があった。
そこから少しずつ彼女の動きを観察し、自身の無駄な動きを削ぎ落す事で徐々に勝負が長引くようなる。それを何度も繰り返して挑み続けてなお負け続けてついに100戦目を迎えた。
しかし、今日こそは彼女に一矢報いたい。
俺が強くなることを自分のように喜んでくれて、俺がいつ勝負を挑んでも笑顔で応じてくれた。
そんな優しい女の子に、俺は彼女に感謝の気持ちを込めて勝ちたい。
「行くぜ、カルミアちゃん。今日こそ絶対勝たせてもらう」
「!!」
そう言いながら俺は剣をやや水平に構えて最初の一歩を踏む出す。
カルミアちゃんは俺を迎え入れるように防御の構えを取って右足を一歩後ろに下げる。
俺は遠慮なく水平に構えた剣を右から左に払って攻撃。
流石にこれだけの勝負を続ければ自分と彼女のリーチくらいなら把握している。
カルミアちゃんは俺の払い攻撃をガードして、しばらく硬直状態になった後に俺の剣を弾いて反撃に転じてくる。
――予想通り。
剣を弾かれたが彼女の反撃は想定済みだ。俺は弾かれた剣を力で強引に引き戻す。そして彼女の振り上げた剣に合わせて彼女の手首を狙って剣の腹で叩く。
「!?」
カルミアちゃんは一瞬驚いたが、驚異的な反射神経で手首の位置をずらして俺の剣を自身の剣にぶつけて相殺する。
攻撃を防がれた俺は態勢を立て直すために、バックステップで背後に下がって中段の構えを取る。
一方、彼女は俺の構えを恐れずに一呼吸した後に即座に距離を詰めてくる。
おそらく彼女の頭の中には、今までの99戦した俺との戦いの記憶で次にどういう攻防が繰り広げられるのか予想しているのだろう。
彼女は次に横薙ぎの攻撃を行ってそれを俺はガードする。
それと同時に彼女は俺の側面に回り込んで、俺は距離を取ろうとするが彼女の剣が跳ねるように下から上に振り上げられる。
顔を狙われた俺は大きく仰け反って回避するが致命的な隙を晒して彼女に懐に入られてそこで終わりだ。
そう、そこまでの過程は俺も理解できてる。
その展開に持ち込まれた時点で反射神経が彼女に大きく劣る俺は負けが確定になる。
なので、ここでその流れを断ち切って速攻で勝負を付ける。
予想通り彼女は横薙ぎの攻撃のモーションに入ろうとしたその瞬間、俺は中段の構えを敢えて解除する。
「なっ……」
一瞬、困惑した彼女の隙を狙って俺は自分の左足を地面に引っ掛けて、彼女に土砂が飛ぶように蹴り上げる。
「わっ!」
カルミアちゃんは反射的に剣を持たない左手で顔を庇い、目や口に砂が入らないようにガードする。
両腕を使わせることは失敗したが、これで彼女の攻撃動作が遅れて隙が出来た。
「――っ」
俺はそこで彼女に斬り掛かる。彼女もそれが分かっていたのか、すぐに俺の剣を防ごうと右手のみで剣を動かして俺の攻撃をガードしようとする。
今の攻撃は俺のフェイント。
俺の狙いは彼女に直接斬り掛かるのではなく、彼女の持つ剣だ。
片手で顔を庇っていたので彼女の態勢は崩れており力が入っていない。
剣速が伴っていない彼女の剣に向けて自身の剣を叩きつける。
「あっ……」
すると、衝撃で彼女の剣が弾かれてしまい、彼女の手から離れる。
彼女は右手を動かして空中で剣を掴み取って構え直そうとするのだが、流石にそれは俺レベル相手でも十分致命的な隙になる。
必死に剣を掴み取っている間に俺は距離を詰めて彼女の喉元に剣先を突き付けた。
彼女は一瞬目を瞑るが、すぐに目を開けて俺と視線が合う。
「……あっちゃあ、私に負けちゃいました」
その言葉を聞いた瞬間、俺は剣を彼女から引いて鞘に納める。
そして感情を爆発させる。
「……よっしゃあああ!!!」
思わず叫んでしまった。100戦目にてようやく勝ち星を拾えたのだ。
おそらく今回のは二度と通じない奇策だっただろうが、それでも嬉しいものは嬉しい。
「あはは、凄く嬉しそうですね」
「そりゃそうだよ。今まで99回負けてた相手にやっと勝てたんだから。それに勝った時のご褒美もあるし……」
「え、ご褒美ってなんですか?」
カルミアちゃんはキョトンとした表情を俺に向ける。
どうやら、最初の手合わせでした時の約束を彼女は忘れているようだ。
「忘れちゃったのか?カルミアちゃん『負けたらサイトさんの好きにしてください』……って顔を赤らめながら言ってたんだよ?」
「あれ? そんな事言ってました?」
「言った」
「なんか微妙に意味合いが違ったような……?」
「気のせいだよ」
「っていうか、顔を赤らめてた覚えが無いんですけどぉ……」
「俺にはそう見えたから事実だよ」
実際は顔なんて全く赤らめてなかったが『言う事をなんでも聞く』という約束なので何も問題はないはずだ。彼女の言うように意味合いが変わってるけど。
「さ、約束を守ってくれないとなー?」
「うーん……なんかちょっと違う気がしますけど……分かりましたっ!」
よっしゃ!!カルミアちゃんとあんな事やこんな事を……ぐへへっ。
俺は心の中でガッツポーズをする。
そんな邪な想像をしている俺を他所に彼女は胸を張って「では、なんでも言ってください」と自信ありげに言った。
「よぉし……それじゃあまずは――」
「――まずは、そろそろ時間なので村を出ましょうか」
俺が要望を口にしようとすると、そこに第三者の声が割り込んできた。
後ろを見ると、女神様がニコニコした表情で俺達を見ていた。
「あ、女神様。おはようございます」
「おいおい、折角の良い所なんだから邪魔すんなよ女神様よぉ」
俺は邪魔された感情を隠そうとせずに女神様に食って掛かった。
だが、女神様はそれを気にした様子もなく、
「もうそろそろ出発の時間なので、村を出ましょうと二人に伝えに来たのですが……お邪魔だったでしょうか?」
「すっごい邪魔だから酒場にでも行ってて」
「ちょ……サイトさん、流石に女神様に失礼過ぎますよっ!」
俺の言葉にカルミアちゃんは慌てた口ぶりで俺に注意を促してくる。
「別に構いませんよ。彼と私にとってはいつも通りの態度なので慣れてしまいましたし」
女神様はそう言いながら俺の方を見る。
「さっき来たばかりなので状況の全てを理解していませんが、もしかしてカルミアさんに勝てたのですか?」
「ああ。だから約束を守ってもらおうとしてんだよ」
「なるほど、結構です。それで何をお願いしようとしてたんですか?」
「そりゃもう普段出来ないエロい事を……」
「……」
「……」
俺がそこまで言うと二人が路傍の石ころを見る様な虚無の表情で俺を見つめてくる。
「……間違えた。これからももっと仲良くしようって言おうとしたんだよ」
「なんだ、そうだったんですねー♪」
「(その言い訳は無理矢理過ぎませんか……砕斗……)」
カルミアちゃんはにこやかな表情で俺を見つめてくる。女神様はバレバレを嘘に気付いて睨んでくるが俺は敢えてそれを見なかった事にする。
「では、そろそろ出発しましょうか」
「はい。女神様」
二人はそう言いながら俺を置いて馬車の方へ歩き出す。
「……馬に蹴られちまえ。クソ女神め」
『聞こえてますよ』
聞こえないように吐いた罵倒に念話で突っ込まれる俺。
こうして俺達は”普通の村”を出て旅を再開するのだった。
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