第33話 コボルトの巣
次の日の朝。
サイト達はコボルト討伐の任務を果たすために目的の洞窟に訪れていた。
「……村から10キロ離れた南西の洞窟……この辺りだと思うんだが」
「サイトさん。あっちにそれっぽい場所がありますよ!」
サイト達は渡された地図を確認しながら洞窟の入り口の位置を特定する。
女神は洞窟の入り口に近付いて中を覗きこんでいた。
「おーい、そんな不用意に覗きこんで大丈夫か?」
「一応これでも警戒はしてますよ……聞いていた通りそれなりの規模のようですね」
女神は中を覗き込んだ後、少し思案して二人に向き直る。
「では、私はこの辺りで待機していますので、もし何かあればサイトさんは念話で私に連絡を入れてくださいね」
「おいおい、マジでアンタ来ないのかよ」
俺は少々不安で付いてこない女神様に不満を漏らす。
「おや? やっぱり私が居ない不安ですか? ふふふ、普段あんな強気なのに可愛いものですね」
「そ、そんなわけないだろ……カルミアちゃんが居るし平気だよ」
「声が震えてますよ?」
「ち、違うし! 武者震いって奴だよ」
「さ、サイトさんってば……」
カルミアは精一杯虚勢を張るサイトを見て少々複雑な気持ちを抱いていた。普段の彼はどんな状況でも強気なイメージなのだが、すっかり自分のせいで弱気になってしまったようだ。それを見て、カルミアは絶対に彼に自信を付けさせようと心に誓う。
「ふふ、ならそんな砕斗に少しだけ力を貸してあげましょう」
女神様はそう言うと、俺とカルミアちゃんに何かまじないのように言葉を紡ぐ。
すると、俺達二人の周りに小さな光の粒が舞い始めた。
「うわ、何だコレ?」
「片手が塞がっていては戦闘は以ての外ですし、満足に探索も出来ないでしょう。それがあれば松明の代わりになると思います」
「ありがとうございます、女神様」
「……まぁ、これなら多少はマシか。一応、感謝しとく」
「ええ、どうも。二人が無事に帰ってくることを祈ってますよ」
俺が女神にぶっきらぼうに感謝し、カルミアちゃんは軽く頭を下げる。俺達の準備が整ったところで、いよいよ洞窟内に足を踏み入れた……。
◆◇◆
――コボルトの隠れ家にて――
女神様と別れて、俺とカルミアちゃんの二人で洞窟内に足を踏み入れる。洞窟と聞いて戦々恐々としていたが、意外と崩れる様な様子は無く足場もそれなりにしっかりとしていた。
ただ少々狭いせいで彼女と二人で横に並んで歩くことは難しい。なのでカルミアちゃんは俺の後ろを歩く。
「……光源があるとはいえ狭いな……流石洞窟ってやつか」
「サイトさん、あまり足音を立てない方が良いです。洞窟の中は響くので足音で敵に気付かれる恐れがあります」
「お、おう……そこまで意識が回らなかったよ。ありがとう、カルミアちゃん」
「ううん、気にしないで……。それと、もし戦闘になったら大ぶりで剣を振り回すのは避けてください。万一、洞窟の壁に剣がぶつかってしまうとそれが致命的な隙になりかねません」
「わかった。気をつけるよ」
彼女の言う通り、洞窟内では大きな動きが出来ないので勝手が違う。
しかし、流石カルミアちゃん。
普段はあんなポワポワなのに敵地となれば頼りになる。
カルミアちゃんに配慮されながらも慎重に歩を進めて進む事、暫くして……。
「……ん?」
ふと、何か物音が聞こえた気がして足を止める。
「サイトさん、どうしたの?」
「……いや、今なんか音しなかった?」
「音……」
カルミアちゃんは俺の言葉を聞き、耳を澄ましてみる。
「……壁」
「え?」
「少し遠くから、壁叩く様な音が聞こえました。多分、コボルトの仕業だと思います」
「なんでそんな事を?」
「コボルトは地下や洞窟に住み着いて、自分達の巣を広げるために洞窟を掘っているって話を聞いたことがあります」
「壁を叩く音ってのは、要するに掘削作業って事か」
俺はカルミアちゃんの言葉に納得する。……だが、待てよ。
「しかし、それってさ。もしかしたら掘削中の壁が突然崩れてコボルトと遭遇する可能性もあるよな?」
「はい。なので洞窟の中では僅かなノイズも聞き逃すのは危険です」
「マジか……」
ゲームでダンジョン探索はよくあることだが、自らダンジョンを広げて奇襲を掛けてくる魔物などそうそう居ない。
リアルが創作を上回ったと喜ぶべきか、リアルがゲームに追いついたと嘆くべきだろうか。
「――っ、サイトさん」「!」
カルミアちゃんの一瞬息が詰まったような吐息。そしてすぐに俺の名前を呼んだ。
それを聞いて、彼女が俺に警告を促している事を察する。
俺は暗闇の向こうを睨みながら、音を立てないようにゆっくり鞘から剣を取り出して腰を低くして構える。すると俺の視界の先には……暗闇の中で光る二つの目が見えた。
「あ、あれがコボルト……?」
「……」
俺の後ろで、カルミアちゃんがコクリと頷く気配がした。
暗闇で判り難いが、なるほど確かに犬の様な顔をして全身に体毛が生えているが、人間のように二足歩行で歩いている。
その手には、掘削作業で使っていたと思われるハンマーが握られていた。
「……っ!」
あ、あんなもので殴られたら……!
俺は自分がコボルトに殴打された光景を想像して身震いして無意識に後退してしまう。
しかし、そんな臆病な俺の背中に彼女の温かい手が触れた。
「……大丈夫、サイトさん。今のサイトさんは前よりも強くなってます」
「……で、でも」
「貴方に剣を教えた私が保証します。……だから、勇気を持って」
「!!」
その言葉に俺は臆病になってた気持ちを奮い立たせる。
そうだ、コボルトが相手だからって尻込みしている場合じゃないぞ。
こういう時くらい彼女にカッコいい所を見せないと男が廃る!
「ありがとうカルミアちゃん。お陰で腹が決まったよ」
俺のお礼の言葉に彼女は、いつもの屈託ない笑顔を見せてくれた。
……そうだ。彼女にはずっと勝てなかったが、この三週間近くの間、俺はずっと剣を磨いていたのだ。
なら、こんなその辺でエンカウントしそうな魔物に苦戦している場合じゃない。凡人とはいえ俺は勇者カルミアちゃんの相棒だ。
「――よし、行くぞ」
俺は静かに気合いを入れて突きの構えに切り替える。
この型は最近カルミアちゃんに教えてもらったが、この狭い洞窟では最も有効だろう。
奴の持つハンマーの威力は分からないが射程はそこまで長くない。
俺の持つロングソードの射程圏内まで接近出来れば確実に先手を取れる。
「カルミアちゃん、ヘマしたらフォローお願い」
「はい、サイトさん」
俺は背後の彼女に合図を出して――そのまま足音を抑えて奴に走り寄る。
「はぁぁぁぁ!」
「ワォン!?」
そして、気合を込めた突きをコボルトに繰り出す。コボルトも片手に背負ったハンマーを振り上げるが―――速度を増していた分、俺の一撃の方が早い!
「ギャイン!?」
俺の一撃は奴の心臓を貫き、そのままコボルトに体当たりして押し込んで壁に串刺しにする。そして完全に抵抗が無くなったことを確認すると、俺は奴の身体から剣を引き抜いてその場から離れる。
「……やった?」
「はい、サイトさんの完全勝利です」
いつの間にか俺の傍に駆け寄っていたカルミアちゃんが俺の肩を叩く。
「コボルトは体格も大きくて扱う武器も強力だからゴブリンよりずっと強いんです。でも、サイトさんはそんな敵を反撃を許さずに一撃で倒しました」
「そ、そうか……」
どうやら目の前の敵は俺にとってはそれなりの強敵だったらしい。
その割には随分とあっさり倒せた気がするが……。
「えへへ、サイトさんが強くなったって事ですよ」
「お、おう……」
俺の戸惑いを余所に、カルミアちゃんは俺よりも嬉しそうだ。
「この調子で残りも倒して行きましょう。いつ飛び出してくるか分かりませんから慎重に……です」
「……そうだな、よし」
俺はコボルトの血が付着した剣を布で拭う。
そして鞘には収めずにそのまま歩き出したのだった。
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