第32話 テンション下げ下げ
更に一週間が経過し――
俺とカルミアちゃんは相変わらず剣の特訓に明け暮れていた。
相変わらず彼女には勝てていないが、基礎が身に付いていったおかげか、日を追うごとに彼女との手合わせの時間が長引くようになっていった。
……しかし、結果は散々な事になっていた。
「ありがとうございましたー」
「はいはい、ありがとうござっしたー……今日は5戦5敗かぁ……」
「通算で私の82戦82勝0敗ですねー」
このまま100戦して引き分けにすら行かなかったら流石に心が折れてしまいそうだ。
「でもでも、最後の一戦は結構苦戦しましたよー」
「あー、うん……ありがとー」
カルミアちゃんの優しいお世辞に俺は苦笑いしながら答える。
「むむぅ……」
「さ、次はカルミアちゃんの魔法の特訓だろ? 付き合うから早くやろう」
「はぁーい……」
………。
◆◇◆
その日の夜の事。
カルミアはサイトに内緒で女神の部屋に訪れて、とある相談を持ち掛けていた。
「……砕斗が最近素っ気ない?」
「……はい」
女神とカルミアは彼の前ではあまり見せない神妙な表情でそう話す。
「サイトさん。私の特訓にも文句言わず付き合ってはくれるんですけど最近少し淡泊っていうか……。
以前までは私との手合わせに負けても、悔しがって再戦を申し込んでくれたんですけど、最近はそれも減って……もしかしたら私と戦っているのが理由なのかなって……」
「なるほど……負け続けているせいで以前より熱が入っていない。だから自信を付けさせてあげたいと……そういう意味ですね?」
「はい。女神様にこんな事を尋ねるのは失礼だと思いますが、私ではどうすれば彼のやる気を引き出せるのか見当も付かなくて……」
カルミアのその問いに、「いえ、構いませんよ」と優しく微笑む。
「……そうですね。負けが込んでいるのが理由なら、一度彼に勝たせてあげればいいのでは?」
「それは出来ません」
「何故です?」
「剣の勝負に手を抜くのは相手に失礼だと思います」
カルミアは真剣な表情で女神の提案を拒否する。女神は彼女の言葉に少々のやり辛さを感じながらもその意図を考える。
「(確かに彼は案外勘が鋭いので、彼女が手を抜くと気付いてしまうかもしれませんね)」
それはそれとして、彼女がここまで生真面目なのは意外だったが。
「彼の剣は日を重ねるごとに鋭くなっているんです。実際、今日の最後の手合わせは長引いて彼の集中力が切れたところで隙を突けたくらいでした。
でも彼にその事を言ってもお世辞だと思われてしまってるんです。もっと真剣に鍛えれば、きっとかなり上達すると思うのに、このままだと彼は自分の成長を実感出来ないままで……なんとか彼のやる気を出させるにはどうしたらいいんでしょうか……?」
「うーん……」
女神は暫く考え込むと、小さく微笑んでカルミアに向き直る。
「なら実戦を経験するのが一番でしょうね」
「実戦、ですか?」
「ええ」
女神はそう言いながら歩き出して部屋の机の引き出しに手を掛ける。
「実は、あなた達の練習の成果を試す場が無いか酒場で情報収集してたんです。それで今日ようやく丁度良い場所が見つかりまして」
女神は開けた引き出しの中から、羊皮紙の紙を取り出してカルミアに見せる。
そこにはこの村の周囲の地形を示す手描きの地図が描かれていた。
「このバッテンの付いた場所ですか?」
カルミアは地図に描かれた一つの印を見て訝しがる。
「はい。コボルトという二足歩行するオオカミの様な魔物が住処にしている洞窟だそうです。
今は村に被害は出ていないようですが、長期的に見て早いうちに芽を摘んでおいた方が後々危険が無いという事で、村長さんが訪れる旅人に募集掛けているようです。報酬も出してくれるそうで旅の資金の足しになると思いますよ」
「コボルト……」
カルミアは女神の話を聞いて、少し俯いて思案し始める。
「彼にはまだ早いですか? 私からするとゴブリンと大差無いように見えるので貴女の見解を教えてほしいのですが……」
「……いえ、ゴブリンよりは一回り強力ですが一対一で戦うのであれば問題ないと思います。ゴブリンと違ってあの魔物は単独で行動することも多いので、今のサイトさんなら……」
「では、彼にこの話を持ち掛けてみましょうか」
「……ただ、コボルトは動きが素早く劣勢になると逃げだす事もあるので、下手すると逃げた先で応援を呼ばれてしまう可能性も……」
「なら、近くで貴女が逃げないように見張っているのはどうでしょうか。
話で聞くかぎりその場所はそこそこ深い洞穴の様なので、元々一人で挑むのは難しいと思います。基本的に貴女が周囲を警戒して彼に前衛を任せるのが良さそうですね。万一の時はカルミアさんが助けてあげてください」
女神はそう話しながら移動して部屋の扉に手を掛ける。
砕斗の部屋に行くつもりなのだろう。
「……女神様は一緒に来て下さらないのですか?」
「私が傍に居たら成長を阻害してしまう可能性もありますので」
「彼が心配じゃないんですか?」
カルミアにそう言われて女神は足を止めて彼女の方に振り返る。
「心配ですよ。でも私が傍に居るとウザがられてしまいますし……何より、彼は肝が据わってるので、いざとなれば私抜きでもなんとかしてしまうでしょう。私は入り口の近くで待機していることにします」
「……分かりました」
「では、おやすみなさい。私はこの事を彼に伝えてきますね」
女神はそう言って部屋を出ていってしまった。
一人、彼女の部屋に残されたカルミアは……小さく呟く。
「……やっぱり、サイトさんが傍に居ないと私……まだ……」
◆◇◆
サイトの部屋にて。
女神は早速、明日にでもコボルトの巣へ赴いて討伐しに行く話を彼に伝えた。
「というわけです。勿論、砕斗も来てくれますよね」
「やだ」
「……砕斗? か弱い女の子達二人に任せて、貴方一人のうのうと宿で惰眠を貪るつもりじゃないでしょうね?」
「いやいや、俺なんかが行ったら普通に死ぬって!」
「我儘言わないでください。普段、あれだけ私に偉そうにしておいて情けないですよ」
「それとこれと別、命あっての物種っていうだろ」
「(……本当にやる気が落ちてますね……さて、どう説得すべきか)」
彼の気を引く方法を考えてみる。
普段であれば彼の想い人であるカルミアの名前を出せば食いつくだろう。
しかし、その彼女の存在が今の彼にはやる気を削ぐ原因になっている可能性があるので慎重に考えないといけない。
「(これでは子供に言い聞かせる親の気分ですね……女神なのに……)」
まるで彼らの母親のようだ。と、女神は苦笑してしまう。
「……良いですか、砕斗」
「なんだよ改まって」
「私とカルミアさん。どっちが好きですか」
「カルミアちゃんに決まってんだろ」
――バシーン!
想像よりも0.5秒以上早い即答だったので、思わず平手打ちをかます女神。
「早い返答で何よりです」
「いや、何で叩かれたの?俺……」
突然叩かれた頬を押さえて困惑する彼に、女神は顔を作り笑いを浮かべて取り繕う。
「いえ、貴方の顔に蚊が止まっていたので」
「絶対嘘だよな、それ」
「……話を戻しましょう。今回の件、そこそこ高い報酬を貰えるのですが、実は村の人が貴方を指名しているのです」
「俺が?」
勿論嘘である。だが、そういうことにして女神は話を続ける。
「ええ、貴方が一生懸命、村を駆け回って修行に専念していたのを村の人達が見ていたのでしょう。貴女の頑張りに胸を打たれた村の人達が、『是非に』と私に持ち掛けてきたんです」
「ほ、ほぅ……? まぁ体力を付けるために毎日村の周囲を走り回ってたし、顔は覚えられてるかもな」
お、好感触。と女神は内心ほくそ笑む。
「(さて、もう少し彼のやる気を出させてあげたいのですが……)」
しかし、女神が彼に更なるやる気を出してもらう方法を考えていると――
「ちなみに、村の若い女の子も貴方の事を言ってましたよ」
「は? 行くに決まってんだろ」
「………」
想像以上の即答に女神は唖然としてしてしまった。
結局、気を良くした彼は、女神の要望通りに自身とカルミアの二人で明日の朝コボルトの巣へ向かう事になったのだった。
「(ちなみに、女の子の話も嘘ですが)」
彼がコボルトを討伐したと知れば、そういう女の子も出てくる可能性も無くは無いでしょう。
顔も悪くはありませんし……と女神は心の中でそう考えた。
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