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第31話 分からず屋

 更に一週間後――


「たああっ!!」

「てぇぇぇい!!」


 ガギンッ、とお互いの剣がぶつかり合い激しい競り合いを繰り広げる。


「サイトさん……前よりも粘るようになりましたねっ!」

「さ、流石に年下の女の子にいつまでも負けっぱなしなのはプライドが許さなくてね……!」


 ”普通の村”に滞在し始めて一週間。


 俺と彼女は毎日のように訓練を行い、その一環として彼女と手合わせをする機会が多くなった。


 お陰で少しずつ剣の腕が向上し、今では一度の手合わせに数合程度ならどうにか耐えられるようになった。が、しかし、あくまで粘ることが出来るようになっただけだ。


「でも、やっぱりまだ私が上ですっ!」


 カルミアちゃんがそう叫ぶと俺の剣は弾き飛ばされて手から離れる。

 そして俺が体勢を立て直す前に彼女の剣の切っ先が俺の喉元に突き付けられた。


「あー、やっぱ負けちゃったかぁ」

「やったー、これでサイトさんとの対戦で50戦50勝です♪」

「数えてたのか……」


 そう話しながら俺達は剣を鞘に納めて手合わせを終える。


 最近知ったのだが、カルミアちゃんは意外と負けず嫌いな所があるようだ。


 僅かでも拮抗する状態が出てくると、途端に手加減を止めて速攻で勝負を決めてくる。


 そのせいで女神様にアドバイスされた隙も俺が攻勢に回った瞬間に消えて無くなるので、結果的に俺の成績は上がっていない。


 結果、彼女の言う通り、俺の戦績は50戦0勝だ。


 ……俺、本当に強くなってるのか?


「なぁ、カルミアちゃんから見て俺の剣ってどう思う?」

「そうですねぇ……私が教えた『上段斬り』と『袈裟斬り』と『なぎ払い』は少しずつ形になってきてますよ。サイトさんは力があるので剣の振りは早いですし、多少強引にでも攻めてくるガッツもあって良いと思います」

「じゃあ、その攻撃で実戦を繰り返せば、俺はもっと強くなれるって事か?」

「うーん…………ゴブリンくらいなら勝てると思いますよ!」

「今の間は一体……」

「ええとですね……私も剣を習い始めた頃に騎士様に言われたんですけど……」


『キミは動きが機敏で鋭いが少々読み易い。時には緩急を付けて相手を翻弄したり、攻め以外の戦術を覚えてみると良い。ただ突進するだけの猪では剣士として三流。相手の間合いを考えて動くようになってようやく二流。一流ならば全てを見通しながら戦況を観察するものだよ』


 カルミアちゃんは、騎士の言葉を再現するように普段と違う声色で語る。

 おそらく騎士の声に似せようとしているのだろう。


「騎士様はそう言ってました」

「……なるほど。確かに俺は間合いの把握なんか全然出来てなかったな」


 何度か自分の剣が彼女に届かずに空振りしてしまい、そこをカルミアちゃんに突っ込みの如く一発喰らわされた経験がある。


 強いて言えば、彼女が近づくと一歩下がろうとするくらいか。


 それも間合いを取るというより、彼女が接近してくる=止めを刺しに来る、という認識で逃げていたので戦術的意図があるとは言い難い。


「騎士様が言うには、一流の剣士なら、一瞬で互いの間合いを完璧に把握して身体が勝手に動くんだとか」

「想像も出来ない世界だな……カルミアちゃんはどうなの?」

「え、私ですか……? えへへ……二流くらいですね」

「一流じゃないんだ?」


 俺がそう質問すると、カルミアちゃんは目をぱちくりさせる。


「いやいや、私なんか全然ダメダメですよ! 身体能力に物を言わせて誤魔化してるだけで剣士としては全然未熟で……騎士様と手合わせした時も、私は負け越してますし……」

「え、マジで? その騎士様そんなに強いの?」

「はい。本当に強いですよ。対人戦なら騎士団の中で一番だそうです」


 勇者に勝ち越すレベルって、もうお前が魔王倒しに行けよってレベルじゃん。


「なので、サイトさんも私と一緒に一流の剣士を目指しましょう!」

「生きてる間にそこまで到達できると良いなぁ……」


 カルミアちゃんはともかく、俺には一生無理そうな世界だ。


「さ、サイトさん。今日もいっぱい怪我したみたいだし、魔法の特訓お願いしていいですか?」

「いや、この怪我は大体カルミアちゃんのせいだけど……」


 俺は彼女にちょっとだけ悪態を付きながら、彼女のお願いを了承する。


「ではサイトさん、そこに座ってください」

「はいはい」


 俺は彼女に指示されて地面に座り込む。

 すると、彼女も俺の傍にしゃがみこんで俺の身体に軽く手を振れる。


「それでは行きます……はぁぁぁ……!」

「……!」


 彼女は俺に触れながら目を瞑り、大きく息を吐いて精神を集中させる。すると、彼女の手の平から緑色の光が広がって、俺の体全体を包み込むような感覚に襲われた。


「……どうですか?」

「……うん、体が軽くなった感じがする」

「えへへ……良かったです♪」


 彼女は嬉しそうに笑いながら立ち上がる。

 これが彼女が女神様に教わったもう一つの魔法。”<治癒>(ヒール)”だ。


 名前の通りに怪我を治す効果があるのだが、この魔法の練習をする為には誰かが怪我をしていないと具体的にどの程度の効果があるか把握しづらい。


 その為、俺と彼女が手合わせをして俺がそこそこボロボロになった後でないと練習が出来ないのであった。


「昨日と比べて効果はどうでした?」

「んー、ちょっと肩こりが治ったかも。ほら、腕もこんなに上げられるようになった」


 俺は彼女の前で腕をぐるんぐるん動かして見せる。


「むむ……微妙な変化ですね……」

「でも確実に効果は強くなってるよ。多少の擦り傷は目立たなくなったし……」

「女神様の<治癒>(ヒール)はサイトさんの腕を傷痕残さずに完治させたんだけどなぁ……」

「ああ、ゴブリンに襲われた時の話か……あれは凄かったね」


 あの時の女神様の治癒魔法は今の魔法とは比較にならないくらい強力だった。

 といっても、魔法の使えない俺からすれば彼女の魔法も十分過ぎる。


「うう、才能ないのかなぁ……私」

「いやいや、んな事無いよ。女神も『カルミアさんには才能がある』って言ってたし」


 俺がそう話すと、彼女は少しだけ考える素振りを見せる。

 そして上目遣いで俺にこう質問してきた。


「……サイトさんも、私には才能あるって思いますか?」


 ん、何故俺にそんな事を聞くのだろう? 一瞬、そう思ったが……。


「絶対あるよ」

「なんでそう言い切れるんです?」

「だってこの魔法、カルミアちゃんにピッタリじゃん。俺、キミと一緒に居るといつも心から癒されるし」

「……っ!」


 俺がそう言って彼女の頭を撫でると、彼女は顔を真っ赤にして固まってしまった。


「……? あ、あれ? カルミアちゃん……俺、何か変な事言ったか?」

「……あ……え……?」


 俺が声を掛けた後、数テンポ遅れてカルミアちゃんは我に返り、両手で顔を覆うように隠しながら俺から顔を逸らした。


「……ご、ごめんなさいサイトさんっ! 私、ちょっと外の空気吸ってきますね!」

「お、おう……ってか、ここ外なんだけど」


 俺がそう突っ込むよりも先に、彼女は立ちあがって物凄いスピードで走っていった。


「うわっ……はっや……」


 俺が村を駆け回る速度のおよそ二倍くらいの速度である。流石カルミアちゃん。


「……さて、終わったことだし、俺も帰るか」


 彼女の背中を見送ると、俺も立ちあがり村に戻っていく。

 そして宿に戻る前に、ふと酒場に立ち寄ることにした。


 ◆◇◆


 酒場に立ち寄ると、予想通りの人物がいつものカウンター席に座っていた。

 俺は黙って彼女の隣に腰掛ける。


「よっ、女神様」


 俺が隣の人物にそう声を掛けると、彼女は驚くことも無くこちらを見る。


「あまり人前で女神様って大声で言わないでくださいね。周りの目がこちらに集中してしまう」

「あー、それは考えてなかった」


 俺は周囲のテーブルから向けられる視線に気付くと、多少声を落として話を続ける。


「ってか、女神が毎日のように酒場で飲んでていいのか?」

「ほら、他のお客さんもまだ時間が早いのにお酒を楽しんでるじゃないですか。別に神様だからって酒を飲んじゃ駄目なんて事はありませんよ」

「さよか……まぁ俺もこんな時間に酒場に来てるから言えた話じゃないんだけどな」


 俺はそう言って一旦会話を打ち切ってカウンター席に置いてあるベルを鳴らす。

 すると酒場の店員がこちらに向かってくる。


「ご注文は?」

「果物サワーと、このチーズとウインナーの盛り合わせってやつを」

「はい、しばらくお待ちください」


 店員はメモに俺の注文内容を記載してそのままカウンターの奥に引っ込んでいく。

 そのタイミングでワインを飲んでいた女神様が話しかけてくる。


「それで、今日の特訓はどうでした?」

「八戦して全敗だった」

「ププッ……あ、いえ……失礼しました」

「笑った後に取り繕っても遅いからな、この性悪女神め」

「何日経っても一勝も出来ない砕斗(サイト)にも問題があるのでは?」

「うっさい。俺だって真面目に取り組んでるんだぞ。それでボロ負けしている俺に励ましの言葉の一つもないのかよ」

「あ、貴方の頼んだウインナー私も貰っていいですか?」

「励ます気ゼロじゃねーか」


 俺は軽く彼女に突っ込みを入れた後に、はぁ……と溜息をつく。


 すると店員が戻ってきて、さっき頼んだサワーとチーズとウインナーの盛り合わせを持ってきた。


「どうも」

「ごゆっくりどうぞ」


 店員はそう言って再び去っていく。

 そして俺はまずサワーを一口飲んで再びため息を付く。


「カルミアちゃんの事なんだけどさ」

「急にどうしたんです?」


 女神様は俺に返事をしながら自分のフォークで俺のウインナーを一つ持って行ってそのまま口に運ぶ。


「あ、これ美味しいですね」

「おい、勝手に食うなよ」

「いいじゃないですか。代わりに貴方も私のチーズ食べますか?」


 そう言って女神様は食べかけのチーズを俺の皿に一つ乗せてくる。


「……まあ貰うけど」


 俺は女神様に差し出されたチーズを口に放り込む。ワインを片手に持った女神様が何故か俺を凝視していたが、それはそれとして中々独特の味だな。


「それで、カルミアさんがどうかしたんですか?」

「いや、あの子、アンタに<治癒>(ヒール)の魔法を教わったじゃん。それで、手合わせ終わった後にいつも通り彼女に掛けて貰ったんだけど」

「ちゃんと実戦を積んでいるようですね」

「ただ、彼女。あんまり上達しないことに気にしてるみたいでさ……」

「まぁ治癒魔法は錬度の向上に時間が掛かりますからね。私からも焦らないようにとアドバイスしているのですが……」

「アンタが俺に使った時みたいに、一瞬で傷を治せるくらいにまで上達するのはどれくらい時間が掛かるんだ?」

「……アレに関しては私の魔力量も関係してますし、一朝一夕(いっちょういっせき)とは行きませんよ」

「だよなぁ……何とかしてやりたいんだけど」


 俺がそう話すと、女神様は小さく呟く。


「……本当、彼女には優しいですよね。私には辛辣なクセに」

「何か言ったか?」

「……いいえ、別に。どうしても早く成長したいなら外部的な手段で補う手も無くはないですが」

「外部的な手段?」

「ええ、魔力の籠ったアクセサリーや腕輪などです。この世界にはそういった類のアイテムが稀に見つかるそうですよ」

「なるほどなぁ、ますますゲームっぽい世界だ」

「……不具合(バグ)も見つかる不完全な世界ですし、ゲームではないですが、限りなくそれに近い状態かもしれません」

「ん、そういえばこの村でバグの修正はしなくていいのか?」

「それは大丈夫でしょう。今の所、それらしい不具合は無いようですし、あったとしても限りなく影響力は低いです」

「そか、ならここでの俺の仕事は無さそうだな」


 俺はそう言いながら皿にあるウインナーに盛り合わせてある溶けたチーズを贅沢にぶっかけて口の中に運ぶ。


 ウインナーのコリコリとした感触と中から溢れ出る肉汁の味。それに溶けたチーズの濃厚さが合わさり、正直美味しすぎてヤバイ。


「ウインナーとチーズの盛り合わせ……これ考えた奴は天才だな」

「男の人って味の濃い物の組み合わせ好きですよね……カレーハンバーグとか、牛丼にマヨネーズ掛けたりとか」

「いや、前者はともかく後者はねえよ」

「あれ? 違うのですか……? 確か、日本ではそんな組み合わせが一時流行ったような……」

「多分、何かのアニメと混同してるんじゃね?」

「そうかもしれません」

「女神様ってもしかして日本の文化に詳しいのか?」

「たまに遊びに行くくらいです」

「女神って暇なの?」

「死ぬほど暇な事もありますが、数年単位で休みが無い事もあります。休める内に休んでおくのが神様の仕事です」

「へー、神様にも休暇ってあるんだな」

「ええ。なので私はこうして貴方達をからかいに地上に降りてきたわけです」

「嘘つけ」


 俺が突っ込むとクスクスと女神様は笑う。


「……まぁ、ここでは特訓に専念していれば大丈夫だと思いますよ。何かハプニングが起きるかもしれませんが」

「おい、フラグ立てるの止めろよ」

「貴方の会社もマスター承認寸前でバグが発見されたりするじゃないですか。いや、別にフラグ立てる気とか一切無いですが……」

「嫌なこと思い出させんなよ……」


 俺は項垂れながらの残ったウインナーをフォークで食い漁り、最後にサワーを飲み干す。


「んじゃ、俺そろそろ行くわ」

「ええ、あの子にもよろしく」

「おう……あ、そうだ。あの子、俺が『その魔法はカルミアちゃんに似合ってる』的な事を言ったら、顔を真っ赤にして逃げて行ったんだが、何が理由だと思う?」

「……貴方、何か余計な事を言ったんじゃないでしょうね?」

「その後、理由を聞かれたから『キミと一緒だと癒されるから』って答えた」

「……この分からず屋……」

「……? なんかよく聞こえなかったが、とりあえず帰るわ」

「はいはい、お帰りはあちらですよ……」


 女神様はそう言って俺の後ろの方を指差す。


「それじゃ、またな」


 俺はその方向に向かって歩いていき……そのまま酒場から消えた。


「……そういうことを何の気もなしに言うのは卑怯ですよ……砕斗」


 彼が酒場を後にした後、女神は空になったワインのグラスをカウンターに置いてそう呟いた。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

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