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第29話 ツンデレ二人

 それから、俺はカルミアちゃんに半ば強制的に特訓に付き合わされた。彼女も同じメニューをこなしているが、普段の体力の差かメニューの消化速度に雲泥の差が出てしまう。


 その結果、外周マラソン以外のメニューが終わった段階でカルミアちゃんは全て終えてしまい女神と一緒に村の中に戻ってしまった。


「ぜぇ……はぁ……」


 そして、彼女達よりも数時間遅れてようやく全メニューを達成。結局、夕方まで掛かってしまった。俺は一旦その場で息を整えてから、村の宿に戻ろうとする。


 しかし、酒場の方の入り口に見知った背中を見つけてしまい、思わず足を止めてしまう。


 明らかに周囲と比べて目立つ容貌で金髪の美女……女神様だ。


 人が必死こいてトレーニングに励んでいたというのに、彼女は人の苦労も知らず酒場で酒を飲もうとしているらしい。


「あの女……さっさと帰って何してるかと思えば……!」


 さてどうしてくれようか。

 帰って寝ようかと思っていたがそんな考えは吹っ飛んでしまった。


 こうなったら、あの女が酒に酔ってきたタイミングを見計らって背後から近付いて、その無駄な巨乳を両手で鷲掴みしてやる。


 その後、また神罰を喰らいそうだがまぁ死にはしないだろう。


 そう思って俺は女が入って5分経過したタイミングで店に入る。


 店に入るとピークの時間を過ぎていたのか、人が少なくテーブルも空席が目立っていた。


 女神様はおあつらえ向きにカウンターに座っており、俺に背を向けている状態だ。


 よし、あとは店のマスターに気付かれないように足音を消して……。


 俺は気配を消して、女神様の背後にゆっくりと近付いた。

 そして、彼女の豊満な胸を鷲掴みにしようと手を伸ばしたのだが……。


「はぁ……」「!?」


 そのタイミングで女神様がらしくないため息を付いた。

 気付かれたかと思ったのだが、どうやらそうでもないらしい。

 俺は手を引っ込めて彼女の背後にしゃがんで少し様子を見ることにした。


 女神様は何やら小さく独り言を口にしていた。


「無理を言って許可を貰って降りてきた代償は重い……さっきの結界の力もせいぜい魔除けと簡単な壁程度の性能に留まっていて、力の殆どが制限されていますね……」


「……」


「大女神様ももう少し融通が利かせてくれると良かったのに……このままだと以前のように彼らを助けることも難しい……」


「……」


「……考えてもどうしようもない。今の彼らに無理をさせてしまうと最悪どちらも命を落とす可能性もあります……今は私が彼らを導いて少しでも成長させて力を付けて貰わないと……」


 何やら思いの他シリアスな話らしい。

 しかも俺達の事で何かしら制限を喰らって重い雰囲気なのは理解出来た。


 ……こうなると流石に怒る気にはなれない。

 ……帰るか。


 そう思い、俺は見なかったことにしてゆっくりと出口に向かうのだが……。


「お客さん、注文しないんですか?」

「っ!」


 俺の存在に気付いていたのか、突然マスターが声を掛けてきた。


「え、あ」


 俺は驚いて声を上げてしまい女神様もこちらを振り向く。


「あ、あれ……? サイトさん、声を掛けてくれれば良かったのに……」


 女神様は驚いた顔をしてこちらを見ていた。


「あー……その………隣、良いか?」

「ええ、どうぞ」


 俺は許可を貰って女神様の隣の席に座る。


「ご注文は?」

「……ええと、果実酒と適当な軽食をお願いします」

「では、わたくしおススメの果実酒とサンドイッチなどは如何でしょうか?すぐに用意できますが」

「じゃあそれで」


「かしこまりました」


 そう言って、マスターは奥の調理場に入る。

 俺は一息つくために水を口に含んだ。


「ふぅ……」

「カルミアさんから指導された特訓は終わったんですか?」

「ああ、終わったよ。アンタ達は俺が全部やりきる前にどっか行っちゃったけどな」


 俺は置いてきぼりにされたことに不満があったので、つい嫌味交じりに文句を言ってしまった。すると女神様は苦笑いして「ごめんなさい」と一言俺に謝罪した。


「サイトさんが一人でもサボったりしないと信じてたので、彼女の方の特訓に付き合っていたのです」

「……? 彼女ってカルミアちゃんの事か?」

「ええ、勿論」


 あんなに強いカルミアちゃんに何の特訓が必要なのか。


 俺みたいな素人と違って、彼女は”勇者”とかいう特別な存在らしいし、それに女神様が付き合うというのも謎だ。


「お待たせしました」


 マスターが奥から戻ってきた。その手にはグラスと瓶が握られている。


「こちら、この村で作られたおススメの果実酒です」

「どうも」


 俺はマスターから差し出された酒の入ったグラスを受取り、口をつける。


 ……うん、ジュースみたいで飲みやすくて美味いな。


「それと、軽食を持って参りました。この村で採れた野菜と子兎の肉を使ったサンドイッチです」

「おお、そう言われると美味そうだ」


 マスターは持ってきたサンドイッチの詰まったバスケットを俺の前に置いた。


 それを手にとって口に運ぶと、甘辛いタレが塗ってあってそれがパンと野菜に良くマッチして美味い。


 持ってきてくれた果実酒とよく合っていて、これなら美味しく頂けそうだ。


「では、ごゆっくり」


 マスターはそう言うと、俺達に気を遣ってくれたのかカウンターの端まで移動してテーブルを拭き始めた。


「美味しいですか?」

「ああ」

「それは良かったです。私も何か頼みましょうか……」


 女神様はいつもの表情に戻って笑う。


「……なぁ」

「なんですか?」

「さっき、カルミアちゃんの特訓に付き合ってたって言ってたけど……」

「気になります?」

「……あの子に今更特訓なんか必要なのかと思ってさ」


 俺はグラスに入った液体を軽く口に流し込んで舌で芳醇な果物の味わいを堪能する。


「そうですね、貴方や一般の人達から見ればあの子の力は申し分ない。並の魔物を一蹴するほどの戦闘力に、あれほどハードな特訓を軽くこなせるだけの体力。そして、その力を十分に発揮できる才能とセンス……ですが、それでも彼女は勇者としては未熟です」


「そうなのか?」

「ええ……今のあの子はそれ以上の事が出来ませんから」

「なんだそりゃ?」


 俺はサンドイッチの一つに手を手に取ってガブリと噛みついた。


「人の歴史において、勇者とは『勇気』の象徴です」


 女神様は真剣な目つきで語り始める。


「どんな絶望を前にしても決して諦めない心と他者への慈愛の心を持ち、時には勇気を持って立ち向かい、困難を打開していく存在……それが勇者なのです」


「あの子にピッタリじゃないか」


「性格的には一見及第点かもしれません。ですがあの子はああ見えてかなり内気です。貴方に対しては人懐っこいですが、それ以外の人達には積極的に関わろうとしない……勿論、貴方は気付いてますよね?」


「……嘘だろ、って言いたいが……まぁそうだろうな……」


 あの子、初めて会った時にもそんな感じの事は口にしていた。


 今まで過ごしていた環境とあまりにもかけ離れた環境に放り込まれて、修道女だった彼女がいきなり”勇者”なんて使命を負わされてしまったのだ。


 彼女の内心は俺も測れないが相当ストレスが溜まっているに違いない。


 俺に懐いてくれているのでは、あの日に『友達』になったからだろう。心の拠り所の失っていた彼女にとって、その程度の事でも彼女にとっては救いだったのかもしれない。


「ですのでその事で少し相談に乗ってあげていました。あと彼女、魔法を使えないそうなのでその辺りの手ほどきですね。こちらの方は彼女の才能もあって、すぐに習得できそうな感じです」


「魔法使えなかったのか? あの子が?」


 俺は思わずサンドイッチを食べる手が止まる。

 いや……でも確かに、彼女が魔法を使う所を見た事が無いな。


「ルーシア聖教会で魔法を使える人間が居なかったようです。”勇者”の啓示を受けたのも最近だったので独学で学ぶ時間がなかったのも理由でしょうね。反面、ルーシア聖教会は騎士団と繋がりがあったようで、彼女と親しい騎士の一人に剣術を教わっていたそうです」


「へぇ……だからあんなに強かったのか」


「もっとも”勇者”として後天的に得た資質のお陰のようですけどね」


「”勇者”ってのに選ばれたら誰でも強くなるって事か?」


「勇者に相応しい人物であれば、ですけどね」


「さよか」


 一瞬、俺も目の前の女神様の目に留まったのだから、もしや?と思ったのだけど。


「ところで俺には魔法教えてくれないの?」


「貴方はそもそも魔力がほぼ無い一般人ですからね……元々魔法の存在しない世界から来た人間ですし、素質無しです」


「うわ、容赦ねぇな」


「ですが、それでも貴方には役割がある」


「バグ修正だろ?」


 そう返事を返すと、女神様は俺の言葉に頷くこともなく言った。


「……カルミアさんが一番信頼を置いているのは貴方だと思っています。もし彼女が挫折するような事があれば、貴方が彼女を支えてあげてください」


「女神様じゃなくて俺が?」


「ええ」


「……自分で言うのもアレだが、俺そんなに信用されてるのか?」


「(自覚が無いのですね……)」


 女神は口には出さずにそう心で思った。

 彼女が目の前の男性を信頼する理由……勿論、彼が友達なのも関係ある。


 だが、それ以上に―――


「貴方には彼女にはないものが備わっています。それが理由でしょう」

「無いものか……あ、下半身に付いてるアレ――」

「<天罰>」


 女神が呟くと同時に俺の頭の上に光が降り注ぐ。


「あぶぁっ!?」


 俺は慌てて変な声を出しながら両手で頭上をガードする。


「いってぇ……何すんだよ」

「今、よくガード出来ましたね……」

「三度目の正直ってやつだよ。流石にタイミングが掴めたわ」

「それくらい物覚えが良ければ、乙女心くらい理解出来そうなものですが」

「あん、なんだって?」

「いいえ、何も?」


 俺はため息を付いて隣の女神様をジト目で見る。


「ちなみに今、俺が何を考えてたか分かるか?」

「そうですね……『女神様は美しくて知性が溢れているなぁ……俺も従者として努力しないと……』でしょう?」

「いや、『間近で見るとこいつ乳でけぇなぁ……』だよ」

「<天罰>」


 再び頭上に降り注ぐ光。俺が両手でガードするのと同時に光が拡散して消える。


「あぶねっ!」


「全く……まぁ私は大女神様に推薦されて女神になるくらい魅力的な人材なので、貴方の視線を釘付けにしても仕方のない事ですが」


「本当、自己評価高いよな、アンタ」


「自信のない女神よりはいいでしょう。これでも私はそれなりに信頼もあるんですよ?」


「マジかよ……まぁ、そんくらいプライドが高い方が女神らしいんだろうけど」


 そう言って俺は手元の酒の入ったグラスを一気に呷った。


 空になったグラスをカウンターに音を立てて置くとマスターが空いたグラスを下げにこちらに来たので、ついでに追加を頼む。


「そういえば、カルミアちゃんって今何してんだ?」


「何処かで私の教えた魔法の練習をしていると思いますよ。片方は室内でも練習出来なくはないですが……」


「そっか……まぁあの子なら大丈夫だろうけど」


 俺は彼女が頑張ってる姿を想像して、思わず笑みが溢れる。


「安心しました。貴方もカルミアさんの気にしてくれているのですね」

「……そんなんじゃねぇよ」


 俺は女神様から視線を逸らして、本心とは逆の否定の言葉を言ってしまう。


 ◆◇◆


 その後、しばらく無言になりマスターが追加分の飲み物を持ってきてくれた。俺は黙々と飲食を続けながら、隣の女神様の事に思う事があって考えを纏めていた。


 ……そろそろ、こういう反抗的な態度も止めた方が良いんかね。


「……あのさ、女神様」

「?」


 彼女に声を掛けて俺は食事の手を一旦止める。


「……俺、今までアンタに対してかなり失礼な態度を取ってたと思う」


「ええ、さっきも私にセクハラ発言してましたよね。神様相手によくできるものだと逆に感心します」


「うるせぇ」


「それで?」


「……悪かったよ、さっきは」


 俺は女神様に頭を下げた。恐らく今までで一番神に対して謝った気がする。


「……あれくらい気にしませんよ」


「……そか。でさ……こういう態度、やっぱ止めた方が良いか? アンタには色々とムカついてたけど、一緒に旅する様になって俺の事、それなりに大事にしてくれてる事に気付いたんだよ」


「珍しく素直ですね」


「茶化すなよ。真面目に言ってるんだからさ。……で、アンタが俺の態度が気に入らないって言うなら少しは改めるつもりだよ。世話になってるし、無理して一緒に来てくれてるんだろ?」


「……! 気付いてたんですか……?」


「……あ、いや……さっきのアンタの独り言、聞いてしまってさ……」


「……なるほど。誰も聞いてないと思ってうっかり漏らしてしまいましたか……」


 女神様は若干バツの悪そうな表情をする。


「……良いですよ、そのままの態度で。それくらい反骨心のある人の方が私の好みですし」


「良いのかよ……?」


「ええ。それはそれで貴方の魅力だと思いますので」


 そう言って女神様は今まで以上に裏表のない笑顔で笑う。


「ただ、私が一方的に敬語を使うのは癪なので、これからは貴方を呼び捨てにします。多少言葉を崩しても文句は言いませんよね? 砕斗(さいと)?」


 いつもと違うニュアンスで俺の名を呼ばれた。

 だが不快ではない。


「ん、別に良いけど……俺はアンタのことを何て言えばいいんだ?」


「今まで通りで良いですよ。……貴方が私の事を嫌いなのは分かっていますが、私は貴方の事が気に入ってますから……」


「え?」


「……どうしました?」

「……いや、まさか気に入られてるとは思わなくて……」

「ふふ、私にときめいてしまいました? 砕斗はチョロイですね」

「態度を改めようとした俺が馬鹿だったわ」


 俺は席を立って、カウンターにルピーを置いて女神様に背を向けて歩き出した。


「どこ行くんですか?」

「帰る」

「まだ少し残ってますよ。食べないんですか?」


 女神様は俺が残したサンドイッチの残りを見て言う。


「女神様にやるよ」

「……全く、子供じゃないんですから、こんなことで拗ねないでくださいよ」

「……」


 俺は黙ってそのまま帰ろうとするのだが……最後に一言言いたくて振り向いた。


「アンタさ、さっき『私の事が嫌いなのが分かってる』って言っただろ?」

「……言いましたね、それが?」

「それ、間違いだよ。アンタの事、そんな嫌いじゃない」


 俺はそれだけ言って、足早に酒場の出口へと向かった。


 ◆◇◆


 サイトが酒場を出た後―――


「……意外でしたね」


 女神は彼が最後に放った言葉を心の中で思い返す。


「私の事、嫌いじゃない……ですか」


 今まで自分は散々彼に辛辣な事を口にしてきたし、嫌われていると思っていた。だが、彼は自分の事が嫌いではないと言う。


「……なるほど、嫌な気分……では無いですね……」


 そう口にする女神の顔は、僅かに赤らんでいた。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

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