第26話 男の意地
俺がテントを出てから数分後、二人は上着を羽織ってテントから出てきた。下着姿を俺に見られたせいか、カルミアちゃんは顔を赤らめて恥ずかしそうにしていた。
「あの、それで……どうしてあんな大怪我をしたんですか?」
傷の理由を訪ねてくるカルミアちゃん。どう切り出せばいいか分からず。
――俺はまず、頭を下げて謝罪から入ることにした。
「……すまん、二人とも。実は馬車を引く馬がゴブリンたちに奪われてしまった」
「え、お馬さんが!?」
「ああ、俺は阻止しようとしたんだが、他のゴブリンに邪魔されて……」
「……という事は、先程の怪我はそのゴブリンに?」
女神様にそう質問されて、俺はさっき治療してもらった左腕を見ながら「ああ」と答える。
「あんな子鬼に怪我を負わされて、馬も奪い返せない自分が情けない。だけど俺ではどうしようもなくて助けを求めるために一旦戻ってきたんだ。……すまん。俺がもっとしっかりしていれば……」
「……サイトさん」
「分かりました。そういう事情ならすぐにでも探しに行きましょう」
俺が再び謝罪の言葉を口にすると、今度は女神様がすぐに助けに行く事を提案してくれた。
「サイトさん、馬が何処に行ったのか分かりますか?」
「いや……森の入り口を出て真っすぐ馬に乗って逃げて行ったことだけは分かるんだが、それ以外は……」
「……そうなると捜索が難しいですね」
女神様は難しい顔をして思案する。
しかし、俺達の話を神妙な表情で聞いていたカルミアちゃんは言った。
「……いえ、二人とも。ある程度なら絞れると思いますよ?」
「え?」
「マジで、カルミアちゃん?」
俺と女神様はカルミアちゃんの言葉に驚いて注目する。
「はい。おそらくゴブリンたちはこの森の周囲を狩場にしていたんだと思います。ゴブリンが狩場にする場所には近くに自分達の巣穴があるはずです。今から三人で探せばどうにかなるはず!」
「……なるほど、近場に奴らの巣があるという事ですね。カルミアさん、奴らが根城にするような場所に心当たりはありますか?」
「私もこの辺りに詳しくはないですけど、ゴブリンが自分達の巣にする場所は大体決まってます。例えばジメジメした浅い洞穴や、人が住んでいない廃村などです」
「ふむ……分かりました」
女神様はそう言うと、俺達から距離を取って突然その身が空に飛びあがった。
「わっ、飛んだ!」
「空を飛べんのかよ……すげぇな……」
カルミアちゃんと俺は空を見上げながら女神様の能力に驚く。「二人はここで待っててください」と言い残し、空へと飛びあがった女神様はそのまま森の上空をしばらく飛んだ後、こちらに戻ってくる。
そして、俺達の前までゆっくりと降りてきて口を開いた。
「ここから東に二キロ程度の場所の岩場の近くに、私達の馬がゴブリン達に引きずられているのを確認しました。その近くが奴らの巣穴でしょう」
「っ!」
俺達は顔を見合わせて頷く。
「近い。その距離なら走っていけばそんなに時間も掛からないぞ」
「行きましょう、私達の仲間を取り返しに!」
こうして俺達は馬を取り戻しにゴブリン達の根城に向かう事になった。
◆◇◆
それから10分程して、俺達はゴブリンの巣穴の近くまで辿り着いた。
俺達は近くのうっそうとした草原にしゃがんで身を隠して岩場の付近を覗きこむ。
「ここで間違いないか?」
女神様にそう質問すると静かに頷く。
「近くの地面に馬の蹄の後も確認してます」
「分かった」
俺は護身用の剣を鞘から抜いて立ち上がる。
「サイトさん?」
「二人はここで待っててくれ」
俺はそう言いながら立ち上がり岩場に向かおうとする。
しかし一歩進もうとしたところで後ろから女神様に手を引っ張られて阻止されてしまう。
「……何だ?」
「サイトさん、危険です。ここはカルミアさんに任せた方が……」
「……それはダメだ」
俺は女神様の手を振り払ってそう言い放つ。
「俺がしっかりしてればゴブリンなんかに馬を奪われることは無かった。今回は俺にケリを付けさせてほしい。絶対に奪い返してみせる」
「……ですが、貴方はカルミアさんと違って戦闘の素人です。下手をすれば……」
「……分かってる。でも――」
「――駄目です。サイトさんだけを危険な目に遭わせられません」
俺の言葉を遮るようにカルミアちゃんは強く言った。
「……分かってくれよ、カルミアちゃん。旅を始めて俺はずっと足手まといになってるんだ。ここらへんで名誉挽回しておかないと自分が情けなくて嫌になるんだ」
「サイトさんはラズベランであんなに頑張ってたじゃないですか!!!」
「……っ」
彼女にしては珍しい大きな声だった。
「……二人とも、静かに。巣穴のゴブリンに気付かれてしまいます」
女神様が俺達の会話に割って入り、俺とカルミアちゃんは黙った。
すると女神様は俺達二人の顔を見て、諭すように言う。
「サイトさんが責任を感じているのは分かりました。ですが私達が貴方一人をテントの外に追いやったのが大元の原因です。貴方一人に全ての責任を感じる必要はありませんよ」
「いや、それは俺が勝手に外で寝るって言っただけで……」
「それは私達を気遣ってくれた優しさでしょう。甘えてしまった私達にも非があります」
「……」
そう言われてしまうと何も言えなくなる。二人に比べて非力な俺はそれくらいしか彼女達の役に立てる手段が無かった。しかし、それでこのザマなのだから俺は本当に役立たずだ。
そんな俺を気遣ってくれてる二人の気持ちは嬉しい。
しかし、このままそれを繰り返していては俺自身が心がすり減ってしまう。
「女神様……それでも、今回は俺に行かせてくれ。絶対に馬を取り返してみせるから」
俺は真っ直ぐ女神様の目を見て言う。
「……分かりました」
「……っ、駄目ですよ! サイトさんが危険です!」
女神様は頷いてくれたが、それを聞いたカルミアちゃんは反対する。
しかし、女神様はカルミアちゃんに言った。
「いえ、カルミアさん。私に考えがあります。ここは”彼”に任せてみましょう。大丈夫、私が最大限にサポートしますから」
女神様は俺に軽くウィンクしながらそう言った。
◆◇◆
「……よし」
俺は草原で待機する二人と別れて、ゴブリンの巣穴の岩陰にしゃがんで様子を伺っていた。
巣穴の近くまで足音を立てずに巣穴の近くに近付くと、中からいくつかの不快な笑い声が聞こえてきた。
その声の一つは、馬を浚って行ったゴブリンと同じ声だ。
巣穴の中から響く声は全部で三つ。となれば中のゴブリンの数も同数だろう。
俺達の馬は巣穴の奥に囚われているようで、今は弱っているのか鳴き声は聞こえてこない。
「……」
俺は洞窟の入り口から中を覗くが、奥の方の様子は暗くてよく見えない。どう動くか……頭の中で考えを巡らせていると、久しぶりに頭の中で女神様の声が響いてくる。
『聞こえますか』
……ああ、ちゃんと聞こえるよ。
俺は声に出さずに思念だけで女神様と会話をする。
こうすればゴブリンに声でこちらに気付かれることは無い。
『ゴブリンは人間と比べて暗闇でもある程度見通すことが出来ます。そのまま入ってしまえば袋叩きになりますよ』
……どうすればいい?
『足元に石ころが転がっていませんか?』
そう言われて足元を見ると、手の平に収まるサイズの石ころがいくつか転がっていたので手に取る。
『それを使って巣穴から敵をおびき寄せましょう。ゴブリンの数の把握は出来ていますか?』
寝ている奴がいるかもしれないが、おそらく起きているゴブリンは三匹だ。
『了解です。とりあえず一匹をおびき寄せましょう。巣穴から出てきた瞬間に一撃で仕留められますか?』
……任せてくれ。やってみせるよ。
『結構。なら実行に移してください』
俺はコクリと頷くと、手に持った小石の一つを巣穴の中に勢いよく投げる。するとゴブリンには当たらなかったものの壁に当たって、中で反響して大きな音が鳴った。
「「「ギィィッ!?」」」
……声が三つ。やはり数は合っていたようだ。
『では、もう一回投げて――』
……いや、物音がする。一匹出口に近付いてきているようだ。
『では準備を……』
俺は鞘に納めた剣を取り出す。
今までずっと護身用に持ってたけど、ようやくこの剣が役に立ちそうだ。
俺は剣を右手で構えて、巣穴の出口から少し右にズレた場所で壁伝いに待機して準備をする。
そして数秒後、巣穴の出口からゴブリンが飛び出してきた。
その瞬間―――
「……っ!」
そのゴブリンの膝辺りを狙って足払いを掛ける。
ゴブリンは突然の出来事だったので無抵抗に地面に転がってしまう。
俺はすぐにソイツに跨って両手に持った剣でゴブリンの心臓目掛けて思い切り突き刺した。
「ギュッ……」
ゴブリンは短い断末魔を上げた後に動かなくなる。俺は剣を引き抜いて、布で血を拭う。
『お見事です』
……どうも。
心の中で女神様の賛辞を受け取りつつ、再び巣穴に近付いて様子を伺う。
今すぐ飛び出してくる気配はないが残ったゴブリンは口論のような事をしているようだ。
ゴブリン語は分からないが「出て行った奴が帰ってこない」「お前が様子を見て来い」「ならお前が見て来い」……などと言い合ってるのだろう。あくまで予想だが。
この様子なら、もう一匹くらい釣れそうだな。
俺は足元に転がっている拳サイズの石ころを拾い上げて巣穴の近くに投げた。
そして先ほどと同じようにして物音を立てると、二匹目のゴブリンが巣穴から飛び出してきた。
とび出して少し巣穴から離れたタイミングで剣を一閃し、首を刎ねた。倒れてくる胴体を足で支えて音を立てないようにゆっくり地面に寝かせて、俺は布で顔に付いた返り血を拭う。
……思いのほか上手く斬れた。後は寝ている奴がいなければ一匹だけだ。
『……次はどうしますか?』
……流石に三度同じ手を使うと警戒して閉じこもるかもしれない。しかし、判断力を失わせてしまえば話は違ってくるだろう。
俺は、今しがた切断したゴブリンの頭を拾い上げる。
『それをどうするんですか?』
「……こうする」
俺は、敢えて声を出して、ゴブリンの頭を思い切り巣穴の中に投げつける。すると、中で「グチャ」っと何かが潰れた後がしたと同時に、ゴブリンの悲鳴のような声が聞こえてきた。
『……なるほど』
こうすれば危機感を感じて巣穴から必死に逃げ出そうとするはずだ。予想通り、バタバタと足音が聞こえてきて、それから数秒後に残ったゴブリンが巣穴から飛び出してきた。
「ギイッ!!」
「よう。よくも俺達の大事な馬を持って行きやがったな」
俺は最後は隠れずに堂々とゴブリンと対峙する。
先程の生首で恐慌状態になったゴブリンは俺を見て恐怖し、防衛本能で手にした棍棒で襲い掛かってくる。
しかし、俺を森の時と一緒にしてもらっては困る。
あの時の俺は逃げ腰で武器も無かったが今の俺は武器がある。そして――
「今回はお礼参りに来たんだよっ!!」
俺はゴブリンの棍棒を剣で弾き飛ばし、隙が出来たゴブリンの頭に剣を強く叩きつける。剣術など知らない俺の一撃は剣技とは程遠いが、それでも鉄の塊を頭蓋に全力で叩きつければ同じだ。
ゴブリンの頭はぱっくりと割れて大量の血が迸り、ゴブリンは膝から崩れてそのまま動かなくなった。
「……はぁ、はぁ……」
俺は剣をだらりと下げて肩で息をしながら中の様子を確認する。
「……大丈夫、声は無い」
『了解です。……よく一人で頑張りましたね』
「……ははは、少しはカルミアちゃんに惚れ直して貰えたかな」
『ええ、きっと。……今、彼女をそっちに向かわせたので少し待機してください』
「りょーかい」
俺はそこで岩場を背にして地面に座り込んだ。
その後、カルミアちゃんに「無茶しないでっ」と可愛らしく怒られてしまった。
改めて彼女と一緒に巣穴の中に入ると、中には馬が粗雑な鎖で囚われており、無事に助けることが出来た。
……こうして、俺はようやく魔物相手に成果を挙げることが出来た。
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