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第24話 下界の森に翻弄される女神様

 魔物の襲撃からは逃れたものの、街道からは大きく道を逸れてしまった。


「まずいな……」


 俺は馬車の荷台で地図を広げて現在地を確認しながら呟く。ラズべランの街と街道を抜けた先には小さな村があるらしいのだけど、途中でウマが暴走してしまったせいで街道に戻る道も分からない。これでは完全に迷子だ。


「街道はどっちの方だ? 東の方に逸れたと思うんだけど……クソッ……分かんねぇ」


 俺はイライラして地図を地面に叩き付けてしまう。


「……サイトさん、あの……すいません」

「ん?」


 すると背後からカルミアちゃんが遠慮気味に声を掛けてくる。もしかして、俺がイライラしてて怖がらせてしまったのだろうか。俺はちょっと反省して地面に叩きつけた地図を拾い直し砂を払って彼女に向き合う。


「あ、ごめんね。……んで、どうしたの」

「ええっと、馬車の荷台の事なんですけど……ちょっと来てくれますか?」

「??」


 俺は彼女の言葉に従って彼女と一緒に馬車の後方の荷台へと足を運ぶ。

 そこには、深刻な表情を浮かべた女神様の姿もあった。


「……あ、サイトさん。それにカルミアさんも」

「どうしたんだ女神様。……荷台がどうかしたのか?」


 俺がそう尋ねると、女神様は神妙な表情で頷いて荷台の床を指差す。


「……見て下さい」

 俺は言われた通りに荷台の中を覗き込む。


「……これは」


 そこには箱の中に収納されていたはずの食料品や衣類などが散乱していた。しかし箱の中を覗くと空っぽになっている割に散乱している物の数が少ない。殆どが外に飛び出してしまっていたようだ。


「見ての通りです。準備してきた食料や着替えなどの殆どが紛失してしまいました」

「うわ、本当だ。どうすんだよコレ……」


 俺は散乱した物資を眺めながら思わず頭を抱える。

 悩んでいるとカルミアちゃんが心配そうな表情で俺を覗きこんでくる。


「大丈夫ですか?」

「ああうん……でもどうしよっかこれ。足りるかな?」

「……次の村まで距離があって順調に進んでも2日は掛かる予定なんです。でも残った食料を考えると結構ギリギリっぽくて……」

「あー……余裕を持って一週間分くらいは積んであったはずなんだけどなぁ」


 俺は荷台に散らばった食料の残りを数えながら言う。

 すると、箱に食料を詰め直した女神様が言った。


「恐らく、さっき魔物に襲われた際に衝撃で扉のロックが外れてしまったんだと思います。それで外に転がってしまったんでしょうね」

「一旦、ラズベランの街に戻る手もありますけど…… 」

「でも街道がどっちか分からないんだよなぁ……」


 なんせ馬が1時間くらい暴走して走り回ってしまったせいで右も左も分からない状態だ。街に帰ろうと思っても、正しい方角も分からないし、その肝心な馬も体力を使い切って今は近くの木に手綱を結んで休ませている。


「なぁ女神様、今って何時くらいだと思う? 街を出立した時間はお昼くらいだと思ったんだが」

「……そうですね。日の傾きを考えると午後四時くらいです……」

「……馬を休ませてから街道を探してラズベランの街に戻るころにはもう夜中か」

「そうなると、多分宿も取れそうにないですね……」

「だよねぇ……」


 俺は頭を抱えて溜息を吐く。

 暗い街道を歩くのは危険だし、かと言って馬は疲れ切っていて走らせられない。最悪だ。

 しかし、戻らないと食料がかなり際どい状況になる。


「とりあえず、女神様は飯抜きとして……」

「んなっ!?」


 女神様は物凄いショックを受けた顔でこちらを見る。いや、アンタは食べなくても大丈夫だけど俺達は食料が無いと生きていけないんだから仕方ないだろう。


「あ、あの……私も出来れば食事は……後生ですから……」

「いや、俺も意地悪で言ってるわけじゃないんだが……残った食料は三人で分けると本当にギリギリっぽいんだよ。だから今回は女神様に少し我慢してもらう必要がある。一応、女神様は食べなくても大丈夫なんだろ?」

「そ、そんな……!」


 女神様はこの世の終わりみたいな絶望的な表情をする。

 この女、普段澄ました顔なのにショックを受けるとこんな顔をするのか……。


「どうしても食べたいならラズベランに戻るしかないが……」

「でも、また魔物に襲われると……」

「……あー、それも危惧しないとダメか……ラズベランの方から魔物が襲ってきたから、戻ろうとするとまた出くわす可能性がある……」

「そうなってまた暴れちゃうと……最悪、お馬さんを手放して歩いて帰る羽目に……」

「だよなぁ……」


 しかし、折角借りた馬車と馬を紛失するのは避けたい。出来れば魔物と遭遇せずにラズベランに戻りたいが、夜目の利かない俺達と違って魔物は夜も普通に活動している。


「となると、何処かで食料だけ調達して先に進むしかないか」

「なら日が高いうちにここで野営しますか? 今なら近くの森とか川でキノコとか魚とか採ってこれると思います」

「そうだな。そうしよう……幸い近くに魔物の気配はないし……」

「なら決まりですね! じゃあ私、森に行ってきます!」


 カルミアちゃんはそう言うと慣れた様子で近くの森へと駆けて行った。

 俺はそれを見送ると、女神様に向き直る。


「女神様はどうする? ここで留守番してるか?」

「……い、いえ……私も一緒に食事したいので食料調達をするなら手伝います」

「そか……なら、一緒に近くの川で魚釣りでもするかね。幸い、街で釣り道具は調達してきてあるし」


 俺は荷台の中にあった釣り道具一式を取り出す。

 そして引っ張り出した釣り道具を眺めて……俺は思わず渋い顔をする。


「しっかし原始的な造りだなぁ……伸縮性のある木に丈夫な糸と針が付いてるだけじゃん、これ」

「地球の中世程度の文明ですし……それに、餌さえあれば魚は獲れるのでは?」

「まぁな……川釣りは何度かやったことあるし何匹かは釣れるでしょ」

「その餌はどうするんです?」

「本当なら事前に用意するんだけど、今回は土に埋まってる幼虫とかミミズとか、その辺の虫でも捕まえて代用するか」

「虫は苦手なのですが……」


 女神様にも苦手なモノがあるのか。これは良い事を聞いた。


「ダイジョブダイジョブ。チャント、ヤリカタヲヤサシクオシエルカラ」

「何故片言なんですか……」

「とりあえず女神様。森に行って餌になりそうな昆虫集めてきて。虫取り網を進呈しよう」


 俺はそう言って荷台の奥に入れておいた虫取り網と虫かごセットを取り出す。


「いや、苦手って言ってるじゃないですか!!」

「頑張る女神様の姿をもっと拝見したいなぁ……。そんな姿見たら俺、今まで以上に女神様の事を尊敬しちゃうかもなー?」


 俺は女神様の目を見ておちょくる様に言う。

 すると、女神様の顔はみるみると赤く染まっていった。


「……っ! 今の言葉、決して違えないように!」


 女神様は珍しく声を上げながら、俺が渡した虫取り網と虫かごを持って森に走っていった。


「……冗談のつもりだったのに」



 ――それから数十分後。


 

 蜂の群れに襲われて森を逃げ惑う女の悲鳴が森に木霊したという。

 結局、川釣りは俺一人で行った。



 ◆◇◆



 その日の夜。


 俺とカルミアちゃんでテントや野営の準備を行い。カルミアちゃんが採ってきた森の山菜とキノコ、そして俺が釣った川魚を焼いたりして夕食を取った。


「サイトさん、釣りがお上手ー。こんなにもいっぱい釣ってくるなんて!」

「はは、今回は偶然上手く引っかかっただけだよ」


 久しぶりの川釣りだったが、どうやら当たりを引いたようで大小合わせて10匹ほどの魚を釣ることが出来た。


「それよりも、このカルミアちゃんが作った山菜とキノコのスープも独特の味わいがあってイケるよ。もしかして料理が得意だったりする」

「はい♪ これでもルーシア聖教会でお料理のやり方を学んでいましたから。女神様、私の作ったスープどうですか?」

「……」


 カルミアちゃんが話しかけるが何故か返事は無い。


 不審に思って女神様に視線を向けると、無表情で俯いた女神様が彼女の作ったスープを膝に置いたまま座り込んでいた。一応、ちゃんとスプーンを持っているから食べてはいるらしい。 


「女神様……あの大丈夫ですか? 何処か、具合が悪いとか……」

「…………虫怖い、虫怖い、虫怖い……何なのアレ……。……え、今何か言いました?」


 女神様はブツブツと独り言を言っている。

 もしかして昼間の蜂の恐怖で軽くトラウマになったのだろうか……。

 流石にちょっと良心が痛んできた。


「め、女神様……」

「ほんと、ごめんて……ほら、一番大きい魚あげるから元気出してって」


 俺は謝罪のつもりでたき火の近くで良い感じに焼き上がった串刺しの焼き魚を女神様に差し出す。


「ふんっ……! そんな焼き魚如きで私の心が癒えるとでも………」


 そう言いながら女神様は俺が差し出した焼き魚を引っ手繰って頭からかぶり付く。

 そして、女神様は「なっ……!」と声を詰まらせて目を見開く。


「お、美味しい……!」

「それは良かった。街で買っておいた調味料が良い感じに効いたっぽいな」

「何を使ったんですか?」

「これ」


 そう言って俺は小瓶に入った液体をカルミアちゃんに見せる。


「これは……?」

「特製の醤油ダレ。川魚をこれで焼いたら美味いって酒場のマスターが教えてくれてさ、街で買っておいたんだよ」

「へー!」

「あと、露店で売ってた果物屋にあった酸味の強い果物を掛けてみた。良い感じに魚の臭みが抜けてるだろ?」

「はい! お魚とすごく合います!」

「意外ですね……サイトさん、料理も作れたんですか?」


 女神様は感心するような目で俺を見る。

 彼女のその手には二本目の焼き魚が握られていた。


「得意ってわけじゃないけど外食するより自炊の方が安上がりだから覚えたんだよ。今はレシピなんかスマホで調べたらすぐに出てくる世の中だし」

「なるほど」


 俺の話に女神様は納得したように頷く。


「あの……その……『すまほ』って何の事ですか?」


 しかし現地人であるカルミアちゃんは 俺達の話す内容が理解できなかったようで、頭にはてなマークを浮かべる。


「そうだなぁ……調べればなんでも分かる便利道具だよ」

「凄いですね……サイトさんの居た世界ってそんな便利な物が普及してるんですか……?」

「うん、この世界と比べたらかなり技術が進んでいるとは思う」

「って事は、魔法技術とかも進んでたりするんですか?」


 カルミアちゃんの質問に俺は一瞬フリーズする。


「……え、この世界って”魔法”あるの?」

「ありますよ?」

「そ……そうなんだ……初耳……」


 さも当然のように言うカルミアちゃんに、俺は思わず顔が引きつってしまった。


「もしかして、サイトさんの住んでいた所って魔法が存在しないんですか?」

「うん」

「なら、どうやってその”スマホ”は動いてるんですか? 魔道具みたいに魔力で動いているんじゃないんですよね?」

「ま、魔道具……?」


 ”魔法”の次は”魔道具”と来たか。

 どっちも俺の世界には実在しないものだが、意味する所は大体推測できる。


 ”魔法”はおそらく”魔力”という不思議エネルギーを使って発動するもの。

 ”魔道具”は魔力を利用して稼働する道具の事だろう。


 ……っていうか、こういう知識は最初に言っておくものでは……女神様?


 俺は三匹目の焼き魚に手を付け始めた女神様を横目で睨み付ける。


「?」


 俺の視線に気が付いた女神様は不思議そうな顔で小首を傾げる。

 ダメだ伝わってねぇ。


 そんな女神様の事は置いといて、ひとまずカルミアちゃんの質問に答えることにした。


「”魔法”も”魔道具”も無い代わりに、電気……簡単に言うと雷を応用した技術があってさ」

「なるほど、雷魔法とよく似たモノって事ですね」

「うん……多分そう……なのか? その類の物は”機械”って呼ばれてるんだけど、”スマホ”はその最先端で色々な機能が詰まってて便利だよ」

「へー、すごい! どんなことが出来るんですか?」

「例えば、知りたい事があれば検索すればすぐに分かったりするし、ずっと離れた場所にいる知り合いに連絡を取ったりも出来るよ。他にも現金の代わりにスマホを差し出せば買い物出来たりするし、地図の代わりに使えたりもする」

「それって魔法……じゃないんですよね?」

「違うよ? でも知らない人からすれば魔法だと勘違いしてもおかしくないか」


 俺がそう言うとカルミアちゃんは興味深そうに頷く。

 実物を見せてあげたいけど、生憎それは持って来れなかった。

 この世界に”スマホ”を持って来れたらきっと注目の的だっただろうに。


「仮に持ってこれたとしても、この世界じゃ使い物になりませんよ」

「……言われてみれば」


 四本目の魚に手を付けた女神様の冷静な突っ込みに俺は思わず納得してしまった。そりゃそうだ。この世界にはネットワークも無ければ電気が無い。


 せいぜいメモ帳か音楽を聴くくらいにしか使えないだろう。

 でもスマホのライトは明かりとして使えるよな……意外と便利じゃないか?


 と、そこまで考えてスマホを充電する方法が無いことに気付いてしまった。


「……無人島にスマホを持って行っても役に立たないんだなぁ」

「???」


 カルミアちゃんは俺の発言に首を傾げる。

 一方の女神様はというと「持って行くなら十徳ナイフでしょう」とか無駄に渋い事を言って遠い目をしていた。


 どうやら女神様は無人島生活に理解があるようだ。

 その後、俺達は川魚と果物で空腹を満たし就寝するのだった。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

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