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第23話 雲を掴む話

 あれから三日後。俺達はラズベランの街を出ることにした。

 この街でやることは全部終えたので、今後”黒炎団”と争うためには他の街も訪れた方が良いだろう。荷物を詰め込んで準備を整えた後、俺達はいよいよラズベランの街を後にするのだった。


「女神様、最終確認だけど――」

「大丈夫ですよ。この街に残ってた不具合の類はもう全て消えてますから」

「そっか、ならまぁ出立しても問題なさそうだ」


 この世界を侵食するバグは放置しておけばいずれ世の理を崩壊させて世界そのものを破滅させる。カルミアちゃんの世直しの旅も大事だが、俺と女神様の仕事も忘れてはならない。


「カルミアちゃんも準備出来た?」

「はい。自警団の人達にもお別れしてきましたし、酒場で仲良くなれたお客さん達にも挨拶してきました」

「そか」


 自警団や酒場の女マスターはともかく酒場のお客さんと仲良くなれたのは彼女の人徳か。


 どこぞの女神様はひたすら酒と料理を注文して黙々と俺達の仕事を見守ってたし、俺もそこそこ顔を覚えてもらえたが彼女ほど気に入られたわけじゃなかった。というか俺がお酌すると嫌がる客も多かったくらいだ。


 俺も生意気そうな若造よりもバニー衣装でお酌してくれる美少女に注いでもらいたいから気持ちは分かる。


 ちなみにそのバニー衣装はしっかり俺の手元にある。別に変な事に使うわけじゃないが、何かあった時彼女がこれを身に纏う事で状況を打開できる可能性を秘めているからだ。


 何度もいうが私欲の為に入手したわけじゃない。OK?


「よし、準備が出来たし行こうか」

 俺達は牧舎に向かい、自警団が用意してくれたある物を取りに行く。


 牧舎の場所は既に聞いていて入り口の近くにある木材で作られた大きめの建物だ。


 向かうと、牧舎の入り口に自警団の中年の男性が待機しており、彼の隣にはガッチリとした体格の馬が一頭いた。馬は馬車に繋がれており、今回の件のお礼という事で用意してもらったものである。


「お、来たな」


 男性がこちらに気付くと、手に持った手綱で馬を巧みに操ってこちらに近付いてくる。


「アンタ達だろ。リーダーが言っていた”独裁のレイス”をぶっ飛ばしたっていう。リーダーに頼まれてウチの牧舎から一頭馬を貸し出してやれって言われて持って来たぜ。こいつは体力もあるし比較的穏やか性格だからアンタらも乗りやすいだろう。馬車に関してはお古だから多少窮屈だと思うが我慢してくれよ」


 そう言って、男性は手綱を俺に手渡してくる。


「助かりました。ありがとうございます」

「良いってコトよ。アンタ達の旅が上手くいくことを祈ってるよ。旅の精霊の加護を!」


 男性はそう言って笑顔を俺達を見送ってくれる。


 そして俺とカルミアちゃんと女神様の三人で馬車に乗り込んで、この中で唯一馬車の操縦が出来るカルミアちゃんが手綱を握る。


「じゃあ行きますよー」

「うん、お願いするよ」


 俺はそう言って馬車の窓から顔を出して牧舎の男性に手を振る。

 そして俺達を乗せた馬車はラズベランの街を後にするのだった。


 ◆◇◆


「さっきあの人が言ってた事だけど”旅の精霊”ってなんなの?」

 以前に通った関所の兵士同じ事を言ってた気がする。


 すると女神様は「ああ、それはですね」と、さほど興味無さそうな顔でこちらに視線すら合わさずに言った。


「この大陸に伝わる伝承でその土地に根付いた精霊が人の前に現れて祝福を授けるというものです。その祝福を受けた人は旅の道中で困難に遭遇した際、不思議な力で守られるとか」

「ふーん。じゃあ俺達がラズベランの街で色々やったのは”旅の精霊”のお導きだったって事?」

「さぁ、どうなんでしょうね」

「っていうか精霊って本当に居るの?」

「おや、信じてないんですか?」


 女神様はチラリとこちらを見て、そんな質問を投げかけてくる。


「いや、異世界なんてものがあるんだから居てもおかしくはないけどさ」

「貴方にしてみれば私も精霊も似たようなものだと思いますよ」

「つまり居るってことか」


 俺は溜息を吐いて肩を竦める。


「……もしかして女神様は実際に見た事があるのか?」

「いえ、この世界では見た事無いですね」

「あ、じゃあ居ないのか」

「いえ、そうとは限りませんよ。”精霊”という存在は皆が”存在する”と考えれば現し得る存在ですから」

「……なんだそりゃ?」


 言ってる事がイマイチ分からずに俺は首を傾げる。


「要するに居ると思えば”居る”ということですよ」

「……何回聞いても意味分からん」


 俺は理解を諦めた。すると手綱を握っていたカルミアちゃんがクスクスと笑う。


「サイトさん。”精霊様”という存在は、人々の想像から生まれるってコトです」

「……???」


 カルミアちゃんの言葉で余計に意味が分からなくなる。

 それが本当ならデマや噂話が元になって精霊が生まれるって事にならないか?


「では、ここで問題です。なぜ人々は精霊の存在を信じているのでしょうか?」


 唐突に女神様がそんな問いを投げかけてきた。


「えぇ……そりゃ”居る”って皆が思ってるからじゃないの?」

「はい、正解です」


 よくできましたと言わんばかりに女神様は手を叩く。


「では、神様は居ると思いますか?」

「いやアンタが神様だろ? 今の話とどう関係が――って、ああそういう意味か」


 女神の言いたいのはこういうことだ。聖書や神話が創作であることは今更説明は不要だが、その聖書や神話が”存在する”と皆が信じているからこそ、そこに神様は居ると考えられている。


 つまり精霊もそれと同じで、この世界は人々が”存在する”と信じればそれは実在すると認識されているのだ。


「なんか雲を掴む様な話だな……実際に存在するのか?」


「さぁ、どうなんでしょうね。”神”という存在も”精霊”という存在もルーツは同じですから。私達の目に見えないだけでそこに”精霊”は居るのかもしれません。……ちなみにカルミアさんは精霊を視た事は?」


「……いえ、無いです。ただ私の育った”ルーシア聖教会”では神様も精霊も同一視されていました。なので私が”勇者”として神託を受けた時、私に声を掛けて下さったのが”神様”なのか”精霊様”なのかははっきりと理解していないんです」


「なるほど、そういう事情だったんですね」


 女神様はそう言って頷く。

 俺は今更ながらに疑問が浮かんだので質問した。


「今更だけどカルミアちゃんに”神託”を与えたのはアンタじゃないのか、女神様?」

「いえ、違いますよ」

「え、そうなのか?」


 てっきり女神様が与えたのかと思ってたわ。女神様の返事にはカルミアちゃんも驚いたようで手綱を引っ張って馬車を停めてしまう。


「め、女神様では無かったんですか?」


「少なくとも私ではありませんよ。私は複数の世界を担当していますが、あくまで観測する程度で直接干渉することは殆どありません」


「……じゃあ、カルミアちゃんに声を掛けたのは誰だ?」


 俺が質問すると、女神様は思案顔になって黙り込む。


「……私の知る限り、この世界に”神”と呼ばれる存在は――」


 ――女神様が何かを口にしようとする瞬間。突然、馬が大きな悲鳴を上げて突然走り出した。


「わっ!?」

「きゃ!?」


 馬はそのまま荒れた道を駆けていく。俺は慌てて手綱を引いて馬を停止させようとするが馬は止まる素振りを見せない。むしろ更に加速しているように思えた。


「な、なんだ!? なんでいきなり馬が……!」


 俺はなんとか馬車から振り落とされないようにしがみ付きながら叫ぶ。すると、カルミアちゃんはハッとしたように身体を支えながら立ち上がり後ろを確認する。すると、そこには……!


「ま、魔物です! 馬は魔物が後ろから迫ってきて恐怖で暴走してしまったようです!」

「!!」


 俺と女神様は背後の荷台の方に視線を移す。

 そこには、旅の為に備えたあった大量の食糧が積んであった。


「もしや、食べ物の匂いに釣られて……?」

「カルミアちゃん、魔物の数は!?」


 俺が焦って質問すると、カルミアちゃんは「分かりません!」と大声で叫ぶが、続いて「多分10匹以上! 後ろから追いかけてきてます!!」と叫ぶ。


「10匹!? そんな数、俺達じゃ手に負えないぞ……!」


 以前はゴブリン数匹相手でも時間が掛かってたくらいだ。

 一度にこの数で襲われたらひとたまりもない。


「女神様、なんとかしてください!」

「気に食わんが女神様、アンタだけが頼りだ!」


 俺とカルミアちゃんは必死で女神様に嘆願する。

 しかし、女神様は表情を曇らせる。


「おい、どうしたんだ!?」

「……伝えるのが遅くなって悪いのですが、今の私は力を制限されています。あなた達を助けた時ほどの力は――」

「ま、マジかよ!?」

「ですが、追い払うくらいの事は―――」


 女神様はそう言って馬車の出口に向かう。

 そして出口から顔と右手だけ外に出して言葉を発する。


「――引け、異形の存在達よ!」


 その言葉を聞いた瞬間、俺とカルミアちゃんは僅かな圧力を感じた。同時に馬車を追っかけてきていた魔物達は悲鳴を上げて足を止め、何匹かは逆方向に逃げて行った。


「今です、カルミアさん! 馬を何とか制御してここから離れてください!」

「りょ、了解です! ほ、ほら、落ち着いて……良い子だから……」


 カルミアちゃんはそう言いながら暴走する馬をなだめようとする。

 結局、馬の暴走が止まったのはそれから1時間程経過してからの事だった。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

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