第22話 密かに狙う女神様
俺達は自警団の詰め所に向かいその扉を叩いた。
中から返事があり、扉を開けると午前中に話をしてくれた男性が残っていた。
ちなみに女神様は宿で待機中。
俺達に付いて来てもらう事よりも、それ以上にやってもらうことがあったからだ。
「おや、あなた達は朝来て下さった……?」
「ども」
「ごめんなさい、実は折り入って頼みがあるんです。聞いてもらえますか?」
カルミアちゃんは男性に声を掛ける。
男性は彼女の真剣な表情を見て俺に目を配ったが、すぐに彼女に視線を戻す。
「はい、何でしょうか」
「実は……」
そして、カルミアちゃんは俺達の事情を話し始める。
この街を”黒炎団”という犯罪組織を討伐するに協力してほしい事。
街の人を協力を呼び掛けてほしいという内容だ。
カルミアちゃんが上手く話を伝えられるよう俺は見守りながら彼女をサポートする。
それから、二時間後――
「本当にありがとうございました!」
「いや、マジで助かりました」
「こちらこそ渡りに船でした。勇者様方の力になれるよう皆を説得してみせます」
俺達は男性に一礼をすると詰め所を出た。
「凄いです! こんなに上手くいくなんて」
カルミアちゃんは興奮してその場でピョンピョン飛び跳ねる。
その姿を見て俺は思わず笑ってしまう。
「その様子だと、上手く行ったみたいですね」
すると、俺達が出てくるのを見計らったかのように、宿で待機してたはずの女神様が迎えに来てくれた。女神様の左手には何かが入った紙袋が握られていた。
「ああ、バッチリ。カルミアちゃんが上手くやってくれたよ」
「き、緊張しましたけど……」
カルミアちゃんが”勇者”であることを明かしたらあっさり協力を得ることが出来た。
”勇者”という肩書きの持つ影響力は凄まじい。だが、それだけではなく、既にこの街を一度救ったという多大な実績も功を為したのだろう。ここに来るまでカルミアちゃんはかなり緊張していた様子だったが、話がスムーズに進んだことで安心した様子だった。
「しかし、流石ですねカルミアさん」
「い、いえ! 私なんて……」
女神様に褒められ照れるカルミアちゃんだが、すぐに首を横に振る。
「私はただ……自分がやりたい事を伝えただけですから……」
彼女の呟きに、俺と女神様は顔を見合わせて声を出さずに笑い合う。
そして彼女に聞こえない小さな声で成果を確認し合う。
「……成功ですね。どうでした?」
「十分。これでは自信がついたと思う。まぁタイミングが良かったのもあるけど」
「確かに」
自警団の人も街を救った立役者のお願いを早々無下に出来ないだろう。
仮に彼女が”勇者”じゃなかったとしても、きっと協力をしてくれたんじゃないだろうか。
今回はそれも織り込み済みだったので、俺も女神様も成功率は高いと踏んでいた。
「……さて、カルミアちゃん!」
女神様とのコソコソ話を終えた俺は意識を切り替えるために明るい声を出して彼女に声を掛ける。
「交渉も上手く纏まったし、次は街の人達と交流しよう。俺達の顔を覚えてもらって少しでも信頼を得られた方がいいからね」
「はい!」
カルミアちゃんも元気よく返事をしてくれる。
「で、女神様。頼んでおいたモノを用意してくれましたか?」
「ええ。これをどうぞ」
女神様は左手持っていた紙袋を俺に手渡してくれた。
中身を確認すると羊皮紙の紙束が入っておりこの世界の文字が書かれている。
「あれ、何ですか。それ?」
「女神様に頼んで協力を呼びかける為の内容の書いたチラシを用意してもらったんだ」
「ふぅ……こういうモノが欲しいのであれば早めに言っておいてください。この世界の羊皮紙はそれなりに値も張るので、あまり無駄遣いは出来ませんからね」
「でも女神様の事だから何か能力でも使ったんじゃないですか?」
「……まぁ、ちょっと不具合を利用しましたけど」
おいおい、バグを修正しないといけない立場の女神様が利用してどうするよ。
「ちなみに、何をしたんですか?」
「増殖バグです」
ゲーム的には完全にアウトの奴やん。
まぁ女神様が使ったのであれば悪影響は無いのだろうけど。
「じゃあカルミアちゃん。酒場に行ってこのチラシを配りに行こう。今の時間帯なら酒場には人が大勢集まってるはずだ」
「分かりました。そこで私達の顔を覚えてもらうんですね!」
「正解! 酔っ払いに絡まれないように気を付けてね」
「はーい」
彼女の良い返事を聞いて、俺とカルミアちゃんは肩を並べて酒場へ向かう。
女神様は二人の後ろに付いていく。
「(……ふむ、面倒くさがり屋と思いきや、彼は意外と面倒見いいのですね)」
女神は懇切丁寧にカルミアに指導するサイトの様子を見てそう思った。
「(しかもカルミアさんに物を教える時も、わざわざ分かりやすい説明を選んでる……)」
女神は二人の背中を見送りながら考える。
「(……彼は、思ったよりも良い逸材だったのかもしれませんね)」
サイトとカルミアの良コンビっぷりに、彼女はそう思った。
◆◇◆
夕刻前の酒場にて。
「お邪魔しまーす……」
カルミアちゃんは遠慮気味に声を抑えて店の中に入る。
中を覗くと期待通り、沢山の男女が仕事を終えてお酒や料理を楽しんでいた。
「わわっ……やっぱり人が大勢いますね」
「まぁこの時間帯なら丁度仕事を終えて一杯やってる人が多いだろうからね。じゃあチラシ配りをお願いしようかな」
「はい! 私に任せてください!」
カルミアちゃんは元気よく返事をすると、酒場のカウンターに向かいながら店の女マスターに声を掛ける。
「じゃあ俺も行くか……」
「あ、私は先にテーブルの方に行ってますから」
女神様はそう言って奥の空いているテーブルへ勝手に向かっていく。マイペースな女神様だな……と思いながら、今はカルミアちゃんの方が心配なので女神様は放っておいてカウンターへ向かう。
「あ、あのー……」
彼女が声を掛けると、カウンターでグラスを磨いていた女マスターが彼女の方を振り向く。
「……おお、前に酔っ払いに絡んでた子じゃないか。今度は何の要件だい?」
「ちょっとお店の中でこれを配りたいんですけど……」
彼女がマスターにそうお願いするタイミングを見計らって、俺が横から紙袋の中の紙束を取り出して1枚マスターに渡す。
「なんだい? ……これはチラシ?」
「凶悪な犯罪組織”黒炎団”に対抗するための人を集めているんです。これをお店の中で配っても構いませんか?」
「……なるほどね。午前中、自警団が慌てて外に出て行ったと思ったら”黒炎団”関係の話だったか。……って事は、”独裁のレイス”を追い返したのはアンタ達かい?」
「え、知ってたんですか!?」
驚くカルミアちゃん。しかし女マスターは飄々とした態度でチラシを俺に突っ返してくる。
「まぁね、あの夜の日は色々騒ぎがあったみたいだから……んで、アンタとそこに居るアンタの彼氏が事件を解決してくれてたって訳かい?」
「彼氏? え、サイトさんの事言ってるんですか?」
「あら? 違うのかい?」
女マスターは意外な顔をして俺に視線を向けてくる。
俺は苦笑しながら被りを振る。
「俺達はそういう関係じゃないっすよ。んで、カルミアちゃんのお願いは聞いてくれんの?」
揶揄われて少しイラッとした俺はぶっきらぼうに返す。
「んーと、そうだねぇ……。うちの酒場は宗教とか胡散臭い営業はお断りしてんだけど……条件を呑んでくれたら良いよ?」
「条件?」
俺の問いに女マスターがニヤリと笑う。
そして、カウンターから身を乗り出して彼女の耳元に口を寄せると小声で呟く。
「……ええっ!?」
するとカルミアちゃんの顔が真っ赤になっていく。
何だ?何を言われたんだ?
「カルミアちゃん、何を頼まれたの?」
「え、ええと……今日一日、この酒場で働いてくれって……」
ああ、なるほど。
カルミアちゃん可愛いから、酒場の客寄せに使われても可笑しくないわな。
「しかも、特別衣装で……」
「は? 特別衣装!? マスター、詳しく!!」
俺は彼女の提案に思わず身を乗り出して女マスターの肩を掴む。
「おや、その反応……やっぱそういう関係なのかい?」
「んなことはどうでもいいから詳しく」
「別に大したもんじゃないよ。前に雇ってたバイトの子に着せてた衣装があったんだけど結構前に辞めちゃってね。サイズ的に他のバイトに合わないから捨ててしまおうかと思ってたんだが……」
女マスターはそう言いながらカルミアちゃんの身体を下から上まで眺める。
「今のその子ならサイズに合いそうだし、良いかなって……。
ああ、アンタはどういう衣装かが気になってんだよね。いわゆるバニー服ってやつさ」
「なん……だと……?」
バニー服。それは、男性諸君にとっては夢と希望が詰まった魅惑の衣装である。
「ど、どうしましょう……サイトさん?」
「うん、やろう」
俺は迷ってる彼女に即答する。
「え、でも私、これでも教会育ちで……」
「大丈夫! 神様だって正義の為ならどんなことでも許してくれるって!」
自分が見たいが為に必死である。
ちなみにうちの神様は奥のテーブルでお酒を頼んで飲んでる最中だ。
「……わ、分かりました。これも街の人の信頼を得るためですよね……!?」
「よく言った、カルミアちゃん! さぁマスター、今すぐその衣装持ってこい!!」
「なんでアンタが仕切ってんだい……まぁいいや、分かった。ちょっと待ってな」
そう言うと女マスターはカウンターの奥の方へ向かっていった。
そしてすぐに戻ってきて彼女に衣装を手渡す。
「ほら、これだよ。これを着て手伝ってくれたら好きにチラシを配ってくれても構わないよ」
「本当ですか!? ……あ、あの……奥の部屋借りても良いですか?」
「ああ、構わないよ」
女マスターはそう言ってカウンターの奥の部屋の鍵を渡す。
「じゃ、じゃあ行ってきます……覗かないでくださいね?」
カルミアちゃんはそう言いながら、女マスターに手渡された衣装を持ってそそくさに奥へ引っ込んでいった。
「で、覗くのかい?」
「社会的に終わりそうだから止めておきます」
勿論、本人が良いなら喜んで覗くけども。
「アタシは気にしないけどね?」
「俺が気にするんだよ!!」
女マスターとそんなやり取りをしつつ、カルミアちゃんが着替え終わるのを待つ。
少しして奥の部屋から彼女が戻ってきた。
「……お、お待たせしました」
「おお!……素晴らしい!」
俺は彼女の姿を見て思わず歓声を上げた。
普段の軽鎧姿を身を纏ったカルミアちゃんは清楚なイメージだったが、今回のバニー衣装はそんな彼女とはアンバランスな露出度が逆に生々しくて実に素晴らしい。
黒いバニーの耳のアクセサリに、普段は鎧でガードされていたが彼女の隠れ巨乳が強調されている赤いバニー服が実に素晴らしい。そして、彼女の白い柔肌が黒いバニーの服と合わさって非常にエロティックだ。
そして、恥ずかしがって後ろを振り向く彼女のお尻もまた……。
ヤバい。ちょっと興奮してきた。
「あ、あのサイトさん……そんなジロジロ見ないでください……」
カルミアちゃんは恥ずかしそうにモジモジする。
「おお、やっぱりサイズがピッタリのようだね。それを着て今日一日手伝ってくれたらチラシ配りの許可をしてあげるよ」
女マスターは満足そうに微笑む。
「……分かりました、頑張ります!」
「よし、決まりだね! じゃあさっそくホールの方を手伝ってもらおうかな」
「はい!」
カルミアちゃんは元気よく返事すると早速仕事に向かっていった。
そして予想通りというべきか、彼女の姿を目撃した男達の視線を一手に集めていた。
「ふふん、私の見込んだだけはあるね。……さて、もし彼女が男達に何かされそうになったらアンタが守ってやるんだよ」
女マスターはカルミアちゃんの仕事っぷりに感心しながら俺にそんな事を言ってくる。
「なぁ、マスター」
「……ん、なんだい? チラシ配りだけじゃなくてちゃんと給金も弾むから安心しな。それともアンタも仕事を手伝ってくれんのかい?」
「それも別に構わないんだけど……それより、あの衣装……売ってくれない?」
「……アンタも好きだねぇ」
女マスターは呆れたように溜息を吐く。
「じゃあアンタも仕事を手伝いな。そしたらただで譲ってやるよ」
「よっしゃ!」
俺は二つ返事で了承し、すぐさま彼女の元へと馳せ参じたのだった。
こうすれば、彼女の間近で衣装を見続けることが出来る……ぐへへへへ……。
「オラ、仕事サボってんじゃないよ!」
「はい!」
だが、残念な事にカルミアちゃんがずっとホールに出ている訳じゃないので彼女のバニー姿をじっくり見る事は出来なかった。
こうして、俺達は接客しながらチラシを渡して顔を覚えてもらうことが出来たのだった。
なお、女神様はというと。
一人でテーブルを占拠してお酒を飲みながら店の中の人間達を観察していた。
「……好みの男性は居ませんね……これならまだサイトさんが有望に見えてしまいます」
密かにそんな事を呟いていたのであった。
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