第19話 "黒炎団"
次の日の朝―――
俺が目を覚まして、普段着に着替えていると部屋の扉が開く。
「サイトさん、おはよーございます!」
そこに立っていたのはカルミアちゃんだ。
「おはよ、カルミアちゃん。もう行く時間なの?」
「はい。でも身体の方は大丈夫ですか?」
「ああ、全然大丈夫。動いても全然平気だから」
俺は安心させるように軽く上半身を動かす。
「ところで女神様は?」
「実は今朝起きたら、女神様の姿が何処にも居なくて……」
「もう帰ったのかよ……」
俺達の為に駆けつけてくれたって後で聞かされて感動してたのに……。
俺はいつも通り心の中で呼びかける。
……おい、女神様! いくらなんでも冷たくないか!?
……………。
「……応答が無いな」
不在なのだろうか?
もっとも、今までもどういう理屈で会話が出来ていたか分かっていないが……。
「仕方ない。”俺”達二人で行こうか、カルミアちゃん」
「ええと……はい?」
俺がそう告げると、彼女は不思議そうに首を傾げながら返事をした。
「……?」
彼女の反応に若干の違和感を感じたが、その時は気に留める事はなかった。
◆◇◆
その後、二人で自警団の詰め所までやってきた。
俺達は昨日あったことを説明し、今回の事件の黒幕である奇妙な男に言及する。名前が分からないので容姿や服装などを事細かに質問されたのだが、そこでとある事実が発覚した。
自警団の男性は、俺達の話を聞いているうちにどんどん顔が青ざめていった。そして数分席を外して建物の奥に入っていくと、詰所内が騒がしくなり、彼を除くメンバーが外に出ていった。
男性はその後、戻ってきてこう言った。
「……お待たせして申し訳ありませんでした。お二人の言う男の特徴から推測するに、その人物はおそらく”黒炎団”の首領……通称”独裁のレイス”という異名を持つ男ではないかと」
「黒炎団って確か……」
「凶悪な盗賊集団の集まりって噂の奴らですよね?」
「ええ、ですがただの盗賊団ではありません。この国だけではなく他の国でも被害の多い凶悪な犯罪組織です。”独裁のレイス”はその犯罪組織の首領に君臨する男です」
あの野郎……そんなヤバい奴だったのか……。
「これをご覧ください。奴の特徴を元に著名な画家に描かせた似顔絵です」
自警団の人に一枚の紙を見せられる。
それに描かれた絵を見た俺と彼女は、顔を硬直させてごくりと息をのむ。
「似てる……」
「……ああ」
俺はカルミアちゃんに同意する。
そこに描かれている似顔絵は……あの男の特徴に合致していた。
「その男は相当な危険人物として手配書が各都市に張り出されているはずです。しかし、その男は1年ほど前に指名手配されてから殆ど姿を現さなくなり、今は足取りを掴めずに我々も手を焼いていたのです」
「そんな恐ろしい人が、この街に……」
「指名手配って言ってましたが、こいつはどんな罪を犯していたんですか?」
「奴自身だけではなく、奴の手下の殆どが指名手配されています。
奴らは殺人・強盗・強姦・誘拐・人身売買・要人暗殺・それに町民を扇動して暴動を起こしたこともあります。下っ端の悪行を含めれば、その他大量の軽犯罪や迷惑行為も行っており、下手をすれば魔物よりもよほど危険な存在です」
「……とんでもない野郎だな」
「ええ、全く……しかし一体何の目的でこの街に……。
まさか主要都市を混乱させて、この国を崩壊させようとでも……?」
「……」
昨日の様子を見る限り、奴に決まった目的はおそらく無い。あの男は自分以外をゲームの駒のように捉えており、自分が楽しめるかどうかが原動力なのではないかと感じた。とんでもないサイコパス野郎だ。
「ちなみに懸賞金も付いてたりするんですか?」
「当然です。奴はたった数年の期間で、歴史上でも類を見ないほど凶悪な男ですから。確か、最後の指名手配を受けた時の懸賞金額は一億ルピーだったかと」
「……は? はぁぁぁっ!?」
「一億……ですか!?」
俺とカルミアちゃんは思わず声を上げる。
「ええ、それだけの額を掛けられる男です。しかし、それだけに今回の事件で奴を捕らえることが出来なかったのは痛い……次にいつ姿を現すか分かりません。
せめてもの足掻きとして、つい先程、自警団の仲間に街の中の捜索と早馬でグリムダール城へ向かわせ協力要請に向かいましたが、今から間に合うかどうか……」
さっき席を外してから急に詰め所が騒がしくなったのはそれが理由か。
「とにかく貴重な情報をありがとうございます。我々自警団は、この情報を元にグリムダールの兵士達と連携して奴の捜索に当たるつもりでいます」
「よろしくお願いします。カルミアちゃん、行こうか?」
俺はそう言って席を立つ。
「……はい」
彼女は少し遅れて立ち上がり、俺と一緒に自警団詰め所を後にした。その際、彼女は何かを俺に言い出そうとしていたが、結局宿に戻るまで彼女が何か口にする事は無かった。
◆◇◆
僕達二人が宿に帰宅して自室に戻ると、そこには以前とは異なる衣装を纏った女神様の姿があった。
「おや、戻りましたか」
「げ、アホ女神」
彼女の姿を見て思わず顔を顰める。
その反応を見た女神は一瞬表情を硬直させたが、何故か俺に笑顔を見せる。
ただし怒りのオーラを纏わせていて、見た目が超美人なだけあって笑顔の圧が半端ない。
「『げ』とはなんですか。私がここに居たら迷惑なんですか?」
「あ、いや今の無しです……すんませんした」
「分かればよろしい」
……アホ女神って罵倒は許してくれるのか。
……俺の命を救ってくれた人だし態度を改めた方がいいかもしれない。
「カルミアさんはどうしたんです?」
「ここ俺の部屋なんで、彼女も自分の部屋に戻ってますよ」
「そうですか……丁度いい時間帯ですし彼女を誘って、お昼を食べに行きましょうか」
「あ、もうそんな時間っすか」
女神様に聞けば正確な時間が分かるのだろうが、異世界にはデジタル時計なんて都合のいいものは無い。普段なら陽の光を利用した日時計や腹時計で大雑把に判断している。
「じゃあ呼んできます」
俺はそのまま部屋を出ていって彼女に声を掛ける。三人で一階のロビーに向かい、宿の亭主からおススメの食事処を教わった後、その店まで向かう。
「いらっしゃいませー♪」
入店してウェイトレスに空いてるテーブルに案内してもらう。
カルミアちゃんが奥の席に座り、その次にカルミアちゃんの向かいの席に女神様が座る。
二人が座ったところで俺はカルミアちゃんの隣に着いて、三人でメニューを選んで注文する。
「それでは、改めて」
一段落ついたタイミングで女神様が言う。
「二人とも、今回の件は御苦労さまでした」
「いえ! 女神様に労われるなんて、光栄です!!」
「あ、ども」
カルミアちゃんは緊張しながら言うが、俺は普通に返す。
彼女からすれば突然現れた女神様に緊張するのは仕方ないよな。
……あ、初歩的な事を忘れてた。
「女神様とカルミアちゃんってもう自己紹介した?」
俺がそう質問すると、カルミアちゃんはちょっと申し訳なさそうに声を落として言った。
「えと……サイトさんが倒れてバタバタしてたので、落ち着いて話をするのは初めてかも」
「まぁ、こうやって食事に誘ったのはそれも含めてという事ですね」
「あ、そうなんだ……じゃあ折角だし……」
俺はカルミアちゃんの方に向き合って、女神様と自分の関係性を伝える。
「この人は女神様。俺をこの世界に拉致……じゃないです、転移させた張本人です」
紹介の途中で女神様に睨まれたので途中で訂正する。
実際は殆ど拉致同然だったことは抗議したい。
「そうなんですね」
カルミアちゃんは特に驚く様子も無く、事実を確認するように頷く。
「アレ? 意外とすんなり信じるんだね」
「ええと、女神様と初めて顔を合わせた時にちょっとだけお話を……」
「あ、一応聞いてたんだ」
俺が意識を取り戻すまで三日も時間が経ってたらしいし。
女神様もずっと居たわけじゃないだろうが、少しくらい話はしてるよな。
「でも、サイトさんが別の世界から来たって本当だったんですね」
「いや信じてなかったんかい……」
グリムダール城下町を出た日にそれとなく伝えたのだけど、やはり冗談だと思ってたらしい。
「で、この人と俺の関係性は……」
……と、そこまで口に出してから何と答えようか迷った。
しかし、すぐに思い付いた言葉で続ける。
「俺は女神様に頼まれてこの世界に来たんだ。簡単に言えば俺の雇い主が彼女ってわけ」
「や、雇い主……女神様が?」
「もうちょっと上手い例えがあったでしょうに……」
カルミアちゃんは再び驚き、女神様は呆れていた。
「いやだって……間違ってはいないはずなんだけどな」
特に嘘は言ってないしセーフだと信じたい。
「……というかサイトさんの言動で薄々感じてた事なんですが……」
「え、何。カルミアちゃん」
「サイトさんの性格、少し変わってませんか?それに元々は自分の事を『僕』って言ってたのに、今は『俺』って……」
「……あ」
言われてみて気付く。
衝撃的な出来事があったせいで、元々猫被ってた口調が元に戻ってしまってたようだ。
粗暴な口調なので、出来れば彼女の前では隠しておきたかったんだけど……。
「もうバレバレですよ。観念したらどうです?」
女神様にそう言われて、俺は「そうする」と溜息をついて白状する。
「ごめん、カルミアちゃん。今まで黙ってたけど本来の性格はこっちなんだ。
今までは失礼が無いように取り繕ってたけど、あんな出来事があってすっかり戻ってた。
カルミアちゃんも、俺に別に無理して敬語使う必要無いよ」
あまり口にしなかったが、彼女も初対面の時よりは若干敬語が増えていた気がする。
もしかしたら気付かれてて気を遣われてたのかもしれない。
「そうだったんですね。でも、今のサイトさんもカッコいいから気にしなくて大丈夫ですよ」
「え、マジ?」
”俺”ってカッコいいのか?
中学時代はこの口調が乱暴だと言われて結構色んな人に怖がられてきたんだけどな。
喧嘩の原因になることも多かったし。
「……いや、何ちょっと嬉しそうな顔しているんですか」
女神様にツッコまれる。
「いや……前の世界では『怖い』とか言われてたから……」
「全然怖くないですよ。むしろ頼もしさ万全です!」
「そ、そう?」
よし、彼女がそう言ってくれるなら一生このままでいよう!
「えと、それじゃあ私からも自己紹介を……私の名前は、カルミア・ロザリーと言います。西の国にある”ルーシア聖教会”から神託を受けて越してきた、元修道女で……今は、一応『勇者』って事になってます」
「カルミアちゃん、シスターだったの?」
「実はそうなんです……えへへ……」
意外だ。彼女は超絶可愛いけど、どっちかというとお転婆な印象だった。
ただ、国王様と謁見する時は言葉遣いが丁寧だったから、今思えば少し納得かもしれない。
「では、私も自己紹介をしなければなりませんね。
私は、この星を含めていくつかの星を管理する中級女神……名前は■■■■■……」
女神様は彼女に自分の名前を伝えようとするのだが、謎の雑音が入って聞き取ることが出来なかった。
「え?」
「……まだそれ直ってないんですか」
女神様と最初に会った時もそうだったんだよな。
「……ふむ。どうやら単純な不具合ではなく、この世界の何者かが干渉して妨害工作を行っているらしいですね。残念ですが、当面の間、私は自分の名を名乗ることが出来ないようです」
「それじゃあ女神様の事は何と呼べば?」
「普通に女神様で構いませんよ」
「バグ女神かアホ女神で十分じゃね?」
「サイトさん。今度死んだら股間に付いてるソレを引っこ抜いて女の子にしますね」
「怖っ!?」
急にそんな恐ろしい事言われると普通にビビる。
女神様の発言は死ぬ前提な事もあって冗談で言ってるかもよく分からない。
「お待たせしましたー♪ 注文の料理、持ってきましたのでテーブル開けてもらえますかー?」
「あ、はい。あざっす」
丁度良いタイミングでウェイトレスさんが料理を持ってきて、テーブルのスペースを開ける。
「じゃあ食べながら話しましょうか」
女神様がそう言って、俺達は食事を始めたのだった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
あと1話で第二章は完結とさせていただきます。
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