第17話 ”本物”のヒーロー
「この……クソ野郎が……!!」
「じゃあ、そのまま満足して死ね」
男はそう残酷に告げて、俺の胸にその短刀を突き刺した。
「――――っ!」
胸から短刀に自身の血が滴っていく。
鋭利な激痛と共に、胸の内側から焼かれるような痛みが身体全体に走る。
「がはぁっ……!」
自身の口から血が吹き出して、その場に崩れ落ちるように倒れる。
「い、いやぁぁぁっ!!」
カルミアちゃんの悲鳴が聞こえる。
『……っ、サイト……さん……!』
あれだけ散々俺を揶揄ってた女神の声も震えていた。
「く……かはっ……」
血を吐き出しながら、地面に横たわった俺は奇妙な男を睨む。
「はははは! 人を殺す感覚は何度味わっても楽しいな……!
殺人鬼の気持ちが少し分かる……この刺した感触と相手の命を奪ったという優越感……。
MMOでプレイヤーキルする時よりも遥かに満足感を感じる……!」
「……く……」
……男が何やら不快な事を言ってる。しかし、意識が朦朧としてきた……。
『サイト、さん……しっかりして……!』
……うるせぇよ……。それなら直接来て助けやがれ……。
『……っ』
女神の声が震えて、明らかに動揺しているのが窺える。
泣いて……いるのだろうか……。
外見だけ美人で中身は女神とは思えないくらいアレだと思ってたが、人の心くらいは持っていたようだ。
どうせなら、俺が生きている間にその優しさを発揮してもらいたかったが……。
「……サイトさん? ……サイトさん……嘘……嘘……!」
カルミアちゃん……ゴメン……俺、もう……。
「……ふん、呆気ないものだな。……まぁいい。おい化け物……その女も用済みだ。さっさと殺せ」
「………ふ」
……ふ、ざ……けるな……!
……俺を……殺したら……彼女を助けて……くれる……って……!
「AAAAAAAAAA!!!」
「く………あ……!!」
遠くからトロールの咆哮が聞こえる。カルミアちゃんの苦悶の声が聞こえてくる。
……かる……みあ……ちゃん……!
……こんな所では死ねない。
……家族も誰も居ない異世界で、何も為せずに死ねない。
……好きな人を守れずに、死ぬわけにはいかない。
「……あ」
動け俺の身体。
後先なんて考えるな。
「……あ、あ」
例え腕や足が千切れたとしても関係ない。
今動けばそれで十分、余力などもう必要ない。
「う、う……」
やることは単純。
立ち上がってあのクソ野郎のぶん殴るだけ。
これ以上無いシンプルだろ。
「く……ぅ……」
呼吸が出来ない?だからなんだ?
足腰が立たない?それがどうした?
血が足りなくて脳が回らない?上等だ。
そんな上等なパーツ、今の俺には必要ないだろ。
「あ……ぁぁぁ」
そして俺は身体を起こした。
口から血を吐きながら、今にも倒れそうな身体を支えて立ち上がった。
「……は?」
そんな俺の様子に男は目を丸くして呆気に取られる。
「な、何故……立ち上がれる? 心臓を刺したはずなのに……」
心臓……?
さっきから呼吸しようとすると胸から大量に血が飛び散るのはそれが理由か。
呼吸しても一向に酸素が回らないのはポンプに穴が開いてるせいか。
納得だ。
――だが、そんな機能、今の俺には必要ねぇよな?
「な……何だ、その目……」
男は俺の異様な雰囲気に気付き後ずさりする。
俺は重い足を動かして後退る男を追いかける。
どんどん視界が真っ黒になっていき体の感覚が薄れていく。
それでも、奴が何故か追い詰められている顔をしているのが分かった。
「く、来るな……! 来るな……!!」
「……」
理由はよく分からない……ただ、奴は俺から逃げようとして自分から壁に向かって逃げ場を無くしている。
丁度良い……もう、これ以上歩けそうにない……。
……後はこいつをぶん殴るだけだ。
昔の俺はヒーロー番組が好きだったよな。
罪の無い人達が悪人に酷いことをされてるところを正義の味方が現れて颯爽と助けるってやつ。
悪人は卑怯な事ばっかりやるけど、話の最後の結末はいつも同じだ。
正義の味方が、悪い奴をぶっ飛ばして、そして皆が笑ってハッピーエンドってやつさ。
――そして今は俺が……!
「”本物”のヒーローになって……あの子を……助けるんだぁぁぁぁぁぁ!!」
全神経を右こぶしに集中させる。
全ての力を振り絞り、目の前のクソ野郎に渾身の一撃をぶつける。
「あがぁっ……!」
俺の拳はなんとか奴の顔面に命中した。
奴は悲鳴を上げて、更に「ボキッ」と首の骨が折れる音がして、そのまま奴は地面にぶっ倒れる。
「……やったぜ……ざまぁ……みろ……!」
そして、俺はそこで何も考えられなくなり……完全に視界が真っ暗になった。
◆◇◆
――見た。
私がトロルに捕まって身体を締め付けられている時、彼が動き出す所を。
――見えた。
誰がどうみても死に体で、立っていられるのがおかしいくらいなのに、彼が男に向かって歩き出す所を。
――見せてくれた。
その彼が、あの男をたったの一撃で倒してしまった所を。
「サイト……さん!!」
その姿を見た瞬間、私は絶望して諦めかけていた心を奮い立たせ、目の前の醜悪な化け物を睨み付け……。
――その瞬間、暗い空だというのに天から眩い光が舞い降りた。
「……え」
それを見た瞬間、私は今までの苦痛を一瞬忘れた。
私を絞め殺そうとする化け物も動きが止まり、何故か私の身体を締め付ける力も緩んだ。
硬直が解けた私は、すぐさま振り払って、化け物から距離を取る。
――そして空から、美しい金髪の女性が顕現した。
「……だ、誰ですか……?」
「……」
その女性はこの世のものとは思えないほど美しい容姿をしており、その身に纏った神秘的な雰囲気に思わず息を吞む。身に纏う衣装も、聖書に描かれている天使や女神の様な神々しさがある。
「……」
女性は無言で化け物を見据える。すると、化け物は恐れを為したのか背を向けて逃げ出そうとする。
……しかし。
「――愚かな人間に操られし穢れた異形の魔物よ……主人と共にその罪を贖え――」
金髪の女性は、美しい鈴のような音色の声とは裏腹に、無慈悲な言葉を化け物に告げてその手を向ける。
「<聖光>」
その瞬間、化け物は一瞬にして白い炎に包まれ消滅してしまった。
「……あ……え……?」
私は今何が起きたのか理解が追い付かず、その場で呆然と立ち尽くした。
「……」
そんな私に金髪の女性は私に一瞬視線を向ける。
しかし、すぐに視線を戻して女性は地面に降り立ち、廃屋の中に入っていく。
「ま、待って!」
私は慌ててその女性の背中を追っかける。女性は、奥で倒れていたサイトさんの傍に駆け寄り、彼の頭を自身の膝の上に乗せて、彼の頭を優しく撫でる。
「……遅くなってしまいました。ごめんなさい……頑張りましたね」
まるで母の様な優し気な声と共に、女性はサイトさんの穴の開いた胸元に手を当てる。
「っ!?」
女性の手のひらから淡く優しい光が零れだしサイトさんの身体を包んだ。
そして、信じがたいことに彼の胸の傷がどんどん小さくなっていき、数十秒後には彼の胸の傷が完全に癒えていた。真っ青だったその顔も今では元通りの肌色に戻っており、彼から流れ出た大量の血液すら彼の身体の中に消えていた。
「……」
目の前の光景に思わず言葉を失ってしまう。
一体、今何が起きているのか私は理解できなかった。
「あ……あの……」
すると、女性は私の存在に気付いたように再び視線を私に向ける。
「……ごめんなさい。話したいことはあるのだけど、今は待っていて……」
「え?」
金髪の女性はそう言って――何故か、サイトさんによって倒された男に視線を向けた。
その男を視界に居れた時の女性の顔は、彼を見る時の優し気な表情とはまるで違い……酷く怒りの籠った目でその男の顔を見下ろしていた。
「――禁じられた異能を用いて世界を歪めた大罪人よ。
――貴様がまだ息の根があることをこの私が知らないとでも思うか……」
「……え?」
彼女のその言葉を聞いて、私は弾かれたようにその男に視線を向ける。
すると――
「ひひ……ふひ………ははは………!!」
「う、嘘……!」
サイトさんに止めを刺されたと思っていたその男は、首の骨が完全に折れているというのに――不気味に嗤いながら立ち上がった。
「――貴様……」
「ふひひ……! まさかまさか、ここに来て本物の神様が出てくるなんてさぁ……!!
いやぁ……魔族と契約した甲斐があるってもんだ……!! ははは、やっぱりこの世界は面白い……!!」
男は興奮しながら、嗤いながら、嬉しそうにそう言う。
だが、そんな笑い声を聞いて、私は先程までの絶望感から反転し、怒りで心が煮えたぎっていた。
「そんな事はどうでもいい……! よくも……サイトさんを酷い目に遭わせてくれたな……!許さない……!」
私は怒りのままに短剣を構えて、その男に飛び掛かる。
今度こそ、その命を断ち切るために。
……しかし。
――遊びはその辺にしておくが良い。異世界の客人よ。
――このような些事でこれ以上貴様のストックを消耗する許可を出してはおらんぞ。
ゾクッ!!
何処からか聞こえてきた恐ろしい声が聞こえ、私の身体が金縛りにあったかのように動けなくなった。
「はいはい……確かにちょっと遊び過ぎたかもしれないな。
アンタに貰った玩具も消えちゃったし、そろそろここから出るとするよ……」
男はそう言うと、虚空から黒塗りの棺の様な物を取り出し、その棺の中に入り、まるで飲み込まれるように中に入っていった。
「な……!」
そして男が棺に入り切ると、突如浮遊する棺は地面を滑るように移動していき……廃屋の壁を突き抜けて何処かに行ってしまった。
その異常な光景に、私は全く身体が動くことが出来なかった。
――さて、奴の事は良いとして……。
――金髪の女……まさか、こんなところで異境の女神を目にするとは思わんかったぞ。
恐ろしい声は、今度は金髪の女性の傍から聞こえてくる。
金髪の女性は、相変わらず怒りの籠った視線で言葉を返す。
「――その邪悪に塗れた醜悪な気配。
――この私が見間違えるはずもあるまい……貴様が魔王に相違ないか」
「ま、魔王……!?」
金髪の女性の口から出た言葉に、私は思わず息を吞んだ。
魔王って……つまり、世界を今混沌に導こうとしている……私が倒すべき敵……!
――くくっ。
しかし、その声はその問いを鼻で笑う。
――如何にも、我は魔王。いずれこの世界を全て我の手中に収めてみせよう。
――気まぐれであの男を迎え入れてやったが、このような面白い見世物が見れようとは。
――中々に有意義な時間であったぞ。
「――世迷言を……貴様如きにこの世界をどうにか出来ると思うてか。
下賎で愚かな魔族よ……いずれ貴様の悪行全てをその身に倍返しにして、二度と転生出来ないように魂を砕いてくれよう……!」
――くっくっく……! 異境の女神も中々に面白い事を言う。
――ならば、その倍返しとやらを楽しみにしているぞ……異境の女神よ。
そう言うと、魔王の声は聞こえなくなった。
「……」
金髪の女性は険しい表情をしながら、暫く棺が消えた方向を睨んでいた。
そして、少ししてから表情が緩み、視線を膝の上に乗せた彼に向ける。
「……気配が遠のきましたね……これで多少は気が休まるものです」
「あ、あの……」
私は、目の前の女性になるべく失礼の無いように声を掛ける。
すると、女性はこちらを向いた。
「カルミアさん……でしたね」
「わ、私の事を知ってるんですか!?」
「ええ、知っていますよ。彼がずっと貴女の事を気に掛けていましたからね」
金髪の女性は、再び自身の膝の上で安らかに眠る彼に視線を向ける。
「さ、サイトさんが……ですか? あ、あの……貴女は一体……」
「……ふふ。色々と聞きたいことがあるでしょうが、ここでは彼も満足に休むことは出来ないでしょう。話は後にして、彼を宿まで運んでくれませんか? 話はその後という事で……どうでしょうか?」
「は、はい!喜んで……!」
私は断る理由も無く彼女の頼みを了承する。
そして彼女に言われた通りサイトさんを抱き起こそうと彼に近寄ると……。
「……あれ?」
私はそこである事に気付いた。
「あ……れ?私……」
気付けば私の瞳から涙が零れだしていた。止め処なく溢れてくる涙に、私はどうしていいか分からず混乱した。そんな私に、金髪の女性は優しく語り掛ける。
「……貴女のその涙……きっと彼の心にも届くでしょうね」
「…………。……はい…………うぅ………っ………!」
私は、そこでしばらく泣いて―――その後、女性と二人で彼の身体を支えて宿に戻った。
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