第16話 凶刃
「たああっ!」
俺が外のカルミアちゃん指示を出すと、彼女は脚を振り上げて廃屋の窓を蹴破った。
「やった!」
「ば、バカな……私の能力が破られた……だと!?」
見事に窓を蹴破ったカルミアちゃんは、そのまま廃屋に飛び込んできて着地を決める。
そしてすぐに状況を察してこちらに心配そうに駆け寄ってくる。
「サイトさん、無事ですか!?」
「何とかね。助けに来てくれてありがとう!」
心配してくれる彼女にお礼を言うと、僕とカルミアちゃんは目の前の奇妙な男に視線を向けて武器を取り出す。
「……サイトさん、この人が?」
「……ああ、今回の件の元凶だよ。こいつをブッ倒して、バグも全部修正させて終わらせる!」
「なるほど……」
カルミアちゃんは神妙な表情で頷いて、短剣を構える。
謎の男はそんな僕らを見て愉しそうに笑う。
「ははは……ははははっ! 面白いな、お前達! 私の”データ改竄”の能力を一時的にでも無力化するとは……! しかし、この期に及んでもまだ私には手があるのでな!」
「サイトさん、この人の言ってる意味が分かりません!」
「気にしなくてもいい。ここで奴をぶっ殺してしまえば何も関係なくなる」
本当はそこまでするのは気が引けるが、こいつの悪行を考えたらそのレベルの大罪だ。
他の人間にコイツの対処が出来るとは思えないし、俺がやるしかない。
しかし、そんな僕の考えを見通したかのように、奇妙な男は言う。
「殺す……私を……? やれるものならやってみるといい。コイツをどうにか出来るならな」
そう言葉を発すると、奴は左手の親指と中指をすり合わせてパチンと音を鳴らす。すると、廃屋の天井がミシミシと音をなり始め、天井から埃や瓦礫の一部が落ちてくる。
「な、何だ……?」
「上から……何かが降ってきます。伏せて!!」
カルミアちゃんが叫ぶと、すぐに僕と彼女は地面に伏せる。その直後、廃屋の天井に大穴が空き、そこから巨大な異形の魔物が現れて、ドスンと重い音を立てながら奇妙な男の目の前に着地する。
「く……なんだ、こいつ……!」
その異形は、身長3メートルほどの禿げた頭の大男だった。
100キロ以上はありそうな丸太を片手で悠々と背負っており、とんでもない筋肉をしている事が窺える。あまりにも図体が大きすぎて、この廃屋の部屋全体が奴の射程範囲も同然だった。
「さて、この化け物をどう対処する?」
奇妙な男はそう言って両手を広げて嗤う。
化け物の登場で一気に形勢が逆転した事に歯噛みしながら、僕はカルミアちゃんに言った。
「ダメだ、カルミアちゃん。一旦ここを出よう!」
「了解です!」
僕とカルミアちゃんは、カルミアちゃんが壊した場所から廃屋を脱出して外で待ち構える。
奇妙な男はそれを愉快そうに見て、目の前の化け物に命令する。
「やれ、殺しても構わんぞ。女の方はお前が好きにしろ。いたぶるなり犯すなりお前の自由だ」
「AAAAAAAAAA!!!」
化け物はそれを聞いて歓喜の絶叫を上げて、廃屋から飛び出してくる。
「……っ。こいつも外の人間がウイルスに汚染した姿だったいうのか……!」
「いえ、違います! コイツは、”トロル”っていう魔物です!」
「こいつ、魔物なのか……」
「でも、どうしてこんな強力な魔物が……この国には大した魔物が居なかったはずなのに……!!」
カルミアちゃんは短剣を構えながらも、かなり焦ってる様子だ。彼女がここまで焦るなんて……よほど強い魔物なのか……!!
「AAA!!!」
トロルはそんな僕らの様子を気にせずに、近場の木を引っこ抜いて振り回しながらこちらに猛突進してくる。
「サイトさんは下がって! 私がやりますっ!」
カルミアちゃんはそう言って僕を手で制して、カルミアちゃんは物凄い速度でトロルへと突っ込んでいく。
「AAAA!!」
「っ!」
彼女がトロルの射程に入ると、トロルはカルミアちゃんに標的を変えて手にする丸太で彼女に攻撃を仕掛けてくる。俊敏に攻撃を回避する彼女だが、やはり体格の差もあって小柄な彼女では懐に入り込むことが出来ない。
「く……カルミアちゃん……!」
魔物との戦いだと自分が戦力にならないのがもどかしい。バグ剣はバグった人間に対しては強力な武器になるけど、魔物には普通の剣以下の棒きれでしかないのだ。
なら、せめて黒幕の男を捕まえないと……。
手段は分からないが、男はこの魔物を従えているようだ。男を捕まえて魔物を大人しくさせるように命令させれば魔物と戦う必要も無くなるはずだ。
俺は身体の節々がズキズキと痛むのを感じながら、あの奇妙な男が待ち構える廃屋に再び足を踏み入れる。そして、奇妙な男はその場から微動だにせず入ってきた俺を見て愉快そうに嗤っていた。
「はは、戻ってきたか。……しかしノコノコやってくるとは命知らずな奴だ」
「黙れ……!」
俺はバグ剣の切っ先を男に向けると、男はそれを見てますます顔を歪める。
「良いのか? 私に手を出そうとするなら、化け物に女を殺すよう命令してもいいんだぞ?」
「……っ! クソ野郎が……!!!」
今にも飛び掛かろうとしていた自分の足が咄嗟に竦む。
「ふふ……お前はあの女が随分と大事らしいな。女を見捨てればこのまま俺を捕まえられるかもしれんのに、バカな奴だ」
男は俺を見下すように睨みながら懐から短刀を取り出す。
「く……!」
このままだと……不味い……!
彼女を人質に取られては手を出せないが、このままだと俺が奴に殺されてしまう。
『やむおえません、奴に攻撃してください!』
「黙れ!」
女神の言葉を即座に否定する。
『このままでは貴方が!』
「カルミアちゃんを見殺しにしろっていうのか!!」
『……そ、そんな事は言ってない! 彼女ならきっとあの魔物にだって――』
「勝てるっていう保証が何処にある!?」
『――っ! そ、それは……!』
俺がそう叫ぶと、女神は黙り込んでしまう。
「あんたに言われなくても分かってるんだよ……!」
俺はバグ剣を強く握りしめて男を睨む。
「ふん……誰かと交信でもしているのか? だが、その様子だと為す術も無いらしいな。ならば、無抵抗のまま殺されるといい」
奇妙な男はそう言いながら目を細めて、こちらに一歩ずつ近づいてくる。
「……」
俺は、奴が近づく毎に一歩ずつ下がる。
「だ、大丈夫です。サイトさん、私は負けませんから、その人を……っ!」
外で戦ってるカルミアちゃんもこちらの事情を察しているのだろう。声を上げてこちらに心配させないようにしているが、明らかに劣勢だ。息も切らし始めており、こちらに意識を向けようとすると魔物が攻撃を仕掛けてきてすぐに彼女は防戦一方になる。
「お前が死んだ後はあの女は見逃してやる。あの女は多少腕は立つようだが、私の能力には無力だ……だがお前は見過ごせない」
「……お前の目的の一体なんだ。何故、こんなことを……!」
「目的?」
男は訝しむように眉を顰める。
「私に目的など無いよ。強いていえば、面白そうな世界を見つけたから好きに遊ばせてもらってるだけさ」
『っ……! この男、ふざけた事を……!』
「そんな目的で……!」
俺と女神が奴の言葉に憤っていると、奴は朝食のメニューを口にするような気軽さで言った。
「そんなに怒る話ではないだろう? この世界はゲーム世界の様なものと捉えて見ろ。私は面白い攻略方法や裏技を見つけたから、好き勝手弄って遊んでいるようなものだ。可愛いものだろう?」
「……ふざけるな」
『っ! そんな低俗な理由でこの世界を……!』
女神は男の言葉を聞いてわなわなと震えながらそう口にする。
そして俺はその言葉を聞いて奴に対する怒りが頂点に達するのを感じた。
こいつは自分さえ良ければいいと思っている。
この世界をただのゲームに見立てて滅茶苦茶にしてやろうと目論んでる。
許せない……!殺してやる……!
「さぁ、私の目的は語ったぞ、満足したか?」
奇妙な男はそんな軽口を叩きながら俺に近付いてくる。
『サイトさんっ!!!』
「駄目、逃げてぇぇっ!!」
女神とカルミアちゃんが叫んでいる。
だが、俺は怒りで冷静な判断を欠いていた。
「この……クソ野郎が……!!」
「じゃあな。そのまま満足して死ね」
男はそう残酷に告げて、俺の胸にその短刀を突き刺した。
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