第15話 廃屋に男が二人……何も起きないはずもなく……。
場面は変わってラズベランの酒場にて。
「だーかーらー! さっきから何度も言ってるでしょ! 怪しい人を見かけなかったかって聞いてるんですよっ!!」
「怪しい奴ぅ? そんなしょうもない話より、俺と一緒に酒でも飲まねえかい? ほら、俺のグラスに酒を注いでくれよ、なぁ?」
「だから私はそんな事してる場合じゃないんですって! ……もう良いです!」
酒場で聞き込みを行っていた少女カルミアは、カウンターにバンと手を叩きつけて怒りを露わにする。 そしてそのまま踵を返して店から出て行った。
「なんだぁ……あのガキ。おいマスター知ってるか、今の生意気な女」
「さぁ、知らないね。随分可愛らしい子だからウチで雇いたいくらいさ。アンタみたいなガラの悪い酔っ払いに突っかかっていく度胸も気に入った。見た目より腕っぷしも強そうだし用心棒としても使えそうだねぇ」
酔っ払いの男の粗暴な態度にも怯まず、酒場の女マスターは平然とした態度で返事を返す。
「はぁ……? 今の女のガキのどこが腕っぷし良さそうに見えたんだよ?」
「纏ってる雰囲気がね……多分、アンタくらいじゃ相手にもならないよ」
「チッ……なんだそりゃ? ……まぁいいや、あんな女のガキ……。それよりも酒だ、酒! もう一瓶持ってこいや!」
「……もう夜も遅いんだからこれで終わりにしてくれよ」
「ケッ……こっちは金払ってんだぞ……!」
酔っぱらいの男はグラスに残った酒を一気に飲み干すと、そのままカウンターに突っ伏して寝てしまった。
「やれやれ……なんだか忙しないねぇ」
そんな男の様子を見ながら女マスターはカルミアが出て行った扉を見つめるのだった……。
◆◇◆
酒場を出たカルミアは、情報収集は諦めて外に居るはずのサイトと合流する為に夜の街を歩いていた。
「ああ、しまったなぁ……私も松明を貰っておけば良かった」
酒場の近くや、まだ就寝していない民家の薄明かりで何とか周囲が見えるものの、夜だと真っ暗で何も見えない。魔法技術の遅れているこの国では、外を照らす街灯すら無いようで、カルミアはその不便さに不満を漏らしていた。
まだ夜目の利くカルミアは月明かりで何とか地形を把握し、街の中を探索する。
その途中、慌てた様子の女性とすれ違う。
しかし、その女性は何かに気付いて振り返って背後からカルミアに声を掛ける。
「あ、あの……! もしかしてカルミアさんですか!?」
「え、なんで私の名前を……?」
カルミアはその女性に見覚えが無く、突然声を掛けられて戸惑う。
「ああ、良かった! 実は、”サイト”という方にカルミアさんに伝言を頼まれていまして」
「え、サイトさんがですか?」
「はい。この先のT字路を右に曲がった先にある廃屋に行くと仰っていました! その事を貴女に伝えてくれ、と」
”廃屋”という言葉にカルミアは一瞬首を傾げるが、すぐに理解して返事をする。
「分かりました、教えてくれてありがとうございます!」
「いえ……あの方には感謝してもしきれませんので」
女性は頬に手をやってほんのり顔を赤らめて、恍惚とした表情を浮かべる。
「感謝って……?」
「私……つい先程、恐ろしい暴漢に襲われてしまったのです。しかし、その方が颯爽と現れて暴漢二人をあっという間に倒してしまわれたのです。……あれは運命の出会いだったのかも……?」
「運命の出会い……? ……とにかく、話は分かりました」
カルミアは女性の話に一抹の不安を覚えながらも、廃屋に向かう為に女性の横を通り抜けようとする。
「ああ! 貴女、あのお方のお知り合いですか? ぜひ彼の事を教えて頂けませんでしょうか!?」
「ちょっ……すみません、急いでいるので!」
「あっ!」
カルミアは女性の声を振り切って走り出す。
「(変わった人だったなぁ……それにしてもサイトさん、廃屋なんかに何の用事が……?)」
カルミアは疑問を感じながらも、漠然とした不安を抱えながら廃屋に向かうのだった。
◆◇◆
「う……あ……ここは……?」
廃屋にて突然背後から殴られて気絶していたサイトは、意識が戻り、重い身体を引きずるようにして起き上がる。
「ぐっ……」
殴られた後頭部が痛む。どうやら気絶していたのは数分程だったらしい。
サイトは状況を確認するために周囲を見回すと、倒壊した廃屋の中だった。
「くそ……あの野郎、何処行った……!」
「よう、お目覚めかい」
「その声……!」
背後から意識を失う前に聞いた声と同じ声がして、思わず怒りの声を上げながら振り向いて身構える。
そこには予想通り、気絶する前に対峙した男が立っていた。
ギラギラとした赤い瞳に、妙に尖った耳の両方にピアスを付けていて、黒いフード付きのコートを身に纏った小柄な人物。
鼻から下は赤いスカーフを巻いて口元を隠しており、コートに合わせたのか白黒のシルクハットを被った奇妙な風貌の男だった。
男は俺を見て愉しそうに嗤い、そのままコートのポケットに手を突っ込んで近づいてくる。
「てめぇ……俺に近付くんじゃねぇよ!」
俺はそう言いながら拳を構えて、目の前の男を威嚇する。
極限の状態に陥った”俺”は、普段の猫を被った態度を取り払って、中学時代の時の粗暴な口調に戻っていた。
奇妙な風貌の男は、俺の言葉に肩を竦めて言う。
「随分と口の悪い奴だな。その割にゃ呆気なかったが……」
「何故俺に襲い掛かってきた? こんな所で何してやがる。それに俺を気絶させた奴は誰だ? てめぇ以外に姿が見えねぇようだが……」
「質問責めだな。さっきまで気絶しててボロボロのくせに随分と元気だな」
「生憎、俺は見た目よりはタフなんでね。それより質問に答えろ」
「答える義務はない。……それよりもお前、随分面白い武器を持っているじゃあないか」
奇妙な風貌の男はそう言いながら、壁に掛けてあった剣を手に取る。
あの剣は……俺のバグ剣……!
「この剣……大した殺傷力は無いが、この世界のプログラムに干渉する能力を持っている。ただの現地人がこんな逸脱した能力の道具を持っているのは不自然だ。……さて、お前は何者だ? この武器をどこで手に入れた?」
「何を言ってやがる……? 現地人だと……?」
俺は男の言葉の真意が分からず困惑する。
「とぼけるなよ。お前が私の撒いたウイルスに感染した現地人を修正していたことは知ってる。お前が何処から来たのか、誰の指示で私の邪魔をしてるのかは知らんが、このままお前を放置するわけにはいかないな」
「……俺の撒いたウイルス……だと!? まさか、テメェがこの街を滅茶苦茶にしたのか……!?」
俺はこの男の正体と目的を察して、思わず怒りの声を上げる。
が、男はバグ剣を逆手に持って、柄の部分を俺の腹に強く押し当てる。
「ぐあっ!」
少し前に異形から一発受けた場所に押し当てられた事で激痛が走り、痛みで膝を崩してしまう。奇妙な男は、そんな俺を上から見下ろして愉しそうに言う。
「おいおい、さっきから質問ばっかりだな。まぁいい……お前が誰の命令でやってるかは知らないが、私にたてついたことを後悔しながら死ね」
「……っ!」
”死ね”という言葉を聞いて、全身に震えが走る。
冗談ではない。こんなところで訳も分からずに殺されてたまるか。
俺は後ろを振り返ってすぐに駆け出し、外に通じる廃屋の扉に手を掛ける。
しかし、扉に手が触れた瞬間、身体に物凄い衝撃が走って、弾き飛ばされてしまう。
「……な……今のは……!?」
「ははははは。残念だったな。お前が気絶している間に廃屋の中に誰も逃げることも入ることも出来なくしておいた。私の”能力”を使ってな。どうやら脱兎のごとく逃走しようとしたようだが、これでお前は袋のネズミというわけさ」
奇妙な男はバグ剣を片手で弄びながら、高笑いを上げる。
そんな男の言葉を聞いて、俺は呆然とした様子で呟く。
「能力だと……? まさか、お前……!」
俺が奴の正体に薄々気付き始めた時―――
廃屋の外から、誰かがこちらに向かって走ってくるような足音が聞こえてきた。
「……誰だ? まぁ誰であろうと私の許可なくここには入れないが」
奇妙な男は怪訝な表情を浮かべる。しかし、俺は外から聞こえる軽快な足音と小さく聞こえる声で、誰が近づいてきているのかすぐに看破する。
「カルミアちゃん!!」
「!」
俺がそう叫ぶと、外の人物の足音が一瞬止まる。
そして「サイトさんの声!」と、カルミアちゃんの声が聞こえた瞬間。
「だりゃあああっ!」
外から物凄い衝撃が走って、廃屋の中が揺れた。しかし、揺れるだけだ。
「あ、あれ……壊れない……? なんで……!?」
どうやら、カルミアちゃんは外から窓を蹴破って入ろうとしたようだが、何故か壊すことが出来ずに困惑している様子だ。
「お前の知り合いか……? とんでもない女だが、どちらにしても私の”能力”には無力なようだな」
「くっ……!」
カルミアちゃんが助けに来てくれて、何とかなるかと思ったが……。
こいつの謎の能力をどうにかしない限り、俺はここから逃げだす事が出来ないらしい。
……さっきからの言動を聞いてる限り、コイツはおそらくこの世界の”プログラム”とやらに干渉しているのだろう。おそらくコイツの”能力”がゲームで言うところのチート的な何かだという事だけは分かる。
そんな奴が相手では勇者であるカルミアちゃんも太刀打ちできないだろう。
ならどうすれば?
『あー、あー……聴こえてますか、サイトさん』
「!」
突然、俺の脳内からあのアホ女神の声が響いてくる。
俺は肝心な時に役に立たない女神に怒りを感じて大声で叫ぶ。
「おいコラ、今まで何処に行ってやがった!!」
「……? なんだ、気でも狂ったか?」
俺の突然の叫びに、男は怪訝な表情を浮かべる。
しかし女神はそんな男の様子を無視して、俺に話を続ける。
『私が居ない間に、随分と状況が変わってるみたいですね。どうやら、今回の騒動に関わる黒幕と対峙しているようですが……』
「それが分かってるなら助けてください!! こっちは殺されそうになってるんだよ!」
俺は目の前の男を無視して女神様に助けを求める。
『……ふむ、調べた所、その建物が何かしらの干渉を異常な性能が付与されているようです。ならば、貴方のバグ剣の力に新たな特性を付与すれば対処可能ですね』
「!!」
その言葉を聞いて、俺は希望を見出すが……。
肝心なバグ剣は奴の手元にあり、仮に能力が付与されても奪い返さないと使う事が出来ない。
『何を言っているのですか。貴方には以前に能力を与えたじゃありませんか』
「は……? 能力……? ……あ、そうか!」
俺は以前に女神様から貰った能力を思い出す。
確か、こうして前に右手を突き出して――
「……何だ? 何をしようとしている?」
「見てりゃ分かるさ……! 来い、バグ剣!!」
俺がそう叫ぶと、男の手からバグ剣が消失し、俺の右手に転移する。
「な……!」
奇妙な男はその光景を見て驚愕に目を見開く。
『今からその剣に”チート無効”能力を付与します。付与が終わったらすぐにその剣を建物に突き刺してください。……では行きますよ!』
女神がそう言うと同時に、俺の右手にはバグ剣とは違う何かが握られる感覚がする。
俺はその何かで目の前の廃屋の壁に向かって突き刺す!
すると、建物全体のオブジェクトが一瞬光り輝くと、ズゥゥゥンと重い衝撃音が走る。
女神様の言葉が本当なら、これで奴の”能力”を無効化出来たはずだ。
すぐさま、建物の外にいるカルミアちゃんに声を掛ける。
「カルミアちゃん! まだそこに居る!?」
「はい!」
「ならさっきと同じように建物を蹴り飛ばして! 今なら破壊出来るはずだ!!」
「分かりました! たああっ!」
俺が指示を出すと、カルミアちゃんは脚を振り上げて窓を蹴破った。
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