第144話 国王に報告
二週間後。
新たな仲間のレオを迎えてレガーティアの船で帰国した。
「あー、久しぶりに戻ってきたなぁ」
「……ふぅ、アステアと比べてここは涼しくて良いですね」
久しぶりに返ってきたレガーティアの地は、アステアより過ごしやすい気候だ。しかし比較してみると、この国はギルド発祥の地だけあり冒険者の姿が多くアステアよりは少々物騒な印象を受ける。
同じような事を考えたのか、初めてこの地を踏んだレオはすれ違い冒険者達を眺めながら言った。
「……ここが獣人と人間が共存する国か……思ったより物々しいな」
「ああ、この国は特別だよ。魔王の出現で魔物が活発化して数が増えてから国の王が『冒険者ギルド』っていう組織を立てて、それからああいうやつらが増えたんだと……そうだよな、リリィ?」
レオの疑問に俺は答えつつ、隣に居るリリィに確認する。
「うん、その説明で合ってるよ」
「成程な……そういう経緯だったか……」
レオは納得がいった様子で頷くと、リリィの顔を見る。
「どうしたの?」
「……いや、お前は以前に冒険者ギルドの職員だと言っていたが……」
「そうだよ。お兄さんたちと旅するまではここで仕事してたんだ」
「……その歳でか?」
「うん」
「……立派だな、リリィ」
「えへへ」
リリィはレオに褒められて照れたように笑う。
そうこうしている内に俺達はギルドの建物が見えてくる。するとリリィがタタタッと俺達の前まで小走りで走ってくると、振り向いて言った。
「久しぶりに職員の皆に挨拶したいから行ってきていい?」
「いいよ。私達の方で報告に行くからゆっくりしてきて」
「うん!」
カルミアちゃんにそう言われて、リリィは元気よく頷いてギルドの扉を開けて中に入っていった。そんな様子を見て、俺は揶揄うような口調で言う。
「嬉しそうにしちゃってよぉ」
「リリィさんはまだ10歳そこそこの子供ですから……。私達の旅についてきて知り合いが殆ど居なくて不安だったのでしょう」
「リリィちゃん、お父さんもお母さんも居ないから……寂しくない様に私達が家族代わりになってあげられると良いんだけど……」
「……そうだったのか」
俺達の話を聞いてレオはリリィの向かった方角をじっと見つめてそう呟く。
「レオ、お前も出来ればリリィに構ってやってくれよ。アイツ、生意気に振る舞ってるけど内心は結構寂しがり屋だからさ」
「……ああ、任せろ。俺もリリィの事は嫌いじゃない……」
「ん……? お前、もしかして意外と子供好きか?」
「……」
俺がそう問いかけると、レオは若干黙り込んでしまう。
「あ、別にお前がロリコンとかそういう意味で言ったわけじゃねーからな。勘違いすんなよ」
「……だれも誤解していないが」
「それより三人とも、そろそろ城に向かいますよ。今回の案件の報告に向かわないと」
女神はそう言って俺達に声を掛けてくる。
「おう、分かった」
そう言って俺達は城に向かって歩き出すのだった。
◆◇◆
久しぶりにレガーティア城に向かい、門番に挨拶して帰ったことを報告すると今回はすんなり通してくれた。そうして門を通って中庭は入ると、今度は以前には見掛けなかった鉄の塊が並んでいて、そこには兵士達が配備されている様子だった。
「なんでしょうか、アレ?」
「鉄の塊と……なんか鉄の筒?みたいなのが見えるな……」
カルミアちゃんと俺が首を傾げていると、レオが鉄の塊を見て言った。
「……鉄の筒は……おそらく砲台だな」
「軍事的な戦力を整える為に配備したというところでしょうか」
なるほど以前に痛い目にあったから、防衛設備を急遽整え始めたって事か。にしても……。
俺は、再び鉄の塊に視線を向ける。
どうも別に配置されてる砲台はその塊に設置する部品のようだが……。
「もしかして、アレって……」
何となく心当たりがあったが、俺達はひとまず国王への謁見を先に済ますことにした。
――レガーティア城・謁見の間――
帰還した俺達を国王は心待ちにしていたようだ。
お陰で殆ど待ち時間なく国王と対面することが出来た。
「お目通り感謝しますレガーティア国王様。勇者カルミア一同、アステアより帰還致しました」
国王の前に立つとカルミアちゃんは一歩前に出て両手でスカートを軽く摘んでお辞儀をする。俺達もそれぞれ国王に頭を下げる。
「よく戻ったな、勇者カルミア。そしてその仲間達よ」
国王はそう言って彼女に頷いた後、俺達に視線を向ける。
「して、アステアの件はどうであった? 此度の旅の結果を報告せよ」
「はい」
国王が俺達にそう口にすると、女神が一歩前に出る。俺達がレストアに訪れた時の状況、その後にどう変化があったのかを彼女が代表して説明を始めた。
その情報の中に、俺達の仲間の一人にとってやや不都合な事実もあったが、本人が包み隠さず話してほしいと言ったのでそのまま事実を伝えることにした。そして、レストアの前領主の依頼で獣人の国に赴いて一仕事したことも。
「……」
全ての報告を終えた後国王はしばし黙り込み、何かを思案する。俺達は少し緊張しながら国王の次の言葉を待った。
それから少しして国王は顔を上げて言った。
「レストアの状況はよく分かった。彼の息子のアイゼンが跡を継いだことは聞いていたが、そういう状況になっていたとは……。……そこの獣人、貴殿の名前を聞かせてくれ」
「……レオ・グランツ」
「レオ・グランツよ。先程、レストアの情勢を聞かされていた時、貴殿の名前が出ていたようだが……」
「……俺の事だ」
「つまり、貴殿……いや、貴殿が率いていた”はぐれ獣人達”がレストアの鉱山で妨害工作を行っていたのは事実なのだな……?」
「……」
レオは声に出さずに頷く。
このままだとレオの立場が不味いと思った俺は、手を挙げてから前に出る。
「国王様、少し宜しいでしょうか?」
「……何だ? サイト殿」
こちらに視線が向いたので俺は一礼して更に前に出る。
そして普段の口調だとアレなので口調を改めて考えを述べる。
「確かに彼が関与していたのは事実でありますが、彼を責めるのは筋違いだと自分は愚考します」
「サイト殿。元はといえばアイゼンが彼らの住処に私兵を率いて荒らしたと言いたいのだろう。しかし街に不利益をもたらしたのは事実だ」
「ですがその件は既に和解済みです。前領主のカミラさんにもその事も含めて赦しを得ていて、今後彼らがレストア鉱山の仕事を受け持って貢献することで不問という形で解決しています。勿論、現領主のアイゼンさんの了解を得ています」
「……むぅ」
「それに、レストアはレガーティアの領地ではありません。失礼ながら国王様は彼らを罰する権限はお持ちではないはず」
「……分かった。この件にこれ以上口出しするのは止めておこう」
国王はため息を付いてそう言った。
「(……ほっ)」
俺は心の中で一息ついて再び礼をして下がる。
すると女神が俺に耳打ちしてくる。
「(意外と無茶しますね、砕斗。国王に食って掛かるとは……)」
「(馬鹿正直に全部言うとレオに要らん疑いが掛かりそうだからな。前もって説得の手段は考えてたんだよ)」
とはいえ、レガーティア王も本気で追及するつもりは無かったのだろう。他にも色々言われると思ったが、意外とあっさり退き下がってくれた。
「……すまん、俺のせいで」
俺と女神が耳打ちしてると後ろからレオが小さく謝罪してきた。
「気にすんな。事情は全部把握してんだから仲間を庇うのは当然だろ」
「……感謝する」
「だから良いっての。真面目だなお前は……」
俺はそれでも礼を述べてくるレオに苦笑いを浮かべる。
「……コホン」
すると、国王が咳払いをした俺達は慌てて姿勢を正して国王と向き合う。
「が、しかし獣人の国レイグルにまで足を伸ばしているとは。あちらの国の状況は一切情報が入って来ないので長い間調査が出来ていなかったが、貴公らのお陰でようやく進展があるようだ」
国王は俺達がレイグルまで足を運んだことに少し驚いている様子だった。
「はい、その事について報告させて頂きます」
そして女神が一歩前に出て同じように報告を済ませる。
「……報告は以上です」
「ありがとうございます、ミリアム様。……国王様、これで私達の報告は全てです」
最後にカルミアちゃんが締めて報告が終了。
「ふむ、皆ご苦労であった」
国王は俺達の報告を労うと、玉座に座ったまま言った。
「此度の件、御苦労だった。明日またこの時間に来るがいい。報酬を用意しておこう」
「ありがとうございます」
そう言って俺達は礼をして下がろうとする。だが一つ気になったことがあったので俺は途中で足を止めて振り返る。
他の皆は気付かずに出て行ってしまったが、個人的な興味なので問題ないだろう。
「? どうした、サイト殿」
「国王様、一つ質問いいですか?」
「何か?」
「国王様は何故レストアの事を気にしていらしたんですか? あちらの国民も国王の事を認知されていたようですが、国同士でそこまで接点があるように思えなかったのですが……」
「……その事か。其方はカミラから私の事を聞いているか?」
「”旧知の仲”、とだけ」
「……そうか。ギデオンの事は何も言わなかったのだな」
「ギデオン?」
「私の親友だ。彼とカミラは幼馴染でな。数十年前に彼とカミラがアステアで貴族の爵位を得て、後に結婚してレストアに越してきたと聞いた。本当は私が直接出向いて二人を祝福したかったのだが、生憎このような立場になってしまって機会が無かった。しかし今から7年ほど前に風の噂でギデオンが病死した」
「……病死」
「アステ病と言われるウイルス性の感染病だったと聞いている。風邪に似た症状だが、極度の発汗と倦怠感と頭痛が1年ほど続いて身体が衰弱して死に至る。それを知り私は彼の看病に行きたかったのだが……」
「……王の責務でそれが出来なかったと」
俺が察してそう口にすると、国王は玉座にダラリともたれかかって頷いた。
「その通りだ」
「カミラはそれを知ってるんですか?」
「何度か出兵させて支援しているので事情は知っているはずだ。民が私を知っているのは兵を通じて街を支援しているからだろう。……しかしその反応を見る限り、カミラは快く思っていなかったようだな」
「まぁ……」
『あの男、自分で顔も出さずに赤の他人を寄越すとは……。王様王様って随分偉くなったもんだねぇ』
レストアの前領主として彼女に会った時の事を思い出す。レガーティア国王の名前を出した途端明らかに不機嫌そうになっていた。
「ギデオンは立場よりも義理人情を優先する男だった。そういう意味では私と真逆な男だった……だからこそカミラは私よりも彼と生きる道を選んだのだろうな……」
「え、マジ?」
思わず素が出てしまった。
女神と俺が邪推してたことが半分くらい当たってたらしい。
「……ところで彼女は元気だったか? ギデオンがアステ病に掛かったと聞いて彼女の身にも及ばないか心配していたのだ。息子に領主の座を渡したのもそれが理由ではないかと思っていてな」
「いや全然元気でしたよ」
何なら砂漠で行き倒れそうになった俺達を助けに来るくらい元気だったし。
「そうか……彼女は病に掛かっていないのか」
国王はそれを聞いて少し安心したようにホッと息をつく。
「しかしサイト殿も変わり者だな。このような事を問うてくるとは」
「あー……まぁ……」
「先ほど、私を言い負かした時と口調も変わっているぞ。随分と世渡りが上手いようだな」
「……」
ヤベ、つい素で喋ってしまった。俺の様子に国王はクツクツと笑った。
……この人も、カルミアちゃん達と話している時と態度が違うな。これが素か?
「別に咎めているわけではない。仲間を庇うために考え抜いてあのように説得に掛かったのだろう。勇者殿があまりにも聖人過ぎると逆に民は不安になって人心も掌握しづらくなる。貴殿のような者が勇者の仲間であればむしろ安心というものだ」
「……お見通しですか」
「もう口調を改める必要はない。私は人を見る目は確かだ。カルミア殿は正しき心を持つ真の勇者だが、その精神は成熟しきっておらず不安定だ。口の回る貴殿が支えてやるといい」
「……言われなくてもそうしてるっての」
口調を改める必要はないとか言われたので素の口調に戻ってそう返答する。
「……既に仲間は退出している。用が終わったのなら下がるといい」
最後に国王はそう言って俺を下がらせるのだった。
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