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第140話 5年間

「ライアスさん、もういいでしょう」


 か細い声、それでもはっきりと届く声が、処刑場の入り口から響き渡る。そこに現れたのは、この獣人の国レイグルの現統治者であるファーリィ・レイグルだった。


「ふぁ、ファーリィ様……」


「ライアスさん、もうこれ以上人間を恨み続ける歴史はここで終わらせましょう」


「な、何を言うのです。ファーリィ様……歴史を終わらせるとは」


「言葉通りの意味です。彼女達の言う通り私達は昔の教訓ばかりを神格化して、今の人間達を一切見ようともしなかった。ですが、過去ばかり目を向けて今を受け入れようとしないこの国はただ滅びを迎えるだけです。それでは私達は何の為に生きているのでしょうか」


「……っ」


 そう言いながらファーリィさんはこちらに歩いて上がってくる。

 以前見たような弱々しい姿はないしっかりとした足取りだった。


「ライアスさん、何故私が『統治者』と名乗っているか分かります?

 この国を創った『レイグル』の血筋を持つ私は、本来であれば国王を名乗るべきですし、あのようなこじんまりとした屋敷ではなくもっと立派な場所に住むべきだと、部下を沢山率いて皆を導くべきだ……とは思いませんでしたか?」


「それは…………」


「ですが、私はそうは思いませんでした。何故なら、このような負の歴史は闇に葬るべきだと考えていたからです。

 なので私は、敢えて重い病気が掛かっているフリをして頼りない言動を繰り返して、国王にも指導者にも相応しくない人物を演じていたのですよ。

 だって、レイグルの名を冠する私が、民の前で偉そうに振る舞ってしまうと、嫌でも過去の歴史が頭に過ってしまうじゃあないですか?」


「……なっ!?」


 ファーリィの言葉にライアスだけではなく民衆も驚愕の表情を浮かべる。

 というか俺達も滅茶苦茶驚いている。


「え、えと……質問いいっすか?」

 思わず俺は後輩モードの口調に変化してファーリィさんに質問してしまう。


「はい、何でしょうかサイトさん」


 するとファーリィさんはすごい笑顔で俺の質問を許可してくれた。


「さっき『敢えて重い病気が掛かってるフリをして頼りない言動を繰り返して~』とか言ってましたが」


「はい、言いましたねぇ」


「……え、マジなんすかそれ」


「はい、マジですよ」


「最初に会った時、辛そうにベッドに寝込んでたような……」


「アレですか?そういうキャラクターを演じているので。本来の私は至って健康ですよ。客人やライアスさんや兵士さん達が家に居ない時は普通に起きて過ごしてます」


 ファーリィさんは、初対面の今にも消えてしまいそうな中年男性とは全く違う印象の、お茶目でイタズラ好きのおじさんの雰囲気を身に纏っていた。


「ま、レイグルの子孫であるのはどうしようもありませんからねぇ。本当はそこのレオさんのように亡命して名前を変えて人生をやり直したいくらいでしたが、流石に私がそれをやっちゃうと残った民が可哀想ですし。

 かといって、私が誰かと結婚して子供を産んで、この『レイグル』の名を受け継がせるのは嫌なんですよ。あーでも、何処かの誰か美人の女性に婿入りすればこの名を継がなくて良くなるのかな……まぁ現実的にそれは難しいでしょうが、あはは」


「……」


 俺はファーリィさんの言葉を聞いて、思わず俺達は絶句する。この人、とんでもねぇ食わせ者だ。今まで誰もこの人の本性を暴くことが出来なかっただろう。ずっと『才覚も無い情けない国王未満の統治者』という役を演じていたのだ。


「えと……それかなり面倒くさくありませんでした?」


「分かってくれますか……本当に大変でしたよ。でもあなた達が来てくれたお陰でこんな窮屈で陰湿で鎖国が続いて時代遅れな国だったのをようやく脱却できそうですし」


「いやいやいや、自国をボロクソ言い過ぎだろ!?」


「お、お前ぇ!! ファーリィ様に失礼な口を利くな!! ……ぐふっ」


 俺が思わず突っ込むとライアスが激昂して俺に殴り掛かってくる。だがそれをレオが一撃殴って吹っ飛ばす。


「ライアスさん、今は彼らと話をしているのです。

 皆さん、今回の件は本当に謝罪しなければならないことが沢山あります。

 まず、貴方達は『国家転覆罪』などではありません。彼……ライアスが数日前にこの国を襲ってきた黒装束の人間達を皆殺しにしたので、貴方達と彼らの繋がりは曖昧になって事実確認出来ないように思えますが……」


 そこまで聞いて、獣人達はライアスに対して、失望したかのような表情を浮かべる。


「実は、ライアスさんが彼らを処刑する前に事実確認はとってあります。この方々と黒装束の人間達はむしろ敵対関係、彼らは『勇者』と呼ばれる特別な使命を持った旅人さんなのです。むしろあなた達の事は英雄として称えるべきでしょう」


「そこまで調べが付いてんの!?」


「まぁ最初挨拶に来た時は少し怪しいとは感じましたけどねぇ。人間なのに何故か獣人の姿で訪ねてくるし……ま、あなた達の目的を知れば自ずと納得はしましたけど」


「ファーリィさん、もしかして最初から私達の正体が『人間』だと知ってて迎え入れてくれたんですか!?」


 カルミアの言葉に、ファーリィはニッコリと笑う。


「ええ、知ってましたよ。他の人達は気付かなかったみたいですけどね」


「えぇ……」


「ちなみにレオさんの正体も気付いていました」


「……そうだったのか」


「はい、普段寡黙なのに語る時は饒舌になるのは相変わらずのようですね。ですが、良い仲間を連れてきてくれました。感謝しますよ」


「……そ、そうか」


 何もかもお見通しなファーリィに俺達は流石に動揺を隠せない。だが、その動揺はこの国の獣人達も同じようで……。


「ふぁ、ファーリィ様……」


「そ、そのように考えていらしたのであれば、何故俺達にそう言ってくれなかったのですか?」


「んー、良い質問です」


 そう言ってファーリィは観客席の獣人達の方を振り返る。


「国を変えるには何か大きな変革が必要なのですよ。それは自国の者だけでやろうとすると、変革を望まない者達に阻止されてしまうのが常。ですので、私はこの国にその時が訪れる時を待っていたのです」


「待つ……何をですか?」


「……この国を根本から否定してくれる救世主」


 ファーリィさんは観客席に再び背中を向けて今度はカルミアちゃんと視線を合わせる。


「カルミア・ロザリーさん。貴方の心の籠った説得。私の胸にもじーんと響きましたよ。あれこそ必要だったもの。この国においてあそこまで堂々と発言出来る人物などそうは居ない。

 しかも、この国では忌み嫌われてる人間の貴女が、それをやってのけてしまった。貴女こそが、この国に新たな時代をもたらす『救世主』なのかもしれませんね」


「私が、救世主………」


 カルミアは呆然としていた。だが、ファーリィさんはそんなカルミアを優しく見つめると今度はライアスの方に向き直る。


「ライアスさん。貴方の考えにも一理なくはないです。ですが、あまりにも歪で人間に対して偏見を持ち過ぎです。そして貴方はやり過ぎた。貴方に一定の『正義』があったとしても、こんな暴力的なやり方では誰も付いてきません。……貴方は、この国の過去の妄執に囚われている」


「……っ」

「……ライアスさん、今より貴方を5年間の間追放します」

「なっ……!?」


 ファーリィの宣言にライアスは息を呑む。


「たった今から貴方は、このレイグルの地を踏むことを禁じます。そして、他の国を巡って自分を一度見つめ直してください。そこであなたが良いと思う事、やりたいと思う事を為すといい。それがあなたの新しい人生の始まりなのですから」


「ファーリィ様……貴方は本当にそれで良いと仰るのですか? 私を追い出すことがこの国の為になると?」


「……ライアスさん。それを決めるのは私ではありません。ここに居る全ての獣人達、一人一人が、偏見を捨てて考える事で初めて見えてくる答えなのですよ。そして貴方も」


「……」


 ライアスは、静かにその場に跪く。そんなライアスの姿を見た観客席の獣人達もまた次々と地面に膝を付けて行く。


「ライアスさん。5年後、再びこの地を訪れてください。……その時になったら、旅の話を是非聞かせてくださいね、私の楽しみにしていますよ」


「……ファーリィ……様……」


 そしてライアスは、その日の内に荷物を纏めて国を出た。



 俺達は獣人の国レイグルで人間と獣人が和解する切っ掛けを作れた。

 そう、これはあくまで切っ掛け。


 未来を創るのは俺達じゃない。そこに住む大勢の人々なのだから。

 だが、きっとその未来は明るいだろう……。

ここまで読んでくださってありがとうございます

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