第132話 戦いの終わりと不穏
獣人達にとってあまりにも長い夜だった。突然、町の至る所に響く爆音、外に出てみると真っ赤に火に染まる夜空と燃え上がる町の中。国の統治者であるファーリィ宅は悲惨な状態で誰しも彼の生存は絶望的だと思われていた。
だが、最近現れた旅の獣人達が絶望していた自分達を鼓舞して避難を呼びかけてくれて町の外に出たのは良いが、そこに待ち受けていたのは怪しげな人間の黒装束達の集団。
ここで終わりだとだれしも諦めていた所でカルミア達は獣人達を懸命に守った。そんな姿に疑心暗鬼に囚われていた獣人達は、自分達の目が曇っていた事に気付き始めていた。
『今です! 武器を取って戦ってください!!』
そんな時、一人の旅の女獣人が叫んだ。
彼女の声を聞いて、獣人達は力を合わせて困難を乗り越えようと武器を取った。
そして、今………!
勢いを取り戻した獣人達は一致団結し、獣人達は見事に戦況を押し返して黒炎団に勝利した。
「……終わったか」
「……ああ」
「勝った、俺達は勝ったんだ……!」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「獣人の……勝利だぁぁぁぁぁぁ!!!」
既に夜の闇は晴れ、レイグルの町に太陽の光が差し込む。
絶望に満ちた夜から一転、活気と笑顔に溢れた賑やかな朝がやってきた。
町の獣人達は手を取り合い、生還を喜び合うのだった……。
◆◇◆
それから数日後の話。
「ありがとうございます、旅の方……」
「いえ、私達は自分がやりたい事をやっただけで……」
戦いが終わり少しは落ち着いたタイミングで、町の中心にある広場には、大勢の獣人達が集まっていた。そこでは生き残った者達で集まり、これからの事を話し合っている。
そんな彼らの前にカルミア達が現れ感謝の言葉を告げると、彼らは一斉に彼女達に感謝の礼をする。
……場面は変わる。
「ライアス様、町を襲った人間達の生き残りが意識を取り戻しました。そして、行方を晦まして逃げようとした残党も全て捕縛し牢にぶち込みました」
「そうか、ご苦労。奴らに情けは無用だ、これからじっくりと情報を絞り出してやるとしよう」
「はっ……」
「御苦労だったな。お前達もここしばらく忙しくて疲れただろう。一度休むといい。奴らの尋問は改めて後日行うとしよう……気になる事もあるしな」
「はっ! では私は失礼します」
報告を受けてライアスは表情を変えずに部下を労う。
部下が去っていくとライアスは「ふぅー」と息を吐いて立ち上がる。
「……危機が去ったのはいい。ファーリィ様も無事で不幸中の幸いだった。だが……」
……。
『……無様だな。俺を追放した時の勢いはどうした?』
『……何を呆けている。俺が去ってから随分と腐りきったようだな。民たちが一気呵成して敵に立ち向かってるのに、貴様はただ傍観するだけか?』
『姿を変えているから分からないか? ……仮にも……である俺の事が……』
「……くっ」
昨日、あの男に言われた言葉がライアスの脳裏に過る。
「俺は……無様ではない! 俺は……!」
……間違いない。姿が以前と違っているがあの男は俺の『兄』だった男だ。
だが、何故今更レイグルに帰ってきた?
奴を追放した時、奴は抜け殻のように生気が抜けて廃人のようだった。
自分の兄であることを恥ずかしく思うほどだった。
兄が去った後、俺は国を守るために精進して強くなったつもりでいた。
だが、昨日の俺は……あまりも無様だった。
本来、俺こそが民の指標であるべき存在だったのだ。どこぞの旅人達ではなく俺が皆を導いて敵を真っ先に打ち倒す役目だったはずだ。
なのに、俺は……。
護るべき存在であるファーリィを危険な目に遭わせたばかりではない。
俺自身が敵の人質になってしまい民たちを失望させてしまった。
数年掛けて磨いてきた槍の腕も剣の技術も、肝心な時に何の役にも立ちはしなかった。虚弱だと思っていた兄にもあのように罵倒され、俺は今まで何をしていたというんだ……?
俺は何も成長していなかったというのか……?
変わったのは人間に対しての憎悪だけ……!?
「……そういえば、兄と一緒に居た人間の男」
そうだ。戦場で怪しい人間の姿を見たのを今思い出した。
アイツは一体誰なんだ……?
俺達が戦った黒装束の人間達にも果敢に立ち向かっていた……。
あの男……奴と親し気な様子だったが人間なら我々の『敵』だ。例え黒装束の人間達と敵対していたとしても、俺達の味方であるはずがないのだ。
そうに違いない。
この国でずっと学んだ事だ。
昔からずっと教えられていたことだ。
人間は、獣人の”敵”だと。
「……真意を問わねばなるまい」
ライアスはそう考えて扉を開ける。
きっと、あの人間が兄に要らぬことを吹き込んだに違いない。
もしかしたら昨日の黒装束達はあの人間の差し金じゃないのか?
……ライアスの、人間への憎悪は、もはや全てを疑わねば正気を保てないほどに混沌と化していた。
◆◇◆
「んー、なんか皆の俺への視線がなんかおかしくないか」
「ふむ、私もそんな感じですね」
平和の戻ったレイグルで町の復興を手伝っていたサイト達。しかし、サイトは自分への獣人達の視線が何やら微妙に今までと違っていた事を感じていた。
こちらから挨拶をしても微妙な表情でスルーされたり、復興を手伝っていても何故か俺が近づくと逃げたり素っ気ない態度をされたり、何か距離を取られている気がする。……同じく女神も自分への対応が以前までと微妙に異なる事を感じていた。
「……それは二人が人間の姿に戻っているからじゃないの?」
「あ」
「なるほど」
リリィの的確な一言に二人は同時に納得の声を上げる。
「でもよ、それならそれで変じゃね?」
「変って?」
「ほら、国に入る時に詰所の獣人に言われた事を思い出してみろって」
「んー?」
サイトにそう言われてリリィはその時の事を回想する。
『入国を認めるがあまり長居はしない事だな。俺は地元の獣人ではないから寛容な対応が出来るが、昔からあの国に住んでいる獣人達は人間を忌み嫌っている。お前達は人間ではないようだが、少しでも人間を擁護するような態度を取れば無事に済む保証はない』
………。
「みたいな事言ってたね。でもそれが何なの?」
「砕斗は、『人間に対してそこまでキツい対応をするのが当たり前だとしたら、今の自分達への対応は逆に甘すぎる』……と言いたいんじゃないですか?」
「そゆこと」
「……あー」
正体を現したサイトとミリアムは今の所、獣人達からそこまで厳しい対応をされた記憶はない。確かに以前までと明らかに対応が変わっていて塩対応と言っても差し支えないが、別に国を追い出そうという動きも特にない。
戦いが終わって既に5日は経過しているが、挨拶すれば時々挨拶は返ってくるし、宿も問題なく使えている。聞いていた話と比べたら随分と人間への対応が優しく感じた。
「それに、俺やミリアムと一緒に行動してるお前やレオに奇異の視線を向ける奴もいねーだろ?」
「うん」
「詰所の獣人の話じゃあ人間と一緒に居る獣人への扱いも酷いもんだって話だからな。それどころか人間の話するだけで非難されるとか」
「言ってたねぇ……確かに別にそんな事は全然ないよ」
サイトとリリィは自分達への対応の違和感に頭を悩ませていた。
すると、後ろで話を聞いていた女神は言った。
「……実は、昨日から子供達への授業を再開したのですが」
「え?」
「マジ?」
「子供達は、私を見てもいつも通りの良い子達でしたよ」
「……」
「大人の獣人と比べて人間への嫌悪感が無いのを差し引いても、思ってたのと違うというのが私の感想です」
「……つまり、どういうことだ?」
サイトの言葉にリリィと女神は軽く呆れてしまう。
「つまりだ」「?」
そこにカルミアとレオが現れる。
「お前達は、人間・獣人に関わらず受け入れられつつあるということだ。……この国で」
「カルミアちゃん」
「レオさん」
「ここの獣人達にとって、人間は『敵』と学んでいた。だが、お前達は人間でありながらもこの国で受け入れられつつある。それはつまり、お前達が今までしてきた事の積み重ねだ」
「これまで私達が人間が受け入れられるように頑張ってたのが実を結んだんですよ」
「……それに加えて、数日前の戦い。お前とミリアムはこの国の為に人知れず戦っていた事を俺達はファーリィに伝えておいた。それを知った国の獣人達は、少しずつだが考えを改め始めた……俺はそう思っている」
レオはサイト達にそう言って、獣人達の反応が以前と変わっている理由を話した。
「つまりもう獣人の姿に変身する必要はないって事か?」
「……論より証拠だ。試しにその辺の獣人に挨拶でもしてみたらどうだ?」
「よし、やってみるか」
サイトはレオの提案に乗ってみる。
そして道を歩く獣人達に声を掛ける。
「おっす!!」
「!(ビクッ)」
「!!(な、何だこいつ……)」
俺が挨拶をした獣人二人は一瞬驚いたが、特に逃げ出す様子もなく、かといって俺に対して敵意を向けてくることも無かった。
「俺、サイトっていうんだ。よろしく」
「……あ、ああ……アンタ、確か数日前から居たよな……?」
「悪いな、人間のお前にこの国は居心地悪いだろ? もう少し時間が経てば変わると思うんだが……」
おや、反応してくれるどころか何故か代わりに謝ってくれてるぞ?
俺は考えながら更に会話を続けてみる。
「ああ、いや気にしなくて大丈夫だ。思ったよりそこまで対応酷くないしな」
「そうか? なら良かった」
「アンタは前の戦いで俺たちの味方になって一緒に戦ってくれたしな。アンタみたいな奴もいるんだなって少し思ったよ」
「俺達の国は人間は敵だ。一生分かり合えない。……っていうのが当然のように語られてたんだが、アンタみたいな人間も居るんだなぁ」
「……」
その後、お互いの名前を聞いて手を振って別れる。
そして同じように他の獣人達に声を掛けてみる。
「なぁ、アンタの連れの人間の女、居るだろ?」
「女? カルミアちゃん……じゃなくてミリアムの事か?」
人間じゃなくて神様なんだが。
まぁ見た目の違いは無いから人間という扱いで問題ないか。
「そうそう、人間だけど美人だよなぁミリアムさん」
おっと、獣人なのに人間の感性を理解してる変態……もとい紳士がいたか。
「お、分かるのか? 確かにミリアムは良い女だよなぁ」
少なくとも外見は。中身はこの際置いとくとする。
「だよな!」
俺はそのまま変態……もとい紳士と意気投合するのだった。
更に他には。
「なぁ人間のアンタに聞きたいんだが……」
「ん、何だ?」
こちらから話しかけるより先に向こうから話しかけてきた。
「アンタ達獣人から見て、女獣人ってどう思う? ほらあの色っぽい尻尾とか、一回り大きな眼とか……」
「最高」
「だよな!?」
「俺としては、あの耳が好きだな。特に猫獣人とか兎獣人とか」
「アレ、滅茶苦茶可愛いよな。自分の付いてるこの耳と比べてなんつーか作り物みたいに穢れてないっていうか……」
「芸術品だよな、アレ」
「全力で同意する」
……アレ?
獣人って話してみると俺と同じ変態……じゃなくて紳士率高いのか?
いや、俺は変態ではない。あくまでちょっとは興味がある……というだけだ。だが、獣人でも話が通じる相手が居るってのは良い事だな。
「……ということで色んな獣人に声を掛けてみた」
「で、どうだった?」
「若干、ウザいくらい声を掛けて嫌そうな顔をされたこともあるが、基本全員応じてくれたぞ。尚、そのうち俺と同じ紳士の素質のある奴らは大体3割くらいだったかな」
ちなみに声を掛けた数は大体100人くらいだ。友達100人できるかなー。
「……たった一日で100人の獣人に声を掛けたのか」
「おう」
何故だろうか。誇らしい事のはずなのにレオが若干呆れてる気がする。
「っていうか紳士って何の話?」
「ふ……お前には分かるまい。男には生まれついての本能があるという、アレだ」
「お兄さん、本当に何を言ってるか分かんない」
まだまだ子供のリリィには難しい話だったか……。
「……まぁ内容はさておき、殆どの獣人が話をしてくれたと?」
「ああ、中にはこの国の獣人と話す時は気を付けた方が良いって何度か忠告はされたが、邪険にはされなかったな」
どちらかといえばあれは親切心から言ってくれてるようにも見えた。
「……」
俺の話を聞いてレオはしばらく黙っていたが、答えが出たのか顔を上げてこちらを見る。
「そうか……それなら、後は奴と話をするだけか」
「奴?」
「……ファーリィとライアスの事だ。明日、尋ねることとしよう」
そう言ってレオは宿に戻っていった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。




